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『女神追求 』
スノーフィア・スターフィルド8909

 羽毛布団――ゲーム設定上は現世に存在しない鳥の羽なので、多分羽毛の入れなおしはできない――から身を起こしたスノーフィア・スターフィルドは、後頭部へはしる肩コリ感に首を傾げ、かるく頭を振ってみた。
 ああ、やっぱり頭痛です!
 昨夜、冷蔵庫的なものに補充されるおしゃれ食材を使ってのアヒージョがすごくうまくできたので飲み過ぎたのだ。昂ぶる余り酎ハイじゃなく、サングリアを飲んでしまったのも悪かったのかも。
「……最近、いつもいつも飲んでません?」
 スノーフィアは愕然と独り言ちる。
 実は最近、加速的に独り言も増えているわけだがともあれ、そうなのだ。
 娯楽に恵まれない半引きこもり生活。楽しみはもう、酒とそれに合う肴の製作しかなくて。気がつけばもう、飲酒は趣味を越えた生活の一部に……
 そういえば言霊って自分には効かないんでしょうか?
 独り言を意識的に避けて胸中でつぶやいて、スノーフィアはベッドから這い降りた。今日、答を出すつもりはない。どうせならもっとこう、本気で無気力になってしまってから試したいので。
 バスルームへ向かう途中、お腹まわりなどつまんでみるが、今のところ不自然なぷに感はなかった。このあたりはさすがゲームキャラといったところだろうか。
「でも、これじゃいけませんよね……」
 生前の“私”はスノーフィアならず、彼女と共に旅をする勇者だった。
 もちろんそれはゲームの中でのことなのだが、シリーズを通してずっと隠しキャラだった彼女をその都度執拗に探し出し、能力値がカンストするまで鍛え抜いて――うん、それだけだと単なるやばいストーカーですねって感じなのだが、とにかく。第一のファンとして彼女を追いかけてきたわけだ。
 今、スノーフィアになった私は果たして、あの“スノー(略称/愛称)”を体現できているんでしょうか?
「できてませんね。それはもう、どうにもならないくらい」

 熱いシャワーで和らげた頭痛をトドメのあさり汁で吹っ飛ばし、スノーフィアはリビングの真ん中で正座した。
 まず現状を整理してみよう。
「今の私は無職ですよね」
 一応は女神なわけだが、特になにもしていない。一回だけ冒険には出かけたけれども、あれは女神でなくてもできることだし。
 そういえば言霊を使ってなにかしたこともないような……いや、言霊については使わないほうがいいだろう。ゲーム内であれば使い道が限定されるから問題ないとしても、リアルに使えば世界のなにかをねじ曲げることになる。迷惑どころじゃすまされない。
「使うのはよほどのときにしておきましょう」
 たとえばスノーフィアの存在が害されようとしたときとか。
「主な食材は自動的に補充されますし、足りないものは謎カードで仕入れられますから、無職でも食は大丈夫ですね」
 幾度となく登場している冷蔵庫のようなものには、ゲーム内に登場した食材やそれを仕上げるための調味料、飲料が自動的に補充される。基本的には洋風のおしゃれ食材ばかりなのだが、スノーフィアを彩るエピソードのひとつに「かぼちゃの煮つけ」があるおかげで、醤油や味醂があるのは地味に助かっていたり。
 と、それはさておき。
 次にゲームで語られたスノーフィアという存在の有り様について。
「そんなの、パーフェクト乙女以外の何者でもありませんよ?」
 控えめな性格ながら芯は強く、一途。剣も魔法も十全に使いこなすばかりか言霊という超常の力までもを備え、料理が得意で、でもお酒にはちょっと弱いかわいらしさもあったりして。
「……なにひとつ当てはまってませんね?」
 己に問うてみるまでもなかった。
 いえいえ、待ってください。意外に共通点あるかもしれないじゃないですか。分解です。分解してみましょう。
 コミュ障だから、控えめとは言えなくもない。ただ、芯が強くないから転生しているわけで、これはだめ。スノーフィア以外のヒロインを全攻略しているので一途でもない。
 剣と魔法は結構ちゃんと使えているはずだが、結局は“私”の力じゃないし、これは料理も同じこと。言霊に至ってはは平穏を保つため、使ってすらいない。
 そしてなにより酒だ。かなり深刻に飲んじゃってる。最近ついに甲類の焼酎までも。
「今のところ、控えめだけはクリアですね!」
 両手を挙げてみたのは万歳ならず、お手上げのサイン。こういうところで万歳とか考えているあたりに前世の年齢が滲みだしているわけだが、引きこもりには比較対象がないのでスノーフィア本人は思いつきもしなかった……。
 しかし、うーん。お手上げ、ですか。
 スノーフィアになった“私”は過去を捨て、私としてスノーフィアを全うしようと決めていた。しかし実際はこの体たらく。働いていないだけにむしろ、前世の“私”より自堕落な有様だ。
 スノーフィアのファンとして、これではいけないと思う。
 もっとちゃんとスノーフィアらしく生きなくては。
「これからは生活を整えて……まずは掃除しましょうか」

