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『あけびの尋常 』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194

「仙寿様……?」
 うずうずと、しかし邪魔をせぬよう気遣いながら顔をのぞかせた不知火あけびを、日暮あらため不知火仙寿之介は振り向かずに“気”だけで制する。
 息を詰め、茶杓にほんのわずか盛った白い粉を天秤の皿に運んで――微妙に傾いでいた天秤が、じわりと動いて釣り合った。
 仙寿之介はその中腰を保ったままゆるりと後ろへ下がり、ようようと腰を伸ばして静かに残心。
「仙寿様、終わった?」
 台所へ入ってこようとしたあけびを今一度の気で制した仙寿之介は、天秤に息をかけぬよう体を巡らせ、かぶりを振った。
「和三盆は計り終えた。次は練った餡を計り、水を計り、糸寒天を計らねばならん」
 一時間近くもかけ、粒の細かな和三盆糖を計り終えた仙寿之介だったが、その闘いはまだまだ続く。


「姫叔父のせいだからー!」
 不知火藤忠とその妻である不知火凜月が暮らす部屋へ駆け込むなり、あけびはこちらを見た藤忠の鼻先で手を打ち鳴らして“虚”を作り、その虚が晴れるよりも速く彼の背後へ回り込んだ。
 流れるように藤忠の左腕に脚を絡めて半身の自由を奪い、首にかけた右腕を引いて後ろに引き倒しつつ、左手で右腕を絞り上げて獲物の頸動脈を絞めあげる。
「――!」
 後ろに傾いた状態では、体を動かすことは不可能。さらには喉を挟まれたことで声まで封じられていて……藤忠は必死でタップした。

「まったく覚えはないが、たまの休みを妻と静かに過ごす俺の幸せ、おまえに断たれるようなことがあったか?」
 凜月が運んできてくれたコーヒーをひとすすり、両眼を見開いた藤忠は妻をとなりに呼び寄せて。
「今俺が飲んだのはなんだ? いや、コーヒーだということはわかっている。しかし疑ってもいる。香りが高すぎる。コクが深すぎる。なによりうますぎる。素直に信じられるはずがないだろう? 凜月が淹れた……ただそれだけでコーヒーがコーヒーを超えるなんて」
「藤忠、それはさすがに言い過ぎよ」
 猛烈な勢いでいい感じになっていくふたりの向こう側、あけびは苦笑を含めた息をついた。姫叔父たち、ほんとにうまく行ってるんだなぁ。
「――と、あけびのことを忘れていた。押し込んできた理由はなんだ?」

「仙寿が菓子づくりに没頭して、相手をしてくれないってことか」
 説明の合間に説明よりも多量詰め込まれた女心を聞かされた藤忠は、この数十分を七秒ほどにまとめてみた。
「う。まあ、そういうことなんだけど……なんか納得いかない」
 心情を完全撤去されたがゆえなわけだが、さすがにそれを押し出すわけにもいかず、あけびは口ごもる。
「菓子作りを勧めたのは確かに俺だが、予想以上だったようだな。で、仙寿はなにを作っている?」
「練り羊羹」
「苺大福じゃないのか」
 仙寿之介はいたく気に入っていたようだし、作るなら当然それかと思っていたのだが。
「お爺様のところに持ってくんだって。……でも、正直勝ちの目が見えないんだよね」
 練習相手を務めているのは藤忠もだからそれはわかる。
 仙寿之介が使う剣は柔の剣だ。相手の剣に合わせて変幻自在に型を変え、やわらかく受け止めていなし、斬る――攻めならぬ守りの剣なのだ。
 しかしそれは、相手の技量を大きく上回っていればこそ成り立つもの。忍将棋において圧倒的弱者の仙寿之介に、当主の攻めをしのげるはずはなかった。
「そろそろ頭を忍寄りに切り替えてくれてもいいとは思うんだが」
 友の矜持を知る藤忠ではあるが、仙寿之介は当主に自らの存在を認めさせるためにこそ慣れぬ遊戯に打ち込んでいる。矜持は一時しまい込み、勝つことにこだわってほしいと思わなくもない。
 と。
「仙寿様は剣士だから。それを濁らせるようなことはしてほしくない」
 あけびがきっぱりと言い切った。
 仙寿之介が当主に認められることでもっとも恩恵を受けるのは彼女だ。当主のお墨付きを婿が得てくれれば、不知火の男系の血を絶やすことに否定的な一族の者を抑えられる。
 しかしそのメリットを、あけびはあっさり切り捨てた。愛する男に有り様を貫かせるがため。
「……まだ父にもなっていないはずなのに、娘の思わぬ成長に涙しそうだ」
 藤忠は幼いあけびの面影を遠い目で追い、その歩の速さに見失って、苦笑した。
 そしてゆっくりと目線を眼前にあるあけびへ戻し。
「おまえたちの子どもなら、どちらの血を色濃く引いてもすばしこくなるだろうな。鳳仙花の種のように、触ると弾けて飛び回る天然やんちゃ小僧……女子でも同じことか」
 続けて藤忠は妻を見やり、その髪を梳いた。
「俺と凜月の娘は美しくなるぞ。例えるなら深山に彩づく楓のような――いやだめだ、嫁にはやらん! それはまだ早すぎる! 押し通すなら俺の陰陽を破ってみろ!」
「早すぎるのはあなたでしょう。せめて娘が生まれてから言って?」
 眉間に凜月の手刀を打ち込まれ、やっと我に返る藤忠だった。


