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『2027、久遠ヶ原学園にて 』
月居 愁也ja6837)&若杉 英斗ja4230)&只野黒子ja0049)&櫟 諏訪ja1215)&アスハ・A・Rja8432)&小野友真ja6901)&エルナ ヴァーレja8327)&夜来野 遥久ja6843)&亀山 淳紅ja2261)&カーディス=キャットフィールドja7927

(前回までのあらすじ)
 久遠ヶ原学園の『マッドサイエンティスト』星教授が考案した自立型撃退士支援システム、『No Remission Vanguard』(略称『ノレンバ』)は、撃退士たちによって全て処分された。
 ……はずだった。
 暗黒の闇に封印されし過去の残滓を、今度こそ完全に抹消せよ。
 10年の時を超えて惨劇の場に戻ってきたかつての勇者たちを待っていたものとは一体……?
 危険な同窓会が、今始まる――。


「いやだからさ、何で増えてんの?」
 月居 愁也がある種の確信をもって、久遠ヶ原学園の教師であるアスハ・A・Rを横目で見た。
「授業に改良型のノレンバを使おうと思ったんだが、暴走してしまってな。ひとまず例の地下室に封印したが、そのままにしておくわけにもいかないだろう?」
 愁也はいくら授業の為という建前があったとはいえ、アスハにあの(物理的にも、権利的にも)危険なマシンを貸し出した星教授の正気を疑う。まあもともと正気だったかは、議論の余地も残るところか。
(だいたい、増えた理由を答えてないんじゃね?)
 勿論、犯人はわかっているのでそれ以上尋ねるのをやめた。
 それでも夜来野 遥久と再び学園に並び立つ機会は嬉しかった。
「遥久、また10台だってよ。今度は遠慮なく破壊してもいいみたいだけどな!」
 そう言って親友の肩に軽く手をかける愁也も、もう34歳。外国の俳優のような無造作な髭面も馴染んでいる。
 さすがに学生の頃のような無茶な動きはできないが、現役の国家撃退士として積み重ねた経験でカバーしている。……はずだ。
 遥久は愁也にだけ見せる、独特の笑みを浮かべている。
 彼は現在、フリーランス撃退士の事務所を経営している。
 信頼にたる友と共に様々な依頼を解決し、ここ数年は経営も軌道に乗っているようだ。
 なお遥久の不在中は、その男が出汁の涙を流しつつ事務所で留守番しているらしい。
 普段は遥久が超人的能力でデスクワークをこなしているため、書類の山とひっきりなしに届くメールの処理だけでも出汁が赤くなりそうだ。

 遥久はアスハに向き直り、いつも通りの笑顔を向けた。
「破壊前提ですか? 今回は停止キーは配布されないのですか?」
「紛失したそうだ」
 ――絶対嘘だな。
 その場の全員がそう思っただろう。
「帰して!! ドイツに帰して!?!?」
 突然響き渡った叫び声はエルナ ヴァーレのものだった。
 10年の時を経て魔女としての貫禄と深みが増したエルナだったが、ドイツで悠々自適の生活から気が付けばこの場にいた。
 懐かしい、という気持ちは嘘ではない。だがそれと同じか、それ以上に強い絶望の予感が押し寄せる。
「なんでこうなったのよ! もう拉致よこれはぁ!?」
 うっかり日本まで来てしまうあたり、ドイツでのんびりしているうちに危険を察知するセンサーが錆付いていたのかもしれない。
 恐怖のあまりわめくエルナの肩に、そっと手が添えられた。
「でもここに来るまでに、気づかんかったん……?」
 憐みの表情で首を横に振るのは、小野友真。そりゃそうだ。
 友真も32歳になっていた。フリーランスとして恩人の世話になりつつ、ヒーローとして名を馳せた頃もあったが、そろそろ年齢的には下の世代の面倒も見ようという頃。
 事務所の所長には日々相変わらずの突っ込みを食らっているが、それでも日々経験を積んできたのだ。
 そう、エルナに冷静な指摘をするぐらいには。

