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『無人島奇譚・1 』
海原・みなも1252

●雨が降る前に
 依頼を受け、草間・武彦は海原・みなもを連れてK県の無人島まで来た。近くの島の漁船に送ってもらい、崩れかけている港で下してもらった。
 武彦は漁船を無言で見送る。
 船影が消えてから島を見た瞬間、武彦の表情に険しいものが浮かぶ。
 漁船からは青々とした山に見えていたが、今は黒い闇を背負った山に見える。海鳥くらいはいそうだが、島から生き物の気配は感じない。
 大きく息を吐くと「拠点作っておかないとな」とつぶやいた。荷物を持って調査するわけにはいかない。
 みなもは海を見つめる。
 南方系の人魚の末裔であるみなもにとって海は近い存在だったが、ここは親しみを感じなかった。
(拒否、拒絶、ひょっとしたら慈愛かもしれません、何かの警告だったならば)
 みなもは船上で聞いた何かについて考えるが、答えは出ない。声のようなものは言葉よりも感情の塊に過ぎないかもしれないし。
「どうした、もう戻りたいか?」
 武彦が港と町の境界あたりで声をかけてくる。
「いえっ!」
 ふわり、と水の匂いが、みなもの鼻孔をくすぐる。
「川? それとも雨が降るのでしょうか?」
「表面上、川はない。まあ、雨だろうな」
 武彦は鼻を動かすと空を見上げた。
「ったく……早いとこ、探さないと」
 晴れていたのが嘘のように、黒い薄雲が漂い始めている。
 みなもは小走りで武彦に追いつく。二人が進んでいるのは島の中心に向かう道である。道幅は狭く、リヤカーがすれ違える程度だろう。
 家屋は半壊や倒れないのが不思議なものが多い。
「拠点ですよね? どういうところを探しますか?」
「テントはあるが、土地がしっかりしているところがいいし、頑丈な建物があればそれがいい」
 みなもは理解したとうなずく。
「草間さん、あれは蔵みたいです」
「ああいう建物は頑丈に作られているからな。見てみるか」
 二人は速足で向かう。
 強風が吹き、冷たい空気を運んできた。強い風が吹くと木々と家屋でぶら下がっている木などが激しい音を立てる。
 ガタン。
 みなもと武彦は足を止め、反射的に音が下方を見る。武彦はみなもの荷を摘み、後ろに下げる。
 みなもは反射的に息を止め、周りを見つめる。
 ニャウワンという鳴き声とともに一匹の猫が飛び出してきた。
 その瞬間、みなもはほっと息を吐くが、武彦は緊張の糸を張ったままだった。
「猫ですね」
「ああ……意外といろいろなモノがいるのかもな……」
 武彦は肩をすくめる。
 霧雨が降り始めた。

●蔵の中
 外から見た蔵は使用に耐えられそうだった。扉は蝶番が壊れているので入ることはできる。蔵の中は荷物と埃と蜘蛛の巣があるが、泊まれそうだ。
「箒があるな。この辺りは片づけておけ。このあたりで火を起こすからな」
「はい、え?」
 みなもは屋内で火を起こしていいのか、荷物の燃料を使わないのかと問う。
「あれは緊急時と必要な時だ。資源は有効に使わないとな。それにここは土間だから大丈夫だろう」
「分かりました」
「じゃ、奥と上を見てくるからちゃちゃっと片づけてけよ」
「はい」
 武彦はランタンを付けるとみなも用に置き、自身はハンディライトで進んだ。蔵は大きくはないが、みなもは武彦が見えなくなると急に不安になる。
「片づけないといけないですね」
 箒自体が埃まみれなため外でまずはたく。そのあと、蜘蛛の巣を払い、物をどかし、自分たちのスペースを確保した。埃のためにくしゃみが何度か出る。
「あれ? 奥から風が?」
 ミシミシと音を立て、二階から武彦が下りてくる。
「窓開けておいた。燃やせそうなもの」
 家具だったのか何かの板だ。
「元が何かわからない状況だった。価値があるような物ならば、持ち出されているさ」
 疑問が顔に出たらしくみなもに武彦が解説をした。
「埃があるってことは、何もいないって証拠だ」
「そういうことになりますね……えっ!?」
 みなもがはっとして会話を続けようとしたが、武彦は外に埃を落としに行った。戻ってきた彼に確認する。
「猫がいれば埃が積もらないところがあると思います」
「居座っていれば、な。猫がいたところできれいなところはたかが知れてる」
 みなもは眉をひそめた。
「くつろぐ前に、少しだけ周り見ておくか」
「明るいうちですね」
「霧が出ているんだがな」
「え?」
 みなもは外を見る。霧雨と霧で外は視界も悪く、ひやりとしている。その上、潮の音と匂いがより鮮明になっていた。

