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『ささいな顛末 』
剱・獅子吼8915)&空月・王魔(8916)

「さて。後は任せたよ」
 自分のデスクの上だけさらりと整理し終えた剱・獅子吼は、さもひと仕事終えたような顔を空月・王魔へ向けた。
「後もなにもないだろうが」
 一方、王魔は眉根をしかめて同居人であり、雇い主でもある獅子吼をにらみつける。
 ようするに獅子吼の言い分は「机の上には触るな。あとは全部綺麗にしておいてくれ」であり、この家には獅子吼と王魔しかいないわけなので、当然王魔にすべてが丸投げにされることになるのだ。
「後は後だよ。私は邪魔にならないよう、喫茶店で時間を潰してくるから」
 薄笑みの余韻を残して去って行こうとする獅子吼。
 王魔は見事なフットワークでその背へ迫り、金のライオンヘアの先をつまんで引き留めた。
「……髪が傷んでは印象が悪くなるだろう? 一応客商売なのに」
 やれやれと振り向く獅子吼へ、王魔は仏頂面を突きつけて。
「せめて昨日までに出たゴミは捨ててこい。今日は可燃ゴミの収集日だ」
 なるほど。右腕一本で十全にこなせる仕事を用意してくれているわけだ。
「キミの内なる優しさに感謝を」
 王魔の手から恭しくゴミ袋を受け取って、獅子吼はその身を翻した。
「感謝するよりもひたすらに行動しろ」
 まあ、王魔の返事はぞんざいなものだったのだが、なにを気にすることもなく飄々と歩き出す。

 王魔は紛争地の出身だけあって、ゴミをあまり出さない。料理では食材の使える箇所をとことん利用し、布や紙も無駄に使い捨てるようなことはしない。おかげでゴミ袋も実にコンパクトなものだ。
 まあ、もう少し無駄を楽しんでくれてもかまわないんだけどね。王魔には少しばかり余裕が足りていないから。
 と。収集所へゴミ袋を放り投げ、通り過ぎようとした獅子吼の足が止まる。
「……女の投げたゴミを拾うのは性癖? それとも仕事かな?」
 彼女と同じようにゴミ捨てへ来ていた――という様を装っていた男女数名がびくり、肩を震わせた。
「ちなみにだけど、そのゴミの中にマスコミ諸氏が欲しいんだろう私の生活を語るものはないよ。家の家事手伝いは個人情報の取り扱いに厳しいものでね」
 肩をすくめてみせる獅子吼のまわりに、正体の知れたマスコミ人が詰め寄せる。
 彼ら曰く――
「財産の相続を放棄されているとのことですが、でしたら今の生活を保つ資金はどこから出ているんですか?」
「かなりいいものを食べてると聞きましたけど、その購入は隠し金ですか?」
「現状に不満はないですか? 剱家へ言いたいこと、ありますよね?」
「財産を震災に遭われた方々へ寄付しなかったこと、悔やんでいませんか?」
「女性ふたり暮らしですよね? やはり剱さんはそのような傾向の方ですか?」
「黙っててもわかりませんよ。なにかコメントを!」
 過去は不変であり、置いてくることはできても無に帰すことはできない。
 たかが素封家の末裔、それを捨ててきただけの隠遁者に、これだけ下賤な興味を振りかざして迫り来る者たちがいる。そんなネタに群がるよりないほどこの日本は平和なのか、それとも隠しておきたいことが多いのか知らないが、なんとも浅ましいことだ。
 獅子吼は苦笑し、右手を挙げて人々を制した。
「いちいち答えるのも面倒だし、そういうことは家事手伝いに訊いてもらえるかな」
「誰が家事手伝いだ。私がそれを引き受けた覚えはない」
 低い声音が獅子吼の背を小突く。
 声の主は当然、王魔である。もちろん虫の知らせを受けて駆けつけたわけでない。獅子吼の動きをそれとなく追ってきたがゆえのことだ。
「……見張っているくらいなら、ゴミ捨てもキミがしてくれたらいいだろうに」
「家事は家事、護衛は護衛だ」
 獅子吼の発言をばっさり斬り捨てておいて、王魔はすがめた碧眼を人々へ向ける。
「ここからは私が話を引き取ろうか。では最初にこちらから問う。おまえらに自分が犯した罪と向き合う覚悟はあるんだろうな?」
 覚悟? 人々が眉をひそめた。
 知る権利というものは大概に優先されるものであり、こちらが求める真実を包み隠すことこそ罪だろう。だからこそ事件現場だろうと被災地だろうとマスコミが最優先されるべきだし、取材対象はこちらの望みどおりにさえずるべきなのだ。
 下卑た笑みを返すマスコミ人に対し、王魔は腰の後ろへ手をやってみせた。
「おまえらに罪の意識がないことは再確認した。なら、私の罪はどうだ?」
 そのままの姿勢で、王魔は言葉を重ねる。
「嗅ぎつけているかもしれないが、私は23になっている。つまりはこの日本において、多重国籍が認められない年齢にあるということだ。私が日本国籍を選んでいないとすれば、私の犯した罪はいったいどの国が裁くことになる?」
 王魔が紛争地の出身であり、戦場を渡ってきた兵士であることは、剱を追うマスコミ人なら当然知っている。
 仮に自分たちが殺されたとして、王魔がそちらへ送還されることとなれば……おそらくは政府軍の一員となる条件で罪は赦されるだろう。
「残していく者にしかるべき手紙を書いてくるんだな。それも不要というなら、今ここでおまえらが穢した雇い主の誇りについて清算をしてもらう」
 気圧された人々が後じさる。王魔の殺気は、他人に対してはたまらないほどに鈍感なマスコミ人を震わせる強さと、そしてリアリティがあったから。