 かくてスノーフィアは布団を天日干し、床に掃除機的なものをかけ、水拭きして汚れを落とし、乾拭きして水気をぬぐった後、ワックスをかけられるところにかけた。ちなみにワックスは古代から存在するものなので、成分はともあれちゃんと“スノーフィアの私室”にも完備されている。
 さて、ワックスが乾くまでに、ちゃんとした食事の準備もしておかなければ。
「せっかくですから、カルボナーラなんていいですね」
 野菜をたっぷり加えたカルボナーラは、スノーフィアが冒険の中で“私”に振る舞ってくれた思い出の料理でもある。
 強力粉をボウルに入れ、卵、オリーブオイル、塩を加えて木べらで切り混ぜた。うまくまとまったところで打ち粉をした作業台へ生地をあけ、こねる、こねる、こねる。
 こね終えたら15分ほど寝かせに入るので、その間に具材の準備だ。
 冷蔵庫的なものからグアンチャーレ(豚の頬肉の塩漬け)を取り出し、ざっくり刻んでフライパンへ。脂が染み出してきたところで薄切りにした玉葱を入れて炒めつつ、寝かせた生地を程よく切り分けて沸かしておいた湯の中へダイブさせる。
 玉葱が飴色に彩づいたら人参、茄子、ブロッコリーを随時投入。ペコリーノチーズ(羊乳のチーズ)と卵で仕上げ、ゆであがったパスタと混ぜ合わせて完成だ。
 本場の人が見たら怒り出すかもしれないが、この野菜たっぷりのカルボナーラは“私”の冷えた体に次なる戦いへと踏み出す熱をくれたものだ。
「あのときの味がします! って、ゲーム内のことなので実際は食べてないんですけど」
 濃厚なチーズと塩漬け肉の味わいがたまらない。ただ、濃いめの味なだけに連続で食べると味がぼやけてしまう。次のひと口へ行く前に舌をリセットしておかなくては。
「となると……さっぱりした炭酸ですよね」
 冷蔵庫的なものを開けたスノーフィアは炭酸水――の横に差してあったビールの大瓶を引き抜き、小さめのグラスへ注いできゅーっ、ぷはー。
「――流れるように飲んでしまいました!?」
 愕然としながらカルボナーラぱくー、ビールきゅー。
 やっぱり私、スノーにはなれませんね。
 たとえこの身はスノーフィアなれど、心はどうしようもないほど“私”のままで。結局は“私”のままスノーフィアをやっていくしかないらしい。
「とにかく悩むのは食べて飲んでから……いえ、干したお布団でお昼寝した後で……」
 というわけで。欲望に流されるまま、スノーフィアは今日を無為に消費していくのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年09月13日

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