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『もしも届いていたならば 』
狒村 緋十郎aa3678)&レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001

 これは可能性の一つ。
 ゆえに“本当の物語”において、かの邪悪なる愚神と相対し撃破した勇士らと一切の接点はなく、彼らの成した高潔、そして決意は、決して汚されぬものである。
 これは可能性の一つ。
 今はもういない男の夢物語……。







 そして少女は怪物のように嗤った。声音こそ愛らしい。なれど内容は人類にとっての悪意そのものであり、害意しかなかった。その害意の名前は愚神ヴァルヴァラ。宴は狂い、愚神は本性を表したのだ。
 “名もなきエージェント達”――これは本当の物語における勇士達ではない、この夢物語の為だけのエキストラである――は愚神の悪意に表情を引き結び、共鳴姿でAGWを構える。狒村 緋十郎(aa3678)を除いては。
 レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)と共鳴した緋十郎の姿は普段とは異なっていた。普段ならば英雄レミアの外見となるが、今の共鳴姿は緋十郎そのもの。黒い襤褸外套が蝙蝠の翼のように翻る……。
(やっと会えた――)
 ただ一人、攻撃姿勢をとらず。恍惚と幸福の表情を浮かべる緋十郎は、エージェント達の中で極めて異質ですらあった。
(やっと俺の、愛しいヴァルヴァラに会えた)
 緋十郎は嬉しかった。あの触れたもの全てを凍て付かせるような敵意、悪意。それこそが本当のヴァルヴァラだ。偽りのない彼女自身だ。そして――だからこそ緋十郎は惹かれたのだ。

「分かった。ならば俺は、全エージェントと手を切る。今この瞬間より俺は……ヴィランと成ろう」

 緋十郎が放ったのは、迷いなき真っ直ぐな言葉だった。
 スッと踏み出した一歩。緋十郎はヴァルヴァラを守るように立ち、“敵(エージェント)”へと鮮血の巨刃『闇夜の血華』を向ける。刀身が纏う瘴気は刃の血の色が見えなくなるほど真っ黒い。そのどこまでも深い黒は、緋十郎の殺意がそれだけ純粋であることを示していた。
 エージェント達に動揺が走る。当然だ。なぜなら緋十郎は同じH.O.P.E.のエージェントで、緋十郎は有名にして勇猛なリンカーだ。そしてエージェントの任務は、人類に牙を剥く愚神ヴァルヴァラを撃破することであり――緋十郎の行動は裏切り以外の何物でもなかったからだ。
 正気ですか、とエージェントが言った。ヴァルヴァラがまだ自分は無実と泣いて震えて訴えてきたのならばいざしらず、かの愚神は人類を徹底的に馬鹿にしており、明確な悪意を示していたからだ。包丁を向けてきた殺人犯の味方をするようなものだ。
 その問いに対する緋十郎の答えは――