 蜘蛛の子を散らす勢いでがらりと空いた道のただ中、王魔がようやく獅子吼へ目を向けた。
「どうだ?」
 いつの間にかスマートフォンを構えていた獅子吼は録画を止め、苦笑う。
「名誉毀損とプライバシーの侵害は押しつけられるかな。専有物離脱横領罪は、残念ながら未遂に終わったけれど。それよりもキミだよ。あれは脅迫とみられてもおかしくない」
「脅迫の文言は控えたはずだが……そもそもおまえが面倒を押しつけてこなければいいだけのことだ」
 もっともな抗議を薄笑みで受け流し、獅子吼はスマホをポケットの内へ滑り込ませた。
「さて、最後のひとりにもお帰り願おうか。家の凶悪な家事手伝いの脅しに屈しない強敵のようだけど? それとも、気合の入った趣味人かな?」
「どっちかって言えば仕事ですかね。できれば趣味にしたいもんですが」
 収集所脇の電柱の影から悪びれずに顔を出したのは、くたびれたスーツを着込んだ太り肉の中年男だった。
 視線の運び、所作、そしてなによりもその身にまとうにおい……推察するまでもない。他人の人生の在処を嗅ぎ回り、その鼻先と前足で掘り起こすことを生業とする、質の悪いスクープ屋だ。
「しかしさすがですね。僕らが近所の人じゃないって即断できたのは。騙せるかなと思ったんですけどねぇ。あまり人と関わりを持たれてないみたいですし」
 さりげない話の体で言う男。しかしこれは過去ばかりでなく、獅子吼の今の生活を把握していることのアピールだ。
「それはもう、隠遁生活中なのでね。人どころか世事に関わることすら希さ」
 獅子吼の返事に、男の目が粘つく光を映す。
「隻腕の異国美女、それはもう目立ちそうなもんですけども。なんでしょうね、目立たないコツなんてあるんですかね? たとえば喫茶店で吸わない煙草を吸うのもその一環だったり? そういえばお引っ越しされる様子もないのに、不動産関係の社長さんともお会いになってませんでしたっけか」
 ふむ。獅子吼はあらためて男の様を見やった。
 素封の末裔たる獅子吼の過去を探ろうという者は、先ほど逃げ散ったマスコミ人を始め一定数存在するのだが、この男はどうやらちがう。
 彼が嗅ぎに来ているのはそう、過去ならぬ現在の獅子吼――しかも怪異退治を請け負う仕事人としての彼女か。
 手持ちのカードを晒す以上は、それなりの確信か証拠があるのかな。
 そんなことを考える獅子吼の横を、王魔がすり抜けた。
 なにも挟み込んでいない腰から手を抜いて、垂らす。彼女の一の得物たる弓は、獅子吼の剣同様にこの世界ならざる場所から顕現する。しかし、目の前の男相手に得物は不必要だ。この両手があれば、憂いを残さずに終えられる。
「少し待ってくれるかな。彼の目的をまだ聞いていないしね」
 と、獅子吼が王魔を制し。
「で、キミの目的は?」
 今度は男に水を向ける。
「いやぁ、普通に教えていただきたいだけですよ。剱のご息女の今このときってのをね」
「そんなものが金になると思う? まあ、金のためだけでもないみたいだけど」
 大げさに首を傾げてみせる男。
 獅子吼は彼の首元をゆっくり指差し――
「ネクタイで衿元を固めているだけでは不安なんだろう? どうやら体にずいぶんと大きな彫り物を入れているようだからね」
 男の顔から表情が抜け落ちた。
 情報として、獅子吼が人の顔や体に現われるささいな動きを読むことは知っていた。だからといって、無意識にかばう様までもを見抜いてくるとは思わなかったが……
「企業舎弟と言っていいのかわからんが、おまえがまっとうな会社人でないことはもう知れている。まわりの連中に言っておけ。少なくとも3年はトレーナーについて、潜伏を学んでこいとな」
 王魔がおもしろくもなさげに言葉を添えた。
 ああ、こちらの女は周囲の気配に対して異様に敏感なんだったか。こちらもそれなりの面子をそろえて来たはずなのに、あっさり嗅ぎ取りやがった。
「……今、あちこちから撮ってますんでね。なにかあったら、さすがに困るんじゃありませんか?」
 裏稼業だと悟られているなら、これくらいは言ってしまっていいだろう。たとえこの女たちが自分を速やかに排除できるだけの力を持っていても、ネットを通じて惨劇が拡散される速度には追いつけないのだから。
「困るのはそのときになってからでも遅くはないさ。とはいえ今現在、私たちはなにもしていないんだから困りようもない」
 獅子吼は右腕を拡げて語り、男へ笑みかけた。
「いろいろと考慮して企業と呼んでおこうか。キミの働いている企業は私の現在を暴いてなにかしらの牽制に使いたいんだろうけど、意味はないよ。私はやりたいことをやりたいようにやるだけだしね。他のことまでやってやる気はない」
「自分でやらないことを丸投げする奴のセリフじゃないがな」
 すかさず王魔のツッコミが入る。
 しかし、男にとってそんなことはもうどうでもよかった。
 この女、本気で“やらない”気だ。
 これだけあからさまに嗅ぎ回られ、揺さぶられてなお、なにもしない。その上でこの女は装うこともごまかすこともせず、ただただ自分を貫き通すと宣言してみせたのだ。
 馬鹿かよ! いや、馬鹿ってのはちがう。肚を据えてやがるんだ。って、邪魔なもんほったらかす覚悟ってなんだよ? わけわかんねぇ――
「私をあいつと同じだと思うなよ。一応、あいつを守るのが私の仕事だからな」
 先に行かせた獅子吼の背を塞いで立ち、王魔がささやいた。
 隻眼の女のことは、獅子吼よりはわかる。こちらはむしろ男と同じ側の人間だ。
「区別も差別もしない。飛び込んでくるものはなんであれ、同じように処理する。それだけのことだ」
 翻した背には一分の隙もありはせず……男は噛み締めた。同じ側だからといって、同じ域ではありえない。
「……だからって、泣いて帰るわけにゃいきませんがね」


