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『悲しみが止まらない 』
松本・太一8504

「え、情報工作部、解散するんですか!?」
 松本・太一は驚いた。
 くわしくは前作を参照してもらうとして、唯一の情報工作部員だった太一は、社長と労働組合の結託により、新たな活動へ駆り出されるはずだったのだ。
 それが、解散。
 太一はしみじみと考える。
 解散ですか。コスメ代はともかくもっとも私ひとりしかいない部署ですし、コスメ代はともかく残業代のおかげであれ以来仕事もさせられてませんし、コスメ代はともかくよかったですけど。
 あああああ、部屋に残された大量のお高いコスメ、どうすればいいんでしょうね!? 男の独り暮らしのゴミに出せるわけないじゃないですかだってお高いコスメですし! でもあのお高いコスメ、どこで使えというんでしょう!?
『趣味で使えばよかろう』
 脳内に響く“女悪魔”の冷めた声は完全無視、頭を抱える太一に、豆狸もしくは部長(情報工作部のではない)がぱちーんとウインクをかまし。
「とりあえず新しいTryってことで、情報工作部は社内応援部になるんだってさ!」
「なんですかその業務と絶対関係ない部署は!?」
「結構外から“あの女子社員”についてのInquiryがあってね。さすがに正体ばらせないから、松本君にはしばらく内勤してもらおうってさー」
 それはまあ、今さら「あれは男(おじさん)でーす!」とか言えないだろう。いろいろもろもろ、ダメージが大きすぎる。
「でも内勤で応援って、具体的になにをすればいいんでしょう?」


 と、いうわけで。
 悲しみの魔女、復活である。
「化粧タイムがまた縮んでる。やるね!」
 労組の姐さんが、女子社員の制服に身を包んだ太一の背にサムズアップ。
「慣れていくんですね……自分でもわかります……」
 とぅるんと艶めく唇を笑みの形に歪ませて、太一は女子トイレから踏み出していった。
 すると。
 トイレへ入ろうとしていた女子社員がくわっと目を見開き、太一を凝視。斜め下から視線で撫で斬りつつ、最後に「ちっ」。
「……あの人、なんだかものすごく怒ってませんでした?」
 姐さんは薄笑み、かぶりを振る。
「あの子はしばらくトイレから出てこないだろう。あんたに点火されちまったのさ――オンナの負けん気ってやつにね」
「え? その間仕事は」
「オンナにはね、仕事よか大事なもんがあるんだよ」
 だめだ! 労組は女子に甘すぎる!
 とにかく太一の化粧を仕事そっちのけで監視――もとい見守っていた姐さんにおじぎして、太一はローファーの踵をぱたぱた。本来の所属部署へ駆け戻る。

 うん、はっきり言って駆け戻っちゃいけない場所だった。
「あのときとちがう……でも、いい。なんでもいい。松本さんが松本さんならそれで」
「松本さん、いい匂いがしますね……」
「真実の愛、か」
「うおあええいぎぎぐぐげ」
 ひいいいいいいい!
 去年の11月に聞いたようなコメントが大量に降りそそぎ、太一の心を侵食する。夜宵ですらないただの太一にとって、男たちの研ぎ上げられた視線はあまりに恐ろしかった。
「おお、おちゃ、お茶、淹れてきますぅぅぅううう」
 よくかきまぜた納豆さながらの視線を引っぱり伸ばし、給湯室へ駆け込む太一。そこにはお茶汲みと称して団らんする女子社員がたまっていて、太一に気づいた途端、般若と化して……
『小娘どもの嫉妬は実に醜いが、かような輩にこそ艶然を見せつけてやるが女の器というものよ』
『いやいや! 私、男ですから!』
 鼻を鳴らす悪魔に脳内で言い返して、引き攣った愛想笑いを貼り付けた太一はカニ歩き、女子社員の横をすりぬける。
 ヤカンでお湯を沸かす間にカップへインスタントコーヒーを。部長は砂糖3杯と粉末ミルク2杯。木村さんは粉末ミルクだけ1杯。鈴木さんは――
『もうじき1年になろうというに、よくぞ憶えているものだ』
『感心されても……しかしこれって、女装する必要あります?』
『そなたの姿に男は癒やされ、女は奮い立つ。ならばそうあることこそが必然よ』
 悪魔は笑み、太一は独り途方に暮れるばかりであった。


