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『酸いも甘いも 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001

 夏の夜。
 日暮仙寿は路の左右を挟む八重桜の幹にもたれ、月を見上げていた。
「ひとりか」
 夜気の奥よりにじみ出した声音が仙寿の肩をなでる。
 驚いて振り向くような真似はしない。確信していたからだ。この時、ここに在れば声の主と会えることを。
「ひとつ問いたいことがあって待っていた」
 声の主は、続く仙寿の問いを待つ。
 左に佩いた剣はそのままの状態で放ってあった。今夜は刃に問うことも刃で問われることもないと、こちらも確信していたからだ。
 たった二度、刃を交わしただけで情を抱こうはずはない。俺はただわかっているだけだ。この“蕾”がなにを思っているものかを。
 日暮仙寿之介……仙寿とほぼ同じ名を持ち、いずれ仙寿が得るであろう姿を持つ彼だからこその思い込みなのかもしれない。しかし、思い込めるほどの繋がり――絆と思ってやるつもりはけしてない――が、己と仙寿の間にあると感じていた。
 一方、仙寿之介と同じように感じているはずの仙寿はいくらかためらい、ようやく口を開いた。
「こちらの世界にあと何度来られる?」
 そういうことか。仙寿之介はあえて言葉を飾ることなく、まっすぐに答える。
「数えることはできないが、おそらくは二、三度」
 これを聞いた仙寿は重い息をついた。
 仙寿之介はこの世界にとって在りえない異分子だ。そんな世界の都合をねじ曲げ、己の都合を押し通している。たとえ仙寿之介が強大な力を持つのだとしても、世界という圧倒的な力の塊を相手にいつまでも抗えようはずはないのだ。
 と。仙寿が仙寿之介に向かい、深く頭を下げた。
 なにを――問われる前に、仙寿は下げた面から言葉を継ぐ。
「あいつに会ってやってくれ、頼む」
 一瞬、“あいつ”に乞われて来たのかと疑いかけたが、そうではないことはすぐに知れた。繋がっているからではない。仙寿に確かな覚悟があったからだ。我を殺して愛する女の幸いを優先する、一端の男としての矜持が。
 そういうことか。頑な気遣いの押しつけではあるが、潔い。それだけ惚れているのだな、あの娘に。
 仙寿之介は薄笑みを刻んだ口の端をそのままにうなずいた。
「案内を頼もうか、蕾」


