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『祭の後 』
清水・コータ4778)&ラン・ファー(6224)




 夏も終わりに近付いて、朝夕ともなれば幾らかは過ごしやすい。少しだけ爽やかな風が吹き込む境内の木陰のベンチで一人、男女どちらともつかない容姿の人物は楽し気に小さな虹をかけていた。その手元には小さな笛のようなものがひとつ。安っぽいプラスチックと紙から成るそれは屋台でよく見かける、いわゆる吹き戻しと呼ばれる玩具だ。ただ、それに息を吹き入れ、ひょろりと音を鳴らすと、小さな虹がかかる。
 大変満足げにそれを見て、その人物はひとつ頷いた。

「いやーぁ、楽しかった」

 満足げなお言葉に、返ってきたのは幾らか呆れたような声だ。
「それは良かったね…無理だと分かってて一応言うんだけど片付け手伝おうとか思わない訳、ランちゃん様」
「無理だと分かっても挑戦するのは大事だぞコータ。その姿勢は素晴らしい。うん、勿論片付けも含めてお前に報酬支払ってるんだからな! 私はやらない!」
 にこにこと心底楽しそうに微笑んでその人物、ラン・ファーはもう一度上機嫌で吹き戻しに息を吹き込んだ。そこにまた虹がかかる。それを見遣り、コータと呼ばれた青年は「分かってたけどよー」と愚痴とも取れる独白を零しながら、小さな台に並べられた色とりどりの吹き戻しを、仕切りを付けた段ボールへ丁寧にしまっていく。
「これ、売れ残り貰っていいんだよな?」
 未だ上機嫌で吹き戻しの描く虹を眺めていたラン・ファーは、その言葉に少し眉を上げた。
 解体途中の屋台の、売り物台に並べられたものは全て吹き戻しだ。殆どは紙製で、たまにプラスチック。1つとて同じものが無いのは、この屋台の出資者である彼女の意向によるものである――だって同じもの並べたって面白くないだろう?
 それらをベンチにふんぞり返って座ったまま眺めやり、ラン・ファーはスポンサーとしての特権を振りかざすことにしたらしかった。つまり、
「一番高いのあっただろう。私が発注した奴だ。それ以外は持ち帰って構わないよ」
 その発言は予測済みだったのか、コータは肩を竦めて応じただけだった。仰せのままに、スポンサー様。
 コータのそんな所作は気にかけることもなく、当然の権利であるとばかりにラン・ファーは鷹揚に立ち上がった。おもむろに台に飾られた吹き戻しの中から、とりわけ繊細で、とりわけ鮮やかなひとつを取り上げる。
 思えば、と彼女は口元に笑みを浮かべながら回想する。

 ――とびっきり高級な吹き戻しが欲しいね、目玉商品に。

 そんな提案をしてコータをあたふたさせたのも大層楽しかった。やはりこの「吹き戻し屋台をやろう」という発案は大正解だったな、と彼女は大いに満足して一人頷いた。なおコータからは「売れねぇと思うよそれ」と大真面目に意見されたのだが、ランの目的は利益をあげることではない。楽しみさえできれば万事OKなのである。
 高級な吹き戻しってなんだよ!材質か!?等とコータはその提案に頭を抱えていたが。結果としては、高級和紙をふんだんに使った一点もののやたら綺麗な吹き戻しが出来上がったので、それもまた吉。ちなみに息を吹き込むと僅かに花の香りがするのも自慢の一品なのだが、値段に恐れをなしたのか、屋台を開いている間なかなか誰も触ってみようとはしなかったが。
(それが残念と言えば残念ではあるが――)
 ふわりと開く夏の夜の月下美人の香りがとても良いのだ。コータも納品の時に一度試して、へー、と目を丸くしていた。それを思い出して、ランはコータへ目線を戻した。
「それともお前、あれを売るんじゃなくて手元に置くかい?それなら譲るが」
「いや、吹き戻しなんて持っててもしょーがねぇしなぁ」
「楽しいぞ」
「楽しいかー」
 それはまぁ、大事だよな、とコータは少し思案する様子を見せた。
 彼にしてみれば「どっちにしてもあんな高い吹き戻しはラン・ファーみたいなもの好きじゃなきゃ売れない」という考えもあったのだが、ラン・ファーには知りようもないことだし、興味もない。
 少しだけ、何やら考え込む間をおいて、コータは頷く。
「じゃ、俺が貰うよそれ」
 それは何より、と再び鷹揚にラン・ファーは微笑んだ。


 片付けもすべて終え、経費は後で請求書を回してくれ、とだけ手を振って告げれば、あいよ、と声が返ってくる。それだけであっさりと、ランとコータはそれぞれの帰路についた。
 これまでも何度も繰り返したやり取りだし、ラン・ファーにしてみればコータにはその辺はしっかりしている、と言う程度の信頼はある。もちろん、多少水増しされたところでラン・ファーには痛くも痒くもない、という事実もあるのだが。
(いきなり『吹き戻しの屋台がやりたい』なんぞと言い出した時は何事かと思ったけど)
 常の気紛れか、突然「屋台がやりたい」等とラン・ファーに言い出された時は、コータは「はぁ」と間抜けな返答をするしかなかった。
 経費は全部持つし報酬も出すぞ。金銭面では信頼できる依頼人でもあるラン・ファーにそこまで言われて、じゃあ気紛れに付き合ってやるか、丁度暇だし、等と請け負ったのがもう1か月も前になる。
(忙しかったなぁ)
 帰り道、経費清算のためにカバンの中にため込んでいた請求書を整理しながら、コータは思い返して、口元を緩めた。それはもう忙しかった。
 スポンサー様は気紛れで、昨日は「屋台車を引きたい」と言ったかと思うと次の日には「祭に屋台を出したい」と言い出す始末。夏祭りのシーズンはそろそろ終わりだと大慌てで手配できる場所を探し、許可を取り、仕入れでは「全部違うのがいい」とこれまたスポンサー様の我儘のせいで大口の仕入れが出来ずにコストがひどく嵩んだ。どうせ自分の財布じゃない、と思い切って小さな雑貨屋や個人商店まで、昨日ギリギリまで駆けずり回って、大変な仕事だった、と返す返すもそう思う。
 が、思い返すコータの口元は自然と緩む。手の中には、例の高級吹き戻しがひとつ。どういう品物なのかは、彼自身も手配に関わったのだからよく知っている。
 息を吹き込めば、月下美人が香るはずだ。
「…楽しかったなぁ」
 明日は最後の事務作業が残っている。それを思えばいくらか憂鬱ではあったが、心地よい疲労感を覚えて彼は吹き戻しを口元へあてた。
 夏の終わり、黄昏は短くなりつつある。薄闇が落ち始めた帰り道に、月下美人の薫りが残った。




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【4778@TK01/清水・コータ】
【6224@TK01/ラン・ファー】
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東京怪談
2018年09月25日

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