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『赤と黄金 』
不知火藤忠jc2194)&不知火あけびjc1857

 不知火藤忠が学園内の小道を歩いていると、植え込みに向かってかがみ込んでいる女生徒の姿が目に入った。
「まさか‥‥」
 近づいてみると、金髪に赤いリボンのツーサイドアップ、さらにサングラス。
(これは間違いないな)
 しばらく観察していたが、かがみ込んだまま一向に動く気配がない。獲物を狙う動物のように、時折お尻を揺らすばかり。
「‥‥おい、チカ?」
「にゃっ!?」
 仕方がないので声をかけると、相手は奇妙な声を上げて飛び上がった。
「‥‥にゃ?」
「びっくりした」
 サングラスの奥の瞳をぱちぱちと瞬かせながら深呼吸しているのは、間違いなくリュミエチカだった。
「びっくりしたのはこっちだ‥‥何してるんだ、こんな所で」
(ついでにあの鳴き声は何だ)
「‥‥フジタダだ。こんにちは」
 こっちを認識したら、質問そっちのけでまずは挨拶。顔を合わせるのは久しぶりだが、こういうところは変わっていない。
「猫がいた」
「猫?」
 見ると、植え込みの一部にぽっかりと空間が開いていた。どうやらそこに潜んでいた猫を観察していたらしい。
 ただ、今そこには暗がりがあるばかりで、猫は行ってしまったようだった。
「もしかして、邪魔してしまったか?」
「ううん」
 リュミエチカは首を振った。
「仕事じゃないから、別にいい」
 そういえば昔、仕事で猫を追いかけたことがあったとあいつが言ってたな──と藤忠は思い返す。
「しばらくぶりだな。元気だったか、チカ」
「元気だった」
 今度は首を縦に振る。
「そうだ、チカ、この後暇か?」
 ふと思いついたことがあって、藤忠が尋ねると、リュミエチカはまた頷いた。
「よし、それなら俺たちの寮で、一緒に夕食と行こう」
「いいよ」
 あっさり承諾したリュミエチカを連れて、藤忠は己の寮へと帰った。



「荷物は適当においてくれ。あけびももうしばらくしたら帰ってくる」
 共有スペースの灯りをつけながら、藤忠はリュミエチカを迎え入れた。リュミエチカはおずおずと入ってくる。初めての場所だからか、ちょっと緊張しているのが伝わってきた。
「さて──チカはお客さんだから座って待っていてくれてもいいが、もし手持ちぶさたなら手伝ってくれるか?」
「手伝う」
 リュミエチカは即答し、手荷物だけ置いて席には着かず藤忠についてきた。
「制服だと汚れるかも知れんから、これをつけろ」
「ん」
 キッチンに入り、かけてあったエプロンを渡した。
「何、つくるの?」
「せっかくチカが来てるんだしな。コロッケにしよう」
「おお」
 揚げ物のさくさくとした食感を気に入った、リュミエチカの最初の好物だ。
「ただし、俺の好みも外さずつくるがな」
 と言う藤忠が持ち出したのは、丸々とした南瓜である。

   *

「串、通ったよ」
「よし、ざるにあげてくれ‥‥熱いから気をつけてな」
「平気」
 湯気の上がる鍋をコンロからはずし、流しに置いたざるに中身を開けていく。
「うん、いい感じだな」
「次は?」
「あら熱をとる間に、キャベツでも刻んでおくか。チカ、包丁は?」
「出来るよ」
 二人並んでキャベツを千切りにする。リュミエチカは思った以上に手際よく、てきぱきとこちらを手伝ってくれた。
「チカも、だいぶ成長したな」
 手を動かしながら、感慨深く藤忠は言った。
「たまに言われる」
 リュミエチカも、手を動かしながら答える。
「外見だけの話じゃないぞ。雰囲気とか、人付き合いの様子とか‥‥」
「そうかな」
「ああ。出会った頃から比べると、ずいぶん変わった」
 リュミエチカは悪魔であるから、全く外見通りの年齢という訳ではないのかも知れない。ただ、中等部の生徒として学園に来てからこれまでの間は、ほぼ人間と同じ成長を見せていたように思う。
「チカは、もう大学部に上がったんだったか?」
「次は、二年生」
 リュミエチカは頷く。なるほど、中学生の子が大学生になるまでを見届けたのだと思えば、その成長ぶりも納得だ。
「あけびが卒業になるんだからな‥‥当然か」
 あのサムライガールも今や当主としての自覚を身につけたのだから。

