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『乳神神話 プロローグ』
月乃宮 恋音jb1221


 一日の業務を終え、月乃宮 恋音(jb1221)は誰もいないオフィスでひとりデスクに向かっていた。
 照明を落とした室内は、大勢の部下たちが慌ただしく立ち働いていた昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。
 正月気分も一段落し、通常業務に戻って数日。
「……そろそろ……頃合いでしょうかぁ……」
 恋音はデスクの隅に置かれた電話に手を伸ばすと、普段は使われることのない、その電話機だけに設けられたボタンを押した。
 それは、とある人物への直通回線。
 数回のコールの後、相手の受話器が無言で取られた。

「……ご無沙汰しております……お祖父様……」


 恋音が要件を告げて数分。

 耳に当てた受話器からは、静かな息遣いだけが微かに漏れ聞こえてくる。
 それはあまりに長い沈黙だった。
 しかし、恋音は焦ることなく泰然と待つ。
 つい今しがた自分が放った問いへの答えが、そう簡単に返って来るとは思っていなかった。
 むしろ数日かかることさえ覚悟していたほどだ。
 なのに受話器を置かず、保留にもせずにいるところを見ると、どうやら既に答えは出ているのだろう。
 この長い沈黙は、それでも残る未練の現れか。

(「……それも無理からぬことではあるのですよねぇ……」)

 恋音が久遠ヶ原学園の高等部を卒業してから、まもなく一年半が過ぎようとしていた。
 卒業前から、彼女の勢力は事務代行業という表向きの顔ではもちろん、裏の顔でも着実に拡大を続けていた。
 裏の顔とは、現在は祖父の掌中にある権力――政財界における世界規模の影響力――の全てを奪うための、決して表には出せない活動の全般を指す。
 その活動で、恋音はそれまで祖父の傘下にあった勢力を切り崩し、自分の懐に取り込んできた。
 そうして彼の牙城をじわじわと侵食し、先日ついにその土台を支えていた最後の勢力の取り込みに成功したのだ。
 それでも、城そのものには傷ひとつ付いてはいない。
 だがそれは今や崖の上に建つ孤城も同然で、しかもその崖は今にも崩れそうなほどに脆くなっている。
 もはや彼に、恋音の提案を退ける選択肢は残されていなかった。
 提案と言うより、それはもう命令に近い。

 すなわち。
 生活と財産の保証と引き換えに、恋音に各種権限の一切を譲渡すること。
 ただし、手続きの煩雑さや周囲に与える混乱等を考慮し、表向きは現状維持とすること。
 要するに当面は隠れ蓑として利用させてもらおうというわけだが、これは祖父にとっても悪い話ではないはずだ。
 何しろ対外的にはこれまでと何ら変わらず、組織の頂点に立ち続けることが出来るのだから。

 受話器からガサガサという耳障りなノイズが聞こえた。
 祖父が大きな溜息をついたのだろう。

「……お祖父様……?」
 今の溜息は覚悟を決めた証に違いない。
 なのにまだ口を開こうとしない祖父に、恋音は呼びかけることで会話のきっかけを与えてやった。
『まったく、誰に似たのだろうな』
 力のない声が返って来る。
 奇抜とも思える独特の発想とそれを実現させる行動力、度胸や胆力、感情を排した合理的な思考――そういったものが、祖父を語る際には欠かせない要素だった。
 その祖父の口から、独創性の欠片もない台詞が零れ落ちる。
 恋音はそこに、彼の老いを感じた。
 気力も体力も衰え、是が非でも後継を探さねばという焦りが声に滲んでいる。
 だからこそ、彼はこの提案を断らない。断れない。
 損得を勘定に入れれば、なおさらのこと。

