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『Bodyguard 』
空月・王魔8916

 実に合理的で効率的だね。
 空月・王魔の食事風景を見て、現在の雇い主にして同居人――以後は便宜上、家主と呼ぶことにする――はうなずいたものだ。
 が、どう考えても納得されるような食事ではない。10秒で体に足りない栄養素を補充できるらしい栄養補助ゼリー飲料を8秒で飲んでみせた程度のことだし、そもそも彼女の生活すべてが“合理的”で“効率的”なのだから。
 王魔がひとり暮らしを営むアパートメントには家具がない。最初から置いてあった折りたたみベッドがひとつと、その下には何枚かの服やアンダーウェアを放り込んだ箱があるばかり。
 壁際には各種の栄養が摂れるゼリー飲料の箱が積まれていて、空箱はそのまま空パックを捨てるゴミ箱になっているわけだが、さすがに家具へ含むのははばかられよう。
 ……と、それはともあれ。
 住まいに彼女が求めるのは、住所と雨風をしのげる天井と壁くらいなもの。だからなにかを置く必要は感じないし、彩る気力を沸き立たせるつもりもない。
 そんな部屋を見渡して、家主は言った。私にキミの合理性と効率を売ってくれないか?
 さっぱり意味がわからなかった。

 紛争地帯のただ中、日本人ジャーナリストの“空月”が現地の女と燃えるような恋をしたおかげで王魔は生まれ落ちてしまった。
 民族の一員になりきれぬ混血児、ましてや闘争を支える兵士になることも期待できぬ女児である。物心つく前から、ずいぶんと苦労させられたようだし、父母にも苦労をさせたはず。もっとも父母の苦労は一発の地雷で彼らの命ごと綺麗に消し飛んで、王魔もまた右眼を失うこととなった。
 保護者と見目を損なった彼女に少女娼婦としての未来はありえない。だからもう、その辺りに転がっていた鉄骨の先を研ぎ上げて槍を作り、できたての死体や彼女を襲う誰かと、より強い得物をわらしべ長者――父が寝物語に話してくれた昔話のひとつだ――さながら交換し、いつしか奪う側へと身を転じて……戦士として生き抜くよりなかったのだ。
 正直、父親の生国である日本へ渡ろうと思ったのは気まぐれだ。いや、理由はある。ただ、それを並べてみたところで、たいした意味がないだけで。
 そして来てみれば来てみたで、日本という国に彼女のような戦士を受け入れるだけの表舞台がなく、だからこそ時間の大半をこうして無為に使い捨てているわけだが。

 自らの半生を顧みる王魔へ、家主はさらに語りかける。
 最近私は思うんだ。この世界は人と人との関係性で成り立っている。“お独り様”が隠遁を決め込むには、少々構造が適していないらしいとね。
 自分と家主は、とあることをきっかけに知り合っただけの間柄だ。こうして部屋に迎え入れてしまったのは王魔の失態というか、断る手間を惜しんだせいなのではあるが、しかけられた問答に頭を悩ませてやるほどの仲ではありえまい。
 だから、考えるよりも先に訊いた。
「なにが言いたい?」
 と、訊いてしまってから気づいた。これじゃあ返事を待たないといけないじゃないか。
 少しだけ助かったのは、家主がもったいつけずに答えたこと。
 それなりに困ったのは、その内容があまりに面倒なものだったこと。
 実に心外だったのは、その面倒を覆すだけの論を、王魔が持ち合わせていなかったことだ。
 などと、段階的に彼女を追い込んだ家主の返事とは……
 私が言いたいことは、お独り様に厳しい社会だからこそ、力を合わせないかということさ。具体的には私のサポートをお願いしたい。なにせ見てのとおり、左腕が欠けているものでね。身を護ることすらおぼつかないんだ。代償は衣食住その他の支給と、キミの社会的尊厳と地位の維持。それほど悪くない取引だと思うけど?