●霧の中
 山の方に向かう。潮を警戒するならば、重要なものは山の手に作る。
「住民が最盛期にあれだけいたら、もっと奥まで家は建て込んでいるもんじゃないのか」
 武彦がつぶやく。二人は道なりに進んでいたが、すぐに畑のあとらしい荒地と山が迫っていた。
 みなもの目に写るのは道なき道であり、道と思われるのは獣道である。
「猫以外にもいるんですね」
「クマでも泳いできているとか」
「この近くにいるんですか?」
「さあ? ヒグマクラスなら、相当泳ぐらしいがな」
 武彦の軽口は冗談で言っているものではなく願望を口にしている、とみなもは感じた。
 みなもは振り返る。
 海から何か聞こえる。
 波の音に紛れて何か訴えるような、怒るような、悲しむような声だった。
(何かあるのでしょうか? 助けてくれないにしても、怒るにしても、姿が見えないと何もできません)
 みなもは声のことを武彦に告げなかった。みなも自身が状況や内容に確信がないためだ。
「さてと、この先は何があるのか?」
 ぬかるむ土は滑る。武彦は比較的すたすた進んでいるが、みなもは慎重になるため距離が開く。
「一本道だから大丈夫です」
 少し離れたところの木が不自然に揺れた。高木の上の方にある枝にサルがいて揺らしているような感じだ。
 みなもはそこに何がいるのかじっと見つめる。
 冷たい雨と漂う霧のためによく見えないため、聴覚と嗅覚が強くなる。
 武彦を呼ばないといけないが、声が出ない。
(いえ、あれが何かわからないのです。恐怖を抱くのはおかしいですね)
 疑心暗鬼になっている自分に言い聞かせるが、怖い想像を止めるのは難しい。
「おい、遅いぞ!」
 武彦が半ば滑るように戻ってくる。
「あ、あれ見てください」
 武彦が木を見る。
 揺れがひときわ大きくなり、止まっていく。近くの木に何かが移ったかのように揺れる。
「戻ろう。この先は断崖絶壁ではないが、登るのは難しい」
「そうなんですか」
「ああ。まずは宅地で調査だな」
「雨も降っていますしね」
「霧もな。一本道と思っても帰り道、見えない分かれ道が怖いからな」
「え?」
「第六感は知らないが、直感がここはヤバイと言っている」
 みなもは武彦が心底嫌がっているのが分かった。
(あたしの名前があったから、何かに巻き込んでいるのですよね)
 みなもは申し訳ない気持ちになった。
「大体、お前が仕組んだことじゃないだろう? さ、戻るぞ」
 みなもの顔に出ていたらしい。
(超常現象はお断り……でも、頼りになるのです)
 みなもは武彦の背中を追いかけた。

 蔵に戻ると火をおこし、夜の準備をする。
 明るい火がぬくもりも伝える。
 扉がない蔵の外は白い霧の壁。火のある蔵の中は安全と考える。

 ――アアアアア、ウオオオオオオオウ……。

 水の流れる音か、潮騒か、誰かの声なのだろうか?
 みなもは困惑しつつ、火に手をかざした。ぬくもりが安心を与えてくれる気がした。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
1252/海原・みなも/女/13/女学生
NPCA001/草間・武彦/男/30/草間興信所所長、探偵

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 続きということで、書かせていただきました。
 何も起こらないけれど、何か違和感があるという状況に仕立てました。
 猫はいてもおかしくないですし、一方でいてはおかしいのかもしれません。さて、矛盾なのか自然なのか……違和感をちらりほらり感じていただければ幸いです。
 ありがとうございました。
東京怪談ノベル(シングル) -
狐野径 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年09月03日

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