『わかった、お前の……我が後継者の言う通りにしよう』

 予想通りの答えだった。
 かつては限りなく厚く、果てしなく高く、世界の全てを覆っていると思われた壁。
 しかし実際に挑んでみれば、それは意外に脆く、しかもあちこちに穴や隙間が空いていた。
 乗り越えたという高揚感は特にない。
 恋音にとってそれは、乗り越えるべくして乗り越えた、予測可能な未来のひとつにすぎなかった。
「……ありがとうございます、お祖父様……」
 これでもう、祖父は競合するライバルではなくビジネスパートナーだ。
 パートナーならば、業務提携という道も開かれる。
「……つきましては、もうひとつ……お祖父様は、私に技術を教えてくださった師匠でもありますので……私の部下たち……特に新人の技術面での育成をお願い出来ないでしょうかぁ……」
 もちろん、これは正式な契約だ。
 身内だからといって、互いに甘えはない。
「……報酬は、そちらの言い値でお支払いしますのでぇ……」
 それでも、彼なら法外な値段をふっかけることはしない。
 その信頼があっての言葉だった。


「……これで……後顧の憂いもなくなりましたねぇ……」
 受話器を置いた恋音は、顔を上げてオフィスを見渡した。
 恋音にとって強敵と呼べる存在は、この世界にはもういない――少なくとも、この分野では。
 ならば次にとるべき行動はひとつ。
 恋音は鍵のかかる引き出しから書類を取り出した。
 それは、とある異界に関する報告書だった。

 かつて夢か現か判然としない体験の中で手に入れたオーパーツ。
 手のひらサイズのまん丸い何か――材質も用途も正体も、何もかも不明な「それ」が、異界への鍵であることが判明して数ヶ月。
 報告書は、その鍵が導いた先に存在する未知の世界について書かれたものだ。

 思えば、よくぞこんな情報が手に入ったものだと思う。
 何しろそこは未知の世界。
 未だかつて人類が到達したことのない並行世界のひとつであることは確かだが、確かなのはその一点のみ。
 どんな危険が待ち受けているのか、生きて戻れるのかさえ定かではない世界なのだ。
 そんな世界に調査団を派遣するなど、正気の沙汰とは思えないという意見もあるだろう。
 しかし危険を冒してまで未知の世界を知ろうとする、その好奇心こそが人類の進歩と発展の原動力。
 そして恋音には、そうした危険に率先して飛び込んで行く優秀な部下たちが付き従っているのだ。

 かくして今、未知から既知となった世界のあらましが、ここにある。
 恋音はそれを持ち帰ってくれた部下たちに感謝と賞賛の思いを捧げつつ、報告書のページを繰った。

 そこは概ね現在の地球と同様に、自然豊かで生き物の気配が濃密な世界だった。
 大気組成も地球のものと殆ど変わらず、気温や湿度も温帯地方に酷似した過ごしやすいものとなっている。
 ただし、調査した範囲では人類のような知的生命体は見つかっていない。
 たまたまその地域に存在しないだけなのか、それとも、その世界では進化の方向が異なっていたのか――それを判断するには更なる調査が必要になるだろう。
 もっとも、いきなり接近遭遇とならなかったのは幸いだったかもしれない。
「……必ずしも、お互いにとって幸運な出会いになるとは限りませんからねぇ……」
 双方が友好的に接したとしても、情報の不足や僅かな誤解、偶然の出来事によって対立が始まってしまうことは珍しくない。
 出会うなら、もっと知識や情報を蓄えてからの方が良い。
「……この気脈に関しても、詳しく調べる必要がありますし……」
 そこに溢れる豊かな気脈は地球上にはない独特の波長を持ち、そのままでは利用が難しいとの報告もあった。

 恋音は報告書を閉じると、それを再び引き出しにしまい込んだ。
「……では、行きましょうかぁ……」

 次なるステージへ。
 そこでは新たな物語が、恋音と仲間たちを待ち受けている。



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【jb1221/月乃宮 恋音/女性/外見年齢二十代前半/豊乳女神】


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エリュシオン
2018年09月25日

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