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『踊り場 』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194)&ラファル A ユーティライネンjb4620

 染井吉野の蕾が徐々にふくらみ始めた三月。
 めでたくも卒業の日を迎えた久遠ヶ原学園大学部正門前から、とりどりの衣装に身を包んだ男女が溢れだしてくる。
「あけび」
 門の横からかけられた低い声音に、桜柄を袖に散らした白練の振袖と辰砂の袴をまとった不知火あけびは勢いよく振り向いて。
「仙寿様、待っててくれたんだ」
 銀の髪を春風に梳かせる小袖袴の美丈夫――日暮仙寿之介が彼女に添い、首肯した。
「特別な日だ。それを別にしても、放っておきたいはずはない」
 あけびは仙寿之介と向き合い、ほろりと笑んだ。
「あの門を出て、私は学生じゃなくなったんだよね」
 撃退士として、さまざまな事件を踏み越えてきた。不良中年部の仲間と、なにより仙寿之介と共にさまざまな思い出を刻んでもきた。
 そして今、それらをすべて胸に収め、踏み出した。
「アディーエといっしょに次の一歩が踏み出せたの、うれしい」
 真名を呼ばれた仙寿之介はまた首肯し、あけびに手を伸べる。
「これよりは常におまえと共にある。生の内も死の先も、永の果てまで」
 そうありたいと願えばこそ、あけびはここにある。
 そうあると思い定めたがゆえ、あけびはその手を取った。


「ご確認ください」
 不知火の現当主である祖父の住まい。畳に胡座をかく当主へ、あけびは丸筒に収められた卒業証書を押し出した。
 中身をあらため、当主はあけびの斜め後ろに座す仙寿之介へ目線をはしらせる。
「そこにおって当然という顔だな、日暮殿。肚は据わったかよ?」
 仙寿之介は当主の眼光を真っ向から受け止めた後、目礼を返した。
「肚はとうに据えております。あとは御当主の肚しだいかと」
 当主はふむ、息をついて。
「そういうことだわな。で、これよりなんと呼べばよい? 婿殿か? それともアディーエ殿かな?」
「お爺様! どうして仙寿様の――」
 意表を突かれすぎて思わず祖父へ詰め寄ろうとしたあけびを制し、仙寿之介は涼しい声音を返した。
「仙寿之介と。これぞ自らを表わすにふさわしい名と自惚れておりますれば」
 天使ではなく、あけびの添え物でもなく、あるがままの自らを他ならぬ当主に認めてもらいたい。それは仙寿之介が当主をどれほど重く見ているかの証であった。
 察した当主はにやりと口の端を吊り上げ、立ち上がる。
「しばしの間は婿殿と呼ばせてもらおうか。そのほうがもろもろ都合がよかろうさ」
 次期当主としてあけびを認めたことを一族に知らしめると同時、仙寿之介の立場を浸透させるために、ということだ。
「ご高配、痛み入ります」
 食えない祖父へ突っ込むことも、すべてをわきまえた仙寿之介を揺さぶることもできず、あけびは大きなため息をつくよりなかった。


 あけびが当主へ報告に向かったのと同じころ。
 不知火本邸では騒ぎが巻き起こっていた。
「お邪魔するぜー」
 軍用パーソナルバッグを肩に引っかけたラファル A ユーティライネンが、トレードマークのペンギン帽子を乗せた頭を門の先から突き入れ、かるく片手を上げる。
 これを迎えた不知火藤忠はなんともいえない顔で彼女の肩を指差して。
「部屋のほうは空けてある。それにしても荷物はそれだけか?」
「まーな」
「なら、あれはなんだ?」
 藤忠が指先をラファルの後方へ向ければ、そこにはアメリカンな巨大トレーラー――ビッグリグが豪快なアイドリング音を鳴らしていて。
「俺の会社? 義体の整備とか開発とかの機能、社員ごと全部積み込んでっから」
 見れば同じビッグリグが後ろに四台連なっている。確かにあれだけのスペースがあれば会社として十全に機能するだろうが……日本という宅地密集社会にはまるでそぐわない。
「停められるとこある? 流してっとどっかにひっかけちまいそーで怖ぇんだけど」
「裏に駐車スペースがあるんだが、塀をどうするか」
 悩む藤忠。その背にたおやかな声音が投げかけられた。
「壊してしまえばいいでしょう?」
 長く伸ばしたぬばたまの髪をしゃらり。不知火 凛月が小首を傾げて言い募る。
 彼女の旧姓は御子神であり、鎌倉幕府の御家人の末裔であった彼女。撃退士の道へ進んだ後、“兎の幸籠”たる藤忠と出逢い、今はその妻として在った。
「個人としてはそれでかまわないのだが、家となれば世間の目を気にする必要もある……しかしまあ、そうだな。適当にやってくれ」
 妻にはとことん弱い藤忠であった。
「ってことなんで適当にヨロシク」
 数分後、不知火邸の裏手からゴリボギガギドガ――すさまじい音が響き渡り、その豪快すぎる適当さに藤忠は苦虫を噛み潰すこととなるのだが、それはまた別の話だ。