 亀山 淳紅はその輪の中で、まだ状況を把握できないでいた。
「え? なんで? 今回は久々の凱旋ライブで、お客さんもすっごい盛り上がって……」
 仕事もプライベートも順調な32歳、歌のほうはまだまだ伸びるお年頃である。
 が、気持ちよく歌って出てきたところで、車止めに案内されたつもりが気が付けば見覚えのある学舎――さすがにコンクリートの壁は古びて、周囲の木々も大きくなっていたが――の前に立っていたのだ。
 淳紅は普段、マネージャーをお願いしているカーディス=キャットフィールドを困った顔で振り向く。
 が、そこには淳紅以上に困った顔をした黒猫の着ぐるみがいた。
「久しぶりの休日、愛するお嫁さんに手料理で愛を囁こうとしたらこのざまだよ!」
 巨大な黒猫は、フリルのたくさん付いたエプロンを身につけ、片手にお玉を握り、残る片手に重そうな鍋をぶら下げていたのだ。
 本拠地でのライブということで淳紅が気を使って、早めに家に帰らせてもらっていたのだが。
 来客に扉を開けた瞬間にヘッドロックをかまされて、気が付いたらここに立っていたという状態だ。
 もちろん、犯人は分かっている。
「アスハさぁああああああああああああああん!?」
 カーディスは自分を拉致した男をお玉で示す。
 が、相手は眉を寄せて、いかにも残念そうに首を振るのだ。
「こんな面白……いや愉か……違う、危険な依頼は生徒に任せられんからな」
「ほんとに歪みねーな!? いやむしろ悪化してる??? これがぱわーあっぷ!!」
 普段は穏やかな黒猫が、くわーっと背中の毛を逆立てていた。よくできたぬいぐるみである。

 櫟 諏訪はアホ毛レーダーをゆらゆらさせてにっこり笑った。
 その笑みは、全てを諦めた者のものだった。
「懐かしいメンバー、いつもの展開、タノシミデスネー!」
 諏訪も今では学園で教鞭をとる身である。
 だから場合によっては、アスハとふたりで事件を解決……いや絶対無理というか、やってられねえというか。
 どうせなら誰でもいいから巻き込もうという気にもなろうというものだ。
 レーダーもこんなに揺れて、危険を察知しているわけだし。
「というわけで、久々によろしくですよー?」
 諏訪が声をかけたのは、少し離れた場所の立ち木に背中を預け、腕組みをしている若杉 英斗である。
 英斗はちらりと諏訪に視線を向けるが、ふっと乾いた笑みを浮かべて目を伏せる。
「よしてくれ。俺のアウルはもう……錆びついちまってるさ」
 決まった! ……と、内心で英斗はガッツポーズ。
 男なら一度は言ってみたい台詞だ。
 そんな中二……もとい、少年の心を持つ英斗も三十路を超えている。実際、最後に光纏したのはいつだったかわからない程だ。
「大丈夫ですよー? 若林さんクラスの撃退士なら、すぐに勘は戻ってくるものですよー?」
 さすがは教師。ニッコリ笑顔で相手をその気にさせるのは得意なようだ。
「フッ、気休めはよしてくれ。だが……」
 何か言いかけた英斗の言葉を無視して、只野黒子がヘッドセットを手渡す。
「軽量タイプの通信機兼ヘッドマウントビデオです。臨場感のある記録が撮れますよ」
「え? あ、うん」
 黒子は現在、友人の生活の面倒を見るため、主に公的機関から依頼を受ける、天魔関係のセキュリティコンサルタント業を営んでいる。
 ちょうどその関係で現場の状況を教える臨時講師として学園に来ていたところを、アスハに呼ばれたのだ。
 こうなったらせいぜい小遣い稼ぎの機会とする、名実ともに『半分天魔』な黒子であった。