「正気だとも」

 暴力の一閃。
 チャージラッシュによる攻撃が、手近なエージェントをばっさりと切り捨てる。血飛沫を上げて転がった屑肉に一瞥をくれることもなかった。表情一つ変わらなかった。正気の人間ができる業ではない。
 その瞬間、エージェント達は緋十郎が宣言通り「ヴィランになった」ことを理解する。なぜ、どうして、愚神の言葉を聞かなかったのか――あらゆる惑いと失望と非難と共に、戦いの火蓋は切って落とされた。
「あはははは! ほんとにやった! おもしろーい!」
 ヴァルヴァラは手を叩いて喜んだ。彼女の目には、人間同士の殺し合いなど哀れな道化の馬鹿踊りにしか映っていなかった。
「ああ、おっかしい。笑わせてくれたお礼に、お望み通り使い潰してあげるね?」
 ヴァルヴァラが掌をかざす。途端、彼女を護らんと背を向けている緋十郎の手足に氷の杭が刺さった。それはライヴスが込められており、ヴァルヴァラの操り人形糸であった。
 凍て付く痛みが緋十郎の脳を焼く。そしてじわじわと手足の感覚がなくなっていく――ゾクゾクとした喜悦が緋十郎の背を駆け昇った。例えそれが痛みでも、嘲笑でも、緋十郎にとってはヴァルヴァラから与えられる全てが愛おしく、全てが尊く、全てが嬉しかったのだ。
「ほらほらぁ! 踊れ踊れ!」
 ヴァルヴァラはそんな緋十郎を滅茶苦茶に使い潰す。降る矢を、魔法を、刃を全て受け止めさせ、凍った腕を無理に動かさせて刃を揮わせる。
「嬉しいでしょおー? きゃはははは! ほら、次はあっち!」
 例えるならば、無邪気な子供が玩具で残酷に遊ぶような。大口径のAGWが火を噴き、緋十郎の腹部に穴を開ける。ごぼ、と男の口から血反吐が零れた。無理に動かされた腕の繊維は千切れ、血管は内出血を起こし、骨は損傷している。凍て付く寒さか激痛か負傷による不随意な痙攣か、緋十郎の腕はガクガクと震えていた。
「ッガぁ!!」
 その腕で。緋十郎はケダモノめいて牙を剥きながら、轟と大剣を振り回す。不屈の精神は狂気の域だった。疾風怒濤の狂える刃が、また一人を切り伏せる。浴びる返り血はたちまち凍り、緋十郎の肌に貼り付いた。
 と。血飛沫と剣戟の間隙を縫って、矢が緋十郎の太腿に突き刺さる。立て続けの刃が頬から耳、側頭部へと深く滑って行った。裂けた赤からケダモノの牙が覗く。ガハーッ、と吐かれる吐息が熱く白く立ち昇った。
 ガシャン。凍った片方の腕がエージェントの攻撃に砕かれて、床に落ちる。砕けて散らばる。ヴァルヴァラがワッと笑った。手を叩いてハシャいでいた。
(そうか、そうか、楽しいか。なら……良かった)
 例え脆き肉盾でも、譲れぬ鉄壁として立ち塞がろう。約束をした。必ず護ると。闘志は難攻不落、片腕だけで緋十郎は刃を揮う。一撃でも多く受け止めて、一秒でも永くヴァルヴァラが生き延びる為に。
「ヴァルヴァラ、俺が心配していたのは……お前が無理矢理、人間を好きにさせられていたのでは……ということだ」
 流れる血すらも凍り付く。緋十郎の視界は霞み始めていた。
「ゆえにこうなった今、お前が洗脳されているなどとは……俺は微塵も思わん。この二ヶ月、俺はお前の傍に居られて幸せだったが……お前にとっては、口も利きたく無い男に愛想を振り撒くのは……さぞや辛かったろう。すまん……」
「そうだよ? だから精一杯、罪滅ぼししてね! 私のこと好きなんでしょ? がんばってね!」
 緋十郎の背後で雪娘は悪意たっぷりにそう言った。かざす掌から氷の茨が溢れ、緋十郎を巻き込んでエージェントらを刻み苛む。
 その嘲笑、無垢な笑顔の裏の邪悪。愚神の言葉に緋十郎はウットリと目を細める。
「お前との約束も……古木での誓いも。全て承知の上、覚悟の上だ。ヴァルヴァラ、俺は……お前が好きだ。お前に生きて欲しい。お前の命と引き換えにすべきものなど……この世に存在しない」
「あはははははははは! だってさぁ! ねえ聞いた? ねえ人間共、今の聞いた? ねえ裏切られてどんな気分? 哀しい? 悔しい? やるせない? キャハハハハハハハハ!!! もう傑作! それじゃあ、みーんな、私のために死んでね!」
 緋十郎の真摯さに、愚神が愛に目覚めることなどなかった。愚神と人間は相容れない。ヴァルヴァラにとって人間などその辺の石ころに過ぎないのだ。好きに蹴り飛ばしていいモノだ。
 ヴァルヴァラの邪悪さに、それでも緋十郎の愛が揺らぐことはなかった。彼女が楽しそうならばそれで良かった。好きな女には笑顔でいて欲しかった。だから、いいのだ。これでいい。この体が粉々になろうと。英雄共々ヴィラン認定を受けて、仲間だった者達から失望の罵りを受けようと。

『……――』

 レミアはライヴスの奥から、じっとその光景を眺めていた。唇は引き結び、黙して語らず。最早、言葉は意味を成さないところまで来ていることを知っていた。好きな男の想いを貫かせること、それがレミアにできる最後の、そしてたった一つの愛だった。全ての想いを飲み込もう。レミアは緋十郎を愛していた。だからもう、これ以上は何も要らない。

 かくして。
 緋十郎の脚が両方とも砕ける。
 冷たい床に、男の体が転がった。

「う、ぐ……」
 見上げる先には、リンクバーストをした者がいる。緋十郎は武器を握り締め――共鳴を解除した。降伏……ではない。
「……ヴァルヴァラ。頼む、俺の体を……使ってくれ。憑代を得た愚神の戦闘力は……大きく跳ね上がる。俺のことなど嫌ってくれたままで構わん、ただ王の為でいい……。このまま討たれるよりも、俺に憑依してより多くの被害をH.O.P.E.に与えた方が、王の意にもそう……違うか、ヴァルヴァラ……。
 憑依とは……愚神の口の中に入るようなものだと、言っていたな。ヴァルヴァラ、俺は……お前と一つになりたい……。お前の中で果てたい……。それが叶うなら……この命など要らん。頼む……我が霊力の全て、お前を愛して止まぬこの魂ごと……喰らい尽くしてくれ……」
「何言ってるの? アンタもう、ライヴスなんてほとんど残ってないじゃない」
 ヴァルヴァラが冷たく言い放つ。転がった緋十郎の髪を掴んで、最早手足も砕けて軽くなってしまった体を乱暴に持ち上げる――盾にする。
「スープ皿を舐めるなんて、私やーらない。だってレディだもの。アンタにできることは、私に使い潰されることだけ」
 耳元で囁く言葉。甘ったるい声音だが、その内容は外道の極み。
「良かったじゃん、ミロンにはこんなことできなかったし。私に尽くしたかったんでしょ? 良かったじゃん。ほら笑えよ」
 エージェントにとっては、無力化された緋十郎が突き付けられている状態。攻撃を快くできるハズがなく……その隙に、ヴァルヴァラが吹かせる氷の嵐が彼らを凍て付かせた。緋十郎ごと、だ。
「ばいばい緋十郎。役立ってくれてありがとう♪」
 雪娘が手を離す。緋十郎はゆっくりと落ちる。
 床に落ちて砕ける寸前、緋十郎が見たのは、ヴァルヴァラの愛らしい笑顔だった。手を伸ばしたくて抱きしめたいと思った瞬間、彼の意識は砕けて消えた。




『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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狒村 緋十郎(aa3678)/男/37歳/防御適性
レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)/女/13歳/ドレッドノート
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2018年08月14日

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