「……広くね?」
 がらんとしたフローリングのフロア。元は五部屋分の和室だったこの部屋、ラファルの希望でこうなった。いやだって畳とか掃除めんどくせーじゃん?
 二年前にこの部屋を追われた義叔母一家は、隠岐の島で暮らしているという。監視をつけていないのはあけびの独断だが、特にラファルも反対はしなかった。
 抑えつけたってほっといたって、来るヤツは来る。叔母ちゃんがどっち方向の輩かってのは試しとかねーとだし。
 いつでも来いとは言ってあるし、対応策もすでに張ってある。だからあくせく動かず気長に計る。
「ラル、待ってたよ! 引っ越し手伝うから」
 と、こちらは待ちきれなかったらしいあけびが駆けてきた。
「手伝いとかいらねーよ」
 それにうなずきを返したラファルはバッグをぽいと床へ落とし。
「引っ越し終了」
「終、了?」
「終了で完了」
 納得いかない顔のあけびにラファルが「よー、会長ちゃん」。
「登記とかそういうの全部準備できてっから、会社のほうはいつでも行けるぜ。叔父姫んとこと日にち合わせるか?」
「会長呼びはなしの方向で! これ会長命令だから! あと、会社関係のことは会長権限で全部社長にお任せ!」
 結局会長なんじゃん……などと思いつつ、ラファルはやれやれ。
「んじゃーあけびちゃん、こっちはこっちで適当に始めちまうぜ?」
 あけびちゃん呼びにうん、適当に始めることへもうん、二回うなずいたあけびはラファルを誘って床に座り、あらためて問うた。
「最初はどうするの?」
「あー、俺とか社員ちゃんのツテあっからそのへん営業回り。今んとこ俺しかサンプルねーから全部んとこに顔出さねーとだけど、一年後にゃー義体使用社員ちゃん増やして営業部隊作る」
 ラファルが任された会社は医療用義体メーカーである。自社商品をそのまま社員へ装備させ、マネキンにしようというわけだ。
「腕がねーとか心臓やべーとか、そんなんで人生終わっちまったらつまんねーし。生きてるだけで丸儲けとか言わねーけど、ちょっとは儲けて生きてこーぜってことで」
 復讐のためだけに生き抜いてきた。それを終えれば消えてなくなればいいと思っていた。最期はぼろ雑巾みてーに捨ててやる――仇である悪魔へ向けた言葉は、ラファル自身へ向けられたものでもあったのだ。
 しかし。ラファルは復讐を終えた後も生きていて、あけびの前で“先”を語っている。
 それがなによりもうれしくて、あけびは思わずぐっと乗り出した。
「口は出さないけどお金は出すからね!」
「おまえはどこぞの成金爺か」
 あきれた言葉でツッコんだのは、ビッグリグの適当を思い知らされてきた藤忠である。
 そして抱えてきた座椅子を四つ床に並べ、後に続いてきた凛月の手から急いでもうひとつ座椅子を取り上げた。
「重いものは俺が持つと言っているだろう! おまえはただでさえ毎日働いて疲れているのに!」
「働いているのは藤忠も同じでしょう。そもそも座椅子ひとつくらい――」
 唇を尖らせる凛月の両肩へそっと手を置き、藤忠はいやいや。
「凛月はあけびやラファルとちがって淑やかだから。あけびやラファルとちがって」
「……姫叔父、なんで二回言うの?」
「大事なことだからじゃん? ってか、お嫁ちゃんに過保護すぎんぜ叔父姫ー」
「このままじゃ私、なにもできなくなりそう」
 あけびとラファル、さらには凛月からまでブーイングを受けた藤忠だったが。
 駆け込んできた仙寿之介がいつにない深刻な顔であけびを見やり。
「――あけび! なんだあの忍将棋というものは!?」
「え? 軍人将棋のアレンジ版でしょ。たしかお爺様が一族の子ども用に作ったの」
 きょとんと答えたあけびに仙寿之介は端正な面に苦渋を映し、荒い息をついた。
「十戦して十敗、陣地へ攻め込むことすらできぬまま御当主にやり込められた……藤忠、おまえもあれには通じているのか!?」
「まあ、一応な。あれは忍の心得や業、見切りを学ぶためのものだから」
 あいまいにうなずく藤忠。友がこれほど取り乱すとは、いったいなにがあったというのか?
「えっと、なんで仙寿様がそんなにいっしょうけんめいなの?」
 仙寿之介は苦々しい顔をあけびへ振り向け。
「あれで勝たねば死ぬまで俺の名を呼んでやらぬと脅された! まったくもって食えぬ御仁だ!」
 絶句する一同。しかたないので代表し、ラファルがぽつり。
「あけびちゃんとこのじーちゃん、食えねーヤツっつーよかガキなんじゃね?」
 まあ、勝てる勝負に引きずり込むのが忍の業ではあるのだろうから、当主の行いは実に忍らしいと言える。自分の寿命を盾に“婿殿”を脅し、製作者の利を生かして素人を全力で叩きのめす行いの是非を問いさえしなければ、だが。
「手ほどきは後でもいいだろう。それよりも昼飯にしようか」
 とりあえず騒ぎを収める藤忠。ちなみに彼としては自分へのバッシングもうまく逸らしたわけで、一石二鳥であった。


