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『アキの海 』
温羅 五十鈴aa5521)&沙治 栗花落aa5521hero001


「[海に行きましょう]」
 温羅 五十鈴(aa5521)が沙治 栗花落(aa5521hero001)に手話でそう切り出したのは、海のシーズンをとっくに過ぎた九月の或る日の事だった。
 今年は例年にない猛暑で……とは言っても今までの夏と比較しての事であり、来年も再来年もずっと猛暑の夏が来て、いつかこの暑さも当たり前になってしまうかもしれないけれど。だから、ちょっと天気のいい日を待ちさえすれば、泳ぐ事は出来なくても波に足を遊ばせるぐらいの事は出来るかも。ちょうどそんな時期だった。いくらなんでも泳ぐのは、海月がいるかもしれないので止めた方が良さそうだが。
 だが、その日は暑さは遠く、十分秋と言っていい程肌寒さを感じる日和で、そんな日の朝唐突に、五十鈴は海に行こうと言った。最近すっかりお馴染みになってしまった微笑みで。


 到着は夕方頃だった。休日であったのならばそれでも、もしかしたら家族連れやカップルがちらちらいたかもしれないが、平日の夕方の海には人っ子一人いなかった。
『転ぶなよ』
 栗花落の警告を受けながら五十鈴は浜辺へ歩いていった。それ以上は何も言わず、栗花落は五十鈴の後を淡々とついていく。
「[誰もいないね]」
 手話で栗花落に言った後、五十鈴はしゃがみもしないまま、砂浜に立ち、微笑みながら、夕方の海を眺めていた。日没まではやや遠く、水平線より少し間を開けた所に夕陽がある。しかしいずれ沈むだろう。気付いた時には水平線にくっついて、それからはあっという間に沈んで見えなくなるだろう。そうしたらあっけなく夜が来る。暗いだけの海になる。海に来た理由も、具体的な予定も一切述べず、五十鈴はただ黙ってオレンジの空を眺めていた。

 海へは、頑なに行こうとしていなかった。
 夏が来ても、暑くなっても、海のシーズンが終わる頃が近付いても、五十鈴は今日のこの日まで、海に行こうとはしなかった。
(一緒に行けたら良いね、って、言ったもの)
(「ご一緒出来たら嬉しいです」って、そう言ってくれたもの)
 けど、行かなきゃと。逆萩真人さん。「友達」と色違いの面を被り、今はステージと名乗っている彼を見て、そう思ったのだ。
 理由は分からないけど、行かなきゃ、と。

 栗花落は五十鈴の後ろに立ち、ただ黙って五十鈴の背中を見守っていた。
 海へ行く、と聞いて最初は怪訝そうに眉を顰めた。
 正直な所、もう暫くは海へと向かうことはないと思っていた。
 けれど五十鈴がそれを望むなら、栗花落に否を言う理由はない。
 ただついていくだけだ。
 いつも通りに。
 これまで通りに。

 五十鈴はただ黙って海を眺めていた。
 季節外れな為か泳ぐ気はないらしく、水着も持って来てはいない。もし持って来ていたとしても海月に刺される危険もあるし、昼ならともかく夕方ではさすがに水も冷たいだろう。
 ただ黙って海を眺めながら、「友達」と来ていたらどうなっていたかを頭の中だけに浮かべてみる。一緒に海に入っただろうか。泳いだ事もないと言っていたし、五十鈴も泳ぐのは苦手だから、まずは海に入らずに砂遊びでもしていただろうか。砂山作りとかお城作りとか、やりたいって言ってくれたかな。
 貝殻拾いもいいかもしれない。彼は愚神だったから、浴衣の着付け方さえ知らない友達だったから、砂遊びも、貝殻拾いも、興味津々で思いっきり楽しんでくれたかもしれない。
 その場合服はどうだっただろう。やはり黒い学ランだろうか。暑そうだけど、愚神だから関係ないのかな。それともやっぱり暑いのかな。だったら海に行く前に、お出かけ用の服を一緒に買いに行ってもいいかもしれない。そしてお昼は海の家で焼きそばやかき氷を食べたりして。それからまた遊んで、泳げないなら浮輪を買って海に入って。夕陽まで見納めて。それで一日が終わったら、来年もまた一緒に海に来ましょうって約束して。来年の夏も再来年の夏も、もしかしたら今年以上に暑くなるかもしれないけれど、それと反比例するように海に行くのが楽しみになる。