「……どういうことだ?」
 招かれた日暮邸のキッチン、仙寿之介は呆然とつぶやいた。
 繋がっているはずの仙寿からまるで読み取ることのできなかった展開……彼は今、菓子作りの外れに立たされているのだった。
「あー、お師匠様! ちょっとどいて!」
 あいつであり、あの娘であるところの不知火あけびがせかせかと仙寿之介を追い立て、餅米粉の入った大鍋をコンロに置いた。
 言葉づかいが元に戻ったな。仙寿之介がそんなことを思っていると、木べらを持った仙寿が割って入り、弱火にかけて水を加えながら粉を練り始める。
「なにかあるなら俺も請け負うが?」
 さすがに突っ立ってもいられない気分の仙寿之介だったが、仙寿はきっぱり。
「手出し無用だ。慣れない者の手が加わると味が濁る。それよりも」
 仙寿が指したのは、当然のごとくあけびである。
 ようやくそういうことかと得心し、仙寿之介は漉餡を煮るあけびの元へ向かった。
「今夜は大福作ってお月見しようってことになってたんだ。まさか仙寿様がお師匠様連れてきてくれるなんて思ってなかったけど――っていうか、できあがってから呼んでくれたらよかったのに!」
「正直、このような場へ放り込まれるとは俺も思っていなかった」
 餡が焦げぬよう、手を止めずにへらでかき混ぜるあけび。その顔があまりに真剣で、仙寿之介はふと笑みを漏らしてしまう。そういえば幼いころから、ふたつのことを並べて行うのは不得手だったな。
「……しかし大福といえば粒餡という気がしていたものだが」
 仙寿之介がふと疑問を口にした瞬間。
「有名店の大福には漉餡を使っているものも多いけどな。……今回は内に餡以外のものも入れるから、口触りのために漉餡を選んだ」
 仙寿は説明しながら一度火を止め、生地に和三盆を振るって混ぜる。次いで弱火にかけ、また練る。
 繰り返されるよどみない動作に、仙寿之介は微量の意地悪さを込めて言った。
「剣よりもこちらの道が向いているのではないか?」
「春夏秋冬、常に同じものを提供できるなんて思い上がれない」
 仙寿の答に、仙寿之介は眉根を上げることとなる。
 ふむ、これもまた剣客の矜持ということか。剣ならば常に必殺を為せるところまで行ける、そこまでたどり着いてみせるという。
「――あけび。おまえの共連れは存外性根が強(こわ)いようだ」
「そうじゃなきゃぜんぜん足りてないくせにお師匠様と斬り合えないでしょ」
 あけびの言葉に遠慮はなかった。しかし、苦さも翳りもない。仙寿の未熟を誰よりも知りながら、誰よりもその心を知るからこその受容であり、そして。
 信じているということだ、蕾を。
「蕾は届くか、俺にまで」
「仙寿様ひとりだったら“いつかきっと”。私とふたりがかりなら“いずれ”だね」
 その言葉に仙寿は苦笑した。
「それでも遠いな。いや、ただの夢じゃなくなっただけでもいいか」
「でしょ。なにをどうしたらいいのか、今のところぜんぜん思いつかないけどね……」
「夢のままにしておくべきだったかもな……」
 仙寿之介は先ほどの仙寿の様を思い出す。他人の手伝いを「味が濁る」と拒絶するほど繊細で気難しい少年だ。たとえ気安い間柄であれ、「できあがるまで見ていてくれ」とでも言いそうなところ、控えめに言って大雑把なあけびの手を当然の顔で受け入れている。それどころか、なんの疑問もなくあけびと同じ先へ向かうことを決めているではないか。
 互いにそれだけの信を積んできたか。
 互いが互いの傍らに在り、同じ先を見ることを当然とくくれるほどの信を。
 俺はあけびに背を追われてきた。傍らに在ることも、同じ先を見ることもなく、ただ先に立つことしかできなかった。そして共に生きたとしても、あけびは俺へ届くことなく先に逝く。知りながらなお手元に置きたかったは俺の欲だが、それでも並び立つことなどできはしない。
 仙寿之介は喉の奥より迫り上がる苦い思いを噛み、かぶりを振る。
 俺は蕾を妬ましく思っている。俺に為せぬを為し、成せぬを成せる、俺ではない“俺”を。しかし――
 仙寿之介の心中に気づくことなく、あけびは仕上がった餡と仙寿の練り上げた生地の鍋を冷水に浸し、息をついた。


