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『甘いも酸いも 』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194

 執拗にじゃれつく暑気はかすかに薄らぎ、風が涼を含み始めた晩夏の夕刻。
 ようようと這い出してきたヒグラシの声をたどり、日暮仙寿之介は醒めた。
 あらためて自分の様子を確かめれば、八重桜の根元に座し、その幹にもたれている。ここまでは憶えているとおり。問題は――
「ゆめまぼろし、というわけではなかったようだ」
 手元に置かれた鉄紺の風呂敷包み。あれが夢でないのなら、内に収まるものはそう、持たされた土産ということになる。
「……ならば急ぐべきか。時が経つほど味が落ちるらしいからな」


「え、夕ご飯の前だよ!?」
 夕食のしたくにかかっていた不知火あけびが高い声をあげた。
 不知火家次期当主である彼女の“婿殿”――現状は当主公認の許嫁といったところで、祝言もあげてはいないのだが――たる仙寿之介のため、暑さに耐え忍んで火と向き合ってきたのだ。それを無にするようなことを当人から言われれば、さすがに腹も立とう。
「心づくしを損なうわけにはゆくまい。まあ、尽くされたのはおそらく、俺自身の心なのだが……」
 要領を得ない仙寿之介の言葉に目をしばたたき、あけびは右手を挙げた。
「私にもわかるようにちゃんとくわしく!」

「そっか」
 仙寿之介がこれまで幻(み)てきたという夢の話を聞き終えたあけびは“土産”に手を伸ばし、眼前へかざす。
見た目はただの大福だ。しかしその内には餡ばかりでなく、鮮やかな赤を映す夏苺がくるまれている。
 ひと口かじれば心地よい粘りと弾力が歯へ返り、漉餡の甘みと苺の酸味が舌の上に踊る。見事としか言い様のない、苺大福であった。
「確かに、これを持ってこられては信じるよりないな」
 あけびと同じように苺大福を味わった不知火藤忠がうなずく。
 彼は不知火の出資で起業した警備会社の雇われ社長、あけびはその会長という間柄なのだが……そもそもがあけびの義理の叔父であり、それを越えた兄妹的な仲であることもあり、なにをあらためることもなくこうして同じ時間を過ごしている。
「しかし、夢の土産が甘味とはありがたい。慣れない仕事で疲れがひどくてな」
 力なく笑ってみせる藤忠。まあ、旧家の末端として使われていればいいだけの立場から、人の暮らしを預かる立場となったのだから、未知の気苦労は相当に重いのだろう。
「いくつかもらっていいか? 凜月にも食わせてやりたい。あいつも毎日働いていて疲れているから」
 しれっと妻の名を唱える藤忠。
 不知火 凜月――御子神の旧姓を持つ彼女は骨董品屋勤めを続けており、遅番の今日は帰るまでにもうしばらくかかる。
「持って行け。ただし同輩の分は残しておけよ」
 営業に飛び回っている、藤忠とは別会社の雇われ社長であるあけびの友を指して言い、仙寿之介が苦笑した。
「私の分も!」
 ささっと自分の分をいくつかキープしつつ、あけびは藤忠へ手を差し出して。
「あと事業計画書見せて。口は出さないけどお金は出さないとだから」
「……普通に忘れていた。まだ本格的に動いてもいないうちから大株主に吊し上げられては困る」
 と。社会人としての務めを果たし、三者は本題へ戻る。

