▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『おひさまドロップ』
サラ・マリヤ・エッカートjc1995)&ミハイル・エッカートjb0544


「もうすぐパパが迎えに来ますよ」
 開け放たれた白いカーテンの向こうを見やり、サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)は腕の中の小さな命に微笑みかける。
 つい一週間ほど前に人生を始めたばかりの赤ん坊は、女の子らしくピンクのベビードレスを着せられていた。
 パパであるミハイル・エッカート(jb0544)が慎重すぎるほど慎重を期したために、入院期間は平均よりも少し長めになっていたが、母子ともに健康に問題はない。
 サラの体力も順調に回復し、今日は待ちに待った退院の日だった。
 すっかり馴染んだベッドはきちんと整えられ、荷物もまとめてある。同室の新米ママたちにも、すでに挨拶を済ませていた。
 あとは夫が車で迎えに来るのを待つばかり。
 病室の窓から駐車場は見えないが、時間的にそろそろ来る頃合いだろうか――

 そう思ってドアの方を振り向いた瞬間、ノックの音が響いた。
「沙羅! マイプリティラブリードーター!! 迎えに来たぞ!!!」
 音もなくドアが開き、そんな台詞と共に登場したミハイルに、病室のあちこちからクスクスと楽しげな笑い声が漏れる。
「素敵な旦那様ね」
 同室のひとりにそう言われ、サラは「はい」と幸せそうに微笑んだ。
 ミハイルは本来、泣く子も黙るハードボイルドな人物である――ということに、なっている。
 しかしパパとなった今、妻と娘の前でその路線を貫くことは非常に困難、いや不可能。
 元々サラの前では半熟卵どころかトロットロの温泉卵だった彼が、娘の誕生という人生最大級の慶事に際して固茹でのままでいられるはずもなかった。
 その彼は今、同室のママさんたちへの挨拶もそこそこに、窓辺で微笑む妻子にカメラを向けている。
 娘を抱いて微笑む妻の姿は、もう何度も思ったことだがマジ聖母。
「改めて惚れ直した」
 そして父親譲りの金髪と母親譲りの琥珀の瞳をした娘はマジ激カワ。
「こうして改めて見ると本当に綺麗だな」
 さすが俺たちの子だと、ミハイルは早速親バカ全開で鼻の下を伸ばす。
 出産にも立ち会い、出生直後のふやけてむくんだ姿も見ていたが、その時でさえもう可愛くて可愛くて仕方がなかったのだ。
 誰が見ても可愛いと言うであろう今の状態に、メロメロにならずにいられようか。
「これからが楽しみですよね。ミハイルさんに似て美形になる将来が見えるようです」
「沙羅に似ても美人確定だが、女の子は父親に似るって言うからな」
 鼻の下も目尻も重力に抵抗することを忘れてしまったかのようなミハイルは、もうすっかり父親の顔になっている。
 サラはそんな姿を頼もしいと思いつつ、しかし――
(「まだ先の事だけれど、彼氏ができたりしたら大変そうだわ……」)
 そんな心の声が聞こえたのか、ミハイルは胸を張って言い放つ。
「悪い虫が寄ってきたら俺が立ちはだかるぜ」
 悪くない虫さえ問答無用で蜂の巣にしそうな勢いだった。

