▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『不知火の先 』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194)&ラファル A ユーティライネンjb4620

 堀際に建つ大衆割烹。二階の個室で今、4人の男女が顔を見合わせている。
「と、いうわけで。敬愛してやまない我が姉上は元気いっぱいだ」
 不知火藤忠はげんなりと一同を見渡した後、一点に視線を止めて。
「もう手は打っているのか、次期当主様?」
 なんでもない顔で静岡の銘酒――梅の名を持つ逸品をひと口含んだ不知火あけびへ問うた。
「一応、叔母様の動きは報告してもらってるけど」
 先日、あけびは藤忠の姉であり、叔父の嫁である義叔母の企みをひとつ潰してのけたばかり。
 しかし、それで不知火の掌握と支配を望む彼女があきらめるはずもなく、不知火は今、嵐の前の静けさのただ中にある。
「あれだけ見事にやり込められておいて、まだやってやる気なのは見事だがな」
 なんともいえない顔で酒をすする藤忠。
 そんな彼に流麗な笑みを向けたのは、藤忠の親友であり、あけびの婿殿未満恋人以上の関係にある日暮仙寿之介だ。
「彼女ばかりの問題ではない。彼女を支持する者たちからすれば、旗頭を失うことはすなわち自らの失墜だ」
 仙寿之介の枡に酒をつぎ足してやりながら、あけびはうなずいた。
「ただ、その人たちが叔母様の強気の根拠になってるとは思えないんだよね」
 その程度の情報はすでに握っている。義叔母に支持者がいるように、あけびにも支持者がいるからだ。使える手はむしろこちらのほうが多い。だからこそ先の会合でも出し抜けたわけだが……。
「考えられるイレギュラーのひとつはお爺様なんだけど、そっちは心配ないよね?」
 ちらと仙寿之介に流し目を送れば、仙寿之介はあいまいな表情を傾げ。
「さて。婿殿と呼ぶにはまだ早いと釘を刺されているしな」
 あけびは現当主である祖父の支持を得ているわけではない。
 実際、あのときすべての家人を遠ざけたはずの本家に祖父が残っていたとは知らなかった。義叔母が勘違いしてくれるのは大歓迎だったので、あえて言い出さなかっただけのことだ。
「食えねーじーさんらしいじゃん? そーいうのは味方になってくんなくても敵にだってなんねーよ」
 これまで口を挟まず、やはり静岡から取り寄せた牧場産の牛乳をなめていたラファル A ユーティライネンが口の端を上げた。
 彼女はあけびの親友であり、藤忠の部活仲間であり、先の仇討ちでふたりの手を借りて閉ざされていたはずの未来を拓いた撃退士だ。そしてその頭には、久遠ヶ原学園在学時代からのトレードマーク、ペンギン帽子がしっかりと乗っていた。
「で、ほかのひとつだかふたつだか三つだかは?」
 あけびはしかんだ眉根を指で解し、「ふたつだね」。
「そのうちのひとつは無力化してるからいいとして。問題は私の暗殺関係なんだよね」
 義叔母はともかく、それを許してくれるほどまわりの護衛は甘くない。先に出し抜かれたこともあり、今は鉄壁の布陣を敷いている。それはあけびについた者たちがその身をもって確かめていた。
「姉上の性格からして、小刻みにしかけてくることはないだろう。一族に確実な勝利を知らしめたいところだろうし、元々謀略向きではないことを理解しない程度に頭が悪い――もとい、愛嬌がある」
 藤忠のなんとも愛のない物言いに苦笑し、あけびは3人へ告げる。
「一週間後にお爺様が内々で開催するお茶会があるんだ。そこに全員出席してもらうから。ラルはもちろんだけど、仙寿様も姫叔父もお爺様にちゃんと挨拶しないとだからね」
「マジかよー。正座とかケッコーナオテマエとかめんどくせーじゃーん」
「承知。……俺にとっても戦となりそうだな」
「承知は承知だが、なぜ俺がいちばん最後なんだ」
「あー、仙寿様以外の人うるさい! 話は決まったから乾杯乾杯っ!」
 あけびが枡を各人の杯へ押しつけて。
「せっかくのジャージー乳揺らすなよ。クリームになっちまうじゃん。スコーンもねーのに困るだろ」
「おまえ……俺のことをもっと大事にしろよ。仙寿之介もよく言い聞かせておけ」
「俺は家庭を最優先することに決めているのでな。悪いが涙を飲んでもらおうか」
「もー、仙寿様もはずかしいこと言わないでください! ラルも姫叔父も今のは忘れること! これ命令だから!」
「あけびちゃんおーぼーだぜー」
「組合通して抗議……と、俺もラファルも組合には入れないのか」


