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『女神芝居 』
スノーフィア・スターフィルド8909

「ありがとうございます。サインでよろしいでしょうか?」
「あ、はい。ここんとこに……日本語お上手ですねぇ」
「郷に入っては郷に従え、ですわ」
「ことわざまで! しぐさなんかもお淑やかだし、なんかヤマトナデシコって感じですねぇ」
「あら? そんなことを言って、奥様に叱られてしまいますわよ」
「あはは。うちのかみさんはなんにもなくても怒ってますよぉ」
 丸々とした配送員のおじさんとそんな会話を交わし、荷物を浮け取ったスノーフィア・スターフィルドはドアを閉めた。
 不思議なことにごく一部の人にはいつもスノーフィアを悩ませる恋愛フラグが立たないようで、あのおじさんはその貴重なひとりだ。
 多分、前世の“私”と同年代のおじさんには大丈夫な感じ?
 推論はさておき、おかげで安心して通販生活を送ることができる。
 ダンボール箱をリビングまで持ってきて、蓋を開ける。中に収まっていたのは、やわらかなVネックのニットワンピースとスリット入りレギンス――体のサイズを正確に計らなくても決まるコーデ。
「これで普通に洋服屋さんへ行けますね」
 そう、これはただのよそ行き服ではない。ぶっちゃけた話、服(やらその他もろもろ)を買いに行くための服なんである。

 男性向け恋愛シミュレーションSRPG『英雄幻想戦記』では多数のダウンロードコンテンツが提供されていた。
 その内の一ジャンルにアフターストーリーというものがあり、内容ももちろん多岐に渡り、特にプレイヤー人気が高かったのは「その後+IF」。
 魔王を倒した後に空いたワームホールをくぐって和風ファンタジー世界へ行ったり、なんでもない日常をいろいろなシチュエーションで過ごしたり、逆に魔王の志を継いで魔王プレイしてみたり……廃プレイヤーだった“私”は当然、スノーフィアの「後IF」を網羅しているわけだが、中でもお気に入りだったのが「勇者とふたり、東京で暮らすことになったスノーフィア」だった。
 先ほどのおじさんとのやりとりも、ようするにスノーフィアがゲーム内で語ったセリフを真似ただけのもの。しぐさなんかはまあ、女性らしさ、スノーフィアらしさを考えての演技だ。
 それがまたそれなり程度以上はまっているのが辛いというか、怖いところなんですけどね……。
 スノーフィアという器に矯正されている部分はあるのかもしれないが、スノーフィアを他人の目に耐えうるレベルで演じられるのはつまり、“私”がそれだけスノーフィアに精通していたからだ。
 自分ではない他人――しかもゲームキャラを熟知しているとか、なかなかに気味の悪い有様だと自分でも思う。でも今は私自身がスノーフィアなわけだから、自己覚知的には正しいんじゃないだろうか。とはいえやはり、心が“私”である以上はスノーフィア自身になりきれるはずもなくて……
 などとつらつら思い悩みつつ服を着替え終えたスノーフィアは、これも通販で仕入れたパンプスを引っかけて外へ向かうのだった。


「私には日本の流行がわからなくて……すみませんけれど、ひとそろいお任せで選んでいただいてもよろしいでしょうか?」
 二十代から三十代女性をターゲットにしたセレクトショップ――ブティックは死語だと初めて知った“私”である――の店員さんにお願いすれば、彼女はスノーフィアを上から下までながめまわし。
「お姿を拝見させていただきますとシンプルでもデザインシブルでもお似合いかと思いますけれども……お客様ご自身はどのようなイメージをお望みでしょうか?」
「街で悪目立ちしない、控えめで品のあるものを」
 王城に捕らわれていたころのスノーフィアを意識し、ワードのひとつひとつを吟味して並べていく。品のあたりはもう“私”の元年齢から滑り出した単語だが、それを別にしてもスノーフィアに下品な格好はさせたくない。たとえアフターストーリー『HARAJUKU』で、すさまじいイベント絵を披露した黒歴史があろうとも、だ。
「――それから、白はなるべく避けたい事情があるのです」
 こちらはちょっとだけ前の苦い経験からの注文だった。

 サンダルとも合わせやすい色味の濃いワンピース、ノーカラーシャツにタイトスカートなどの組み合わせをいくつか見繕ってもらい、試着してサイズを確かめている間にふとこんな話題が持ち上がる。
「お客様、普段はスポーティーなお洋服をお好みですか?」
「え? ええ、そう、ですわね」
 そもそものスノーフィアは冒険や戦闘が生活だから、スポーツを強調しても嘘にはならないはず。しかし、どうしてスポーティー?
「スポーツタイプもよろしいのですけれど、やはりカップを合わせたブラジャーでお胸を整えますと、背筋だけではなく背筋も伸びるかと」
 今まで避けてきた“ちゃんとしたブラ”。女性というものの戦いを思い知ったあのとき、迷わず転進を決意したことに後悔はない。だが、ちゃんとスノーフィアをやっていくには、それこそちゃんとしていかなければならないのだろう。
 謎カードでご精算を終えたスノーフィアはあらためて誓う。
 それこそセリフのひとつひとつまで諳んじられるほど入れ込んだスノーフィア・スターフィルドを再現するのではなく、自分自身へと落とし込む。
 だからそのために必要な経験値を積まなければ!


 セレクトショップで購入したタイトなニットにワイドパンツをつけたスノーフィアは、冷房の効いた純喫茶でアイスコーヒーと行きたいところをぐっとがまんし、女性しかいないティールームのテラス席へ腰かける。
 今は夏だから暑い。しかしスノーフィアは紅茶を外で飲むのが好きだから――その設定が生えてきたのはアフターストーリー第八話『DAIKANYAMA』からなので、おそらく無理矢理な後付け設定だろう――そこは押して忍ぶ。
「アールグレイを……アイスでいただけますか」
 さすがに熱々のティーポットは無理だったけれども。これくらいはきっとゲーム内のスノーフィアもゆるしてくれるだろう。

“私”が知っている紅茶は基本的にティーバッグくらいなもので、一度だけ飲んだアールグレイのベルガモット風味に辟易として以来、格好つけたいときにも紅茶を選ぶことはなかった。
 そのはずなのに今、アールグレイを以外なほどおいしいものだと感じていて……これは“私”じゃない、スノーフィアの感覚なのだと察する。
 焦ったり無理をしなくても、少しずつスノーフィアらしくなれるのかもしれませんね。
“私”の心はそのままに、スノーフィアとしてふさわしい私へ。今は違和感のあるこの格好も、やがては身について。その先にあるものが純然たるスノーフィアではないのだとしても、それはそれでいいような気がした。
 ええ。“私”とスノーフィアの先にある私になれるなら、それで。


 炎天をかきわけるように帰宅したスノーフィアは大きく息をついた。
 さて、これからやるべきことは後片付けをして夕食のしたくですね。
「でもその前に」
 手早くシャワーを浴びた彼女は、その間に出力高めで起動したエアコン的なものの前に仁王立ち、体を冷ます。
 冷蔵庫的なものから取り出した缶ビールを開け、缶のまま飲み干してもう一本。
「夏に帰宅したらこれをしておかないといけませんよねー」
 ぷはー。発泡酒では味わえない爽快感を喉いっぱいに感じながら、スノーフィアは誓う。
 明日から、もっといろいろきちんとしましょうね!


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年08月21日

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