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『【よせてはかえす、くりかえしの】 』
茨稀aa4720)&アリスaa4688


●波の音


 その時、心の奥底で、気付かぬほどのさざ波が立った。


   ○


 音もなく従属が霧散し、英雄達は能力者の内へ帰還する。
 依頼を完遂した数人の能力者たちは互いにねぎらう言葉をかけ合い、それぞれ帰路についた。
 ただ、その場から動かない影が二つ。
「戻らないんですか?」
「なにか、気がかりでもあるとか」
 気付いて振り返る者たちへ、緩やかに茨稀(aa4720)は首を横に振る。
「少し……海を見て、戻ります」
 ともすれば、強い日差しに消えてしまいそうな淡い笑みのまま。
 それでも、能力者である身だ。ついさっきまで共に戦う姿を見ていた者たちは「じゃあ」と短い返事を残し、帰っていった。
 見送るでもなく、佇む二人の間の他には、危機が去った事を察した蝉の声。
 鳴りを潜めていたのが嘘のように、戦いの喧騒も熱気も、全てを覆い尽くしていく。
「……絵」
 蝉時雨の中、不意に耳に届いたのは抑揚の薄い声。
「描いていく、か?」
 連続していた事象と切り離されたような言葉は、ごく普通の誘いを投げかけた。

 被害が出ないよう封鎖されていたためか、砂浜に人影はなかった。
 ぬるい潮風に蝉の声は遠のき、夕暮れに染まった空とそれを映す海がどこまでも広がっている。
 そこへ到るコンクリート階段に茨稀は腰を下ろし、常から持ち歩いている絵かきセットを広げた。
 スケッチブックの新しいページを開いて画板に置き、使い込まれた筆の一本を選び取り、絵具を混ぜてプラスチック板に新たな色を作り出す。
 その手慣れた一連の所作を、隣へ腰かけたアリス(aa4688)がじっと眺めていた。
 眉一つ動かさず、とりとめなく眺めるような表情……しかし手の動きを追う青い瞳は、瞬きも少なく。
 紙へ色を重ねる筆の音が、穏やかな波の音に連なる。


「絵は何時から始めたの、だ?」
 絵を描く茨稀を、飽きもせずじっと眺めていたアリスの口から、自然と問いがこぼれた。
 いや、飽きるわけがない。
 時間と共に形となっていく絵もそうだが、それ以上に。
 ――ああ、茨稀の絵を描く様は何時見ても不思議に思、う。
 戦闘時とも日常時とも違う、おそらくこれが真の茨稀なのやも知れ、ん――。
 自分の内にある思考をなぞりながら、その認識をアリスは確かめる。

「絵、ですか。そうですね、気付いた時には描いていました」
 何気ないアリスの問いに答えながらも、茨稀は絵筆を止めず。
 そして、思い返す――いつだったか両親が絵具をくれた、幼いあの日を。
 もう、その両親は居ないし、もらった絵具もとっくの昔に使い切ってしまった。
 けれど絵を描くことが好きなのは、あの日と同じだ。
 ……ただ。
 ――絵を描いている時にしか感じない『何か』。
 これは、何なのだろうか――。
 憧憬か執着か、あるいはまったく別の感情なのか自分自身ですら掴めず。
 そして言葉を交わす間も、絵は形を成していく。


 やがて名残の熱を放っていた夕陽が彼方へ沈み、しばらくすると二人を撫でていた微風が緩やかに途絶えた。
 それに気付いたアリスは、初めて絵から……茨稀から目を離し、水平線を見やる。
「先程までの戦闘を忘れさせる様な凪だ、な」
「……はい。何だか裏腹な気さえします……ね」
「裏腹、か」
 彼の言葉を繰り返した、アリスの声色は変わらず。
 描き続ける茨稀の筆の運びも、変わらない。
 ――静謐で、フラット。自分の言葉が白々しいと嘯きながらも……か。
 茨稀は心の内で、独り呟き。
 ふ、と……僅かに深い、息を吐く。
「陽が落ちた。絵も完成だ、な」
 吐いた息が、詰まった。
 確かめなくても、わかる。
 彼方へ投げられていた青い視線が、再び彼を捉えている。
 筆先は迷うように空を漂い、短い逡巡の後に含んだ色を紙の上へ置いた。
 何が茨稀の筆をためらわせたのか、疑問を解くようにアリスは微かに首を傾ける。
 紙の上にある風景は、目の前で広がる残照に染まった世界と同じように、紅い。
「上手く描けている、な」
 ――あまり、長い時間でもなかったのに。
 それは、純粋な賛辞だった。
「陽より凪いだ海の絵に見え、る」
「そう……でしょうか」
 結果的に、それが最後の色となった筆を置き、水気を含んだ風景画を茨稀が眺める。
 ――それは、絶対の色に否応なく染まる海。
「茨稀、陽は果たして明日も昇ると思う、か?」
 何気ない風の、アリスからの問い。
「陽は……昇ります、きっと……誰が拒んでも」
 小さく揺らいだ思いを溶かすように、筆に残る色を水で洗い流す。
「陽が。死ぬ時まで」
 残照は青黒く消え落ち、近くの電灯が音もなく点灯した。


「茨稀は、海と陽の色の関係に似ているやも知れ、ん」
 スケッチブックに触れない微妙な距離を保ち、アリスは茨稀の膝の上にある風景をなぞって指を動かす。
「光を操る陽……強制的に色を染めるそれには、畏怖と共に反発さえ覚えます」
 完成した絵と、それをなぞる細い指を見つめていた茨稀は、項垂れるように青い瞳を伏せる。
 ――そう。アリスさんも俺も……この瞬間、あの『絶対』に染められている……。
 描いた絵は風景を写し取ったのか、それとも瞬間を封じ込めたのか。
 それすら、人工的な灯火の下では違って思える。
「茨稀の色は陽により変わる水の様に空ろだろう、か……」
 彼に向けるでもなく、手を止めたアリスは小さく呟いた。
 そして……。
 ――否。
 自らの言葉を打ち消すように、少しだけ髪が左右に揺れる。
「茨稀には茨稀の色が在る。茨稀がこうして在る事自体がそう言う事、だ」
 周囲は既に暗く、波打ち際は見えない。
 しかし波の音だけは、感情を揺らすように絶えることなく耳へ届き……。

