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『Clean up 』
空月・王魔8916

 空月・王魔の仕事はとある隠遁者のボディガードである。
 ボディガードと言いつつ、彼女が雇い主の傍らにて警備を行う時間はそれほど長くない。雇い主は王魔になにを告げることなく出歩いて、気まぐれに怪異退治の依頼を拾ってきては勝手に出かけていくのだから。
 しかし、その間彼女が家で食事を用意して待っているかといえば、それもまたありえない話。
 誰かを救い上げることは他の誰かを蹴り落とすことに通じる。平たく言えば、雇い主が怪異を退治ることで損をする者がいるということだ。
 影ながら雇い主の戦いをサポートすることもあるが、むしろ彼女の仕事は生きた人間との戦いにあるのだった。


 とある建設会社が所有する倉庫。薄っぺらいステンレスの引き戸をノックして、王魔は内へと踏み入った。
「一応ノックはしたんだが、聞いてくれたかな? 取り込み中にすまないが、そちらの御仁はこちらの依頼者だ。五体満足でいてもらわなければ少々外聞が悪い」
 ワイヤーで椅子に縛りつけられ、猿轡を噛まされた初老男性を指して言い。
「返してもらえるか?」
 彼を威圧するように取り囲むバラクラバの男たちへ口の端を上げて見せた。
「てめぇ、あのオンナのバシタ――暴力の業界で云う嫁だ――かよ」
「どっちが上でどっちが下かわかんねぇけどな」
 男たちの下卑た笑い声が濁った合唱を響かせる。
 雇い主と彼女はまったくそういった仲ではないし、今後もおそらくありえないのだが、そういう見方をされることもあるか。王魔はかるく肩をすくめ、引きずってきたものを前へ放り出した。
「ぎぃっ!」
 コンクリートに落ちたのは、へし折られた左腕を梱包用のOPPテープで体に縛りつけられた若い男。見るからにまっとうな社会人ではありえない、いわゆるチンピラだ。
「彼が素直にここを教えてくれて助かったよ。治るように折るのは結構な手間だからね」
 人の腕を折ることをためらわない。しかも障害が残らないよう手加減する技術を有している。さあ、どうする?
 言外に含まれた王魔のアピールを受け、男たちの一部が気を押し詰めた。
 ふむ、十二人いる中でプロ意識を備えている者は三人。彼らが軸になっているわけだ。
 王魔はここへ来るまでにざっくりと調べ上げた情報を整理する。
 捕まっているのは、彼女の雇い主に幽霊屋敷の対処を頼んだ不動産屋の社長。まわりにいるのは幽霊屋敷の建つ土地を利権がらみで欲しがっている土建屋兼市議会員の手の者。混じっているプロフェッショナルは、空気の揺れを読むに広東語圏の者たちらしいから、上海の黒社会――中国マフィア――から招かれた“先生”といったところなのだろう。
「……三人で足りるか? なんだったら裏にいる三下どもを連れてくるといい。もっとも全員寝入っているようだがな」
 この女、全員倒してきたのか? 身構え、辺りを探る三人だったが、他の素人にそんなセオリーは染みついていなかった。
「んだろぁ!」
 思いきり跳び、振りかぶったロッドを叩きつけてこようとした先頭のひとりの顎へ持ち上げた踵を突き込み、吹っ飛ばす。下へ落ちた彼の体は続く仲間の邪魔となり、その出足を鈍らせた。
 人とは数に頼ればその数を損なうことを恐れるもの。つまり、一部の足を止めれば無事な者の足まで鈍るのだ。
 その間に悠々と、王魔は腰の後ろへ差し込んでいた二丁のオートマチックを左右の手に取った。
「弓のほうが得意なんだが、街中では取り回しどころか持ち運びにも苦労するのでな」
 ていねいに両の銃の引き金を絞り、男たちの前腕を削っていく。これなら傷痕は残るとしても、手当さえしくじらなければ命を損なう心配はない。
「次は膝を撃つ。これから先も自分の脚で歩いて暮らしたいならおとなしく見ていることを勧めよう」
 もちろん、膝を砕かれることがどのような未来をもたらすのかを知る者はいない。が、王魔の冷めた目で見下ろされて、それ以上なにかをできる者もいなかった。
