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『壺中天の夏 』
アリア・ジェラーティ8537

 何処とも知れぬ何処にアンティークショップ・レンは在る。
 古ぼけたドアを開けば、造られた年代もまちまちな、しかし一様に怪しげな品々が列をなして客を迎え、奥からは二十代半ばでありながら熟しきった美貌を湛える女主人、碧摩・蓮が艶やかな笑みを傾けてみせるのだ――が。
「……蓮ちゃん、いない……の?」
 白いロリータ調のふわふわワンピースから汗だくの四肢をのぞかせるアリア・ジェラーティは大きな目をしばたたき、店の奥へ進む。
 正直、半死半生である。今年の夏は異常気象でとにかく暑くて、アイスの売れ行きは絶好調ながら彼女自身は絶不調。少しでも早くお目当てのものを見つけたかった。
 なのに蓮はどこにもおらず、いつもふかしている煙管の紫煙も流れてはこず、それどころか気配すら感じさせはしない。
 だからといって、この店からなにかを持ち出そうなどと考える者はいないだろうし、もちろんアリアもそうなのだが……居て当然の蓮がこの場に居ないのは、あるべきはずのなにかを喪ってしまった世界に迷い込んでしまったようで心許ないのだった。
「どこ、行っちゃったのかな……」
 カウンターへ手をかけ、さらに奥をのぞきこもうとしたアリアは、指の先に当たったなにかにふと目を惹きつけられた。
「模型……?」
 それは夏の海辺を象ったジオラマで、白い砂浜と青い海から打ち寄せる波が再現されている。
 すばらしい完成度に、アリアは思わず砂へ触れてみる。
「あつい」
 ぴくんと離した指先がちょっと赤くなっていた。そう、まるで夏の日ざしに炙られた砂を触ってしまったように。
 そっか。これ、“壺中天”なんだ。
 壺中天とは、仙人が壺の内に創った小世界に青年が招かれ、夢のようなもてなしを受ける様を描いた中国の故事。そしてその名で呼ばれる魔法アイテムは、インドアでさまざまなアウトドアを楽しみたい好事家の希望を叶えるために造りだされたものなのだ。
 うーん、涼しいとこに行けるアイテム、ないかなって思ってきたんだけどな。アリアはかくりと右に頭を傾げて考え込み。
 ちっちゃい世界だから、簡単に冷やしちゃえるんだけど。かくりと左へ頭を傾げて迷い。
 蓮ちゃんがいないから、訊けなかったんだもん。暑くてたまんないし、後でごめんねって言えば大丈夫だよね。こくりと頭をうなずかせて決定した。
 壺中天の“出入口”だけを残して氷のドームで覆い、指先で凍結具合を確かめてむふーと満足。次いで出入口から強く絞り込んだ冷気を送り込んでジオラマを丸ごと凍結させた。よし、これで暑い世界へ踏み込まなくてすむ。
「行くよ……」
 ワンピースをぐいっと脱ぎ捨て、いつでも冷たい水に跳び込めるよう装着していた紺色のスクール水着姿になったアリアは、アイスを詰め込んだ小さなクーラーボックスをたすき掛けていざ、壺中天へダイブした。


 天を覆うドームにより、青く冷えた日光に照らされる小世界は、アリアの体にまとわりつく熱気を心地よく冷まし、鈍っていた思考を通常速度まで引き戻してくれる。
「あ……」
 だから、気づいてしまった。海まで凍りつかせてしまったせいで泳げない。
「むぅ」
 でも、このまますごすご帰るわけにいくものか。
 さくさくでぱらぱらな冷凍チャーハン状態の砂の上、アリアは入念にストレッチ。微妙にオーバーサイズな水着がずれて、白い肌やらなにやらやらがチラつくわけだが、誰に見られる心配もないので放置である。いや、予定より自分が成長してなかったのはちょっとだけ悔しかったりするのだが、ともあれ。
「足首」
 最後に足首を回して準備完了し、アリアは海へ向かった。カッチカチな泡立つ波は危ないからもう少し向こうまで進む。元がジオラマだからか、ありえないくらいに澄んだエメラルドグリーンの海面はなめらかで、ひんやり気持ちいい。うん、これなら行けそう。
 よいしょと伏せて脚をそろえてまっすぐ伸ばし、そのつま先から冷気を噴出すれば、アリアの小さな体は前へと滑りだし、ゆっくり加速していく。
「……ん、いい感じ」
 姿勢も含めて、まるで自分がペンギンになったようでおもしろい。そしてなにより超涼しい!