 そんな夏は、もう絶対に、訪れたりはしないけど。

 なかった「もしも」を想像して、五十鈴は一層笑みを深めた。心の底から楽しそうに。夕陽が沈む直前の海だけを黙って眺めて。
 栗花落は黙したまま五十鈴の後ろに立っていたが、出し抜けに五十鈴が振り返った。そして手を動かして、指の動きで話し掛ける。
「[つーくん、貝殻拾わない?]」


 海には色々な物が落ちている。貝殻や海藻はもちろんの事、朽ちかけた流木や、人に捨てられたゴミなどが紛れている場合もある。割れたガラス瓶が尖った先を向けている場合もある。十分な明かりのある昼間でも危ない時がある。日が落ちかけている今となっては尚更だ。
『手を切ったりしないよう気を付けろ』
 ぶっきらぼうにそれだけ言って、栗花落はスマホを取り出して五十鈴の手元を照らしてやった。五十鈴は微笑んだ後自分の手元に視線を落とす。浜辺には二人しかおらず、会話もなく、声を出して話そうにも五十鈴は声を失っており、波とたまに通る車だけが唯一聞こえる音だった。もっとも布で覆っている栗花落の耳にはそれらの音さえ届かないが。
 五十鈴はただ黙々と貝殻を集めていく。にこにこと笑って。ただ楽しそうに。海に来た理由も友の話も一切触れず、ただ楽しむように。振る舞っている。
 栗花落は五十鈴が「そう」振る舞っているのには気付いている。今日だけでなく、その前から、ずっと前から気付いている。
 その上でお前がそう振る舞うのなら、と何も触れない。
 あの時そう思ったように、彼奴が決めたならそれに付き合う。
 それが俺の役目だから。
『日が沈むぞ』
 ただ、その時ばかりはそう言った。積極的に自分から話し掛けるつもりはなかったが、その時ばかりはそう言った。
 五十鈴は顔を上げ、空を染めながら沈む夕陽に眩しそうに目を細めた。一緒に来てたら、一緒に見てたら、彼はなんと言ったかな。眩しいって言ったかな。綺麗ですねって言ったかな。想像してみる。けれどどんなに想像しても、その答えが分かる事はもうこの先絶対に、ない。
「[つーくんは、海は好き?]」
 指を動かして、五十鈴は栗花落に問い掛けた。栗花落は元の世界では海賊……正確には水軍の長をしていた。だから、海は好きだったり、懐かしかったりする。
 けれど今答えるならば。
『懐かしい』
 五十鈴は唇だけで「そっか」と言った。以前はわずかに出ていたが、今はその喉から声が出る事はない。心因性の為もしかすればいつか戻るかもしれないが、そんな未来、今は見えない。失っても良いからと、友達に向けて無理矢理に振り絞った代償だった。
『もう少しいるか』
「[うん]」
『寒くはないか』
「[大丈夫]」
 それ以降、栗花落は何も言わなかった。帰るまで何も言わなかった。五十鈴は日が落ちた後も、しばらく海を眺めていた。拾った貝殻を握り締め。一体どんな色なのか、分からない貝殻を握り締め。
 微笑みながら見ていた。楽しむように見ていた。そのにこにことした表情を、正面から見る者は誰もいなくても。


 君看双眼色、不語似無憂。
 君看よ双眼の色、語らざれば憂い無きに似たり。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【温羅 五十鈴(aa5521)/外見性別:女性/外見年齢:17/匣ヲ壊ス者】
【沙治 栗花落(aa5521hero001)/外見性別:男性/外見年齢:19/匣ヲ壊ス者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、雪虫です。この度はご指名下さり誠にありがとうございます。
 「君看双眼色、不語似無憂」について調べてみたのですが、上の方に別の句があるらしく様々な解釈があるようです。頂いた解釈と私なりの解釈を交え、ノベルを書かせて頂きました。
 長々と申し上げる事は出来ませんが、心より感謝と、そして謝罪を申し上げさせて頂きます。すいません。そしてありがとうございました。
 今後ともご縁があればよろしくお願い致します。
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2018年09月21日

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