▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『色付く世界で 』
桜崎 幸ka7161


「ワイバーンって、思ってたより大人しいんだねぇ」

 故郷にいた頃には、ゲームや物語の中にだけ存在していた龍種。それが今目の前にいるばかりか、自分の手に撫でられて気持ちよさそうにしている現実に、桜崎 幸(ka7161)は興奮を抑えきれず呟いた。

「ここが気持ちいいのかなぁ? よしよーし……」

 幸よりも一回りも二回りも大きな龍騎士隊のワイバーンは、まるで猫の仔のようにされるがままだ。


 幸がハンターになって2回目の仕事として選んだのは、龍園の春支度のお手伝いだった。
 蒼界から紅界に転移してきてから日が浅く、まだ西方の暮らしの何もかもが目新しいが、遥か北に西方とは全く違う環境の都市があると知り興味を持った。ましてそこが龍種のたくさんいる場所だというのだから、好奇心をくすぐられないわけがなかったのだ。

「はーい、じゃあここの柵直すからお外に行こうね。おいでおいでぇ」

 一頻り撫でてワイバーンのご機嫌を取ると、手綱を取って龍舎の表へ連れ出す。
 外の柵に手綱をきちんと結び終えると、額を拭い、無事に一作業終えた達成感からふぅっと息をついた。
 そこへ、幸の可愛らしい仕草に見惚れていた双子の少年龍騎士が声をかけてくる。

「幸君、随分飛龍の扱い手慣れてるっすねぇ」
「蒼界でも龍の世話とかしてたんすか?」
「まっさかぁ、地球に龍はいないよ? 見たのも触ったのも初めてだよぉ」
「ホントっすか!?」

 双子達がそっくり同じ顔で異口同音に言うので、幸は思わずくすりと笑った。

(きょうだいかぁ……仲良さそうで、いいな……)

 ふと懐かしい姉の姿が胸を過る。
 姉の面影に誘われるようにして、幸の意識は過去の時間を彷徨い始めた。




 灰色。

 地球での暮らしを色で例えるなら、灰色だったと幸は思う。
 色彩を欠いたグレー。
 鮮やかなものが何もかも焼け落ちた後に残る燃えカスのような。

 朝目覚めた時、大方の人は今日という新たな日に期待を抱くのかもしれないが、幸は違った。
 新しい日は朝になれば来るけれど、いくら来ようと昨日の続きでしかないと知っていたから。
 代わり映えしない姉とふたりきりの暮らしが、昨日や一昨日と同じように繰り返されるだけ。

 それが全く不幸かと言えばそうではない。から、黒ではなく。
 でも心から幸せなのかと訊かれれば違う。から、白でもない。
 かと言って心躍る出来事があるでもない。ので、無彩色。

 今日も、明日も、明後日も。昨日や一昨日や、その前の日が連綿と続くだけ。
 そう思っていた。
 蒼界にもVOIDはいたし、連合軍肝いりの新戦力・強化人間についてニュースが流れたりしていたけれど、最前線の連合軍が対応していたから民間人の幸の周りにはほとんど関わりないことだった。命の危険を感じることなく暮らせると言うことは、それだけ連合軍が奮闘しているということではあるのだが。
 それ故に、画面の中の現実離れした現実は、映画を観ているような実感に乏しい"映像"でしかなかった。


(確かに、VOIDがどこから来たのかとか強化人間の原理とか、気になることはあったけど……それだけだったのに)

『あの日』、幸の全ては一変した。

(まさか僕が覚醒者になるだなんて思ってもいなかった)


 突然の事故が、幸から姉を奪ってしまった。
 悼む気持ちも悲しみもあったけれど、これから独りでどう生きて行けばいいのかと思うと視界が真っ黒になった。
 昨日と同じ日はもう来ない。繰り返しの輪は唐突に断ち切られたが、こんな終わり方を望んでいたわけじゃない。
 そうして――ふと気付くと、紅き世界の大地に立っていた。
 地球の危機に幾度となく駆けつけてくれていた英雄・ハンター達が住む異世界に。




「……おーい、幸くーん?」
「大丈夫っすか? どっか具合悪いんすか?」

 かけられた声で我に返ると、双子達が心配そうにこちらを覗き込んでいた。そんなふたりの首筋には、地球の人々が誰も持っていなかった龍のような鱗がある。彼らはドラグーンと呼ばれる、肌の一部に鱗を持つ少数種族だった。

