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『ファンシー・ラフメイカー 』
ミアka7035

 壁の向こうから聞こえるどこか気の抜けた音楽と喧噪を背に、ミアはベンチに座ってうんと背伸びをした。
 ぽかぽかとした陽気が気持ちいい。
 思わず意識がとろんとしてしまう中で、ふと、足早にこちらに向かってくる気配を感じた。
 ぱっと目を見開いた彼女は、ぴょんとベンチから飛び降りてその人物に大きく手を振った。
「遅くなってすみません。今日中に新しい事業の打ち合わせを終わらせてしまわなければならなくて……」
 すらりとした背の青年――エヴァルド・ブラマンデが恭しく一礼する。
 急いだ様子ながらも息を切らせないのは上流階級としての矜持だろうか。
「大丈夫ニャス! 誘ったのがこっちなら、待つのも仕事のうちニャスよ〜」
「そう言っていただけれると助かります」
 満面の笑みで応えるミアに、エヴァルドも口元に笑みを浮かべて答える。
「早速に中に入って……ううん、とりあえずお腹が空いたニャスね」
 言うや否や、やや強引に彼の手を引くようにして2人はファンシーな門を潜り抜けていった。

 テーマパークへ行こう――誘ったのはミアの方だった。
 オフィスでたまたますれ違った時、思い立ったら吉日と誘い文句が口を出た。
 彼は少し驚いた様子だったが、「日取りが合えば大丈夫」と了承してくれた。
 ゲートをくぐってすぐの店舗街でホットドッグと飲み物、あと軽く摘まめるようなものを調達する。
 安っぽいテーブルに向かい合って腰かけ、あつあつのドッグを一口齧った。
 パリッとした皮の中から溢れる甘い肉汁と、ケチャップの程よい酸味が口の中いっぱいに広がる。
「これは、手で持って食して良いものなのですよね?」
「そうそう、がぶーっと一思いに行くニャス! がぶーっと!」
 実演してみせた彼女に倣って、エヴァルドもドッグに(それでもどこか上品に)かぶりつく。
「なるほど、これは良いですね。手軽で、野菜なんかも入れれば栄養のバランスも良い。安価に抑えて、フマーレの工場街なんか売り場として良いでしょうか」
「ニャハハ、何でも商売にしちゃうニャスね〜」
「ああ……すみません」
 職業病みたいなものだろうと思って、ミアも気にしているわけではない。
 それでも、彼が仕事のことを忘れて過ごすような時間はあるのだろかと気になってしまうこともある。
 もしあるとしたら、その時傍にいるのは――
「そう言えば、エヴァルドちゃんって婚約者とかいるニャスか?」
「縁談は多々ありますが、決まった相手はおりません。まだまだ自分のことで手一杯で、一家を支えることはとても。それに――」
 そこまで口にして、エヴァルドは一瞬言葉を濁す。
「――ああ、いえ。他にも理由があるかと思いましたが、それで全部でした」
 そう言って、はにかんで見せた。
 その寂しい笑顔に、ミアの胸はキュッと締め付けられる。
 あの時もそうだった。
 その笑顔に何か納得のできない自分がいて、なかば無理やりデートに連れ出したのだ。
「さっ、お腹も膨れたしたくさん遊ぶニャス!」
「お手柔らかにお願いします」
 笑顔は待つものではなく、見つけるものだとミアは知っている。