 そうして同室のママさんや看護師たちに見送られ、三人になった家族は幸せいっぱいの気分で家路につく。

「ほら、ここがあなたのお家ですよ」
 サラは娘を抱いて、玄関の敷居から一歩踏み出した――この家に初めて越して来た日に、自身がミハイルの腕に抱かれてそうしたことを思い出しながら。
 退院したら家で待っていたのは洗い物と洗濯物、そしてゴミの山だったという話も聞くが、その点ミハイルは良く出来た旦那様のようで、室内は出た時と同じように綺麗に片付いていた。
「俺も一人暮らしが長かったからな、基本的な家事くらいは出来るさ」
 胸を張って答えるミハイルに礼を言い、サラは部屋のひとつひとつを娘に見せて回った。
 と、その前に白猫の風鈴(ぷりん)がひょっこり顔を出し、「こっちだ」と言わんばかりに尻尾を立てて先を歩き始めた。
 その後に続いたサラは、寝室へと足を踏み入れる。
 ぷりんが飛び乗った大きなベッドの脇には揺り籠がちょこんと置かれていた。
 少し離れたところにはクルクル回るオルゴールメリーを取り付けたベビーベッドもある。
 その小さなベッドが活躍するのはもう少し先のことになるだろうが、今そこにはガラガラやぬいぐるみなどの玩具やベビー用品が、まるでスーパーの特売品のように山と積まれていた。
 夫婦が自分たちで買い揃えたものもあるが、その多くはおめでたを知った友人たちからの贈り物だった。
 ミハイルは出産祝いなど貰うことはもちろん、贈る側に立つことさえほとんど有り得ないような世界に住んでいた。
 サラとて自分が母親になるとは思ってもみなかっただろう。
 ほんの数年前には夢にも思わなかったことが次々と現実になっているこの不思議に、二人は暫し思いを馳せる。
 だが現実は心踊るような甘いことばかりではなかった。
 子育ての苦労はよく耳にするし、ミルク作りにオムツ替え、沐浴のさせ方など、ミハイルにも学んでもらう必要のあることがたくさんある。
 赤ん坊をそっと揺り籠に寝かせると、中を覗き込んだぷりんが「子守りは任せろ」とばかりにニャーと鳴いた。

「では、まずはミルクの作り方からですね」
 キッチンに立ったサラは、ミハイルに手順を説明する。
 ミハイルはサラ先生の説明に従って、真剣な表情で湯を沸かし、哺乳瓶を消毒し、粉ミルクを計り――
「人肌温度……腕に一滴たらして熱くなければ良しってやつか」
 粉ミルクを溶かした哺乳瓶を軽く振り、ミハイルは手の甲にぽとりと垂らしてみる。
「こんなものか?」
 熱くも冷たくもない、恐らくは丁度いい温度になったであろう哺乳瓶を、ミハイルはサラに手渡した。
 が、受け取ったサラは少し困り顔で微笑んだ。
「大人には丁度いいかしら。でも、赤ちゃんにはもう少し冷ました方がいいかもしれませんね」
「しまった!」
 先生の指摘にミハイルは頭を抱える。
「すっかり忘れてたが……俺、結構鈍感なんだ」
 その体質は、以前の仕事では重宝する場面も多かった。
 しかし今となっては無用の長物どころか百害あって一利なし。
 だがサラはまさに聖母の如き慈愛の笑みを湛えたまま、ミハイルを眩しそうに見つめていた。
 妻が疲れた時にいつでも交代できるようと、慣れないことを頑張ってくれる夫の、その気持ちだけで嬉しいのだ。
 ましてや初めてのことが上手く出来ないのは当たり前。
「人肌温度って難しいですよね。私もミルクを作る時は悩みながらです」
「そうなのか?」
「ええ、入院している間に色々と指導は受けましたけど、やっぱり最初は失敗ばかりで。今もヘルパーさんに見てもらわないと不安になることもあるんですよ?」
 でも大丈夫、頼もしい旦那様が一緒に頑張ってくれるから。
「こればかりは少しずつ慣れていくしか……、ん? 待てよ?」
 眉間に皺を寄せていたミハイルが、何かに気が付いたように顔を上げる。
「温度計、使えばいいんじゃないか?」
「あ……」
 何故そこに気付かなかったのか。
 暫し顔を見合わせ、二人は同時に笑い出した。
 普段なら当たり前のように気が付いていただろうに、二人ともそれだけ緊張し、余裕がなくなっていたのだろう。
 やがて笑いの波が収まると、ミハイルはサラに尋ねた。
「基本的なことを聞くが、赤ん坊が口にするのは母乳とミルクだけでいいのか?」
「ええ、ミルクと母乳がしばらくのご飯ですね」
「しばらくって、どれくらいだ?」
「首が座って……5カ月くらいから離乳食を始める感じでしょうか」
 その期間が長いのか短いのか、ミハイルにはよくわからない。
 わからないが、その頃には妻と娘に対する想いが今以上に深まっていることだけは確かだと、そう確信していた。