「若かりし仙寿と、若かりしあけびか」
 あけびの作った夕食を肴に酒杯を傾け、藤忠が唸った。
 異世界というものは実際にある。実際に天魔が存在し、仙寿之介という存在が在るのだから、それは疑いようのないことだ。
「で、どうだった? あちらのあけびは」
「なにがちがうわけでもない。ただ、一族を背負う必要がなかっただけにあけびらしさは色濃いが」
 仙寿之介はやさしい指であけびの髪を梳く。
 あちらのあけびがたとえ切り倒されたとてすぐに芽を出し、直ぐに伸びゆく桐ならば、こちらのあけびは風雪にその身を撓めながらも岩に根を張り、年輪を重ねゆく松。どちらも強く確かなあけびだ。
 その思いを悟ったあけびは、心地よく目を細めながらうなずくが。
 いや、いけないな。こうして俺は言わずにすませてようとしてしまう。以心伝心など言葉を惜しむ者の甘えだ。伝えなければ真意の丈が伝わるはずなどないのだから。
 仙寿之介は心を整え、紡ぐ。
「負った重責のすべてを先へ連れ行こうと歩むおまえをこそ、俺は愛しく思う。祝言を挙げるまではなどと縛めず、今すぐ手折ってしまいたくなるほどに」
「そっ! それはその、いつでもどうぞっ! あ、できれば三日前くらいに言ってほしいかも……準備とかいろいろあるので……」
 差し向けられた艶やかな笑みへ、必死で言い返してみるあけびであった。
「さすがは我が友よ、我が妹分よとしか言い様もないが、ともあれだ」
 いっぱいいっぱいの彼女に代わり、藤忠が話を引き戻した。そして。
「向こうのあけびのことはある程度知れたが、肝心の若かりし仙寿はどうなんだ?」
 仙寿之介はしばし思いに沈む。初めてまみえた際に向けられた気迫と覚悟を。再びまみえた際に見せられた必死と決意を。そして。
 三度まみえた際に交わされた、思いと願いを。
「“俺”――蕾は、そうだな。くわしくは知らぬが、暗殺剣を伝える家に生まれ、後ろ暗い道を歩んできたという。その過去とあけびとの思いの間でずいぶんと悩んだのだろう。初めて会ったころには自縄自縛の有様だったが」
「今回はちがった?」
 あけびにうなずきを返し、仙寿之介は息をついた。
「引きずっているものは未だ多いが、心は据わった。あちらのあけびと共に俺を倒す、そう告げてくるほどに」
 先の大戦で深手を負い、傷の熱に浮かされる中であけびの姿を探し求めた。
 その果てに異世界へと落ち、若き自分と剣を交えた。それがただの夢ではなかったことを知り、今、仙寿之介はひとつの思いを定めている。
「暗殺剣と忍術の連動で来るのか」
 藤忠の問いに仙寿之介はかぶりを振り。
「いや、あちらの世界ではふたりが重なり、ひとりを為す術があるようだ。――果たして俺と寸分違わぬ“俺”と対することになるから、落ち着かぬが」
 仙寿之介は苺大福を手にして苦笑した。
 まったく、蕾が菓子づくりを極める気でいてくれたなら面倒もなかったろうに。
 いや、蕾が俺であるならば無理な相談というものか。なにせ俺には剣しかないのだから。
 婿殿などという立場をもらって日々をやり過ごしているが、とどのつまりは剣でしか生きられぬからこその無為。
 そんな俺が、敵という仕事をもらった。ならば務め、努めてやるよりあるまい。若き者たちに挑めと誘う頂を。
「前から考えてたんだけど」
 かじりかけの苺大福を皿へ置き、あけびは仙寿之介に膝を向けて正座。
「――なんだ?」
「仙寿様、剣を教えてみない? うちの道場、今ほとんど使ってないし、なんだったら街中に道場出してもいいし……問題は知名度かぁ。剣道の大会だったらオープントーナメントとかあるよね。そこで優勝したらいいかな?」
 唐突な展開に、さすがの仙寿之介もうろたえる。
「いや、いきなりどうした? 剣を教えるのはいいが、大会?」
 仙寿之介にうなずいてみせ、あけびは続けた。
「正直な話、私個人としては仙寿様に浪人ライフ満喫してほしいなって思ってる。これまでずっと大変だったんだし、私は髪結いじゃないけどお金あるし」
「浪人だの髪結いの女房だのはともかく、おまえは成金の娘か」
 前にも聞いたようなツッコミを入れる藤忠を目で黙らせて、あけびはさらに語る。
「でも、やっぱりこのままじゃいけないなって、思うから。だって仙寿様、向こうのこと考えてるときよく笑うし」
 笑う? いや、せいぜいが苦笑だろう。別におもしろくて笑うわけでは――仙寿之介の否定はそこで止まった。
 確かに俺は楽しんでいるのかもしれない。剣しかない俺に剣で挑まれることがこの上もなくうれしくて。……あけびがいるというのに、俺は。
 自らの性(さが)が忌まわしい。
 思い悩む仙寿之介の手に自らの手を重ね、あけびは彼のうつむいた顔をまっすぐと見上げる。その顔はやわらかく笑んでいて、思わず見惚れた。
「昔、おまえはずっと笑っていろって言ってくれたよね」
 言った。万難を前にしてなお笑う強さを持て。そのためにこそ俺の技を教え、刃を与えたのだから。今となってはとんだ思い上がりだったと恥じるばかりだが、昔も今も、その心に偽りはない。