「チカは、大学部で何を学んでいるんだ?」
「いろいろ‥‥? 動物のこととか、植物のこととか」
 二人でコロッケの種を成形しながら、会話は続く。
「将来どんな事をしたい、とかはあるのか?」
「んー‥‥」
 リュミエチカはちょっと思案して。
「のんびりしたい」
「おいおい‥‥」
 まだあまり未来の展望というものはないのだろうか。
「チカは、ゆっくりでいい‥‥らしい」
 誰かに言われた言葉なのか、反芻するようにリュミエチカは口にした。
「いろいろやってみて、楽しいことがあったら、それをすればいいって。そのために大学はいっとけって」
「まだ、探してるって事か」
「うん」頷いた。「探してる」
 リュミエチカの来歴を思えば、それは仕方のないことかも知れない。というより、世の中の大学生の大半は彼女のような立場だろう。今の彼女は「人並み」なのだ。
 そしてそれは、ある意味彼女がもっとも望んでいた未来の形でもある。
「ゆっくり探すといい。困ったらいつでも相談しろよ」
 コロッケ作りで汚れていたので、頭を撫でるのはさすがに自重した。

   *

「ただいまー」
「アケビ、おかえり」
「あっ、チカちゃん! いらっしゃい、ただいま!」
 寮へ戻ってきた不知火あけびをリュミエチカが出迎えた。
「遅かったな。もうあらかた出来上がるぞ」
「あーっ、ごめん姫叔父、サラダとスープは私やるから! 荷物おいてくる!」
 あけびは言い残して自室へばたばたと戻っていき、着替えてすぐにまたやってきた。
「すぐ作っちゃうよ」
「チカ、俺たちは出来上がったものをテーブルに運ぶぞ」
「ん」

 かくして、本日のお献立。
・炊き立てご飯
・南瓜のコロッケ
・ベーコンとキノコのコンソメスープ
・グリーンサラダ
 ほか、常備菜が数品。

「デザートも準備してるからね」
 隣の席に着いたリュミエチカに、あけびがウィンクした。
「いただきまーす!」
 そのあけびが号令する形で、食事が始まった。揚げたてのコロッケへ箸をのばし、まずは一口。
「はむっ‥‥これは!」
 一見普通のコロッケだが、中はジャガイモではなくカボチャを潰したもの。しかも全部潰してしまうのではなく、ブロック状のものを混ぜ込むことで食感も楽しめる。
(さすが‥‥姫叔父、抜かりない!)
 リュミエチカの好みをフォローしつつもきっちり己の好物にアレンジ。藤忠の南瓜好きの筋金入りっぷりに、あけびは改めて感心した。
「どうだチカ、美味いか?」
「美味い」
 リュミエチカは自分も手伝ったコロッケをあっという間に一つ平らげた後、スープを啜った。
「これも美味い」
「本当?」
「普通‥‥だな。急いで作ったにしてはまずまずか」
 一瞬喜びかけるも、藤忠のやや辛辣な評価にあけびは口をとがらせた。
「いいの、今日の本命はデザートなんだから」

 ということで食後。あけびが冷蔵庫からいそいそと取り出してきたものは‥‥。
「タルトタタンだよ。アップルパイにちょっと近いかな‥‥美味しくできたから、食べてみて!」
 三人にそれぞれ切り分け、紅茶と一緒にいただきます。
「‥‥どうかな」
 どきどきしつつ、感想を待つ。
「底のがサクサクしてる」
 一口食べたリュミエチカはそれだけ言った。だがすぐに二口目を食べに行ったところをみると、気に入ったようだ。
「ああ、よかった」
 あけびはほっとして椅子に深く体を沈めた。
「最近、お菓子作りを頑張ってるんだ‥‥恋人のために」
「センジュサマ?」
「覚えてた? ‥‥そう、仙寿様に食べてもらいたくて」
 名前を言われてはにかむ。
「始めた頃に比べたらずいぶんと上達したな‥‥あの頃は毒味という他なかったが、最近は味見と言えるようになってきた」
 あいつのおかげだな、と藤忠が言うと、すぐに頬を膨らませた。
「むっ‥‥いいじゃない、姫叔父だって彼女さんに色々作って貰ってるでしょ?」
「彼女さん」
「ん、まあ‥‥婚約者だな。確かに‥‥」
 己を省みた藤忠だったが、ふと。
「そうだ、チカは、誰か‥‥そういう相手はいないのか?」
「そういう相手」
「その、菓子を贈りたくなるような男は」
 リュミエチカはくいと首を傾げた。
「今度、フジタダに持って来る?」