 子どものことはさておき。
 あけび的にはそろそろ祖父と仙寿之介の対決に決着をつけてほしいところではある。
 祝言の都合ではなく、他ならぬ仙寿之介を先へ歩ませるために。
「婿殿との勝負に負けてくれと頼みに来たか? 大事な孫の頼みとあらばもちろん受けるぞ」
 住まいを訪れたあけびが切り出すよりも早く、当主は告げた。
「婿殿には驚くほど才がない。とはいえ、こちらのなけなしの寿命が尽きるまで粘られても面倒だからの」
 茶菓子を携え、話し相手をしてくれるのはありがたいことだが。つけ加えて口の端を上げた。週に二度、三度と通い詰める仙寿之介は、彼にとって意外なほどいい茶飲み友だちとなっているようだ。
 しかし。あけびは息を吸って止め、そしてかぶりを振った。
「勝負は尋常に。ただひとつだけお願いがあるの」
「尋常の勝負に願いとは、はてさてはてさて」
「一手だけ、私が好きに打ってもいい?」
 ほう。当主は眉根を上げる。おぼつかぬ夫に助太刀しようというわけだ。ただしそれは一刀のみ。願いとしては実にささいなものではある。
「頼みは受けると言うただろうがよ。好きに打て」
「ありがとう。そうさせてもらうね」
 頭を下げたあけびの表情を見たものは、畳の一面ばかりであった。


「仙寿様、入って大丈夫?」
 台所の外から声をかければ、篭もりきりの仙寿之介から「ああ」、短い応えが返る。
「お邪魔しますー」
 そっと内へ入ったあけび。その鼻にまろやかな甘みが舞い込んだ。
「甘い匂い……でも、これって餡子だけのにおいじゃないよね?」
「さあな。とにかくこれが冷えたら御当主の元へ向かう」
 仙寿之介が指した流し缶には、固まりゆく艶やかな練り羊羹が詰まっていた。
「ツヤツヤだね」
「寒天をしっかりと漉して火にかけ、餡を加えて焦げつかぬよう練り続ける。……菓子というものは稽古に通じるものがあるな。十全な体づくりを為して定められた剣筋を飽かずになぞること、正しい計量を為して定められたやりようを損なわずになぞること。少々業腹だが、確かに俺は蕾と同じ性であるらしい」
「そっか」
 あけびは餡のにおいが移った仙寿之介の背に背を預け、笑んだ。
 仙寿之介のため菓子作りにも励んできたあけびである。もしかすればお役御免? などとも思ってしまうのだが……同時にうれしくも感じるのだ。仙寿之介が己ですら思いもよらぬ己を見いだし、それを認めてくれたことが。
「こんなこと言うと怒るかもだけど、アディーエも変わっていくんだよね」
「感心することでもあるまい」
 仙寿之介は薄笑み、あけびを腕の中へと引き込んで。
「今おまえの傍らに在り、日暮の姓を不知火に改め、さらには食えぬご老体へかなわぬ勝負を挑み続けている。出逢ったばかりのころのおまえは、俺がそうなることを予想していたか?」
 そっか。そうだよね。みんな変わるんだ。もがいてあがいて、いろんなことを越えていく。
「――向こうの仙寿様は向こうの私と力合わせて戦うんだよね?」
「? ああ」
「お爺様の言質は取ったし、今度の勝負は私も一手だけ助太刀するからね」


「うまい」
 当主は仙寿之介の手による羊羹、その思わぬほどなめらかな口溶けに眉根を上げた。
「口触りはもちろんだが、甘みを控えておらぬがまたよい。やはり菓子は甘くなければの」
「お口に合いましたらば幸いです」
 仙寿之介は座したまま一礼し、言葉を継いだ。
「しかしながら、お楽しみいただくはこの一局の後に」
 忍将棋用の盤を指す。
「よかろう。いざ参られよ、婿殿」
 そしてあけびが盤の横に座す間に、ふたりは自陣へ駒を並べ始めた。