 月明かりの下、冷やした茶を手にしたあけびと仙寿之介は、道場の濡れ縁に並んで腰を下ろす。
「仕上げは仙寿様がするって……気、つかわせちゃったなぁ」
 菓子作りの都合と仙寿之介が現われる時の都合が噛み合わなかったこともあるはずだが、ともあれ仙寿之介たちへの仙寿の気遣いに甘えておくところだろう。
「おまえがどれほどのことを憶えているものか知れぬが、元の世界で起きた大戦は終結し、人と天魔は共に生きることとなった」
 あけびは朧の記憶を探り、うなずいた。
「そっか。じゃあ、お師匠様はもう誰とも戦わなくていいんだね」
「ああ、おまえともな」
 薄くうなずく仙寿之介の肩にあけびの指が触れる。
「最初に仙寿様と立ち合ったとき、お師匠様がひどいケガしてたって。それ、私のせいだよね? 私がお師匠様にかなうはずなんてないし、きっと私のことかばって――」
 仙寿之介が、敵であるはずのあけびをかばって命を損なったのではないか。それは真実を思い出せぬあけびを苦しめてきた心の影だった。再会によって半ば安堵はできたが、あと半ばを晴らせずにいたのだ。
「そんなこともあったが、今の俺は十全だ。さて、おまえが気に病む必要がまだあるか?」
「ないはずない! ……でも、お師匠様のこと困らせたくないから、ない」
 このあけびはまだ子どもらしさを色濃く残している。置かれている立場にもよるのだろうが、不思議なものだな。
「おまえの一族も新しい道を歩み出している。それなりの騒動こそあったが、おまえにとっては兄のような男とおまえの友たる少女がそれを収め、俺は支えの一柱として加わった」
 ただひとつだけ告げずにすませた真実を飲み下し、仙寿之介はうなずいた。
「おまえはどうする?」
「強さを目ざし続けます」
 言葉をあらため、あけびは言い切った。
「お師匠様とみんながいてくれるなら一族のことは心配ないし、だったらこの世界に私が来た意味を知りたい。その答はきっと、刃にあるんだって思うから」
 背負う荷がないからこそ一途にあろうとするあけび。仙寿之介は思わず目をすがめてしまう。そうだな、これこそが純然たるあけびの有り様だ。
 と、次の瞬間。あけびの真摯が力を失くして緩み。
「ただ、私が欲しい正解って刃だけにあるわけじゃないような……難しいなぁ」
「迷うも道だ。そも、ひとりで悩むことでもあるまい」
 仙寿之介は目線の気配だけを背後へ投げ、添えた。
「そうだろう、蕾」
 夜闇の奥より、大福を乗せた大皿を抱えた仙寿が気まずい顔を現わした。
「すまない。話の邪魔になった」
「ううん、もうお師匠様から聞きたかったことは聞けたから」
 あけびは仙寿から皿を受け取り、仙寿之介と自分の間へ置く。仙寿の座る場所を意識しないのは、必要がないからだ。
 なにを言うこともなく、おまえはそちら側にあるということだ。寂しくもあるが、うれしくもある。おまえがおまえの選んだ道を踏み出したことがな。
「料理も菓子もできたてがうまい。試してくれ」
 濡れ縁の奥、道場の端に座す仙寿に勧められるまま、仙寿之介は大福をひとつ手に取った。――なにやら重い。そしてやわらかな餅と餡の内に、芯のようなものがある。
 そして歯触りのいい皮を中身ごと噛みちぎった瞬間、そういうことかと得心した。
「苺大福か」
 最近は夏苺にも多々種類があるのだが、この苺は小粒の内にやわらかな酸味が立ち、瑞々しい。それが餡のなめらかな甘みと重なり、得も言われぬ味わいの厚みを感じさせるのだ。
「“すずあかね”という苺だ。甘い菓子を酸味で引き締めてくれる」
 そればかりではあるまい。これを選んだ理由はそう、主張だ。
「今は小さき粒なれど、酸いばかりではなく甘さをまとって円熟へ至る。蕾はつまり、俺へ果たし状を突きつけたか」
 仙寿はばつの悪い顔を逸らす。いくらなんでもそこまで見透かされるなんて思うはずがないだろう!?
「どうあれ急ぐことだ」
 お菓子作りはやっぱり仙寿様だよねーなどと言いつつ大福にかぶりついていたあけびが顔を上げた。
「お師匠様、それって」
「蕾には知らせたが、俺がこの世界に顕現できるのはあと二度か三度がせいぜい……それまでにせめて足元まで来てもらわねば、おまえたちの願いを果たす機は永に失われよう」
 茶で口を洗った仙寿之介はふたつめの大福を取る。
 大福の出来は十二分、しかしなによりもそれを極上に高めているのは苺だ。なるほど、これまで意識したことはなかったが、苺というものは実に奥深いものだな。
「やっと会えたのに、またお別れって……」
 肩を落としたあけびへ、仙寿之介はやわらかな声音を投げる。
「俺より巣立つときが来る、それだけのことだ」
 次いで仙寿之介は仙寿を見やり、問う。
「俺の代わりを務める気はあるのか?」
「そんなことで満足するつもりはない」
 迷わずに答えた仙寿の声音は強かった。
 あけびの心を支えてきた仙寿之介の代わりではなく、それ以上の存在になる。今は願いに過ぎない言葉だが、気概は悪くない。
「代わり以上のものになれると思うか」
 しかし仙寿之介は重ねて問う。
 対して仙寿は同じく迷いのない顔で返した。
「生菓子は一期一会。次に同じものを手にしても別物だ。あんたにとっての俺も、同じこと」
 そこまで心を据えているなら上出来だ。
 仙寿之介は薄笑み、甘みの内の酸味――自らの力で咲かんと急く蕾の青さを噛み締めた。


「馳走になった。土産もありがたくいただこう」
 苺大福を収めた風呂敷を手にした仙寿之介は仙寿とあけびへ目礼し、踵を返した。
「次にまみえるとき、俺は本気でゆく」
 それは挑戦を受け止めるのではなく、殺す剣を使うという宣告。
 大切な明ける日を託すに足る刃かを、そのときにこそ問おう。散るか咲くかは蕾……おまえしだいだ。吐いた言葉に恥じぬだけのものを見せてみろ。
 仙寿とあけびは並んで立ち、仙寿之介の背を送る。
 その背が翻り、相対したときにひとつの宿縁が切れる。そう知ればこそ万感を押し殺し、同じ先をいつまでも――


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 18歳 / 八重桜】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 19歳 / 染井吉野】
【日暮仙寿之介(NPC) / 男性 / ?歳 / 頂の刃】
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2018年08月28日

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