 低い呻き声に送られながら、王魔は残る三人へ向かう。
「さて。おまえらはさすがに降参してくれないだろうが、人質に近づけば当然撃つ。それでも試してみるか?」
 新しい弾倉を銃に食わせ、言い放った。
 彼女の銃の弾数は十五。前もって薬室に送り込んだ一発を合わせれば十六、それが二丁で三十二となる。九人の三下へ二発撃ち込んだ残り十四発をもって、例の三人を牽制していた。
 王魔が最初に自分がひとりであることを告げず、あまつさえ「三人で足りるか」と投げかけたのは、日本語をどの程度理解できているかの試験であると同時に伏兵の存在を勘ぐらせ、人質の有効活用というセオリーをなぞらせないためだったのだ。そして。
 ここまでで知れた。人質に“細工”はしていないことが。
 このような事態でもっとも厄介なのは人質に爆薬を巻きつけられたり、椅子にしかけをされ、こちらの動きすべてを封じられることだ。救出を予想できていなかったのは日本という国への侮りであり、細工をはぶいたのは予算の都合なのだろうが、ともあれ、彼らは圧倒的だったはずの優位を失った。
「しっ!」
 ひとりがノーモーションから社長へ指弾を撃ち出した。
 それを王魔が撃ち落としている隙に、他のふたりが迫る。
「フンハッ!」
「ェイ!」
 左右から駆け寄った男たちが強く足を踏みしめ、拳を突き出した。震脚からの剛撃――少林拳の遣い手か。
 下手に受ければ肉を裂かれ、骨を砕かれる。だからといって弾いても、鋭い連撃に繋げられるだけだ。
 だから王魔は突き出された拳にコートの脇を引っかけて体を巡らせ、振り向きざまに右の銃を連射。腿をずたずたにされて膝を折るひとりの体へ我が身を預け、もうひとりが伸ばしてきた仕込み刃の切っ先を足裏で押さえた。
「私の靴にはタングステンと衝撃吸収材を敷き込んでいてな。刃はもちろん、発勁の振動も通さない」
 刃を食い込ませたまま足を床へ踏み下ろし、もうひとりを固定しておいて――左の銃の弾をたっぷりと食らわせた。
「何手も受ければ私が不利だ。それだけの鍛錬をおまえらは積んできたんだろう? が、初手で潰せばただの二手。なんとかしのげる手数だよ」
 支えにしていた男の延髄にグリップを打ちつけて昏倒させ、王魔は残るひとりに鋭い視線を投げる。
「逃げるなら追わないが?」
 敵は王魔がここへ来ることを知らず、王魔は敵がここにいることを知っていた。そう、ただそれだけの差が、始める前に勝負はほぼ決めていたのだ。
「シィッ!!」
 男が両手で指弾を弾き出した。
 当然だ。金で買われただけの存在であれ、黒社会には破ることのできぬ掟があり、仁義がある。自分だけが無事を保って逃げ帰れるはずはないのだから。
 そして。虚を突くことを封じられた暗器に、それが来ることを知る王魔を撃ち抜くこともできはしない。


 男たちに応急処置を施した王魔はこちらの業界へ通じる医者へ連絡を入れ、引き取りを要請。その後で社長を拘束から解き放ち、深く一礼した。
「うちの家主の気が回らないばかりにご迷惑をおかけしました。ご都合に障りがありませんようでしたら迎えを呼びますが」
 この件を広めたくない事情から社長は申し出を断り、息をつく。
 と、王魔は社長を置いて歩き出した。
 どこへ? 問うた社長へ、王魔は背中越しに。
「彼らの雇い主と話をしに。こんなことが二度あるようでは困りますので」
 王魔の仕事が終わるには、あと少しの時間が必要なようだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【空月・王魔(8916) / 女性 / 23歳 / ボディーガード(兼家事手伝い)】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年08月30日

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