「事故でも起きるか?」
 帰路。あけびに添ってゆるゆる歩む仙寿之介が、ぽつり。
「その程度で殺せないくらいはさすがにわかってるはずですけど……」
 撃退士の身体はアウルの加護によって尋常を超えた強さを持つ。あけびの感知を抜けて不意を突けたとしても、車で轢くくらいでどうとなるものでもない。
 加えて義叔母の監視体制こそ万全とは言い難いが、外に発信される情報はあらかた押さえてある。それでも漏れ出す情報はあるのだが、対処はすでに藤忠とラファルへ委ねてあった。信じて預けることの大切さは、撃退士としての生活で学んだことのひとつである。
「ほんとはもう全部終わってるんですけどね」
 ため息をつくあけび。
 仙寿之介は酒精で赤みを帯びたあけびの頬に唇をかすめさせ。
「言葉を崩せ。聞いている者はいない」
「は、あ、うん。でもまだちょっと慣れなくて。でも、早く慣れちゃいたいなぁ。手を引かれるんじゃなくていっしょに歩いて、アディーエって、ほんとの名前で呼んで――」
 くすぐったげに仙寿之介から半歩分離れ、あけびは夜の曇天を見上げた。それなりに慣れてきたとはいえ、仙寿之介の不意討ちはまだまだ刺激が強すぎる。
「そのときは一週間後に来るんだろう?」
 何事もなかったかのように言う仙寿之介。あけびからすれば、こういう大人げがまたちょっと憎らしい。
 ――でも、アディーエに約束するよ。一週間後にちゃんと全部終わらせて、ふたりのこれからを拓くんだって。