 突如、ドンッと身体の芯を震わせる重い音が静寂を割いた。


 衝撃を伴う音から遅れて、空の一角に鮮やかな花が咲く。
 声を上げる間もなく、彩りは闇に散り。
 それが始まりの合図だったのか、後を追って次々と大小の花火が上がり始めた。
「花火……ですね」
 我ながら陳腐な言い様だと思っても、他の言葉がとっさに思いつかない。
「ああ。近くでイベントが予定されていたようだ、な」
 一瞬の光を受けながら、アリスも茨稀と同じように空を仰いでいた。
 地元の人間ではないから、事前情報は皆無。封鎖された浜辺は人気がないため気付かなくても当然と、彼女は普通に状況を推察する。
「アリスさんは花火、お好きですか?」
「……花火、か……如何とも言えん、な」
 何気なく口をついた茨稀の疑問に、そんな答えが返ってきた。
「ただ、花火そのものより、音の方が好きやも知れ、ん」
「音、ですか……」
 凪のせいか、まっすぐに夜空を駆け上った花火は綺麗に広がり、煙も浜までは流れてこない。
 音と光だけが、夜のこの瞬間を支配していた。
「散る為に咲く物を、人は『花』と呼ぶんでしょうね」
 ぽつと、茨稀は過ぎった思いを吐露する。
「でも……何の為に?」
 ――己の為なら良い。けれど……誰かの為なら、哀しい気がする。
 刹那の感傷。
 光の花々の短い謳歌に釘付けとなった茨稀の横顔を、ちらとアリスは視線だけで窺い。
「同じ花でも、草花などとは別の散り様。何の為に咲くか……誰の為に咲くか……」
 再び、夜空を振り仰ぐ。
「玩具の様にも思える。人のエゴにも思え、る……」
「だとしたら尚更、哀し過ぎて……美しいのかもしれません」
「人の為咲き、散る。花は語らん。然し、花を咲かせた者は、咲かせようとした者は……」
 ふと、言葉を切り。
 ――美しいだろうと思え、る。
 イベントの最後を飾る膨大な音と響きが、アリスの言葉をかき消した。
 すぐ傍らの茨稀の耳に、呟きは届いたのか。

 それは、彼のみが識ること――。


 大量に上がった花火は一瞬だけ海を昼のように照らし、惜しむ暇もなく夜闇へ散った。
 ――それぞれの思い描くこと、語ることは違うかもしれない。
 だが、どちらも真理をついているようでいる――。
 まとめた絵具のセットをしまいながら、そう茨稀は思う。
 スケッチブックは、今日の絵をゆっくり見たいとアリスが預かっていた。
 最後の轟音のせいか、止むことがない筈の波の音は遠く。
 奇妙な静寂の中、はっきりとアリスの予言めいた言葉が茨稀には聞こえた。
 ……何時か陽が昇らぬ時は来、る……――と。
「陽が昇らな……い?」
 絶対は有り得ない、と言うのだろうか……そんな疑問と共に繰り返せば、階段から立ち上がったアリスは小さく首肯する。
「そう、誰にでも平等に、だ」
 見えない夜の水平線を、じっとアリスは見つめる。
 いや、見ているのは水平線の更にその先かもしれない。
「だとしたら……」
 砂を払った茨稀もまた腰を上げ、肩を並べて彼女が見る先を辿る。
「きっと、俺は嘲笑いながら哀しむのでしょうね」
 少し動かせば、手も触れそうな距離。
 ほんの少しだけ身長差のある二つの影は、微妙な間隔を伴ったまま立ち尽くす。

 微かに、戻ってきたのは波の音。
 この依頼で互いに顔を合わせた時、心の奥底で立ったさざ波ほどの。
 しかし引いては寄せる波は、それを繰り返し、繰り返す。

「今日は、ありがとうございました」
 依頼のことも絵のことも、やり取りした会話も、全てを短い言葉に込めて、茨稀は感謝を告げる。
 既に夜は遅い。帰らなければならない時間だった。
「いや。茨稀と話すのは、私、も……」
 語尾を濁しながら、代わりにアリスは会釈のような浅い礼をする。
 言葉という見えずとも形ある存在にすると、大切な何かが違うものへ変質しそうで。
 それを茨稀は追及することもなく、いつもの微かな笑みで応じた。
 海に背を向け、階段を上る。
 波の音は遠くなり、入れ替わりで満ちてきた夜の喧騒が二人を包み込む。
 しかし、音は聞こえなくても、波は繰り返す。
「……茨稀、お前の空ろは何時か埋まる。それまでは……」
 預かったスケッチブックをアリスは緩く、大事そうに両手で胸へ抱いた。


   ○


 よせて、ひいての、くりかえし。

 戦いの前から、そして終わった後も、変わらずに。

 太古から永劫へと続く、繰り返し。

 それをなぞるように、紙の上を行き来する、筆の色。

 行きつ戻りつを繰り返し、少しずつ青だけが、変わっていく――。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【PCID / PC名 / 性別 / 外見年齢 / 種族 / クラス】

【aa4720/茨稀/男性/17/アイアンパンク/回避適性 】
【aa4688/アリス/女性/18/人間/攻撃適性】

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2018年09月03日

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