 まだ抵抗を試みるエルナ以外がほとんどあきらめモードになり、ヘッドセットを受け取ったところで、遥久が辺りを見回す。
「何か気になるのか、ハルヒサ?」
 アスハの問いに、遥久はにっこり笑って学舎の入り口へと片手を差し伸べた。
「待ち人来る、ということです。……お久しぶりです、ミスター白川」
「遅くなってすまない。星さんに挨拶してきたものでね。それにしてもよく私だとわかったね」
 歩み寄ってくるのは久遠ヶ原学園の元准教授、ジュリアン・白川である。
「見間違うはずがありません」
 遥久は自信満々で目を細めた。
 白川の風体は、伸びた金髪、顔中を覆う髭、そして目の表情が見えないサングラス。
 およそ学園にいた頃とは別人のような外見だったが、確かに聞き覚えのある声と口調だった。
「えええー!? センセ、どしたんです!?」
「先生、何があったんですかー!!」
 友真と愁也が、学生時代に戻ったような素っ頓狂な声でハモる。
「ふたりとも元気そうで何よりだね」
 白川はサングラスを外さないままで、全員の顔を確かめるように見渡した。
 心なしか体型も変わったようだ。考えてみれば、10年たっているのだから当然と言えば当然か。
 靴の好みもジャケットの袖を折った様子も、昔より随分ラフに見える。
「他の皆も相変わらず年の割に無駄に元気そうで、不安に……いや違う、安心したよ」
「先生、本音がだだもれですよー?」
 耳ざとく聞きとがめた諏訪が、笑顔で指摘した。


 まあ風体がどうだろうが、主犯が誰かはさておき(おくのか!)、危険な物体が蠢いているなら対処は必要だ。
 そこは無茶ぶり受けて十数年、撃退士の本能とでも呼ぶべき衝動が彼らを突き動かす。
 アスハが新型のノレンバについて、タブレットを示して説明する。
 タイプは二種類。AはCR+、BはCR−に反応し、いずれも範囲内の対象の感情を大きく起伏させる効果を持つ。
 ただしその反応は異なり、Aの影響下ではなぜか「卒業後の黒歴史を語りだす」、Bでは「赤ちゃん、もしくはオネエ言葉で他人に絡みまくる」という、いずれ劣らず面倒な状態になる。
 まあ聞き手は面倒なだけで済むが、行動した本人にとっては結構辛いことになるかもしれない。
 そこでハッとした表情で淳紅がヘッドセットに手をやった。
「まって! これ録画するんやなかったっけ!?」
 地道に積み上げてきたこれまでに歌手としての実績、そんな映像が拡散されたら炎上どころか消し炭になりかねない。
 かつての仲間を疑う発言ではあるが、人気商売である自分の仕事に関して守りに入るのは当然のことであるし、そもそもこの「仲間」をまるっと信じるほどやわな学生時代を送ってもいない。
 黒子は相変わらず表情の読めない顔で頷く。
「問題ありません。年末のバラエティ番組のように、振り返り上映会でお互いの姿を楽しむだけです」
「ほんまやね? 信じてええんやね?」
 相変わらず素直な部分を残している淳紅。見ていると微笑ましくもあり、不安でもあり。
 彼のスタッフが和む気持ちと、ハラハラする気持ちは容易に想像できた。

 だが今回については、黒子を信用して大丈夫そうだ。
 何故ならさりげなくすれ違いながら、遥久にだけ聞こえるようにこう囁いたからだ。
「一応高画質カメラ経費で落としたんで、画質はご期待下さい」
「欲しいもののために出費は惜しみません。期待しています」
 遥久はほとんど唇を動かすことなく囁き返す。
 愁也はその会話に気づいていたし、「欲しいもの」が何かもわかっていたが、親友の喜ぶ顔を見たいがために歯を食いしばって耐えた。
(くっそ……っ! あ、そうか! あとで黒子さんに遥久のカッコいい映像集を作ってもらえばよくね?)
 いきなり上機嫌になった愁也に、何か思うところがあったらしい白川が探るように声をかける。
「どうしたんだね? さっきから表情がくるくる変わっているよ」
「えーそんなことないですよ? それよりも先生、目が死んでますよ? あ、グラサンだったかー!」
 愁也は遥久の後をついて、足取り軽く建物に向かった。