 旬を外す直前の真鯛を炊き込んだ鯛飯、骨で出汁をとった鯛汁、さらには甘海老やアオリイカを添えた刺身を並べた卓を囲み、五人は箸を取る。
「めでたいときにはやはり鯛だな」
 目を細めた藤忠は、やけに分厚くてぐしゅりと潰れた刺身を噛み締めた。もちろんそれは、現在料理に挑戦中の凛月が切ったものである。
 本当なら、箱に入れたまま愛で続けたい。しかし世界の内に自らの在りようを求め、踏み出していこうという凜月を阻みたくもない。そして単純に、妻の手料理がうれしくてたまらない。その他もろもろを含めた複雑な男心が渦巻く藤忠の胸中だが、結局のところはうれしいがなによりも勝る。
「藤忠、会社のことは報告しなくていいの?」
 くすぐったげな表情で凜月が言えば、藤忠は忘れていたと膝を打ち。
「うちの社員は現在、奥多摩にある不知火の別荘を拠点に合宿中だ。もっとも全員が撃退士あがりだから、チームとしての連携はすでに仕上がっている」
「警備の仕事ってもう依頼来てる?」
 あけびの問いにうなずいて、藤忠は妻の酌による酒で口を湿らせた。
「撃退士関係のツテからもういくつか輸送と護衛の依頼が来ている。これはラファルと同じだな。目下の心配は女性社員の結婚退職くらいなものだが……そのあたりは福利厚生面を充実させていくところか」
 職場復帰しやすい環境づくりはその恩恵を受ける者ばかりでなく、新たに職を求める者たちへも強いアピールとなる。撃退士あがりは世界に多数存在するし、人材不足で困ることはないだろう。
 と、ここでラファルが口を開く。
「どっちにしても業務始める前に設立登記しちまわねーとだな。俺は明日がいいかなって思ってるんだけど、叔父姫はどうだい?」
「それはあけびの――いや、適当にやれというのが主義なんだったな。俺は構わないが、一応の理由は訊かせてくれるか?」
「今日が卒業じゃん? だったら次に始めんのは明日だろ」
 さらりと応えたラファルに小さくうなずいた仙寿之介は、次いであけびへ流し目を送り。
「甘えてもいいのではないか?」
 あけびの区切りを気づかう友の心。
 あけびは胸を満たすぬくもりが溢れだしてしまわないよう、掌で押さえてうなずいた。
「うん。明日から始めよう」
 当のラファルは牛乳の肴に鯛飯を頬張り、息をついた。
「営業部隊ができるまでに、自社開発義体一号機も完成させねーとだなー」
 すでにあけび以外の皆にも話しているが、ラファルは一年という時間を“助走”と考えている。
 現行義体の改良版を売り出しながら、目処だけはついている新型ナノマシンによる次世代義体を形にする。そのためには不知火の懐をあてにするよりも広く投資を募り、自らの行いを開示していく必要があった。
「自分たちだけで信用作れる叔父姫んとことちがうからな。海千山千な投資家ちゃんと繋がってかねーとだし、そーなると不知火ん中にもおもしろくねーヤツらが出てくんだろーし」
 忍は基本的に一族の絆を至上とする。外部からの手を引き込むことに強い抵抗を示す輩は少なくないはずだ。それを義叔母を支持する一派が見逃すこともあるまい。
「ちょっと心配だよね……」
 ほうと息をつくあけび。
 ラファルは薄笑み、ぽんぽんとあけびの肩を叩く。