 信憑性がないことで有名な週刊誌。その隅をぼやりと飾る自らのライオンヘアの形に、いつもの喫茶店のいつもの席に背を預けた獅子吼はこうコメントした。
「ピントをわざとすらしているのは肖像権対策かな?」
 なにがなんでも話題にしたい男と“企業”の執念により、いくらかの人間……もしかすれば今後の活動の邪魔になるかもしれない誰かが獅子吼へ興味を持っただろう。
「どうするつもりだ? まわりには未練がましいマスコミもいくらか残っていた。曲解されて拡げられるかもしれないぞ」
 向かいに座し、うまくもないアイスコーヒーを飲み下した王魔が問うた。言外に、落とし前をつけに回るかとの言葉を含めて。
「この左腕が届かない先にまで出かけていくつもりはないさ」
 興味を失った顔で週刊誌を放り出し、獅子吼はドライシガーに火を点ける。
 王魔は泰然と構える獅子吼の様にため息をつき、視線を外した。
 こちらが心配したところでしかたない。なにせこいつはそういう奴なのだから。どうにもならなくなればフォローに回らなければならないだろうが、今は確かにそのときでもあるまい。
「――今日の夕食は?」
 唐突な獅子吼の問い。
「冷蔵庫にはパクチーしかない」
 王魔は低く答える。
「まあ、それはそれで悪くないね」
 本気でうなずく獅子吼に、王魔はもう一度ため息をついてみせた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【剱・獅子吼(8915) / 女性 / 23歳 / 隠遁者】
【空月・王魔(8916) / 女性 / 23歳 / ボディーガード(兼家事手伝い)】
  
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2018年09月14日

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