 結局、王魔は家主の提案を飲むこととなる。
 仕事とは今日を生き抜くためのものだ。そのことを文字どおりの鉄火場で学んできた王魔に、手を抜くという選択肢はなかった。
 まあ、QOL(人生・生活の質)を求めながらもその隻腕と、さらには大らか過ぎる性格とですべてを丸投げてくる家主のため、力を尽くさざるをえなかったとも言えるのだが。
 いつしかゼリー飲料の吸い口を開けるよりも缶詰の蓋を開ける回数が増え、その手に握っていた、伸びた爪の処理をするためのナイフは食材を刻む包丁へと替わり、戦う以外は歩くバランスを取ることを主にしていた腕には洗濯籠や掃除機が抱えられるようになり……
 私はキミがやればできる子だと確信していたよ。
 などと語って薄笑む家主に対して「あくまで私はおまえのボディーガードを引き受けただけで、あとのことは物のついでだ」といちいち答えなければならないのは業腹だが、自分でも驚くほどの家事能力を開花するはめに陥っていた。
 それも合理と効率さ。なにもしないくせにわかったようなことを言う家主はあれだが、確かにそうなのかもしれない。ようするに、やらなければならないことを合理的、効率的に片づければ、それだけ無駄に疲れることもないのだから。
 とはいえ実際のところ、王魔本人が思うよりずっと彼女は生真面目だっただけのこと。ただし家主はそれを指摘しなかったし、彼女自身が思い至って認めることもありえないので、真実は未だ闇の中である。


 そんな王魔だが、本来の「サポート」も怠らない。
 街中に転がる不穏の種を踏み割らぬよう避けさせ、いざ「オンナのくせに」と叩きつけられるセリフや拳に対しては、ほんの少しだけ現実を思い知らせてやる。
「大丈夫か?」
 口の端を吊り上げてやれば、暴力でかなりのことを解決できると信じてきた男たちは気まずい顔で逃げ出してくれる。コツは相手のプライドをなるべく傷つけないこと。これは国がどこであれ、戦場であれ街であれ変わらない。
 さすが、鮮やかなものだ。
「この程度ができないようじゃ、ボディーガードは務まらないさ」
 そう、生きた人間相手ならこの程度でいい。
 問題は、生き死にを問わぬ人ならぬ者が相手のときだ。

 世界と関わりを繋ぐためだと、家主はそこそこ以上に厄介な仕事を破格で引き受けてくるのだが、その影で家主が仕事に打ち込めるよう支えるのが彼女だ。
 一直線にターゲットへ向かう家主。
 彼女へ迫る他の人外を相手に破魔の呪力を練り込んだ刃を突き立て、銀の弾丸を撃ち込み、聖骸布――もちろん本物ではないのだが――で鎧った拳を叩きつける。
 戦場で得物を選ぶような贅沢はしてこなかったから、ひととおりの武器は使えるし、我流をベースにした格闘術も修めていた。ゆえにあらゆる場へ対応できたし、なにより立ち止まって考え込むような愚を犯すことはない。
 合理的に動き続け、効率的に屠り、懸念を残さずまた動く。
 なにせ家主は有事に際してはクレバーながらもやはり大らかなので、細かいところに目を向けてくれないのだ。縁の下で鼠退治するのは必然、王魔の仕事となる。
 嘆いてもしかたない。これも契約の内だからな。
 胸中でため息をつきながら、王魔は前へ転がり込んだ体を引き起こした瞬間、弓につがえた矢を射放した。


 不本意か本意かを問わず、意外なほどいそがしい日々を送る王魔。
 なんであれ彼女がこの生活を投げ出さずにいるのはやはり、まあまあ今が満たされているからなのだろう。
 彼女自身がけして肯定せず、家主へ告げることなどあろうはずがないとしても、それなりに、それなりに、それなりに……


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【空月・王魔(8916) / 女性 / 23歳 / ボディーガード(兼家事手伝い)】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年08月17日

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