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『絆について 』
天宮 佳槻jb1989


 二〇一八年、八月。
 久遠ヶ原学園の斡旋所では、天魔絡みの依頼がめっきりと減った。
 天魔が絡まぬトラブルの方が余程厄介かもしれない。
 そんな日々の中、天宮 佳槻は懐かしい地名を冠した告知を目にした。
 岐阜県多治見市で開かれる夏のイベント。
 向こうには、学園を卒業した義妹が暮らしている。彼女は元気に過ごしているだろうか?




 暑い。

 今年は例年以上の暑さで、過去の記録に追いつくとか追い抜くとか、そんなレベルらしい。
 イベントは川遊びがメインで、小さな子供たちの無邪気な姿や、浴衣姿で水に足を浸して涼む様子が目立つ。
 佳槻は、鳳凰を召喚しては日陰を作り翼で風を起こし、ヒリュウを召喚しては熱中症直前のひとびとを助けて回ったり。
 当人は特製のタレに漬け込んだウナギのかば焼きを作りつつ、オーダーに応じてかき氷を用意という忙しさ。
 スイカは、氷を入れたビニールプールで冷却中。
(みんな、楽しそうだ)
 羨むでもなく、賑やかな光景を佳槻は眺めていた。
 裏方気質の佳槻にとって、それは充実より安堵に近いだろうか?
 てっきり来ると思っていた堕天使は仕事中だそうで、義妹も然り。
(……もし義妹とカラスが結婚なんて事になったらあっちが義理の弟になるのか? いや、戸籍と血縁では他人だから大丈夫か)
「何が大丈夫って?」
「野崎さん」
 どうやら、暑さで頭もゆだっていたらしい。
 らしくないことを考え、更に声に出してしまっていたようだ。
 同じくイベントへ参加していた野崎 緋華が、笑いをこらえながら正面に立っていたことに気づかないほど。
「今日は、会えなくて残念だったね。2人とも元気にしてると良いけど」
「ええ」
 この暑さ、堕天使はともかく義妹は溶けていないだろうか……溶けている気がする。
「そうだ、伝えたいことがあったんだ」
 焼きたてのウナギのかば焼きを受け取りながら、緋華が言葉を続ける。

「1週間くらい前かな? 天宮くんの弟に、学園で会ったよ」




 久遠ヶ原学園、大学部。
 緋華は書面の確認のため、とある教授を探し歩いていた。
「あ! すみません!!」
 そこへ、トンと軽い衝撃。視線を下ろすと、小学生くらいの少年が鼻の頭をさすりながら彼女を見上げている。
「君は――ええと、小学生?」
 外見だけで年齢を判断できないのが久遠ヶ原。とはいえ、学園生とも違う気がする……。
 しゃがんで目線を合わせ、緋華が問う。
「石和 柊、11才。小学5年生です。あの、オレとよく似た顔の高校生か大学生知りませんか?」
「君と?」
 色白の肌に、毛先の柔らかな黒髪。おとなしそうな顔だちながら、目元の意思の強さが印象的だ。
 思い当たる節が、無いことも無い。とはいえ、勝手に個人情報を伝えるのも如何なものか。
 緋華が思案していると、少年から口を開いた。
「避難の最中にチラッと見ただけだけど、兄かもしれなくて」
「君は学園生じゃないの? 一般人は、島に入れないはずだけど」
「あ。検査で適正があるってわかったんで見学に。親には反対されたけど」
「お兄さんの、名前はわかるかな?」
 少年は、首を横に振る。
「父には事情があって結婚しなかった人がいたんですよね、知られたくないらしいけど」
「あーー、ああ。なるほど」
 大人の事情か。
「会ってどうこう言う訳じゃないけど、会ってみたいんですよね」
「うん……。それはそうだよね」
「ここに来ればわかるかなって。学部棟までは来れたんですけど」
「待ってて、心当たりはあるよ。連絡してみる」
「ほんとですか!」
 少年の表情が、ぱっと明るくなる。
「おお。天宮くんでは見られない顔だ」
「……あまみや、ですか」
「おっと」
 確認と了承が取れるまで、黙っているつもりだったのに。ついでに、スマホの呼び出し画面で下の名も見られた。
「あまみやかづき」
「うーん、電波が届かないな。このお兄さんは、君によく似ているけれど本当にお兄さんなのかはわからないからね」
「大丈夫です、学園にいるって事と名前がわかったから。これからも機会はあると思うし」
「あ」
 緋華の注意が届いたかわからないまま、少年は走り去っていった。




