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『MOTHER 』
満月 美華jb6831


「美華、こっちへいらっしゃい。美味しいおやつができたわよ」
 私を呼ぶ声がする。頬が緩む自覚と同時に、湧きあがる嫌悪感。
 肌の色は白く、透けるようなブロンドの髪を結わえて、慈愛に満ちたほほえみ。その女性を美しい、とは素直に思えなかった。
 小さなテーブル。向かい合うように椅子が二脚。女性はその内の一脚に体を預けていた。テーブルには、ホールケーキ。生クリームの甘い香りが仄かに漂い、鼻腔をくすぐる。
 飛びつきたい。すぐに駆け寄って、椅子に腰かけ、ケーキが切り分けられる様子を眺め、小皿に盛られたそれを少しずつ切り崩しながら頬張りたい。
 それでも。
「いらない!」
 幼い頃の私――満月 美華は拗ねた。
 こんなものを食べるから、こんなものばかり食べているから、この女性は、母は、異常なほどに太っているのだ。
 だから、母に勧められたものを食べていれば、私も同じ体となってしまうに違いない。
 そんな風に考えていた。


 母のことが嫌いだった。
 あの大きな体が嫌いだった。
 この人が私の母だと、誰かに認識されることが怖かった。
 いつからか、母と出掛けることもしなくなった。
 母のようにはなるまい、私はあんなに太ってたまるものですか。
 そう固く決意をしていた。食事にも気を遣い、運動も心がけ、健康的な肉体美を保とうという意識は、幼い頃より染みついたものだった。
 なのに。それなのに。
 中学へ上がった頃、私の体は膨らんでいった。
 ああ、きっと食べ過ぎたに違いない。運動が足りなかったのだろう。
 自分の体に対抗心を燃やし、運動量を増やし、食事も断って、膨張を続ける肉体に抗い続けた。
 血のにじむような抵抗をあざ笑うかのように、体は太り続けた。
 私は母を恨んだ。この体質は遺伝子のせいだと。
 その憤りを、当人に直接ぶつけた。こんな体になったのはあなたのせいだと。
「ごめんなさい。あなたもその体になってしまったのなら、もう黙っているわけには、いかないわね」
 母の表情は曇った。そうだ、苦しめば良い。子を産んだことが罪なのだと、今更自覚したって遅いけれど。
 しかしその先に紡がれた母の言葉は、とても素直に信じられるものではなかった。
 だからこそ。何故私を産んだのかという怒りがこみ上げた。


 豊穣の呪いとは、成長に従って体が肥大していく遺伝子に刻みつけられた呪いだ。
 つまり、どれだけ努力しようと、抗おうと、これに逆らうことはできない。
 母のようになりたくないとダイエットに勤しみ続けた時間は全て無駄だったのだ。
 そうまざまざと突きつけられた時、母への恨みは一層強固なものとなった。
 だが、母に怒りをぶつけたところで何かが変わるわけではない。
 気持ちは焦ったが、思考は冷静だった。この呪いをかけた張本人、天魔に逆襲すること。
 これこそが唯一の解決策。ならば、この手で。
 そう考えた私は、撃退士となって久遠ヶ原学園に入学する意思を決めた。