 あけびと仙寿の邪魔にならないよう、藤忠とラファルはふたりで歩いている。
 と。藤忠がふと切り出した。
「ラファルのスケジュールはどうなっている?」
「ちゃんと空けてあっからなんでもやるぜー、ひ・め・お・じ」
「おまえまで姫叔父はよせ。最近あいつまで俺のことをそう呼ぶから困っている」
 言い合いながらもふたりはすでに構えている。
「ああ、俺が仙寿之介でラファルがあけびだぞ」
 しれっとラファルへ告げる藤忠。
 飲んだ酒は胃の内に貼った生薬の壁で吸収を止め、さらにトイレで吐き出した。体に残る酒気は喉の余韻程度のものだ。
「じゃ、がんばってあけびちゃんっぽく……不知火流鬼道忍軍奥義、偽装解除「高機動トップガンフレーム」!」
 元より酒は飲んでいないラファルから人の偽装が爆ぜ飛び、その体の8割を構成する機械が露われる。
 それを待たず、殺到する刃弾。
 最少の動きでそれをかわしながら、ラファルは天狼牙突で反撃。切っ先をアスファルトに突き立てて軸とし、自らの体を宙で回して豪快な回し蹴りを打った――次の瞬間、ラファルが大刀の柄から手を離し、離れた。
 その残像へ食らいつこうとした式神が、音なき怨嗟の声をあげて闇の内に消え失せた。
「陰陽師、そっちのお友だちか?」
「いや。俺たちが本物ではないことを承知しているだけだ」
 陰陽師たる藤忠には複数の陰陽師が、鬼道忍軍たるラファルには複数の鬼道忍軍が、闇の内から溢れだした敵はふたりと同じ力を持ち、さらに数で圧倒している。手の内を知られているだけに、出し抜くことはなかなかに難しいわけだ。
「手下減らしてあけびちゃんに精神的ダメージ喰らわそーってか」
 黒を裂いて舞う白刃を受け止めたラファルは、体を捌いて圧力をいなしつつ、己が刃の腹で街灯の光を弾いて襲撃者の目をくらませた。
「おとなしく減らされてはやらないがな」
 その隙にドーマンセーマンの結界を張った藤忠がおもむろに取り出したのは、なんの変哲もないスマホ。
「さて、おまえたちも聞いておけ」
 スピーカーから流れ出したのは、襲撃者たちが所属するPMC(民間軍事会社)の社長の声だった。
「夜分遅くに申し訳ないが、緊急事態なのでな。三番めの彼女用のスマホに連絡を取らせてもらった」
 なぜそれを知っているかと問われた藤忠は笑みを口の端に刻み。
「忍をなめるなよ……冗談だ。うちの同列会社の新入社長に動いてもらった。不知火が動くと目立つだろう?」
 ラファルが傭兵たちの前に一歩、踏み出した。
「はいどーも新入社長ですけどー。……なぁ、おかしくねーか? 当日でもない今夜、あけびちゃんでもねー俺らを襲えなんて命令されんの」
 ラファルを満たすナノマシンがその指先から這い出し、刃を形造る。
「不知火からの依頼はおまえらんとこ届く前に横取りした。で、あらためてお届けしたってわけ。うん、叔母様とかってのに現実っての突きつけてやんなきゃだからさ」
 義叔母はあけび抹殺を目論見、監視の網を潜って外部の戦力を引き込もうとした。
 ふたりはその内容をねじ曲げ、今夜自分たちを襲わせた。
 そう、たったそれだけのことだ。
 かくて闇のあちらこちらからアウルが沸き出し、ラファルと連動して襲撃者へ迫る。
「家の警備が不安ならこのスマホに連絡してくれ。ちょうど警備会社を立ち上げるところでな。うちの社員の実力は……すぐにわかる」
 藤忠の言葉にかぶりを振ったラファルが、皮肉を笑みの端に閃かせる。
「俺は社員じゃねーけどな。とにかく明日っからあんたらみてーなの潰して回んなきゃだから早く寝てーんだ。すぐ終わらせてやる」

 茶会当日。
 開始時間よりも30分早く不知火本家へ着いたあけびは祖父の出迎えを受けた。
「無事に着いたか」
「ええ。でも、挨拶は後であらためてさせていただきます」
「いやにかしこまるのう。儂のかわいい孫はどこへ行ったのやら」
「そのあたりは落ち着きましたら存分にお見せいたします」
 言い置いて歩み去るあけびを祖父は追わず、感情の色を映さぬ目で見送るばかり。
「……マジ食えねーじーさんだな。俺がいんのわかってて見逃しやがった」
 あけびの影から染み出すように姿を現わしたラファルが肩をすくめて言う。
「合格ってことだと思うよ。っていうか、ラルのこと知ってるはず。学園経由の公開情報も多いしね」
「なら、俺も合格かな」
 あけびの言葉を継いだのは藤忠だ。傍流とはいえ不知火の一員である彼はあけびの後を普通についてきたのだが、特に祖父から声をかけられることはなかった。
「……すまない。当主殿と少し話し込んでしまった」
 早足で追いついてきた仙寿之介が3人に目礼する。
 それを聞いた藤忠はため息をつき。
「俺に対する孫娘の扱い、当主にまで伝播していないか?」
「えーっと、ドンマイ?」
 ラファルの慰めはもちろん逆効果であった。
 それを笑顔で見やっていたあけびが表情を引き締め、前へ向きなおる。
「あと25分、それで終わり」
 仙寿之介と藤忠があけびの左右へ分かれて姿を消し。
 残ったラファルがあけびにささやきかけた。
「“目”と“耳”は俺が潰しといた」
 跳び降りてきたラファル――分身していた影が自らを折り畳んで左腕に変型し、ラファルと合体する。これで家へ入る前に飛ばしていた四肢のすべてがラファルの元へ戻ったわけだ。
「叔母ちゃんが白い顔して待ってるぜ?」
 取り戻したばかりの左手であけびの背を押すラファル。
 踏み出したあけびはそのまま歩を進め、義叔母の待つ控え室へ踏み込んだ。


