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『桜 ―おわり― 』
夕貴 周jb8699)&御子神 藍jb8679


 あーちゃん。

 あなたが笑顔なら、私の境はあたたかい。
 あなたが幸せなら、私の境は救われるの。

 あなたが自分に迷わず、“あなた自身”で在ることが出来るのなら――



 ……――“私”は。




 彼の日――妙し名を持つ少年が桜の杜を去ってから、幾年もの月日が流れた。



 人として生まれ、鬼として生きることを選んだ双子の姉、藍(jb8679)
 人として生まれ、人として生きることを選んだ双子の弟、周(jb8699)

 道は違えど、青と碧の心は共に。



 そして、双つの心を見守る、万年桜の鬼――流架(jz0111)



 時は流れる。
 常世の杜を去った周の行方が、二人の耳に届くことはなかった。

 桜が舞う。
 常世の杜に残った藍は、不変の意志と笑顔で彼の心を包容し、彼もまた、親愛の情と慈眼で彼女の心を抱擁した。彼は、藍を子ではなく、娘ではなく、唯一人の女性として――意思に愛を宿し、彼女との愛を深めた。

「ひとりで“苦しんだ”分、幸福はあるよ。……大丈夫、私が流架さまを幸せにするから」



 ――しかし、その想いを蹂躙するは、人の醜さ。










 桜が騒いだ忌日。
 藍は杜の入口で、赤塗りの下駄を片割れ残し――姿を消した。




 濁った空気。
 腐った道。
 澱んだ川に、枯れた木々。

 世界はこんなにも、穢れている。





 腹部に受けた鈍痛に顔を歪めながら、藍は目を覚ました。

 薄汚い小さな家屋。
 家主だろうか、目の前には、一人の若い男が舐るような目つきで藍を見下ろしていた。

「……私を、どうするつもりですか?」

 藍は着物の衿を引き寄せながら上体を起こすと、気丈な眼差しで男を見据える。男は藍の問いに答えず、彼女の全身に視線を這わせていた。そして、藍の頬に触れようと手を伸ばしてくる。

「いや!」

 藍は首筋を限界に捻りながら、身体を背ける。

「私が触れさせる事を赦すのは、私の“常世”だけ。あなたじゃない」

 そう告げ、男を睨めつける。

 藍には、男の顔に見覚えがあった。――それもそのはず。時の感覚が確かであれば、数刻前――腕に怪我をした彼が、万年桜に迷い込んだのだ。藍は男に手当てを施してやった。しかし、男からの返礼は――佳麗な“鬼の子”に魅了された、自分勝手な欲情であった。