「そういうこともあろーかと、マーケティング部隊は先行稼働中だから。叔父姫んとこと連動してさ」
 鬼道忍軍と陰陽師のコラボによる、物理的と霊的の両面をカバーする諜報部隊。ラファルを長とするこの部署は会社の枠を超えて機能し、名前どおりのマーケティングからスポンサーの信用調査、はたまた威力偵察までこなす。たとえ義叔母とその一派がどう動こうと、水面を泡立てる前に潰せるだけの力を備えていた。
「社長とか馬子にも衣装じゃね? って、俺だって思うけどよ。でも、なっちまった以上は殴って殺せばすむって立場じゃねーってわかってるし。なんか笑っちまうぜー」
「いや、俺よりもよほど社長だよ。置いて行かれないよう、気を引き締めないと。……で、仙寿はうちに就職する気はないか?」
 あっさり弱音を吐く藤忠から仙寿之介を遠ざけておいて、あけびが大きくかぶりを振った。
「仙寿様も私もいそがしいんだからだめ! 私は姫叔父とラルのことサポートできるように不知火の掌握がんばる! 仙寿様は……お爺様に名前呼んでもらえるようにがんばる? あと、がんばってる私のこと褒めてくれるとか」
 てれてれと言い募るあけびからそっと目を逸らす藤忠とラファルであった。実際、不知火の掌握が難題であることは承知しているし、涼しい顔で酒杯を傾ける婿殿に甘えるくらいは見逃そう。
「でもね、ご飯だけはみんなでそろって食べたいんだ。問題あったらみんなで相談して、いちばんいい方法で解決する!」
「子らも頼もしい友を得られるだろうしな。俺のように」
 あけびを真っ赤にさせつつ、仙寿之介がしみじみうそぶいた。
「ああ、これからどんどん輪は大きくなってにぎやかになる」
 藤忠と凜月が目線を交わし、うなずきあう。
「ま、俺はおばちゃんって言われる覚悟だけしとくぜ」
 輪を守るのは自分の仕事。そう心得ているからこそ、ラファルは苦い笑みを刻んで肩をすくめてみせるのだ。
「ほんと、いろいろいそがしくなるね。うん、燃えてきた!」

 今、あけびは踊り場にある。
 階段の途中で足を休めるための場……ここよりまた踏み出し、登っていくのだ。
 約束された日だまりを指し、かけがえのない者たちを共連れて一歩ずつ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【不知火あけび(jc1857) / 女性 / 20歳 / 明ける陽の花】
【不知火藤忠(jc2194) / 男性 / 26歳 / 藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ】
【ラファル A ユーティライネン / 女性 / 16歳 / ペンギン帽子の】
【不知火 凛月(jz0373) / 女性 / 19歳 / 兎ノ姫は藤ノ籠と瑠を繋ぐ】
【日暮仙寿之介(NPC) / 男性 / ?歳 / 天剣】
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2018年08月20日

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