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『Violet 'n' a violet 』
ソレル・ユークレースka1693)&リュンルース・アウインka1694


 西へ沈み行く陽に照らされ、連なる商店の外壁は一様に淡いヴァーミリオンを纏っていた。
 通りには今日の勤めを終えた労働者が溢れ、家路を急ぐ者も酒場へ向かう者も皆晴れやかな顔をしている。
 買い物を終えたソレル・ユークレース(ka1693)も、そんな人々に混じり相棒の待つ家へと足早に歩いていた。

「買い忘れはないよな」

 独りごち進んでいくと、行く手から景気の良い声が聞こえてきた。
 6月、指輪、ジューンブライド。
 雑踏をすり抜け、そんな単語が断片的に耳に届く。

『6月に結婚すると幸せになれる』

 そんな謂れに全力で乗っかるべく、利に敏い宝石商が"頑張って"いるらしかった。
 近付いてみると、煌々と明かりを灯した店内は若い客で賑わっている。真剣な面持ちでガラスケースを見つめる青年や、そう遠くない内に夫婦になるのだろう恋人達。

「ジューンブライド、ねぇ……」

 その中で、豊かな黒髪の女性に目を惹かれた。幸せそうに彼と寄り添うその背中へ、ソルは無意識に相棒の――リュンルース・アウイン(ka1694)の後ろ姿を重ねていた。

(……うん。彼女よりもルースの方が似合いそうだよな……ドレス)

 均整の取れたスレンダーな身体は、線の細さを引き立たせるタイトなドレスも、裾に膨らみをもたせた豪奢なドレスも、何だって優雅に着こなしてしまうに違いない。
 長い黒髪は結い上げてティアラで飾ってもよく似合うだろうし、その艶やかさを魅せるためいっそ下ろしてしまうのもアリだ。
 銀色の瞳はどんな色味の宝石とも調和する。そしてどんな高価な貴石で飾ったとて一等美しく輝くだろう。

(いや待て)

 ソルははたと我に返る。

(当たり前のようにドレス姿で想像しちまうんだが)

 ルースの性別を考えれば、挙式で纏うに相応しいのはモーニングやタキシード。
 けれど、想像の中で一度ドレスを着せてしまったルースにそれらを着せようとしてみるが、どうにも上手くいかない。思い描いた花嫁姿のルースは、贔屓目を除いたとて、この場にいるどんな女性よりも麗しい。

(……似合うんだから仕方がないよな)

 仮に今隣にルースがいたならば、彼女連れの若者達でさえ振り向かずにいられないだろう。
 エルフという生まれながらに美を備えた種であることもあるだろうが、内面から滲み出る品の良さや穏やかさが、ルース独特の静謐な美しさを構築しているように思えてならない。
 例えばルースを振り返ってしまって、彼女に頬を叩かれる男がいたならば、ソルは浮気者と呆れるより仕方ないよなと同情を覚える。何せそれだけの美人なのだから。
 しかしルースに刺さる視線を思うと、チリチリと喉が焼けつくような感覚が湧き上がった。

(ある意味女でなくて良かったというか……。いや男でも、まあ、その、目を奪われることは多いんだが……俺は何に言い訳をしているんだろうな)

 喉元を手の甲で拭い、不快な感覚を退けようとする。けれど熱帯びたその感覚はしつこく肌に残り続けた。
 不快というより苛立ちに近く、感情というより衝動に近い粗暴さで、肌から気管へと延焼していくようだ。
 そこへ、先程ルースを重ね見てしまった彼女が、彼と連れ立って店を出てきた。彼の手には小さな包み。幸福の只中にある恋人達は、横目で見ているソルには気付かず腕を組んで歩いていく。

(ルースも恋をしたことはあるんだろうか)

 ふとそんな疑問を抱いた。
 少なくとも共に過ごすようになってからは、そういった素振りを見せたことがない。ないはずだと、ソルは思う。
 けれど出会う前は?
 故郷にいた時は?
 ルースを育んだ郷だけあって、そこに住まうエルフ達は皆、男女ともに美しかった。
 あの中に、想いを寄せた相手が居たのだろうか。隣にありたいと願った者が。

 ルースと並び立つ誰かに想像が及んだ途端、喉元を焼いていた熱はいよいよ胸へと広がり、言いようのないむかつきに見舞われる。
 制御も対処もできない分、二日酔いのむかつきよりもタチが悪い。
 過去はどうあれ、今現在ルースの隣にいるのは間違いなく自分で、少なからず――恋愛感情ではないにせよ――好かれていると自負している。それでもルースの傍らに立つ顔の見えない誰かを思うと、

(少しばかり、いや、中々にむかむかするもんだな……)