 中学三年に上がった頃。
 ゆるやかに膨張していた母の体が急変した。膨張速度は一息に高まり、肥大し、そして母は満足に手足を動かすこともままならず、寝た切りとなった。
 日に日に弱っていく母を見て、私は、その人の死期を悟った。もう長くない。このまま自らの肉体に潰されて息絶えるだろうと。
 そんな姿を見ていて、それまでに感じていた強い怒りは、深い哀れみへと変わっていった。
 こんな体でも生きていたのだ。何かを成し遂げようと必死だったのだ。
 自分の娘に恨まれ、罵声を浴びせられ、口も利いてもらえず。それでもこの人は生きていた。
 卒業するまでの間、母の看病をすることにした。
 ああ、この人もかわいそうにな。そんな風に、どこか他人事のように感じながら、苦しそうに呼吸する母に食事を運んだ。
(今夜辺りが山場ね)
 どこか安堵している私がいた。恨み続けたその人はいなくなる。呪い続けたこの肉体を映す鏡はなくなる。
 だけど、曲がりなりにも、親だ。
 最後の食事を食べさせ、母はベッドに横たわった。
 食器を片づけながら、これがきっと最後の会話になるだろうと感じた私は、どんな言葉をかけるべきか迷った。
「絶望しているんじゃない?」
 口をついて出たのは、そんな言葉だった。
 嫌味の一つでも言ってやろうと考えていたわけではない。ただ、何も思いつかなかった。
 母の素直な気持ちを、最後に聞いておこうと。
「いいえ」
 息を切らしながら、母の細い声が返ってくる。
 あ、そ。と、冷めた感情を抱きながら、食器を乗せた盆を持って背を向ける。
「美華。顔を見せてちょうだい。あなたの顔を……」
 応えてやらないでもない。
 どうせ死にゆく人だ。多少の望みは叶えてやったって構わないだろう。
 盆を持ったまま振り返る。
 ベッドの上の母。目に、涙が徐々に溜まっている様子が見て取れた。
「大きくなったわね、美華」
「そんな皮肉やめてよ」
「ふふ、ごめんなさい」
 笑っていた。泣きながら、母は笑っていた。
 そして縋るように、力なく腕を伸ばす。
 私は盆を持って立ち尽くしたままだ。
「あなたがいたから――あなたがいるから、絶望なんてしないわ。あなたには大きなものを背負わせてしまったけれど、でも、私はあなたを産んだこと、後悔していないの。だって……」
 そこまで言って、母は伸ばした腕を引っ込め、自らの胸を押さえて苦しみだした。
 膨張が始まる。
 咄嗟に盆を投げ出して、母に駆け寄った。
 腹を抑え、膨らまないように、膨らまないようにと祈るが、到底止められるものではない。
「止まって、止まってよ! お母さん、だっての先をまだ言ってないでしょ。何なの、何を言いたいの! お母さん、答えて! お母さん!!」
「美華……。私は、あなたを――」
「やめて! 今答えないで!」
 まだ聞きたくない。
 言わせてはならない。
 答えを聞いたら、母が逝ってしまう。
 私が呪いを解いて、母子で人間として正しい形に戻って、それからゆっくり老けていって、お婆ちゃんになった母の皺だらけの手を握りながらじゃなきゃ、聞きたくない。
 だから止まれ。止まれ!!

 すっと、母の膨張が止まった。
 願いが通じたのか、奇跡が起きたのか。
 いや、そうではない。
 膨張する肉体の重みに耐えられず、母は自らに潰され、事切れたのだ。
 だらりと下がった腕。
 皺なんて一本もない、綺麗な肌だった。
「お母さん……?」
 苦しみもがいていた時とは違う、あまりにも安らかな寝顔に、呆然とした。
 震える手で肩を揺すっても、頬を撫でても、母は起きない。
「嘘よ。嘘、嘘! 私、何もできてない! ずっと逆恨みし続けて、ずっと、ずっと……。何でよ、何で死んじゃうのよ!」
 母の焼いたケーキの香りを思いだす。
 母の用意した食事の彩りを思いだす。
 そうだ、きっと、母が最期に言いたかった言葉は……。


 またあの夢だ。
 後悔ばかりの、苦い記憶だ。
 私の体は、かつての母のように肥大していた。
「お母さん」
 呟く。
 私は、私を産んでくれたあの人のように、絶望せずに生きられるだろうか。
 目を移した先の写真立てには、美しい姿の女性がほほ笑んでいた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb6831/満月 美華/女/20/ルインズブレイド】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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またまたご依頼ありがとうございます。
恐らく、これが私の、エリュシオンにおける最後のノベルとなることでしょう。
子供って、やっぱりお母さんのことが大好きなんですよね。
口では、態度では、どんなに疎ましく思っていても、自分でも意識していない深い深いところでは、きっと。
ご依頼、ありがとうございました。気に入っていただけると幸いです。
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エリュシオン
2018年09月03日

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