「ここで私と再会するのは不本意でしょうね、叔母様」
 短刀を手に壁際からにらみつけてくる義叔母を見やり、あけびは一歩進む。
「叔母様の護衛は仙寿様と姫叔父その他のみんなが相手をしてくれています。監視カメラと集音マイクはラルが殺してくれましたから、叔母様には状況がわからないでしょうけど」
 奥歯を噛み締めた義叔母が空の左手を蠢かせた――
「それだけじゃねーぜ?」
 突如染み出し、その腕を掴んだラファルが言い。
「天井に隠れてた奴も」
 上からぶら下がったラファルが言い。
「床にしこんだ爆雷も」
 下から顔を出したラファルが言い。
「壁の抜け穴も」
 抜け穴のどんでんを返したラファルが言い。
「全部押さえた」
 あけびの後ろに従うラファルが言う。
 ――新型義体により、“六神分離合体「ゴッドラファル」見参”を機械的に再現する分身術だった。
「悪ぃーね叔母ちゃん。あけびちゃんにゃ義理も借りもあっから、そいつはきっちり返してかねーとなんだ」
 もがく義叔母を押さえ込むラファル。
 そこへあけびが桜紋軍刀を手に歩み寄り。
「お覚悟を」
 白刃一閃。
「ひ」
 喉を引き攣らせた義叔母の結い上げた髪を斬り落とした。
「これで今回のことは赦しますから」
 震えることすらできずに立ち尽くす義叔母に薄笑みを突きつける。
「でも次は左腕を落としますよ。その次は右腕を。三度めは左脚、四度めは右脚……もちろんその度に赦します」
 ようやく義叔母は気づく。初めから勝負になってなどいなかったことを。
 自身の耳目、手、足――ことごとくの代わりを務めうる他者をどれほど集められるかは人の器で決まる。そしてそれを使いこなせるかは当主の器によるのだ。
「お引っ越しの準備は整っています。歩いて行くには難儀なところですから、車が出る前にお急ぎを」
 短刀を取り落とし、ふらふらと出て行く義叔母にラファルがふと。
「心配すんなって。どんどんしかけてこいよ。俺んとこにいい義体あるし? 困るこたーねーさ」
 義叔母の足を速めさせた。


 祖父の茶会であけびは自らが会長となってふたつの会社を立ち上げることを報告し、家の者たちに藤忠を警備会社の社長とすること、ラファルを義体関連に特化した医療メーカーの社長とすることを発表した。資金は株式で集めるが、現状は不知火の100パーセント出資でまかなうこともだ。
 すべてを承認した当主もまた、5年の内に家督をあけびに譲ると宣言。不知火の家を巡る騒動はここに終結したのである。

「あのじーさん、おいしいとこだけ持ってきやがった」
 舌打ちするラファルに藤忠が笑みを向け、なだめる。
「……ラファルも会社の立ち上げでいそがしくなるだろう。どうせなら家に住まないか? 姉上一家の部屋が空いたことだし、報告会がてら夕飯も共にできる」
「そりゃいーけどさ。なんか見張ってさぼれねー体制作る気な感じすんだけど。……息抜きすんのに鬼道忍軍の業尽くすのかよ」
 めんどくせー! ラファルの嘆きが響く一方、仙寿之介はすべてを終えたあけびに声をかける。
「一週間の約束は果たされて、次の5年が始まったわけだな」
「その間に一族のみんなから仙寿様のこと認めてもらわなくちゃ。息ついてる暇ないけど」
 仙寿之介の手を取り、あけびは気合を入れて。
「私は私が行きたい先に行く! ついてきてね、仙寿様!」
 仙寿之介はひとつうなずいて。
「おまえが望むままに。それは俺の望みでもある」

 青い空より降り落ちる盛夏の日ざし、それはひとつの先へ向かう4人の先を示すがごとく、限りない白さをもって世界を照らすのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【不知火あけび(jc1857) / 女性 / 20歳 / 明ける陽の花】
【不知火藤忠(jc2194) / 男性 / 26歳 / 藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ】
【ラファル A ユーティライネン / 女性 / 16歳 / ペンギン帽子の】
【日暮仙寿之介(NPC) / 男性 / ?歳 / 天剣】
パーティノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年08月17日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.