 手を胸へ当てがい、乱暴に服をくしゃりと掴む。
 と同時に、誰かに腕を掴まれた。
 振り向けば、そこには満面の笑みを浮かべた店員が。……集客に熱心な店員が、店を覗き込んでいたソルを見逃すはずがなかったのである。

「贈り物をお探しですか?」
「いや俺は、」
「どうぞ中へ、ご覧になるだけでも!」

 抵抗虚しく、ずるずると店へ連れ込まれてしまう。
 けれどいざ入ってみると、店員は強引だが並んだ品はどれも質が良く、ディスプレイも手が込んでいて、この盛況ぶりにも納得がいった。
 よく知らなかったが良店であるらしい。そつなく流行が押さえられた品々を見ている内に、ルースに何か贈ってみるかと思い立つ。

(俺から贈った物なら、いつも身につけてくれるだろうか。しかし何にするか……)

 ショーケースを覗いてみると、やはり時期柄か指輪が幅を利かせていた。婚約時に贈る大小の石をあしらった高級品から、普段遣いに良さそうなシンプルな物まで、実に様々だ。
 あの白い指にはどんな物でも似合いそうだなと、想像するだけで口許が緩んでしまう。
 するとソルの視線を追った店員が、

「上段はマリッジリング、中段はエンゲージリングとなっておりまして」

 それらをケースから出そうとした。ソルは慌てて押し止める。

「いや、そんな大それたモンは」
「6月ですし、恋人に贈るなら今ですよ」
「恋人ってわけじゃ……」

 店員が勘違いするのも無理はなかった。ソルが眺めていたのは、いずれも薬指用の指輪達だったのだから。当然のようにそれらを贈ろうとしていた自分に軽く驚きつつ、

「ああそうだ、小指用の指輪を見せちゃくれないか」
「ピンキーリングですね、畏まりました」

 店員がケースを開けている間に深呼吸して、平静さを取り戻す。そしてヴェルベットのトレイに出されたリングの中から、どれにしようか悩んでいると、店員が訳知り風に頷いた。

「エンゲージリングの前にピンキーリングをと言うわけですか」
「ん? だから恋人ってわけじゃ、」
「でしたら左手の小指につけていただくと良いですよ」
「ない……って、何の話だ?」
「おまじないですよ。右手の小指に嵌めればその人の魅力を高めてくれ、左手の小指に嵌めればふたりの絆や愛情を深めてくれると言われているんです」
「へぇ……」

 さして興味もそそられず軽く流して、再び指輪達に視線を戻す。しばらく悩んでいたソルだったが、店員が追加で出してきた指輪の中から、ある一品に目を留めた。




 ルースは火から下ろした鍋にキルトの保温カバーをかけ、オーブンの中を覗き込む。香草を詰めた丸鶏にいい具合の焼き色がつき始めていた。

「ん……よし」

 その間に調理器具を手際良く洗っていく。テーブルにはもうすっかりカトラリーを並べてあり、食事の準備は既に万端。それなのに肝心のソルがまだ帰らない。
 やる事を全て終えてしまうと、ルースは邪魔にならぬよう結いていた髪を解いた。はらりと髪が肩にかかり、気に入りのシャンプーの香りが束の間キッチンに舞う。

「遅いなぁ、ソル……どこまで買い物に行っちゃったのかな」

 呟き、小窓から外を見やった。陽が落ちて辺りはすっかり暗くなっている。
 すると通りの向こうからソルが歩いてくるのを見つけた。くすみのない銀の髪は、夕闇の中でもよく目立つ。左腕に紙袋を抱え、右手は何故か落ち着きなく上着の懐をまさぐっている。

「……?」

 不思議に思ったが機嫌が悪いわけではないらしい。ルースは鍋を火にかけなおした。


「おかえりなさい、ソル」
「あ、ああ、ただいま。おっ、何だか凄く旨そうな匂いがするな。この匂いは……ルースお得意のポトフか?」
「当たり」

 出迎えると、ソルはそわそわ視線を彷徨わせ、それを誤魔化すよう大袈裟にはしゃいで見せる。そんな彼はまるで、

(イタズラを隠してる男の子みたい。ちょっと可愛い……)

 大人の男らしい色香を備えた顔立ちから繰り出される、悪戯っ子めく笑みや仕草。そのギャップが堪らない。こちらが気付いているなんて少しも思っていないのだろう。そこがまた良い。

(ふふ……何を企んでいるのかな?)