 軍人将棋をベースにした忍将棋は駒の数が多く、その動きも多彩だ。
 普通の将棋で言えば飛車に近い動きをする忍凧を押し出し、敵の手を受けながら他の駒で攻める。それが仙寿之介の常套なのだが――当主は凧に強い火筒を巧みに配し、その活動を封殺する。
 一手が重ねられるごとに当主の忍は仙寿之介の陣へ浸透し、着実に最奥の天守閣へ這い上っていった。
「さて、もうそろそろ婿殿の城が落ちるぞ? あけびは動かぬかよ?」
 手番は当主。この一手でおそらくは詰む。見逃しがあったとて、すでに仙寿之介の陣は守りの駒よりも当主が送り込んだ攻めの駒のほうが多い有様だ。どうとでも対応できよう。
「じゃ、動くよ」
 盤を凝視して考え込んでいた仙寿之介と、なかなか指さずに惑わせていた当主が共に顔を上げた。繰り言になるが、今は仙寿之介ならぬ当主の手番である。
「別に私、仙寿様の代わりに打つなんて言ってないし?」
 果たしてあけびは、当主の陣にある城主――将棋の王――の前を塞いでいた中忍を斜め前へ進ませた。中忍は前方に強い代わり、後方へ進むことができない。ちなみに上忍の駒がまわりのどこかにあればその縛りもなくなるのだが、当主の上忍は攻撃のまとめに仙寿之介陣へ攻め込んでいた。
 自らの城主に食らいつく仙寿之介の凧を恨めしげに見下ろし、当主は唇を尖らせた。
「尋常の勝負ではなかったかよ」
「忍の尋常は騙し手と搦め手でしょ。それにお爺様、子ども相手のときはよくこうしてあげてたじゃない」
 あけびに言われて首をすくめる当主。
「いやいや、せっかく仙寿之介殿が菓子づくりを憶えてくれたというに、これでは菓子を食らわせてもらう言い訳がなくなってしまう」
「よろしければこれより先も通わせていただきます。御当主と語るは、実におもしろくありますゆえ」
 あけびの騙し手を借りての勝利を受け、ケチをつけることもなく――別方向からのケチはついたが――自らを仙寿之介と呼ぶ。その潔さに感謝をしつつ、仙寿之介は意を決した。真に俺を認めてもらえるよう努めよう。まずはそう、いささか見込みのありそうな菓子で。


「すっきりしない終わりかたをすっきり収めるとは、我らが当主殿は懐が深いな――うまい。これは本気で向いているぞ、仙寿」
 仙寿之介がもうひと品こさえていた南瓜餡の羊羹を味わい、藤忠が感心する。
「もっと早く仙寿様に勝たせてあげてたら、私も賛成できたんだけどね――おいしい」
 こちらは羊羹の出来にのみ感心するあけびである。
「それだけ仙寿を気に入っているんだろう。あけびに取られたくない程度にはな」
 藤忠の言葉に仙寿之介はほろりと笑みをこぼし。
「俺もあの御仁は好ましく思っている。俺がたどり着くべき理想の姿ともな。お体を損なう前に、一手本気で手合わせを願いたいものだ」
「本気だとお爺様が死んじゃうからやめて。それに仙寿様がお爺様みたいになるのもちょっと……」
 呵々と笑って人をおちょくる美丈夫など、絵にもなるまい。あの自然体の有り様だけは別としてだ。
「あけび。俺はこれよりしばし旅に出る」
 唐突な仙寿之介の言葉に、あけびがびっくりと跳ねた。
「やっと結納とかも進められるようになったのに……! 仙寿様、どこ行くの!?」
「その結納のためだ。この国の北では少量ながらいい白金が出るそうだから、それを採りにな」
 祝言に白金って、指輪だよね。って、指輪の元を自分で採掘!? まさかそんな――ううん、仙寿様ってお菓子作り見ててもわかるくらい凝り性だもん。そのくらい、しちゃうよね……
「当主殿とはまたちがう意味で、我が友はなかなかな男だからな」
 したり顔の藤忠をひとにらみで黙らせて、あけびは仙寿之介に向きなおる。
「連絡はしてね」
「承知」

 かくてふた月の後、細かに刻み込まれた桜が美しくダイヤに映えるプラチナのエンゲージリングと共に戻った仙寿之介と、それを受け取るべきあけびとを主役に結納の儀が執り行われるのだが……それはまた別の小話。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【不知火あけび(jc1857) / 女性 / 20歳 / 明ける陽の花】
【不知火藤忠(jc2194) / 男性 / 26歳 / 藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ】
【不知火 凛月(jz0373) / 女性 / 19歳 / 兎ノ姫は藤ノ籠と瑠を繋ぐ】
【日暮仙寿之介(NPC) / 男性 / ?歳 / 天剣】
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2018年09月21日

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