 この建物には、過去に学生たちの悲鳴や怒号を幾度も呑み込んできた地下室がある。
 ホールで、改めてアスハが向き直った。
「各人の健闘と、無事を祈ろうか……」
 水杯でも出てきそうな重々しさで、眼鏡を配布。CRを+〜0〜−へと自在に変動できる装備品らしい。
 なるほど、これなら対峙したノレンバのタイプ別に対処することができる。……はずだ。
「はやく貸しなさいよ!」
 自棄っぱちな口調のエルナが、アスハの手からひったくるように眼鏡を奪った。
 こうなったらドイツから「久々にこいつらを笑いにやってきた」と思うしかない。決して、自分が笑われる側になってやるものか!!
 英斗は自分の眼鏡を通して、配布された眼鏡をじっと見つめている。
「重ねてかけるべきだろうか?」
 そもそも度は入っているのかも謎だが、そこはアウルの力で何とかなると思うことにする。スゴイやアウル!
 というわけで自分の眼鏡は大事にしまって、割合よく似たデザインの特製眼鏡をかけることにした。
「では今こそ、封印の扉を開こうか」
 アスハが電源を入れる。空気がかすかに震えたような気がした。
「ノレンバを入れるときには開いたはずですよね? 割と最近ですよね?」
 もふもふ黒猫着ぐるみのカーディスが真ん丸なお目目で指摘するが、それには答えず、アスハは地下への扉を開いた。
 ぽっかり口を開いた空間からは、黴臭い空気が這い出てくる。
 それから顔を上げると、一同を見渡す。
「やはりこれは僕たちの仕事だろう、なあ?」
 アスハは何かを手にしてそう語りかけた後、放り投げた。固い物が落ちていく音がコンクリートの空間に響き渡る。
「鰹節ですかー?」
 諏訪がすべてを理解した顔で頷く。
「ちょっとした厄払い、というところだ。踏むともっとご利益があるだろう」
 そしてアスハは階段の上で両手を広げた。
「ノレンバよ、私は帰ってきた!!」
(大丈夫や……真っ先に入って、俺が拾ってくるからな!!)
 友真はこの場にいないにも関わらず、またも犠牲にされそうになった人のために、ひっそり心中で涙を流すのだった。


 宣言通り、友真は真っ先に階段を駆け下り、目当てのものを回収。
「いえーい! さっすが俺!」
 が、そこは階段を降り切った開口部。暗い部屋の中を、何かの気配がひしひしと迫ってくる。
「フッ、大丈夫やで。俺も伊達に年くったわけやないからな!」
 そう、かつてこの地下室を泣きながら駆け回ったあの頃は、まだ自分も若かったのだ。いやまだ、若いけど。
 それでも時を閉じ込めたまま変わらないこの空間に対し、経験を積んで大人になった自分は、きっと……。
(あれ? 特に何も変わってへんような気がしてきた)
 まんまと罠にはまって、エサに食いつき、敵の真っただ中に突っ込んだ時点でむしろ若返ってるような気すらしてきた。
 その頃には友真の元に、充電警告の赤い光を明滅させたノレンバが接近しつつあったのだ。
「わー、律儀やな! まだお腹いっぱいになってないのに、お仕事頑張ってるんやな!」
 半笑いになりながら、何かそういう感じのいい方向にもっていって、ノレンバの敵意を逸らそうかなとかそういう考えもあったようだが、相手は機械だ。
 インフィルトレイターの友真のCRは0。このままでは強力な睡眠効果の餌食間違いなし。
「えっと、えっと、これどっちがマシや!? いや絶対、黒歴史はまずいと思うん!!」
 友真は眼鏡をCR−にセットし、即座にバレットストームを撃ち込んだ。
「なんでマイナスでオネエなのかわからんけどぉ!? ウチはやっぱりヒーローやしぃ、スモークが似合うと思うんやわあ!!」
 オネエなんだかオカンなんだかよくわからないが、とりあえず友真が混乱の火蓋を切った。