 出来上がったミルクを飲ませ、背中をトントンと軽く叩いてげっぷをさせて、揺り籠にそっと寝かしつける。
 これから先に幾度となく繰り返すであろうそれを滞りなく済ませて、ミハイルはほっと安堵の息を吐いた。
「これで、いいんだな?」
 パパママ教室で人形を相手に練習したことはあるが、実践はこれが初めてだった。
「ええ、とてもお上手でしたよ」
「しかし緊張するな……手が汗でベタベタだ」
 少し力を入れただけで壊れてしまいそうな、小さくて脆い命。
 世界は自分に優しいものと信じきって、全てを委ねている安らかな寝顔。
 その信頼を裏切ってはいけない。
「これから大変でしょうけれど、可愛い寝顔を見ると頑張ろうという気持ちになりますね」
 寝顔でさえこんなに可愛いのに、その笑顔はどれほど破壊的に可愛いか、もう想像もつかなかった。
「ああ……この子が笑顔でいられる未来を、俺は作る」
 自分たち二人の血を受け継いだこの子は、おそらく覚醒者になるだろう。
 天魔との戦いは終わったが、この子たちの時代にはまた別の問題が持ち上がるかもしれない。
 けれど、どんな時代であっても――
「優しく、強い子に育ってほしいわ。力を持ってもその力を正しく使えるように」
「ああ、そうだな」
 力を驕らず、誇示せず、非覚醒者には優しく。
 そうミハイルも願う。
 けれど、それをストレートに伝えても上手く伝わるかどうか。
『うっせーよジジイ、うぜぇ』
 なんて言われたら……いやいや、うちの娘に限ってそんな。
 ないない、絶対にない。あるはずがない。
 けれど言葉で伝えるのは得意ではないという自覚はある。
 ここは素直に妻に任せて――
「ん?」
 ふと見ると、サラは全てを見透かした超越者のような、それでいて温かく柔らかな光を湛えた瞳をミハイルに向けていた。
「ミハイルさんの頼もしい背中を見ていれば、きっと大丈夫でしょうけれど」
「そうか、そうだな……よし、俺は態度で示そう」
 背中で語る父、カッコイイじゃないか。
 大きくなったらパパと結婚する、などと言われてしまうかもしれない。
 それどころか年頃になってもファザコン一直線……それもそれで悪くないか。
「安心しろ、銃の手ほどきはバッチリだ」
 言い寄る虫はそれで一掃してしまえ。汚物は消毒だ。
 なにやら物騒なことを考え始めた、その思考さえ丸ごと包み込むような笑みを湛え、サラは言った。
「二人で力を合わせて頑張っていきましょうね」
「もちろんだ。これからもよろしくな、沙羅」
 ニャー。
 自分もいるぞと言うように、揺り籠の枕元でぷりんが声を上げた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【jc1995/サラ・マリヤ・エッカート/女性/外見年齢28歳/新米ママ】
【jb0544/ミハイル・エッカート/男性/外見年齢33歳/新米パパ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

いつもお世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

お子さんの名前描写は【未来】シナリオだけの特別措置だったようで、残念ながらノベルでは明記することが叶いませんでした。
恐らく劇中ではお名前を連呼していると思われますので(特にパパ)、その辺りは脳内補完でお願いできればと……!
なお、タイトルはそのお名前にかけてみました(ヒントは「ド○ミの歌」英語版)

設定等に齟齬がありましたらご遠慮なくリテイクをお申し付けください。
パーティノベル この商品を注文する
STANZA クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年08月27日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.