「ということがありまして」
「…………」
「天宮くん、ウナギ焦げてる」
「あっ」
「あたし、勝手に名前出しちゃって迷惑じゃなかった?」
「いえ、それは……」
 額の汗をぬぐい、佳槻は手を止める。動揺している自覚はある、下手に動かない方が良い。
「父には以前、会ったんですけど」
「おお」
「弟が来るのは予想外でした」
「……あたしが聞いても良い話?」
「隠すようなことはないので」
 あえて誰かへ話すことでも無くて。
 そんなそっけなさが佳槻らしくて、どことなく放っておけないのだと――あの少年に似ているのだと、緋華は感じた。


 佳槻を前にして、父は怯えを見せた。理由はわからない。
 ただ、少しだけ面倒だった。
『もう、関わらない』
 それが父の要求で、佳槻も反対する理由がないので同意した。
 関わらないのだから現在の状況は聞かなかったが、弟がいたとは。


「他人行儀な」
 一通りを聞いて、緋華は率直な意見を口にした。
「他人みたいなものですよ。育てられていないので『血縁者』と言われても実感が……」
「……そうよね。ちょっとだけ、わかった気もする。天宮くんがいつも冷静な理由」
 熱くなる集団から一歩引いて、感情を挟まず確かな情報を基に想定を立てる。
 強く感情移入をしないから『見える』大切なこと。
 彼の視点に、緋華は幾つも助けられてきた。
(寂しい、と思うのはあたしの感情で。……天宮くんは、どうだろう)
 緋華も親しくしている少女とは義理の兄妹関係だというし、血が繋がらなくても誰かを大切に思う感情があるのなら、存在が居るのなら、良いことだと思う。
「血の繋がりは……『絆』なんでしょうか」
「絆の一つ、だと思うよ。血が繋がっていなくても、大切な人はできるでしょう?」
「……僕は」
(誰かと絆を結べることが人の証なら、自分は……何者なのだろうか)
 今は、誰とも結べていない。
「絆が無い、なんて言ったら、あの子は少なくとも泣いて怒るよ」
 義妹ちゃんを引き合いに出す。
「う」
 佳槻も想像したらしい。
「大丈夫よ」
 ウナギを食べ終えた緋華は、いつかの言葉を繰り返して佳槻の前髪を額からかき上げた。
「うん、似てると思う。……柊くん、か」
「面白がってます?」
「少し」
 笑い、緋華は手を離した。
「天宮くんと会って、どうこうってことはないって……面識はなくても、そういうのって血筋なの?」
 会えばわかると言いたいが、当人同士ではわからない気がする。
「野崎さん、他人事だと思ってるでしょう」
「親身と言うのよ」
 そろそろ、年甲斐のないフリーランスがお腹を空かせてやってくるだろう。
 去り際に、緋華が告げた。
「こういう長い付き合いも『絆』と思っていいんだよ。じゃないと、アレも泣くと思うわ」



(自分は――……)

 愛情を注いでくれる両親が居たなら、何かが違っただろうか。
 再会した両親が愛情を注いでくれたなら、違っただろうか。
 奇縁の繋がる存在は少なからずいるけれど、彼らにそれは求められない。

 自分は、誰かと『絆』を結ぶことなんて出来るのだろうか。
 緋華の言わんとすることはわかるが、少し違うとも思う。


 弟と会ったら……何か、変わるのだろうか?
「暑さのせいだ」
 思考がまとまらないのは気象のせいにして、佳槻はちょうど冷えてきたスイカを取り出して年甲斐のないフリーランスの到着を待った。




【絆について 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb1989 / 天宮 佳槻  / 男 / 18歳 /『撃退士』】
【jz0054 / 野崎 緋華  / 女 / 27歳 / 久遠ヶ原の風紀委員】
【ゲストNPC/  石和 柊  / 男 / 11歳 / 佳槻の異母弟】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
まさかの弟さんエピソード。夏の多治見と絡めてお届けいたします。
絆はないなんて言われたら、たぶん年甲斐のないフリーランスは泣きますよ!!
登場NPCは、シチュエーションを考え野崎とさせていただきました。
楽しんでいただけましたら幸いです。
イベントノベル(パーティ) -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年08月30日

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