「フッ、先を越されてしまったな」
 アスハは口元を緩めつつ、僅かに体を沈めた。愛用の魔法刀を顕現、瞬間移動のために足に力を込めて床を蹴ろうとして――。
「ぐぅッ!!」
 苦悶の声が漏れる。
 震える指先が、自分の足元に伸びた。
「足が……攣った……ッ!」
 これが、年を取るということか!
 歳月とは、かくもむごい物なのか!!
 唸るアスハのふくらはぎに、何か固いものが当たった。見れば、白川が革靴の底で踏んでいる。
「余り言いたくないが、私が君の年の頃には足が攣るほど衰えてはいなかったよ」
「くッ……不覚。僕のことはいい、皆は先に行ってくれ」
「そう言うと思った。もう大丈夫だろう?」
 白川、足で踏んで「応急手当」スキルを使うという芸当を身につけていたらしい。
「やるな、ジュリー。女子学生に尻を狙われるだけのことはあるということか……」
「今それは何の関係もないな?」
 この会話の間、密かに微笑みつつ遥久は見守っている。
 視線を交わす相手は黒子。黒子は親指を立てた。
(既にいくつか監視カメラは設置済みです)
 友真のスモークにまぎれ、密かに動いていたらしい。
 黒子としては、これで仕事は終わりと言っていい。小遣い稼ぎに来たのだから、もっと稼げる方法があるなら乗っかるまで。
 つまりこの中で一番ヤバい存在で、黒子のスキルを最も欲している男、遥久を味方につけることにしたのだ。
 方法は至って簡単。何故か執心の白川の映像をできる限り記録したディスクをプレゼントすること。遥久は十分な報酬を支払うだろう。
「では後は全てが終わるのを、寝て待つとしますか」
 黒子は眼鏡を敢えてCR0になるよう調節した。


 カーディスは地面を動き回るノレンバを見つめていた。
「ノレンバ……風の噂に聞いたことがあります」
 僅かに目を伏せ、重々しく呟く。
「ノレンバか。懐かしいなぁ」
 英斗の口調は、10年の時を超えあの頃に戻っていく。
「風の噂っていうか、ニャーディス君は依頼に参加してたと思うんやけどちごたっけ?」
 淳紅が首をかしげた。
「もうどうでもいいわよ。何でもいいからさっさと終わらせて帰るのよ!」
 エルナは手近のノレンバに近づくと、屈みこんで顔を近づける。
「えーとこれはどっち? 殴って壊せるんだったら、もう壊すわよ?」
 特殊眼鏡をいじりながら、いきなり電源スイッチと思しき辺りに拳を叩きこむ魔女(物理)。
 こんなところで長居していたら、機会なんかよりもっとめんどくさい味方(という名の真の敵)に酷い目に遭わされるに違いないのだ。

 だが無防備に接近したために、タイプAの機能が発動してしまった。
『変動カオスレート認識。排除シマス』
 謎フィールドが展開し、エルナとその周りの人間を巻き込む。
 英斗は素早く周囲を見渡した。今のところ、脅威は目の前の1台だけらしい。
「今のうちに急いで対処しないと! ところで、まだアウル使えるかな……すっごいひさしぶりなんだけど」
 記憶の底から、力の源を呼び覚ます。
「よし、来た来た。かつて久遠ヶ原No.1モテモテタイフーンなディバインナイト、いまだ健在!」
 光を纏い、阻霊符を発動する一連の流れはかつての優秀な学園生のままだが、記憶には若干の混濁が見られるようだ。
「うっ……」
 エルナがその場に膝をついた。
「おばあ様……『孫の顔が見たい』って、どうすればいいの? 人間には単為生殖は難しいわよ? それともやっぱり魔法使いとしては、錬成陣で作ればいいの?」
 学園を去った後のエルナにも、楽しい日々ばかりではなかったようだ。
 もちろん、錬成陣で子供を作ってもしょうがないことはよくわかっている。
 だが本来の方法が難しいなら、そっちのほうが簡単なような気がしてくるから不思議だ。
「いやエルナさん、俺のようにモテモテタイフーンなのも辛いんですよ!」
「は?」
 一瞬正気に戻ったエルナが、冷たい視線を向けた。
「いや待って、あまり深く追求しないで……」
 英斗の記憶がところどころ抜け落ちているのは確からしい。久遠ヶ原の外というだけではない、別の世界に召喚されていたような気もするが、それも本当かどうか怪しくなってきた。