 勢いに乗って海岸線を進んで行けば、砂浜のただ中に一本のビーチパラソルが見えた。
「あれ、もしかして……もしかするかも?」
 滑るのをやめ、砂浜に伏せて匍匐前進。じりじり近づいて、そっと確認する。
 やっぱり。
 パラソルの下にいたのは、チャイナドレス調の紅のタンキニにそろいのパレオをつけ、ビーチチェアに横たわる蓮だった。
 彼女のトレードマークである羅宇の大きく曲がった煙管、その大ぶりな火皿からは凍りついた紫煙が伸び出していて、彼女と共に一瞬で凍りついたことを示している。
 後で怒られるかな?
 でも、やってしまったことを悔いたところでなかったことにはできない。だったら後のことは後で考えるとして、今このときを悔いなく過ごすべき。などと前向きに後ろ向きな結論を出して、アリアは蓮の姿をまじまじと見た。
 露出は少ないし、けして豊麗でもないはずなのに、ものすごく艶っぽい。これが大人の魅力というやつなのか。
 アリアは蓮と同じポーズで砂に寝転がってみた。体のサイズがちがうのはもちろんだが、やはりにじみ出るなにかがまるで追いつかないことを思い知る。
「これは……お持ち帰りして、研究する?」
「――それは謹んでお断りしておこうか」
 我に返って声音をたどれば、ぎしぎしと関節をきしらせ、体を起こす蓮がいた!
「なんで……動ける、の?」
「こんなこともあろうかと。ってやつさ」
 結局どんな手段で凍結を解除できたのかは語らず、蓮は口の端を吊り上げてみせる。
「店を空けるわけにいかないから、少しだけでも夏気分を楽しもうとしたわけだけど……どうしてこんなことになってるのか説明してもらおうか?」

 正座したアリアのたどたどしい説明を聞き終えた蓮はひとつうなずき。
「まあ、それはあたしにも非があるところだね。怒ったりしないけど、とりあえず壺中天を解凍してくれる?」
「う……はい」
 アリアは魔力の栓を抜き、ドームを消す。
 冷気が失せた途端、壺中天は本来の熱を取り戻し、白く照り輝いた。
「あつい……」
 一気にのぼせてへたり込むアリアに、蓮がいたずらっぽく笑みかける。
「海に入るといい。あそこはまだけっこう冷たいはずだよ」
「え?」
「せっかく来たんだ。いっしょに夏のひとときを満喫して帰ろうじゃないか」

「ばっち……こーい」
「うわ、予想以上に冷たいな! っと、行くぞー」
 アリアと蓮は波をすくってかけあい、意味もなく浜を駆け、浅瀬を泳いで、パラソルの下で休んで、新作のコック(ベトナムの酸っぱいフルーツ)アイスをかじって、日焼け止めを塗りあって……沈まない太陽の下、たっぷりと夏を遊び尽くしたのだった。


 数日後。
「ああ……よく来たね。買い物かいって、それどころじゃないか」
 蓮は己が店を訪れたアリアの様を見てため息をついた。
「暑くて……熱い」
 真っ赤に日焼けしたアリアは、服が肌をこするたびに疲れ果てた体をびくっと跳ねさせ、うめく。
「うう、今度こそ、涼しい壺中天……行きたい」
「今のあんたに必要なのは、壺中天より冷たいシャワーとビタミンCさ」
 バスタオルと保湿クリームを用意してやりながら、蓮は艶やかに苦笑した。
「……もう暑いの、いやだよぉ」
 アリアの嘆きを夏が聞き遂げてくれるはずもなく、まだまだ彼女を痛めつける暑い日々は続く。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【アリア・ジェラーティ(8537) / 女性 / 13歳 / アイス屋さん】
【碧摩・蓮(NPCA009) / 女性 / 26歳 / アンティークショップ・レンの店主】
イベントノベル(パーティ) -
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東京怪談
2018年08月20日

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