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『始まりと終りのハザマ 』
橋場 アイリスja1078
 

 ――はじまりというものがあれば、おわりというものは必ず存在する。
 ヒトを含むすべてのいのちは生まれ、そして死ぬ。
 万物おしなべて崩壊の時はくる。
 畢竟それは世界の法則なのである。


 それは一体いつのことなのだろうか。
 橋場アイリスは、気付くとそこにいた。
 夜の、荒涼とした、いかにも寂しい世界。
 草の一つも生えずして、ただ空を見上げれば――不気味なまでの朱い月。
 しかし彼女は落ち着いていた。
 知っていた。彼女が最期にあるべきは、此処なのだと。
 
「やはり、ここですよね」
 そう呟いた言葉は、冷え冷えとした世界に溶けて消える。
 
 ただ望まれたから。
 ただ願われたから。
 だからアイリスは人を救いたいと願い続けていた。
 しかしそれはとてつもなく途方もない夢。
 ただの一人も取りこぼすことなく人を救うことなど、ただびとには到底できるわけのないことで、たとえアイリスがアウル能力者であっても、人間と悪魔の血を継ぐ存在であっても、それは果ての無い夢で。
 そして同時に彼女は憎んでいた。人間という存在を。
 人間は彼女から家族を奪った。
 妹を、義理の父母を、奪ったのは、確かに人間だった。
 しかし、彼女を生かしたのもまた、人間であることは間違いなかった。
 
 その出生ゆえに行くあても無かったアイリスを拾ってくれた義父は撃退士としての能力を持っていた。血のつながりはなくても、確かに父であり、妹である存在だった。
 アイリスはたしかに託されたのだ。
 『ひとを救って欲しい』――と。
 そしてアイリスはいまも信じている。その想いは間違いなどではないと。
 ちりちり、と思いだしたかのように、目に負った古傷が疼く。
 

 たった一人の世界の中心で、少女は朱い月を見上げる。
 それでも、私は幸福なのだと感じながら。
(私は……『次の私』に、託すことが出来たから)
 人を救う自分を、揺るぎなくあろうとし、そしてそうあり続けることが出来た。
 ただ一つ寂しいことを言えば、彼女は常に孤独であった。
 たとえ仲間がいても、何処かに空虚な心持ちを抱いていた。

 冷たい風が吹く。彼女の心象を映し出したかのように。
 しかしその風の冷ややかさも、少しずつ感じ取ることが出来なくなっていく。
 手足の感覚が鈍くなる。……いや、世界に溶けていく。
(きっと……私はこのまま溶けて、消える。はじめから何もなかったかのように……)
 アイリスはそっと目を伏せる。静かに光を放つ朱い月は、瞼の裏に焼き付いている。
 撃退士として過ごした数年間が、懐かしく思い出された。
 楽しいことだけではなかった。辛いこと、苦しいこともたくさん。
 ゆっくり、ゆっくりと現在から過去へ、記憶はさかのぼり――
 そして、その一番奥。
 二人の人影が、そこで待っていた。
 一人は男。
 一人は、アイリスよりも幼い少女。
 見誤るはずもない、彼らの姿。
『やっと来たか、馬鹿娘』
『……馬鹿姉さま』
 そう、彼女に呼びかける声を、確かに聞いた。
 
 それがきっと幻想だと言うことは、アイリスが一番良く知っている。
 それでも、この世界から消えてしまうこのほんの一瞬、それくらいは幻想に浸り、うずくまってもいいだろう、いいはずだ。
 少女はずっと独りで走り続けてきた。
 世界をなんとかしようと、がむしゃらだった。
 でも。
 ――ほんとうは世界なんて、人なんて、どうでも良かった。
 ただ、妹と父にもう一度会いたかった。いて欲しかった。
 だからアイリスは必死に戦ってきた。
 妹の願いを叶え続けるために。
 父の願いを引き継ぎ続けるために。
 少女が眼を開くと、双眸から涙がこぼれ落ちる。
 いままで我慢してきたものが、剥がれ落ちる。
 目を開けたそこにも、影は間違いなく佇んでいて。
 そして、瞳を潤ませながら――アイリスはたしかに微笑んだ。
 ふたつの影に向けて、微笑みかけた。
「ただいまなのよ、――」
 彼らにそう言うと、彼らもにこりと微笑み返す。
 やがてその影がぼんやりと白い光に包まれる。その光は、ゆっくりと世界を覆い、何もかもを白く、白く、覆い尽くし――
 
 
 ……かつて一人の少女がいた。
 大きな理想を持ち、それを叶えるために戦い続けてきた。
 しかし彼女はもういない。
 彼女の持っていた大剣が、彼岸と此岸の狭間に遺されているのみ……。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1078/橋場 アイリス/女/大学部三年/阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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このたびは発注ありがとうございました。
少女の終焉。
思いがけないシーンを描写させて頂きまして、こちらとしても嬉しいです。
発注文も詩を読んでいるかのようで、思い入れの深さを感じました。
それでは、今回はどうもありがとうございました。
……よき旅路を。
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四月朔日さくら クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年08月22日

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