「ちょ、待って! 巻き込まんといて!!」
 叫んだのは淳紅だ。頭を抱えてのけぞっている。
「もう炎上は……炎上はなしやで……!!」
 歌手として名が知られるようになれば、なにかとお仕事が増える。その中にはテレビのバラエティ番組などもあったりして。
 そこで「この人の意外な過去」的なコーナーで、誰が提供したのか、学園にいた頃の紅顔の男の娘状態の写真や、彼女いない歴ウン年のような余計なエピソードが披露され、SNSでそこそこ炎上したのだ。
 先ほどヘッドセットの録画機能に過敏に反応したのもそのせいだった。
 淳紅のすぐそばでは、大きな黒猫が地面に転がって、何やら悶えている。
「ちがいます! お嫁さんと私はちゃんとラブラブなんですぅー!!」
 カーディスは「どうせならそのほうが面白いから」とわざと変動させたCRの影響を、思いっきり受けているところだった。
「中の人がいるんですよー! お嫁さんが不倫していた? それ私です……」
 ふるふると身を震わせる黒猫。中の人はかなりのイケメンなのだが、普段黒猫の着ぐるみで生活していればそれはわからないだろう。
 顔見知りの人に初めましてとあいさつされたり、久遠ヶ原の外では二度見三度見は当たり前。
 だがどうしてもカーディスは、快適な着ぐるみを手放せないでいた。思えば、そんな彼をそのまま受け入れてくれていた久遠ヶ原はいいところだったのだ。

「それがどうちたでちゅ! 自慢でちゅか!!」
 Bタイプのノレンバも接近していたらしい。なんかかわいい言葉でカーディスを責めているエルナ。
 一方のカーディスは……
「あらやだ! 結婚はまだ? えっ恋人もいないの? じゃあご飯食べてるのかしら? きちんとご飯食べなきゃだめよ、健康的な笑顔が一番なのよぉ!」
「ばぶー! ばぶー!!(=ふざけんな、ご飯で恋人ができたら苦労しねえ!!)」
 なんだかカオスだ。
 淳紅はオネエと赤ちゃんは避けたいと思った。よって、全身にアウルの光を纏い……
「えっ、あれ? 嘘やろ、どうやってスキルって使うんやっけ?」
 卒業してからほとんど光纏することもなく、戦闘でどうやって動いていたのかも怪しい。
「と、とにかく、周りのノレンバを壊したら何とかなるはずなんよ! ほらふたりとも、一緒にがんばろ?」
 必死でエルナとカーディスを正気に戻そうとする。


 ノレンバ達は、少しずつ侵入者を包囲しつつあった。
 全員がなんやかんやで遊んでばっかりで減らしてないので、当然と言えば当然だ。
「まずい、な……このままではあの時の再現だ」
 アスハが深刻な顔で呟く。
 彼の脳裏によみがえる黒歴史。講義で奥義スキルを実演しようとしてついうっかり教室ひとつを吹っ飛ばし、1年の減給処分となったことだった。
「でもそれって、結構楽しかったんと違う?」
 友真が鰹節に語り掛けた。その顔はなぜか笑っている。正直言って、かなり怖い。
 そう、今日久しぶりに皆のカオスを目の当たりにし、いつも自分を相手してくれる雇い主は大人なのだと確信したのだ。
 学園で皆と過ごした日々が走馬灯のように蘇る。ボケとノリと勢いに任せて生きた日々。命の輝きと、笑い声。
 ……友真はなんだか斜め上の方向へトリップしているようだ。
 だがアスハはあっさり肯定した。
「そうかもしれないな。僕はあのとき、学生にその楽しさを伝えたかったのかもしれない」

「結局、皆あんまり変わってないってことだろ?」
 愁也がなぜかやたら嬉しそうに頷く。
「寮の部屋に遥久の特大ポスターを貼って崇めるのなんて、当たり前だよな? 新鮮な気持ちになるためには、毎月更新するしかないだろ?」
 人間はそんなに変わらない。
 愁也は、今は仕方なく離れて暮らす遥久と共にありたいだけだ。
 部屋はともかく、盾の裏に貼っていた写真を上司に見つかったのが愁也の黒歴史だった。
 理解のある上司で最初は「そういう愛もあるさ」と言ってくれたのだが、よくよく話を聞くうちに、愁也の「愛」がかなり特殊だと判断した。
 5年前には休暇を取ってカウンセリングを受けるようにとまで諭したのだ。
「でも俺はおかしくないだろ? だって遥久はオトコマエなんだから!!」
「愁也、それは勿論お前の自由だ。だが組織に所属する以上、上手く立ち回らなければならないこともあるだろう」
 遥久はそう言うと、かつてのままの邪悪に輝く微笑を白川に向けた。
「私は自己の責任において、この10年、ミスターを追いかけて東奔西走してきたのです」
「別に、星さんに聞けば伝言ぐらいは取り継いでくれたはずだがね」
 白川の言葉に、遥久はやはり微笑で返した。
「自分で探し出せば、今度こそ話を聞いていただけるのでは?」
 というわけで。
 言いかけた遥久が、表情を改めると盾を構えて白川をかばう。
 その直後、爆発音が地下室に鳴り響いた。