「営業部隊、出るぞー!」
 営業課長のダミ声に荒くれた営業部員どもがうおおおおお!!
「あの、がっ、がんばってくださいね」
 お盆を抱えてぎこちなく笑む太一に、一同があたたかな視線を集め、にっこり。
「具体的になにをがんばればいいんですかね?」
「えっ?」
 唐突な質問にとまどう太一。具体的にって、ああ。なんだかすごく期待されてますけど! こんなとき、なにを言ったら……
『そなたの経験から最適解を知らせてやればよい』
 悪魔のアドバイスに飛びつき、太一はそれをごまかすために、こほん。
「その、弊社の商材が他社のものとどうちがうのか、わかりやすくご紹介してあげてくださいね」
 おお!
「お客様のニーズも、しっかり聞き取らないとだめですよ」
 おっすおっす!
「営業のみなさんは役者さんです。お客様のお心を掴める人を演じてあげてください!」
 うおおおおお!!

「やっぱ秘書っつーたら女だよなぁ! マジ上がんだけど!」
 秘書室長が自分探しの旅に出たせいで、雑務に追われていた社長。太一という臨時秘書を得てもううっきうきである。
「本日16時より、各部の責任者を集めての報告会となっていますけれど」
「え!? そんなん夜でいいじゃん! 飲みながら聞くわー!」
 某しげるばりに日焼けした社長へ、太一はかぶりを振ってみせ。
「朝からお仕事されていらっしゃいますから」
「部長とかそんな働いてねぇ――」
「いえ、社長がです」
 は? 思わずこちらを向く社長に、太一はやわらかく。
「1日は24時間。その内の8時間働いて、その上まだ業務のことを考えるなんて大変すぎです。お体を労ってください」
 最後にそっと「ね」。
 言われた社長はちょっと考え込んだ。確かに、飲みまで仕事半分じゃ疲れも取れまい。なにせ朝から(主観的には)働いているわけで。
「……働きかた改革、か」
 この俺が、こんな女じゃねぇけど女みてーなのに教えられちまうたぁな。
 部長たちのアフター5を救えたことにほっとしつつ、悟り顔の社長に笑みかける太一だった。

「すみません、わかりません……」
 システム運用部の社員の説明に、太一は困った顔を向けた。
 専門用語だらけの説明は、多くの社員にとって理解不能。だから運用部への理解が及ばず、互いの業務に支障をきたす。
「でもさ、そんなこと言われても」
 だったら理解できる程度に勉強しろよ。こっちは最適なもの作ってんだから。SEは当然そう思うわけだが。
 太一はSEの手を取り、きゅっと胸に抱いて。
「私、あなたのお気遣いを理解したいんです。それはだめですか?」
「いや、その、だめじゃ、ないけど」
 SEはあわあわ自分の手を取り戻す。
 確かに使うヤツになにか伝えようとは考えてなかったかもしれない。たとえばそう、目の前の女(じゃないらしいけど)に。
「夕方までに仕様書作りなおしとくから」
 ぶっきらぼうに言い放ち、太一を追い払う。アンタにもわかる超やさしい説明、考えてやるよ。


 妙にやる気を出した女子社員たちのサービスもあって、この日の弊社の業務効率は前日比の2倍近くまで高まった。
 そのすべてに社内応援部の関与が認められた、その結果。
【松本・太一は社内応援部へ暫時配属。その期間中、女子社員として扱うものとする】
『正統にそなたの奮闘が評価されたな。喜ぶがいい』
 悪魔が喉をくつくつ鳴らすのを聞きながら、張り出された業務命令の前で太一はがっくり崩れ落ちるのだった……。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8504 / 松本・太一 / 男性 / 48歳 / 会社員/魔女】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年09月03日

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