 ジェットコースター、コーヒーカップ、フリーフォール。
 定番どころは見つけた端から駆けていく。
 笑顔の絶叫で楽しむミアと、未知の速度感覚に目を見開くエヴァルド。
「い、生きた心地がしませんね……」
 やや青ざめた表情で彼がそう語ったのは4つ目のスプラッシュコースターに乗った後のこと。
「ニャハハ、だらしないニャア。まだまだ行くニャス! 次はあれ〜!」
 指差し引きずり込んだのは、大きな船型のシートが揺れるバイキング。
 船の揺れには慣れたもので、エヴァルドは元気を取り戻したように前後に流れる景色を見張る。
「なるほど、この手の遊具の楽しみ方が分かって来た気がします」
「揺れや恐怖に抗うんじゃなく、身を任せるニャスよ〜!」
 ミアが万歳をしてみせて、エヴァルドも見様見真似でベルトを握りしめていた手を放す。
 僅かばかりの不安や恐怖と引き換えに、身体が自由へと解き放たれるような感覚。
 うなじの辺りがチリチリするのは、きっと「楽しい」ということだ。
 バイキングから降りると、エヴァルドはやや高揚した様子で今まで自分が乗っていたマシンを見上げる。
 その様子を満足気に見つめてから、ミアは彼の肩をポンポンと叩いた。
 振り返ったエヴァルドに、彼女は通りの先を指さす。
「次は、違った意味での“恐怖”に挑戦してみようニャァ♪」
 屈託のない表情の先には、「ホラーハウス」と書かれたおんぼろの屋敷の姿があった。

 蜘蛛の巣の張った薄暗い木造住宅を、僅かな証明の光を頼りに進む。
 速くなる鼓動とは裏腹に、踏み出す歩幅は次第に小さくなっていく。
 やけに軋む蝶番の音と共に、恐る恐る開く古びた扉。
 開け放った瞬間に天井からしゃれこうべが降ってきて、2人は声を飲み込むようにして飛びのいた。
「ニャハハハ! びーっくりしたニャス!」
「とても驚いている表情には見えないのですが」
 小さなため息で呼吸を整えながら、エヴァルドは足元を転がった頭蓋骨を見下ろす。
「ううん、よくできてますね」
「作り物って分かってても、怖いものニャスよ!」
 ミアはしゃがみこんで、間近でそれを眺めてみた。
 よくよく見れば「塗り」が甘いのが良く分かる。
 こんな出来の小道具でも薄暗ければリアリティが増すのだから、感情による補正は相当に大きい。
「うん、やっぱり作り物――」
 振り返って、その先の言葉を飲み込む。
「あ、あれ……?」
 気づけば、エヴァルドの姿がそこになかった。
 骸骨観察をしているのに気づかないで、先に行ってしまった?
「おーい!」
 声を張るが、返事はない。
 どうしよう、このまま先を追いかけるか?
 もう一度辺りを見渡して、自分1人しかいないことを改めて実感する。
 ホラーハウス自体は大好きだし、怖い事は無い。
 だけど“独りぼっち”ということは、お化けよりも何よりも、彼女の心を強く締め付ける。
 じんわりと熱いものが喉から目頭に上って来たのを感じたとき、先へと進む扉が勢いよく開かれた。
「ああ、よかった……!」
 そこから現れたエヴァルドの顔を見て、登りかけた感情をぐっと飲み込む。
 だけど、飲み切れなかったほんのひと掬いの想いが、ポロリと目もとから零れ落ちていた。

 夕焼けに染まる園内を、2人で並んで歩く。
 どこか気を使ったように口数は少なく、靴の音だけがやけに大きく聞こえていた。
「最後の最後にドジっちゃったニャア」
 苦笑するミアに、エヴァルドは静かに首を振る。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。あなたを傷つけてしまった」
 先ほど零れた涙の事を言っているのだろう。
 別に、そういう意味で出てきたものではなかったのに。
 だけど、その想いを正確に表現できる言葉もミアの頭の中には思い浮かばない。
「たぶん……安心したんだと思うニャス」
「安心?」
 不意に覗き込まれるようにエヴァルドの顔が近づいて、ミアはドキリと肩を震わせた。
「ど、どうしたニャスか?」
「――確かに」
 エヴァルドはゆっくりと離れると、納得したように夕日を見上げる。
「きっと、私も同じ気持ちだったのだと思いまして」
 そう言って、赤い空を背にもう一度彼女へと振り返る。
「あ――」
 ミアが思わず声を漏らしてしまったその表情は、これから先、決して忘れる事はないだろう。

 ――了。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka7035/ミア/女性/20歳/格闘士】
【kz0076/エヴァルド・ブラマンデ/男性/28歳/一般人】
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ファナティックブラッド
2018年09月05日

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