「だから私も言ってあげたいんだ。ずっと笑ってて――アディーエ」
 ささやかれた真名に面を上げれば、笑んでいた口元を凜と引き締めたあけびの真摯な面が出迎えて。
「仙寿様が笑って進んでいける道は剣にしかない。だから、私はそれを全力で支えるよ」
 ここで口を挟んできたのは、大福で酒を味わっていた藤忠。
「あけび。背負うものがあるおまえには理解できないかもしれないが、仙寿は骨の髄まで剣士だ。そんな男と対したがる相手もまた同じくな。竹刀はいずれ木剣になり、木剣はいつか真剣になる。刃を交わせば命をやりとりすることになるんだぞ」
 友が修羅に飲まれるものとは思っていないが、問題は相手だ。仙寿之介の剣を見て奮い立つような者が、命を賭けずにいられるものか。
 なにせこの身の凡庸をわきまえた俺ですら、届くや届かぬやを試さずにはいられなかったんだからな。
 さすがに口にはしなかったが、藤忠の胸に苦い記憶が迫り上がり、押し詰まる。
 あのとき俺は無情をもって仙寿へ挑んだ。他ならぬ仙寿の有情で引き戻されはしたが、それがなければ俺は無情の内に果てていた。
「仙寿様はそんなことしない」
 きっぱりと言い切って、あけびはいくつめになるか誰も数えていないのをいいことに、新しい苺大福を頬張る。存分に味わって、噛み締めて、飲み下して。
「私がさせない。一族の総力でもなんでも使って、そんな話ぶっ潰すから」
 はぁ? いぶかしく顔をしかめた藤忠の口にも大福を詰め込んで黙らせ、さらに仙寿之介の口にも大福を詰めて言葉を割り込ませられないよう細工し、続けた。
「妻の都合でね!」
 真っ赤になってさえいなければ、内容はともかく決まっていただろうに。
「……結局おまえの都合を押し通すわけか」
 なぜか挑む側の立場から不満を述べる藤忠。
 あけびは赤いままの顔の中で唇を尖らせ、言い募る。
「うちの今後の予定は子だくさんだから。だって私、どうしても寿命の長い仙寿様を置いていかなくちゃいけないでしょ。それまでにがんばって子孫繁栄させて、仙寿様がさびしくなってる暇なんてないようにするんだ。だからこれは私の都合じゃなくて、私と子ども孫ひ孫玄孫……みんなの都合だよ」
 子孫に後ろめたい祖であってもらっては困るということだ。
 とはいえ、剣の道を行けと言っておきながらこうも縛りつけようとは……。
 くつくつ喉を鳴らし、仙寿之介はくわえさせられた苺大福を食む。
 蕾ばかりではなく、俺もまた縛られているのだな。しかしこの縄は悪くない。これは、独りでは行き着くことのできぬ先へ俺を連れて行ってくれる導きだ。
「次に蕾と対するとき、俺は無情をもって斬り捨てる心づもりでいた。が、今生にただひとりと定めた妻からそれを封じられてはあらためねばなるまい」
 甘いも酸いも、蕾ならず俺だ。あけびの思いを察することなく、己の我儘を押し通そうとした。
 俺はもう独りではない。孤高気取りなどドブに捨ててしまえ。明ける日に心委ねたそのときから、俺は暮れる日ならず、俺もまた明ける日なのだから。
「……それこそ祝言を待たずになるが、これよりは俺も不知火を名乗ろう。これで家の都合を俺の都合とすることとなったが、さしあたり俺はなにをすればいい?」
「え!? えーっと、お爺様に忍将棋で勝ってほしい! だってそうしないと式挙げさせてもらえなさそうだし!」
 いきなりの申し出にうろたえながらも欲を述べるあけびに、藤忠はげんなりとした流し目を送る。
「さっそく妻になる予定のあけびの都合か」
 今度は仙寿之介を見やって片眼をつぶってみせた。
「当主殿などそれこそ剣士の流儀で黙らせてやれ。もしくはうまい菓子で懐柔するか。若きおまえが得意なら、おまえも向いているだろう」
 言われてみて、はたと気づく。
 蕾が思わぬ才を見せたように、俺にも成せることがまだあるのではないか?
 剣ならぬ恋の道を成就させてみせたはずの俺が、それすら忘れて「これしかない」と思い込んでどうする。
 ――いいだろう。蕾のほころびに刮目するばかりでなく、俺の咲き様に蕾を刮目させてやろうか。
「まずは餡を煮て、餅を練るのだったな」
「助太刀する」
 びっくりと顔を上げたあけびへ笑みかけ、仙寿之介は藤忠を伴い、すらりと立ち上がった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【不知火あけび(jc1857) / 女性 / 20歳 / 明ける陽の花】
【不知火藤忠(jc2194) / 男性 / 26歳 / 藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ】
【不知火 凛月(jz0373) / 女性 / 19歳 / 兎ノ姫は藤ノ籠と瑠を繋ぐ】
【日暮仙寿之介(NPC) / 男性 / ?歳 / 天剣】
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エリュシオン
2018年08月28日

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