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『女神絶望 』
スノーフィア・スターフィルド8909

「もしかして私――」
 ようやく居心地的なものを感じ始めた豪奢な自室の内、スノーフィア・スターフィルドは息を詰めて。
「――慎みがないんじゃないでしょうか?」
 寝起きとはいえ、現在の装備は適当な下着と首からかけたタオルだけ。これが元のおじさんの体ならいい。パンツ(トランクスではない)とランニング(タンクトップではない)で部屋をうろつくなんて日常的光景だし。
 でも、今の“私”はおじさんならぬ女神様で、女というからには女性なわけで……
 こんなときに限って思い出してしまう。生前、まさに死ぬまで廃プレイしていた男性向け恋愛シミュレーションSRPG『英雄幻想戦記』で好感度マックスに達したヒロインたちが見せてくれた、ちょっとあれなイベント絵を。
 あのときのスノーフィアも、ちょっと迂闊な格好で『こんなに安心して私を晒してしまえるの、あなただけなんですからね?』とか言ってましたっけ。
 そしてどどっと脳内にあふれ出す、“無限城”の思い出。それはイベントの追体験ではあったのだが、問題は今の自分が勇者ならぬスノーフィアであるということだ。
「かなりいい感じ、でしたよね?」
 自分を信じられないスノーフィアを否定し、広い世界へ連れ出してくれた恩人。神よりもなによりも彼女を信じると言い切ってくれた大切な人。そしてついには心を重ね、切っ先をそろえて魔王を討ち果たした、かけがえのない恋人――うん、立場を逆にしただけですごいことに。しかもそこへ至るまでのイベントがもう!
 ……いやいや、あれは特別な関係だったからそうなっただけだし、20時間のプレイで好感度マックスになっていたのも、それは隠しキャラだったスノーフィアは他のメインヒロインよりイベントが少なかったせいだし。なにより今、スノーフィアは自分の心が男であることをしっかり自覚しているわけだし。
「ちゃんと清らかな独身生活してますしね!」
 正しくは半引きこもり生活なのだが、ともあれ。
 スノーフィアはこれまでの生活を顧みる。何人もの男性とフラグを立てたこと、一応は女性ともフラグを立てたこと……転生してまだそれほど経っていないはずなのに、結構立っているフラグの数々を。
「慎みがあるとかないとかじゃなくて、私って実は」
 ちょろいんじゃないでしょうかー!?
 言葉にするのが怖くて、胸中で叫んでみた。かー、かー、かー。木霊する問いに応えるものがあるはずもなく、結局自分で応えるしかなくて。スノーフィアは買い込んである焼酎に冷蔵庫的なものへ自動補充される炭酸水とライムを加えた生搾りライムハイを用意、お独り様会議を開始した。

「私を好きになっていただく原因は、みなさんのお心にありますよね」
 まあ、こちらから告白しているわけじゃないので、とりあえずこの問題については他人スタートということでいいだろう。
「なぜ好きになっていただけるのかは……私の容姿が原因でしょうか」
 元がゲームキャラだからということもあるが、スノーフィアはまちがいなく美しい。その肢体はすらりとしたモデル体型で、それだけに豊麗とは言えないわけだが、長い幽閉生活――あくまでゲーム内でのスノーフィアの設定――の中で培われた儚さと淑やかさも相まって、男はたまらず守ってあげたくなるのだ。そう、生前の“私”のように。
「でも、アプローチするのってすごく勇気がいることです。今の私って、声かけのハードル相当高いんじゃないでしょうか?」
 ナンパされやすい女子というのは確実にいる。フレンドリーで小さくてくるくる表情が変わる小動物みたいな子。生前通っていた会社でも、そういう子は凄まじくもてていた。
 でも、スノーフィアはフレンドリーさのカケラもない人見知りで小動物どころじゃない長身、しかも外国人だ。普通ならチラ見して、十分に離れた後で噂するのがせいぜいだろう。
「おかしいですよ……ここまでなにひとつちょろい要素が見当たりません」
 二杯めはレモンハイにして、チーズと生ハムを肴にひと口ごくり。このペースだと数日内にまた買い出さないといけないですねーとか思いながらふた口めも行っておく。
 さて、微妙に思考速度は減速したが、あらためて向き合おう。
 まず、他人から好きになってもらえる要素はあくまで外見に限り、内面や外に漏れ出す雰囲気的なものは、どちらかと言えば人を寄せつけない類いのものである。
 と、ここで自分の格好にもあらためて気づいたので、あわてて身だしなみを整えた。簡単な化粧をすませ、鎧の下へつける竜革のインナースーツに動きを妨げないジャケットタイプの防衣を合わせて見た目的な隙を消し、防御力も高めてみた。ちなみに今はかなり深刻に夏なので、部屋の温度はぬかりなく下げてある。
 と。ひと息ついたところでぎくり。
「こういう見た目の成人女性が“がんばって考えました”って感じ、これってすごく、かわいいんじゃないでしょうか?」
 ギャップ萌えという言葉がある。クールに見えて子どもっぽかったり、知的に見えて抜けたところがあったり。見るからに麗人なスノーフィアが、自分の迂闊さに気づいてあたふた防御を固めたりする姿、生前の“私”が見てもつい微笑んでしまうにちがいない。
 そしてそういうところがなんとなく漏れ出していて、まわりの人々を引き寄せてしまっているのだとすれば……しかもスノーフィアは人見知りが祟って押しに超弱い。ひと押しで行けると思えば、それは攻め込んでもくるだろう。
 そう、チョロインとは本人が性格的にちょろいばかりでなく、多くの人々にちょろそうだと思われることで爆誕してしまうものなのだ。いやだからってチョロイン扱いされるのは困るけれども、自分の側にも責任があるのでは? と思ってしまった以上は完全否定もままならない。
「冷静になりましょう。まだ私がチョロインだと決まったわけじゃないんですから」
 三杯めのすりおろしリンゴハイで無理矢理落ち着いて、自分に言い聞かせる。
 たとえ体が女性で、なんだかこう、萌えやら要素やらがあるのだとしても、スノーフィアの心はとにかく男。それさえ忘れなければ絶対大丈夫――とは言い切れないが、多分なんとかなる。なるだろう。なるといいですね。

 四杯めのキウイハイ、五杯めの梅ハイを干すまでさんざんあいまいに思い悩んで、スノーフィアはとりあえずひとつの結論にたどり着いた。
「どうしてもフラグを立てなきゃいけなくなるようでしたら、女性限定にします!」
 コンシェルジュさんとのことはそっと脇によけて、心の性に合わせて宣言する。
 そして。
「難しいことを考えるのは次に起きてからでいいですよね!」
 短時間で大きいグラスに五杯も飲んでしまったので、起きてから二時間も経っていないのにもう眠かった。
 せっかく装備した防具を全部脱いでタンスへ戻し、歯を磨いた後、オイルクレンジングで化粧もがばーっと落としてベッドへダイブ。
 ふふふ、化粧はあれですけど、まさに独身まっしぐらなおじさんの休日ですね。
 よくわからない満足感に満たされながら、酒精がもたらす浅い眠りに落ちていく。
 ――彼女はまだ知らない。
 チョロイン認定されるような女性がなにをどうしたところで、そのすべてが萌えの種になってしまうのだという現実を。
 かくてスノーフィアの苦難はまだまだ続くかもしれないんだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年08月21日

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