 気にはなりつつも、ルースは何事もなかったかのように料理を皿へ盛り付けていく。オーブンから取り出した丸鶏をテーブルへ運ぶと、ソルの目が釘付けになった。

「ご馳走だなぁ!」
「お肉もいいけれど、ちゃんと野菜も食べてね?」

 言いながら、スープ皿へたっぷり野菜のポトフをよそった。食べごたえがあるよう大きめに切ったじゃが芋や人参は、色艶を見ただけで充分に味が染み込んでいると分かる。
 ほわりと立ち上る温かな湯気と優しい匂いは、肉好きのソルの健康を気遣うルースの気持ちそのもの。
 ふたりで囲む和やかな食卓。慣れた手付きで丸鶏を切り分けていくソルの手許を見ていると、しみじみとした幸福に包まれる。ふたりで食べる食事はもう何度目か分からないけれど、この幸福感に慣れてしまうことはない。
 ソルのために栄養バランスを考えた料理を作ること、一緒にテーブルにつき同じものを食べること。ルースにとっては1回1回が全て大事で愛おしい。

「さて、」
「ちょっと待ってくれ」

 いただこうか。そう言おうとしたルースをソルが両手で制した。それからちょっぴり得意げな顔で取り出したのは、瓶詰めのシードルだった。

「わあ、『エルフハイム』?」
「珍しいだろ? たまたま見つけたからさ」
「たまたま……? ふふ、ありがとう。嬉しい」

 エルフの郷で作られるこのリンゴ酒はルース気に入りの一品だが、ほとんど市場に出回らない。"たまたま"見つけるのは相当困難なはずだ。それでもソルがそう言うのだから、そういうことにしておいた。
 互いのグラスへ注げば、淡いゴールドの液体の中、次々に気泡が生まれキラキラ弾ける。

(隠していたのはこれだったんだ)

 少し改まってグラスを合わせ、唇に含む。爽やかなリンゴの香りが甘く喉を湿した。
 ソルの心遣いと程よい酒精度に酔いしれていると、まだソルがそわそわしていることに気付く。

「……?」

 ややあって、ソルは決心したように小さな箱を取り出した。
「その……これをお前に。良かったら着けてくれないか」

 ソルの長い指が蓋を上げると、中には紫水晶をあしらった美しい指輪が収まっていた。ルースは思わず指輪とソルを交互に見やる。

「綺麗……これを、私に?」
「ああ。……どうもこういうのは照れくさいな」

 ぶっきらぼうに言い、僅かに目許を赤くして視線を逸らすソル。まだ何かプレゼントを隠していたなんて思ってもみなかったルースも、一頻り驚いてしまうと段々恥ずかしくなってきて。火照った頬を俯けて隠した。

「ルース、手を」

 ソルが手を差し伸べてくる。

「えっと……どっちかな?」

 尋ねると、ソルは一瞬考えてから答えた。

「左手を」


 そうして、差し出されたソルの手のひらに左手を重ねる。手が震えてしまい堪らなく恥ずかしかったけれど、よく見れば指輪を持つソルの指先もかすかに震えていて。
 ソルの手で指輪を小指へ嵌めてもらうと、金属のひんやりとした感触が火照った肌に心地よかった。サイズは測ったようにぴったりだ。
 左手を灯りの許へ翳してみる。上品な紫の色味の水晶は、光を透かして一層綺麗に煌めいた。

「……嬉しい。どうもありがとう、ソル。ずっと大事にするからね」
「気に入ってくれたなら良かった」

 ソルはホッとしたように息をつく。そんな彼の瞳と指輪の水晶は、全く同じ色をしていた。

「ソルの瞳と同じ色……。指輪ならいつでも身につけていられるし、まるでソルがいつも一緒にいてくれるみたいだね」

 そう思うとより指輪が愛おしくなり、見惚れながら指で撫でていると、ソルが何故かムッとしたように腕を掴んできた。

「何?」
「いや、そう思ってくれるのは嬉しいんだが……指輪ばかり構うなよ。本物がここに居るだろう?」
「自分で贈った指輪に妬かなくても」
「や、妬いてないっ」
「ふふ」
「笑うなよ、もう……」


 それから改めていただきますを言い合って、食事を再開した。
 いつもより一段と温かくてくすぐったい幸せな食卓。
 ふたりの夏の夜はゆっくりと更けていった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1693/ソレル・ユークレース/男性/25歳/おまえのそばに】
【ka1694/リュンルース・アウイン/男性/21歳/きみとともに】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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素敵な相棒のおふたりの、夏のひとときのお話をお届けします。
またおふたりにお目にかかれて、大変嬉しく思いながら書かせていただきました。
ピンキーリングのおまじないについてアドリブで差し込ませていただいたのですが、
ソレルさんならおそらく左手を選ばれるのではないかな、と思いあのような描写となりました。。
イメージと違う等ありましたらお気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました!
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2018年08月13日

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