 男の視線が自分から外れた一瞬の隙を突き、藍は外へ飛び出した。
 片割れの下駄が石を弾き、藍は地面へ倒れ込む。

「誰か……誰か助けて! 助けてください!」

 藍の差し迫った叫び声に、道を行く村人が揃って足を止め、どうした、何があった、と、藍の傍らへ寄ろうとするが――

 ――それは“人”ではない、“鬼”だ――

 家屋から飛び出してきた男が、声を張り上げた。
 鬼という単語に、心配りのある村人の目つきがみるみると訝しげに染められていく。

 幼少の頃より、藍の見目は“鬼の形”として畏れられていた。
 人の目を奪い、人の心を惑わす、綿津見の鬼――。

 後退りをする村人達のざわめきに拍車をかけるように、男は青桜の布地で巻かれた腕を“庇い”ながら、藍を指差し、こう言ったのだ。

 ――あの鬼にやられた――

 ――と。

 なんと醜悪なのだろう。
 無自覚に、無責任に、業を撒き散らすその様に、藍の瞳から一筋の涙が零れた。

「何故”鬼”は生きてはいけないの? 少し人と違うだけ、心は同じだよ? なのに……どうして?」

 ――鬼め――
 ――呪われし化け物め――

「私は唯、生きたいだけ! 愛する人と、倖せに生きたいだけなのに!」

 ――縛れ――
 ――犯せ――
 ――殺せ――

「……いや」

 ――忌むべき鬼は、世の為に、人の為に、死に絶えればいい――

「助けて……たすけ――」




















「そこな“鬼”が何かしたのですか?」




















 心の底から湧き上がる、目も眩むような懐かしさ。
 その物怖じしない落ち着いた声音は、今も耳の奥にはっきりと憶えている。

「可笑しいですね、あなた達の方が余程“鬼”に見えますよ」

 心の中の想い出の像と焦点を合わせた――藍の“片割れ”。
 そして――

「……る、か……さ……ま……」

 翡翠に沈む、安堵の情。途端に、心身を覆っていた恐怖が滑り落ちるように消えていく。藍は愛しい彼の腕の中で、声を殺して泣いた。




「村の者が大変な無礼をしました」





 所は、人里を離れた名も無い寺。

 深々と垂れた灰の頭が徐に上がり、伏せられていた碧の双眸が二人の鬼を見た。

「あーちゃん……あーちゃん、だよね」

 流架と共に藍を救ったのは、幾年も歳を重ねた彼。
 人としての生を留めた藍とは対照的に、人としての生を歩み続ける、藍の双子の弟――周。

「ごめんね、藍ちゃん。怖い思いをさせて」

 藍は唇を噛み締めながら、ふるふると首を横に振った。周は優しい口許に微笑みを浮かべ、

「……変わらないな、藍ちゃんは」

 そう零すと、周の背に隠れていた幼子の手を引いて、「僕の子です」と、二人に告げる。

「“青”といいます。妻も、この子も、僕を愛してくれています」

 藍はひととき、茫然と青を見つめていた。その利発そうな顔つきは、周とよく似ている。
 軈て、徐に膝を折ると、慈愛の籠もった目許で青と視線を合わせた。

「はじめまして、青、くん。青くんは……しあわせ?」

 その問いに、円らな瞳がえくぼを見せながら、こくり、と、頷いた。隣では、父である周が穏やかに笑む。



 嗚呼――よかった。



「倖せなんだね……あーちゃん、青くんも」

 人は、“怖い”だけではない。

「世界は……“悪い”だけじゃないね」

 万感籠もった藍の呟きに、周は相槌を打つように首肯する。

「この世には、“鬼”のような“人”など吐いて捨てるほどいます。けれど……僕は、“人”より優しい“鬼”に救われた」

 だから、と、周は告げる。

「僕は“外の世界”を受け入れる心を得られた。“本当”を見てくれる唯一を手に入れることが出来たんです」

 行く当てさえ知らず、泥の中を彷徨った。

 からから。
 からから。

 落ちた。
 堕ちた。

 光に誘われる羽虫のように、瞬いた。そして――



 零れ咲く桜の中で、夢に見た“救い”と出会った。
 悠久の時を生きる、孤独の鬼。

「……知らないよ。“人”の心など、俺は知らない」

 彼は消え入りそうな声で、周の名を呼ぶように語りかける。

「俺は、君達しか知らない」

 言の葉に、彼の心を感じた。

「流架さま……私もだよ」

 優しく堕ちた、世界の中。

「あなたは私に、愛されたいと望む心を与えてくれた。あなたがいたから私は、“鬼”を……流架さまを愛することができたんです」

“鬼”を背負い、生きることを選んだのは、愛と呼ぶ糸と、絆と呼ぶ繋がりがあるから。

「流架さま……掬ってくれてありがとう。今度は私があなたを掬います。だから、これからも寄り添わせてください」

 誰よりも優しい鬼が、誰よりも愛おしいから。

「……虫も殺せない君が、掬えるのだろうか」
「す、すくえますよ!」
「ならば、君の一生は俺が貰おう。醜い“人”から、君の全てを隠す。もう二度と、君を離さない」

 遠き日に無くした愛する心を、“今度”は隠さない。





「……二人共、どうか倖せに」
「ん……あーちゃんも元気でね」
「ありがとう。……大丈夫だよ、藍ちゃん。生きる時を違えても、夢で繋がれます。双子の縁でしょう?」

 生きる世界は同じ空の下ではない。
 しかし、光に救われた双子は、同じ導きの中――明日を生きることだろう。




















**

 からん。
 ころん。

 下駄が鳴る。





 ――その噂。
 万年桜の杜に棲む、ひとりの美しい“神隠しの鬼”。

 穏やかな海のように心地良い声と、小さな双つの声に包まれ、今はもう“ひとり”ではないと、しめやかに、ひそやかに、語り継がれているという。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb8699 / 夕貴 周 / 男性 / 外見年齢:18歳 / 人希う碧】
【jb8679 / 御子神 藍 / 女性 / 外見年齢:20歳 / 鬼希う青】
【jz0111 / 御子神 流架 / 男性 / 外見年齢:26歳 / 隠桜】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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平素よりお世話になっております、愁水です。
お待たせ致しました。和風奇譚の万年桜の神隠し、後編をお届け致します。

素敵なハッピーエンドをありがとうございました。
鬼の夫婦の子供については敢えて語らず、ラストに持ってきた次第です。双つの命を授かったのは、恐らく運命だったのでしょう。

又、印象深いイメージソングもありがとうございました。
最終調整の際、BGMで何度も何度も繰り返して聴かせて頂きました。

海と灰が永久に、光在る明日を歩めますように。

またお会い出来る日を祈って。
貴いご縁、誠にありがとうございました。
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エリュシオン
2018年08月10日

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