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『四方山血雨昔語 』
ジャック=チサメjc0765

「そう、これは友達のトモダチから聞いた話。“昔々あるところに……”っていう、ありふれた導入から始まるよもやま話さ――」

 ジャック=チサメ(jc0765)……が、ジャック=チサメと名乗るようになったのは、彼の人生を鑑みればわりと最近の出来事かもしれない。
 じゃあその前は何と呼ばれていたのか。答えは“何もない”だ。ステータスコード四〇四。ジャックには名前がなかった。なぜか。ありふれた悲劇、しゃぶり尽くされたゴシップ、家庭環境の歪み、子は親を選べないということだ。具体的に言うと、悪魔と天使の混血なのであった。
 二〇一八年という観点から見れば、悪魔と天使の混血児というのは別段騒ぎ立てられるようなことでもない。だがジャックに名前がなかった当時は、それは存在そのものが罪であり、在ってはならないモノであり、人権も尊厳もない“異端”であった。
 例に漏れず、愛されず、母の顔も知らず、悪魔である父に引き取られた“名無し”は、その周囲に父が“父”であることは伏せられたまま、名もなき召使の一人となった。

 ――当時の記憶はほとんどない。

 まだ幼かった名無しが、幼い心を護る為に“忘却”という健気な防衛装置を働かせたのかもしれない。
 もしくは、心も体も無機質な人形のように不感となり、なにも感じないようにしていたからかもしれない。
 もしくは、膨大な日々をただただ変わらず感じず同じ日として繰り返し続けたからかもしれない。
 もしくは、印象的なことが何ら起こらなかっただけなのかもしれない。

 人形――そう、あの時の名無しは、人の形をした“道具(モノ)”だった。
 今では信じられないことだが、口を開けば抑揚のない敬語でボソボソ喋り、命令されれば思考なきディアボロのように従うのみ。他の召使がそうするように父を「旦那様」と呼び、いつもこうべを垂れて、その目を見ることもしなかった。
 それが普通で、当たり前のことなのだと思っていた。だから悲愴感とか、憤怒とか、そういったものはなかった。ましてや“逆らう”なんて、概念すら持っていなかった。そもそも戦う為の技術も力も、その時はなんにもなかった。

 それから、少しの時が経って――。

 名無しは“ただの召使”から“戦争道具”になった。兵士として戦場に放り込まれ、命令されたまま殺戮し尽くす。殺せ、バラせ、言われた通りのことを、これまで通りに淡々と粛々と、そして無感動にこなしていた。
 マトモな戦闘訓練など受けたことはなかった。文字通りの使い潰し。別に死んでもいい消費物。だから危険な戦場にも容赦なく送り込まれた。危ない任務の担当は真っ先に白羽の矢が立った。中には自爆じみた作戦を命じられたこともあった。

 ――運がよかったのは、戦闘面において名無しには天賦の才能があったこと。

 本人としては命令にただただ従っていただけ、しかし“どんなオーダーもこなす”活躍に、いつしか名無しは密かに一目置かれる存在へとなっていた。
 上質な武装を与えられなかった名無しは、いつからか戦場で拾った剣を二つ、武器として揮うようになっていた。双剣で敵を瞬く間に解体し血祭にあげるその修羅じみた戦いぶりから、「血雨」と異名で呼ばれるようになった。
 血雨(チサメ)――それを名付けたのは、名無しことチサメの後輩にあたる者だった。後輩を始め、出会った仲間、戦場という外の世界、それはチサメにとって……そう、とても刺激的だった。召使だった頃の、昨日と明日が変わらない日常ではない。日々変わる状況、日々変わる周囲の存在、聞いたこともない話、見たこともないモノ。
 少しずつ、少しずつ、チサメの心に変化が現れる。それはチサメに、心というモノが芽生え始めたこと。何も感じない心が、感じ取れるようになってきた。そうすると、なぜだろう、不思議なことに、胸の奥がモヤモヤとし始めたのだ。生まれたばかりの心、感情、チサメはそれがなんなのか、最初はサッパリ分からなかった。

 その正体が分かったのは――とある下級悪魔がその力を以て上級悪魔を討ち倒し、下剋上を成し遂げたのを目の当たりにした瞬間。

(ああ――)
 心に電撃が奔って、全身を突き抜けていった。あるいは突風が吹き抜けていったような。あるいは火山が爆発したかのような。あるいは波打つ海が途端に凪いだような。
(そうか。ああ、そうだったのか)
 チサメは自らの胸に手を当て、見つけた心の正体を直視した。

(そうか。強いのであれば、従わずとも良いのか)

 この世界は弱肉強食だ。弱い者は強い者に食い尽くされる。その真理を、チサメは見た。
 そして今のチサメには力があった。ならば、弱い者に――父親に従う理由はあるのか? 答えは否だ!

(なら、旦那様を掃除しに行こう)

 真実を知ったチサメは、これまで父親になされてきたことに対して様々な感情が込み上げてくるのを感じた。不当な扱いへの憤慨。憎悪。抑圧。復讐心。それから心を形作るのは使命感だ。解放されなければならない、自らを自らとして生きる為に、「しなければならない」という毅然とした想いだった。
 赦されたい愛されたい分かり合いたいなんて生ぬるいことなど想わなかった。シンプルにこうだ。「アイツをブッ殺さなければならない」。

 初めてだ。
 初めてだった。
 誰かに命令されないで、自分の意志で、何かをバラしたのは。

 よく「復讐なんて虚しい、終わった後に虚無があるだけだ」なんて善的倫理観がのたまう。
 違った。それは大いに間違いだった!
 なぜなら、父親を、その家族を、召使を、全て全て切り裂き尽くしたチサメの心にあったのは、紛れもなく“解放感”だったのだから!

「やっと……静かになった」

 立派な屋敷。豪奢な赤絨毯。チサメは双剣の片方を絨毯に引っかけるように引きずりながら、静かな廊下を歩いていた。もう片方の剣は半ばで折れ、華奢な手に手持無沙汰にぶら下がっている。
 静まり返ったそこは、濃密な死の臭いで満たされていた。赤い絨毯にも、ピカピカの床にも、洒落た壁紙にも、質のいい家具にも、ありったけの血がかかっている。チサメはそこを、鼻歌まじりに歩いている。その顔には、左目を裂くように一閃の傷痕が走っていた。流れ出る血は頬を伝い、上機嫌に笑んだ唇を艶やかに彩る。
 そして辿り着いたのは大広間だ。シャンデリアの下、チサメはグッ……と伸びをして。

「ああ、スッキリした!」

 類稀なる解放感。くるり、踊るようにその場で回った。
 これからどうしようか。これから何だってできる。自分は自由だ。何にでもなれる。
 ああ、まずは名前をちゃんとつけるところからだ。新しく生まれた者には名前が必要だ。チサメ、後輩がつけてくれた異名もいい。だけど折角ならばもう一声。しばらく考えたチサメは、洋館の主が吹聴していた真偽不明の名を奪うことにした。すなわち、切り裂きジャックの“ジャック”。
「ジャック=チサメ……うん、いい名前じゃんか」
 折れた剣で空中に文字を書く。よし、これからジャック=チサメとして生まれ変わりましょう!

「ふふ。ボクは、どんなジャック=チサメになるだろう?」

 未来は明るい。そして自由だ。まずは名前をくれた、先にはぐれた後輩に会いに行こう。鼻歌を歌いながら、ジャック=チサメは上機嫌に歩き始めた。



『了』




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ジャック=チサメ(jc0765)/男/14歳/阿修羅
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2018年08月29日

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