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『未来を、プロデュース。』
アレン・P・マルドゥークjb3190


 何もかもが想定外だった。
 予想もしないどころか夢にさえ見たことがなかった。

 なぜ自分はここにいるのだろうと、テリオス・P・アーレンベル(jz0393)は今でも時々ふと思う。
 自分はなぜこうして、着せ替え人形のように取っ替え引っ替え色々な衣装を着せられて、言われるままにカメラの前でポーズをとっているのだろう。
 それが嫌だというわけではない。
 ただ、自分が思い描いていた未来とはあまりに違いすぎて、未だに戸惑いが拭えないのだ。

 本当に、これは現実なのだろうか……?


「フィリアさーん?」
 のんびりした声に、テリオス――フィリアは現実に引き戻される。
 顔を上げると、カメラを構えたアレン・P・マルドゥーク(jb3190)がいつもと同じ笑顔でこちらを見ていた。
 足元には白い砂、そこに寄せては返す穏やかで透明な波。
 透けるように青い海は緩く弧を描いて、もうひとつの青に溶けていく。
 まだ朝だというのに、照りつける太陽は真昼のように力強かった。
「暑くなってきましたねー。もう少しだけ撮って、終わりにしましょうかー」
 その言葉に頷いて、フィリアは言われるままにポーズをとる。
 軽やかな白いドレスの裾が、海風にふわりと舞った。

 撮影が終わると、それまで外していた指輪を左手の薬指に嵌める。
 多分、これが現実なのだ。
 どうにも現実感には乏しいけれど。

「お疲れ様でしたー、明日は男装の麗人バージョンでいきましょうねー」
「今日は、もういいのか?」
「ええ、日差しも強いですし、熱中症になってもいけませんしねー」
 フィリアの問いに、プロデューサー兼カメラマン、そして夫であるアレンがのんびりと答える。
「ですから、今日の仕事はこれで終わりですー。あとは好きなことをして、のんびり過ごしましょう〜」
 仕事は朝の一時間程度、残りは全て自由時間。
 そんなにのんびりしたことで大丈夫なのだろうかと不安にもなるが、どうやらそれで問題はないらしい。
 というか、そんなのんびりスケジュールの原因はフィリアにあるのだが。
「その、何と言うか……すまない」
「いいえ〜、おかげで私もフィリアさんと二人で過ごす時間が取れますしー」
 まるで新婚旅行の続きのようだと、アレンは顔を綻ばせる。
 あの時の話――モデルをやってみないかという提案は今、現実のものとなっていた。
 彼の言った通り、目下のところ色々な方面からの需要が引きも切らさず押し寄せている、といった状況なのだ。
 しかし全てが計画通りに順調というわけにもいかず、そこにはやはり問題点もあった。
 フィリアさん、カメラの前では緊張しすぎて鬼のような表情になってしまうのだ。
 周囲に他人の目があっても駄目。
 唯一、ぎこちなさを残しながらもほぼ自然体でいられるのがアレンの前でのみ――
 というわけで、美容関係とプロデュースに加えてマネジメントに撮影まで、要するに一切合切をアレンが担うこととなった次第。
「しかし、納期は大丈夫なのか?」
「大丈夫なように、ちゃんと調整してあるのですよー」
「……収入の、ほうは?」
「それも心配いらないのですー、フィリアさんは……こういう言い方は適当ではないかもしれませんが、わかりやすく言えば高く売れるのですよー」
「……だとしたら、お前の腕が良いからだ」
 少し照れ臭そうに笑いながら、フィリアはアレンを見る。
 仕上がった写真を見て、我ながら「これは誰だ」と本気で眉を寄せること一再ならず。
「いいえー、元の素材がいいからですよー」
 などとアレンは臆面もなく言う。
 しかし素のフィリアはこれといった特徴もなく、可もなく不可もなしといった、ごく地味な容貌なのだ。
 ところが、これがアレンの手にかかると自分でも信じられないほどの美女や、あるいは美男に大変身。
 魔法を使ったとしか思えないが、これが魔法ではないのだから余計にすごい。
 しかし、目の前で繰り広げられる手技を最初から最後までしっかり見ていても、やはりどこか途中で魔法を使ったとしか思えなかった。

 それに、もうひとつ。
 アレンには別の面でも魔法使いの疑いがあると、フィリアは左手の薬指に視線を落とした。
 兄の代わりに男として育てられ、自身も死ぬまで男として生きていくのだろうと思っていたのに。
 それ以外の未来など、可能性としてさえ有り得ないと思っていたのに。
 なのに今、自分は女として、この人の妻の座に収まっている。
 それもなんだか魔法にかけられたような、狐につままれて、つままれたまま今に至る、ような。
 けれど、それもやはり魔法ではない。
 確かに自分が選んだことだった。

 現状、その「妻の座」というものへの収まり具合は正直あまり良いとは言えないが――それもきっと時間をかければ、ぴったりと上手く収まるようになるのだろう。
 愛とか恋とか、燃え上がる熱情とか、そうしたものは未だによくわからない。
 プロポーズを受けた時も、嬉しさよりも戸惑いの方が大きかった。
 自分の意思で積極的に肯定したというよりも、特に断る理由もないし求められているなら応じてみても良いか、という多分に雰囲気に流された決断であったことも否めない。
 正直、どこか他人事のように感じていた部分もある。
 こんな自分のどこが良いのかと未だ疑問に思ってもいる。
 しかし後悔はしていない。
 結果として、これで良かったのだろう。
(「人には添うてみろと、こちらの世界にはそんな言葉もあるらしいからな」)
 まずは寄り添うことから始まる愛。
 燃え上がることはなくても、熾のように暖かく決して消えることのない温もり。
 そう、静かにゆっくりと深めていけばいい。

「なあ、アレン」
 フィリアは機材をバッグに収めたアレンに声をかける。
「昼は回らない寿司にしないか?」
「いいですねー、では河童巻きの美味しいところでー」
「ああ、それでいい」
 近頃はフィリアにも、河童巻きの美味しさがわかってきた……気がする。
「それまではどうしましょうー? まだだいぶ時間はありますがー」
「そうだな……」
 フィリアは素足に纏わりついてくる頼りない布地を指先でつまんだ。
「まずは、これを着替えたい」
 今はまだ、自分の中で「女装してる感」の主張が激しすぎる。
 だが、いずれ自分が女であることに慣れる頃には、この服にも――この関係にも、違和感がなくなることだろう。
「いっそお前が着るか?」
「ああ、それもいいですねー」
 ふわふわと笑うアレンの手をとって、フィリアは砂浜を歩き出す。

 ゆっくり、のんびり、歩いて行こう。


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【jb3190/アレン・P・マルドゥーク/男性/外見年齢35歳/専属なんでも屋】
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お世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました、末長くお幸せに……というか、不束者ですがよろしくお願いいたします……!
発注文とは少々趣の異なるものになってしまいましたが……いかがでしょうか。

なお口調や設定等、齟齬がありましたらご遠慮なくリテイクをお申し付けください。

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エリュシオン
2018年08月20日

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