 時間はその少し前に遡る。
 早々にリタイアを決め込んだ黒子だったが、その直後に跳ね起きて身を捻った。
 さっきまでいた床に、穴が開いている。周囲は真っ暗だった。
「大丈夫でしたかー? 急に停電して見えなかったのですよー?」
 やったことの割に随分と穏やかな声の主は諏訪だ。
 黒子は諏訪がわざとやったのだと見抜いていた。インフィルトレイターなら、いくらでも黒子とノレンバを見分ける方法があるはずだ。
「まあこれも仕事のうちですね」
 怒ることもなく眼鏡を調節。一瞬考え込む。
(ふむ、起伏が激しくなるなら、いっそ激情の方に振り切れば戦闘意欲は増えるのだろうか)
 戦闘意欲を失うよりは……と、オネエ黒子降臨。
「学園経理の奴らぁッ! 足元見て薄給で仕事振ってくんなぁッ!」
 いやそれオネエか?
 単に本音言ってるだけじゃないのか?
 とはいえ、黒子の戦闘意欲はかなりアップしていた。スネークファングでノレンバを容赦なく叩き潰す。

 ノレンバ達は、徐々に押されつつあった。
 英斗はどうにか方法を思い出し、自分の周囲に美しい戦乙女たちを呼び出す。
「うおーっ! 10年の時を超えて、今こそ時代よ、俺に微笑みかけろーっ!」
 英斗の理想の姿をした美少女たちは、彼と彼の周囲のものを守らんと凛々しく美しく居並んだ。
 その光景はまさに理想郷。英斗は力を制限するのも忘れ、彼女たちの力を最大限に引き出す。
 ……ので、ノレンバが集まってくる。こっちがカオスレート変動をアピールしている状態なのだから当然だ。
 乙女に守られた英斗は無事だが、他は言うに及ばず。
「いやーっ、もうこれ以上炎上させんといてー!!」
 淳紅の無駄に良く通る美声が、地下室に響き渡った。
 力の加減だとか、スキルの効果だとかそういうコトはすっかり抜け落ちた状態だ。
 淳紅の身体がふわりと浮き上がる。五線譜を纏う体に力が漲り――

 ドオン!!

 淳紅の『‘Cantata’』と、黒子の隕撃が地下室を揺るがす。
 当然、かつての彼らならその制御方法も心得ていたはずだ。
 だが今、ノレンバの影響と年月による練度の低下が、力の暴走を招いている(と見せかけて、黒子は本当にまずい方向は避けていたが)。
「あらぁ? これはしっかり、オシオキしなきゃかしらー?」
 諏訪の口調もノレンバの影響を受けているが、そこは教師、むしろ混乱を楽しんでいるようだ。

 ……いや、本当に楽しんでいるのだ。
 この危険極まりない同窓会は、アスハと諏訪によるものだった。
 偶然見つけたノレンバの在処をアスハにうっかり(?)伝えたのは諏訪だ。
 大人しく教職に甘んじているうちに、何かが錆びついていく感覚。ふたりはそれを振り払おうとしたのかもしれない。
「アスハさん、そろそろ頃合いよー? さすがに建物が壊れちゃいそうよぉ?」
「しかたないでちゅ。スワ、後は頼むでちゅ」
 隠し持っていた鰹節を口に含んだり、地面に投げたりしているアスハ。ある意味この姿を見られた者は、貴重な体験をしたのかもしれない。
「じゃあいっくわよぉー!」