「だいじょうぶだよ、ボーッとしちゃってごめんねぇ。ねぇ、その鱗って硬いの? 柔らかいの? ちょっと触ってみてもいいかなぁ?」

 許可を得て手を伸ばすと、硬い革と硝子を足して割ったような手触りが。

「不思議ー……ワイバーンの鱗とは違う感触がするねぇ。冷たいのかと思ったらそうでもないし、でも肌よりはちょっとひんやり? みたいなー……」

 気になってさわさわ撫でていると、双子はくすぐったそうに身動ぎする。肌と同じように触られている感覚はあるらしい。
 初めて見るもの、想像すらしていなかったものが、この世界にはたくさんある。好奇心旺盛な幸の胸は、それらを知るたび、出会うたびにわくわく弾んではちきれそうになる。

(転移した時は、本当にびっくりしたなぁ。何にも知らない世界にぽんっと放り出されて、文字通り『ひとりきり』になっちゃって……それでも、頭が真っ白になったのは、今思うとほんとに一瞬だったなぁ)

 孤独に苛まれそうになった幸の心を癒やしたのは他でもない、この未知なるものへ抱く好奇心だった。
 まるで百年ほどタイプスリップしたかのような、クラシカルな街並み。
 それでいて電気の代わりに魔法や魔導技術が普及していて、意外なほどの便利さもある。
 そんな世界に暮らすエルフやドワーフ、自分達とそっくりな紅界人や、角持つ鬼や機械仕掛けのオートマトン。
 興味を惹くものごとは無限に溢れている。

 この世界に招かれて、精霊に受け入れられて、歪虚と戦う力も得て。
 剣と魔法の世界を地でいく紅界の暮らしは、1日たりとも同じ日なんてありはしない。
 日々好奇心を刺激されて、ひとりぼっちの寂しさに心付く間もないほど。
 灰色だった視界は、一気に色彩を取り戻していった。


「あのー……幸くん? そろそろいっすか?」
「ん? ああ、ごめんねぇ。ありがとー」

 触りっぱなしでいた双子達から手を離す。考えに没頭するあまり、随分長いこと触りつづけていたらしい。双子の顔はもう真っ赤だ。
 もう一度ごめんねぇと手を合わすと、ふたりは照れたように笑う。

「いえ、手伝ってもらえて大助かりっすから、このくらいは」

(好奇心からこうして訪ねて来たわけだけど……でも、僕がしたいと思ったことがこうして誰かの助けになるんだったら、それってすごいことなのかも……)

 彼らの笑い顔を見て、幸もつられて笑顔になる。

「さてさてぇ、じゃあ次のワイバーンくん連れに行こっかぁ♪」
「お、やる気っすねぇ」
「うん! 僕クリムゾンウェストに来て、毎日がとっても楽しいんだぁ。知らないことがたくさんあって、色んな人達と出会えて……僕の好奇心が誰かの助けになっちゃうかもって思うと、世界がキラキラして見えるんだよぉ」
「?」

 双子は一瞬不思議そうに顔を見合わせたが、幸がとても楽しそうなのでまあいいか、ということにしたらしい。

「あ、まだ中で寝てるヤツがいるっすよ」
「お昼寝中かぁ。起こすの可哀想かなぁ……?!」

 そうして、双子と競争するように龍舎へ戻る。
 入口をくぐり際、ふと振り向いた幸の視界遥かに、春の陽射しに照る北方の山々が見えた。まだ厚い氷を纏った山々は淡い紫をして透けるように美しく、紺碧の空を背景に綺羅と煌めいていて。
 色鮮やかな景色を目に焼き付け、幸は龍舎へ駆け込んだ。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【ka7161/桜崎 幸/男性/16歳/香子蘭の君】
ゲストNPC
【双子龍騎士/男性/18歳/新米龍騎士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
蒼界の暮らしに思い馳せる幸さんのお話、お届けします。幸さんと再びお目にかかれて、とても嬉しいです。
場面の指定がないようでしたので、初めてシナリオでご縁いただいた龍園での様子をベースに書かせていただきました。
お姉さんのことを思い出すにあたり、お声かけていただいていた双子の存在は切欠に丁度いいかな、など……
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました!
シングルノベル この商品を注文する
鮎川 渓 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2018年08月16日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.