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『山の女神』
穿鬼ka6544


 ずん、ずん、ずしん……と、地面が揺れる。村が揺れる。家が揺れる。
 私は眠れなかった。
 同じく眠れずにいる子供たちと、部屋の隅で身を寄せ合っている。幼い息子と娘が、怯え、すり寄って来る。
 妻は、布団の中で何事もなく熟睡している。この歳になると、女の方が図太い。
 息子が、私の腕の中で泣き声を漏らす。
「お父ちゃん、恐いよう……」
 男のくせに泣くな、と息子を叱りつける事が、私は出来なかった。私も恐いからだ。
 地震ならば、家の外に逃げるべきなのかも知れない。
 だが、これは地震ではない。足音なのだ。
 恐ろしいものが、夜の山野を闊歩している。とても外になど出られない。
「かみさま……」
 娘が、呟いた。
「やまの、かみさまが……あるいてる……おとうちゃん、こわくないよ」
「神様なものか……!」
 私は、娘の頭を撫でた。
 村の近くの山に、神が棲んでいる。そんな噂は確かにある。
 数日前も、この足音が村を揺るがした。
 その翌日。山のふもとで、大勢の兵士が死んでいた。食いちぎられていた。
 領主の軍勢だった。
 山の神と呼ばれる怪物を討伐すべく、領主自らが軍を率いたのだ。
 ヴォイドに統治された方が遥かにまし、としか言いようのない領主であった。
 横暴で、税はたんまり取り立てるくせに、為政者としての仕事は何1つしない。最近は猪による獣害が深刻で、畑が荒らされ放題なのだが、対策を立てようともしない。
 山の神に救いを求め、祈願を行う領民もいた。
 当然、領主としては面白くない。だから領民のための魔物退治と称して軍を動かし、山の神を狩り殺そうとして、見事に反撃を喰らったのだ。
 領主の屍は、山の中に放置されていた。死体と言うより、残骸だった。
 屍の回収には、私も駆り出された。
 領主が死んだので、村人たちは大喜びである。皆、ますます山の神を有り難がっていたものだ。
 私はしかし、兵士らの死に様を見て思った。
 神などではない。魔物……あるいは鬼の仕業であると。


 買い物をするのに、少し遠出をした。鬼の里を出て、とある行商人と接触しなければならなかった。
 おかげで、帰って来るのに夜を徹する羽目になった。
 疲れた。そして腹が減った。眠れない。
「ふーっ、ふーっ……畜生がぁ……」
 穿鬼は、寝台の上で巨体を起こした。
 あれだけ過酷な歩行運動をこなしても、体重が落ちてくれない。
 武芸の鍛錬も欠かしていない。里の力仕事は、率先して引き受けている。
 筋肉はつく。だがそれ以上に脂肪が増加し、特に腹は膨らむ一方で、初対面の相手にはよく妊婦と間違えられる。
 この巨大な腹に詰まっているものは、主に脂肪だ。穿鬼の大腹は全て胃袋、などと陰口を叩く者もいる。
 元々は、鬼族随一の女勇者として、武勇のみならず美貌も讃えられていたものだ。
 とある鬼と、戦う事になった。その鬼に、不覚にも一服盛られた。
 毒が、おかしな具合に作用した結果、こんな身体になってしまったのである。ちなみにその鬼は即、穿鬼の胃袋に収まった。
 鬼は、はっきり言って、あまり美味くない。
「もっと、美味いもの……食いてえ……食わせろぉおおおお!」
 吼えながら穿鬼は、特別ごしらえの寝台から転げ落ちて地響きを立てた。


 猪の牙が、穿鬼の腹に突き刺さった。
 巨大な腹部が、微量の鮮血をしぶかせながら、猪の巨体を跳ね返した。
 この大量の皮下脂肪は、強靭な腹筋を内包する『肉の鎧』でもある。かすり傷は負っても、獣の牙ごときが臓物に届く事はない。
 たっぷりと分厚い脂肪の奥で、猛々しい筋肉が躍動する。
 よろめいた猪の身体に、穿鬼の太い腕が巻き付いた。
 脂肪と筋肉で膨れ上がった剛腕が、猪の全身の骨を捻り折ってゆく。
 息絶えた猪を、穿鬼は大木に吊るし、山刀を振るって解体した。
 猪など生でも喰えるが、今日は少し美味いものが食べたい。だから手間をかけてみる事にした。解体・血抜きも含めて、料理は一通りこなせる。
 ただ心臓だけは、まだドクドクと震えているものを生で食らった。
「う……ンめぇええええ! こないだ食ったアレたぁ大違いだぜ!」
 鬼の里を取り囲む、山の中である。山を越えると、人間たちの村やら町やらがある。
 数日前。この山中で穿鬼が薪集めをしていると、大勢の人間がやって来て自分を殺そうとした。
 だから皆殺しにして、ついでに食べてみた。不味かった。とても完食してやる気になれず、山中に放置した。
 鬼族の中には、人間の肉を好んで食う輩もいる。穿鬼には信じられなかった。味覚が壊れている、としか思えない。
「アレなら、まだヴォイドの方がマシだっての」
 穿鬼は火を起こし、猪の臓物を煮込み、肉を焼き、全てを食った。
 肉は、やはり獣肉が一番である。血抜きをするとしないとでは、やはり違いが出てくるものだ。
 抜いた血は、いくらか作った挽肉と一緒に腸に詰めた。それを煙で燻しながら、食休みをしているところである。
「ふぅー……食った、食ったぁ……苦しいぜ……」
 満腹で苦しいのも、少しの間である。
 血入り腸詰めの、独特の匂いをたっぷり含んだ煙が、漂って来る。
 それを嗅いだだけで穿鬼は、腹の虫を抑える事が出来なくなった。
「畜生、また腹が減った! けど腹が重てえ、動けねえぞ! ごらぁあああああああ!」
 山中に咆哮を轟かせながら、穿鬼は太い手足をジタバタと暴れさせた。巨大な腹が、激しく揺れる。
 散乱する猪の骨が、ばらばらと散る。地面も、揺れていた。


 山が揺れている、ようである。神様の咆哮も聞こえる。
 妻が、子供たちが、猪に荒らされる事のなかった作物をせっせと収穫している。
 横暴な領主がいなくなった、だけでなく獣害も止んだ。猪が、現れなくなったのだ。
 山に向かって、私は両手を合わせた。
 魔物かも知れない。鬼かも知れない。
 あの山には、しかしやはり神様がいらっしゃるのだ。


登場人物一覧
【ka6544/穿鬼/女/25歳/格闘士(マスターアームズ)】
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
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2018年09月18日

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