 ポチ。

 諏訪がノレンバの自爆スイッチを押した。


 建物が壊れなかったのが不思議なほどの惨状だった。
 いや、流石に補修は必要かもしれない。
「ミスター、何処へ行かれるおつもりですか?」
 瓦礫の中で盾を払い、遥久が白川を呼び止める。
「星さんが駆け付ける前に逃げようと思ってね」
 白川が軽く肩をすくめた。
「そうですか。ですがその前に、そろそろ本契約のサインと印鑑を頂きたいですね」
 遥久が内ポケットから取り出したのは、雇用契約書だ。
「10年お待ちしましたの。そろそろ良い頃合いだと思いましてよ?」
 何故かノレンバの影響が残っているような口調の遥久に、白川が苦笑する。
「今の私では、流石にお役御免だろう?」
「ご冗談はおよしになって」

<○><○>

 遥久の目が異様な光を帯びていた。
「ハハッ……!」
 白川が笑いだす。
 肩を震わせ、身体を屈めて笑う白川が、少し妙な動きをした。
 次の瞬間、顔を覆う髭は消え、ぼさぼさに伸びた金髪のカツラを手に、スーツの襟を引っ張ると、そこにいるのは10年の時を経て、かつての面影を残したままの白川だった。
「やれやれ。年寄りなら労わってもらえると思ったのだが甘かったようだ」
「当然ですね」
 遥久が心から満足そうに微笑んだ。

 その光景を、少し離れた物陰から愁也が見ていた。
「遥久が幸せそうだから俺は我慢……できないけどする……!」
 愁也の肩にアスハが手を置いた。
「僕たちにはやはり平穏は似合わないということだな。ハルヒサも一層元気になるんじゃないか?」
「それは嬉しいんだけど! 遥久が現場復帰して、オトコマエな所が見られるのはいいんだけど!!」
「まあ今後のことは、食事でもしながらゆっくり話すとしようか。……今回は僕のおごりだ」


 こうして危険な同窓会は、めでたく二次会へと移る。
 後日、アスハの減給処分が相当期間に伸びたことは言うまでもない。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ja6837 / 月居 愁也 / 男 / 24(+10) / 阿修羅 / 人間 / 国家撃退士】
【ja0049 / 只野黒子 / 女 / 17 / ルインズブレイド / ハーフ(天魔) / 学園臨時講師】
【ja1215 / 櫟 諏訪 / 男 / 22(+10) / インフィルトレイター / 人間 / 久遠ヶ原学園教師】
【ja8432 / アスハ・A・R / 男 / 25(+10) / ダアト / 人間 / 久遠ヶ原学園教師】
【ja6901 / 小野友真 / 男 / 22(+10) / インフィルトレイター / 某フリーランス事務所員兼ヒーロー】
【ja8327 / エルナ ヴァーレ / 女 / 23(+10) / 阿修羅 / 人間 / 帰ってきた魔女】
【ja6843 / 夜来野 遥久 / 男 / 27(+10) / アストラルヴァンガード / 人間 / フリーランス事務所代表】
【ja2261 / 亀山 淳紅 / 男 / 17(+10) / ダアト / 人間 / 過去に追われる歌い手】
【ja4230 / 若杉 英斗 / 男 / 22(+10) / ディバインナイト / 人間 / 時代に微笑みかけられた男】
【ja7927 / カーディス=キャットフィールド / 男 / 20(+10) / 鬼道忍軍 / 人間 / サラリーマン主夫】

同行NPC
【jz0089 / ジュリアン・白川 / 男 / 30(+?) / インフィルトレイター / 人間 / インストラクター】

未登録NPC
 星 / 久遠ヶ原学園大学部教授。ジュリアン・白川の元上司。

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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長らくお待たせいたしました。最初で最後の同窓会のお届けになります。
内容が盛りだくさん過ぎて、あちこちで事故を起こしまくったような気もしますが、お気に召しましたら幸いです。
エリュシオンのラストに、色々と思いだしながら執筆させていただきました。
きっとこの場の全員、相変わらずのまま破天荒な爺さん婆さんになっていくことと思います。
願わくは、その未来に幸いあれ。
この度のご依頼、そしてこれまでのお付き合いに、心よりお礼を申し上げます。
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エリュシオン
2018年08月31日

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