 よし、これはまだ時間がかかりそうだ、と小さく安堵する兄貴分であった。



 デザートもすっかり平らげ、落ち着いた食後の時間。
「実はな、チカ」
 藤忠が切り出した。
「今日呼んだのは‥‥渡したいものがあったんだ」
 目顔であけびを促す。リュミエチカの前に、小さな箱が置かれた。
「開けてみて、チカちゃん」
 ん、と頷いて、リュミエチカが小箱のふたを取る。
 そこには、大きな花をあしらった簪が収まっていた。
「椿の花だよ」
 姫叔父と二人で選んだんだと、あけび。
「あけびは、子供の頃、仙寿にあけびの簪を贈られた。俺も、凛月──婚約者に鬼灯の簪を貰っていてな」
「だから、私たちもチカちゃんに渡したかったんだ」
「大切な妹分だからな」
「姫叔父と二人でアウルを込めたんだ‥‥この椿は、何時でも傍にいるよ、っていうお守り」
 四年次を終えるあけびはじき学園を卒業し、藤忠とともに不知火の里へ帰ることになる。
 無言で簪を見つめているリュミエチカに、二人は一言一言、心を込めて告げた。あけびが「付けてあげるよ」と言って立ち上がった。
「私も姫叔父も、チカちゃんに幸せになってほしいんだ」
 リュミエチカの髪をまとめている両サイドのリボンを解き、金髪を手櫛で二度、三度と梳く。
「チカは‥‥」
 あけびに身を任せながら、リュミエチカはぽつりと言った。
「チカは、もう幸せだと思う」
 それは、彼女の本心なのだろう。
 かつて孤独の沼の中にいて、か細い視界の中で覗き見ていた、精一杯の『幸せな未来』が今なのだ。
「まだまだだよ、チカちゃん」
 だが、あけびはそう言った。
「色んなことにチャレンジして、楽しいことをいっぱい見つけよう! そしたら、今よりももっと、幸せになれるよ!」
「もっと‥‥?」
「ああ、もっともっと、だ」
 藤忠も微笑んで頷いた。
「俺たちはいつでも力になるからな」
「姫叔父、それ私の台詞! ‥‥でも、本当だからね、チカちゃん」
 はい、できたよ──あけびが体を離した。正面から見ようと、藤忠の隣に並ぶ。
「ああ、やはりお前には、赤が似合うな──」
「ちょっと、待って」
 感想を言おうとした藤忠を、リュミエチカは制した。
 そして、今日もその瞳をずっと隠していたサングラスを、そっと外した。
「チカ、ちゃん?」
 畳んで丁寧にテーブルの上に置き、あけびと藤忠に向き直る。
 しっかりと、正面を向いて。

「どう?」
 髪の色に近い、透き通った黄金の瞳が、二人を見据えている。

「赤は黄金に映える。お前の髪にも、お前の瞳にも」
「うん──うん、よく似合ってるよ、チカちゃん」
 二人の言葉を聞いて、リュミエチカは小さく微笑んだ。初めて見る、素通しの笑顔だった。

 しばらくすると、リュミエチカはまたサングラスをかけて瞳を隠した。椅子にどさりと座り込み、深く息をついた。
「どうした、チカ?」
「疲れた」
 幾分だるそうに答える。
「あまり長いと‥‥緊張する」
 藤忠とあけびは顔を見合わせた。どうやら、サングラスを外していられるのはまだ短い時間だけのようだ。

 彼女がなぜサングラスをかけ片時も外さないのか、二人はその理由を詳しく問いただしたことはない。その必要がなかったからだ。
 今サングラスを外して見せてくれたことも、きっと彼女なりの覚悟と事情がある。
 それが伝わるだけで、十分だった。

「もっと大人になれば、もっと外していられる」と、リュミエチカは言った。
「じゃあ、早く大人になりたいね」と、あけびが言うと、リュミエチカは「そうだね」と答えた。

「私も、早く大人になりたいなあ」
 リュミエチカと肩を並べて、あけびは天井を見上げる。
「卒業したら一族の当主になって‥‥仕事をうんと頑張って、落ち着いたら結婚して、子供を産んで‥‥姫叔父の子供とは幼馴染同士とか、久遠ヶ原学園に入学させたい、とか‥‥」
 これから作り上げていく未来を、想像して。

「チカちゃんは、どんな未来を作るのかな‥‥楽しみだな」

 あけびの視線の先を、リュミエチカが追いかけている。二人の様子を、藤忠は微笑んで見つめていた。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc2194/不知火藤忠/男/28/未来を支える】
【jc1857/不知火あけび/女/22/未来を広げる】
【jz0358/リュミエチカ/女/18(外見年齢)/未来を見つけていく】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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大変お待たせいたしました‥‥! 夏祭りからさらに未来の、ある日の夕餉の一幕をお届けいたします。
なお、チカの学年はゲーム中の設定(あけびさんの三学年下)に合わせています。
時期的にはお別れの前の一幕ともいえますが、悲壮感のようなものは特にないものとなりました。
会おうと思えばこれからも会えますしね。
イメージに沿う出来になっていましたら幸いです。
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エリュシオン
2018年08月29日

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