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『それは恋の特権 』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194

 ようやく……ひと段落がついたように思う。

 不知火あけび(jc1857)、二二歳。大学卒業を目前に控えた彼女は、最寄りの駅前で人を待っていた。
 間もなくして「お待たせ」と現れたのは、あけびが「姫叔父」と呼び親しむ兄貴分、不知火藤忠(jc2194)である。あけびが顔を上げれば、ちょうど片手――左手だ、薬指には永遠の愛の証である白金の指輪が煌いている――をヒラリと上げる藤忠の姿が目に映った。
「えぇと、それで今日は買い物だっけ」
 共に歩き出しつつ藤忠は問うた。前世は姫君とすら称される彼の一挙一動は他愛ないものでも雅であり、彼が三十路に近い年齢であることが嘘のように思われる。
「うん。ちょっと欲しいものがあって」
 サムライガールなれど現代社会には馴染んでいる。あけびはICカードで改札を越えつつ答えた。「欲しいものって?」と藤忠が何気なく尋ねる。すると彼女はちょっとはにかみながら、
「まあ……お洋服とか?」
「服?」
 であれば、不知火贔屓の仕立て屋に頼めばよかろうに――と藤忠は一瞬思ったものの、きっと“そういうの”とは違うのだろう。
「ああ、“洋”服ね」
 あけびと藤忠も例に漏れず、不知火家の者は和装が多い。あけびの普段着は武者袴だ。普段の服装がそうではないというワケではないが、彼女も「オシャレしたいお年頃」なのだろう。藤忠はそう合点する。突然の買い物の誘いには驚いたが、そういうことだったのか。

 さてさて、そういう訳で電車に揺られて間もなくして。
 二人は駅直結のショッピングモールへとたどり着く。

「えっと……レディース服コーナーは、っと……うわーいっぱいある……」
 フロアガイドを順に眺めつつ、あけびは目をパチクリさせる。それだけ彼女が「普通の女の子が着るような普通の洋装」に慣れ親しんでいないということだ。
「とりあえず上の階から降りてく感じで見ていこうか」
 藤忠がエスカレーターを示す。「そうだね」とあけびはそれに従った。

 ――流行りの音楽が、照明を浴びるマネキンを包む。
 トレンドの服、新作、セールの文字。
 天使、悪魔、人間の生活が当たり前になった社会では、店員や客に天魔がいることも当たり前の風景になっていた。

「ねえこれ角用のアクセサリーだって! 可愛い〜」
 天魔の中には角のある者もいる。あけびがディスプレイされているアクセサリーを指差した。こうした天魔向けの商品を見かけるようになったのも、平和がもたらした光景の一つ。そのままあけびは天使用のアクセサリーを物色し始めようとして、藤忠に「脱線してないか?」と苦笑されればそれもそうだと一つ笑った。

「……うーん」
 さてさて。色々と服を見て回るあけびだが、悩む仕草を見せていた。
 というのも、レディース服というのは種類が多く、店の数も多い。可愛らしいガーリーなものから、大人っぽいカジュアルなものから、斬新なデザインをしたモダンなもの、スポティッシュでボーイッシュなものまで。普段は和装であるあけびは、イマドキのファッションの流行にも疎い。イマドキすぎるデザインを見ても、「これ私に似合うのかな〜?」という気持ちが先行してしまう。
「……下調べしてくるんだった……」
 あけびは額を押さえた。本屋とかコンビニとかで、ファッション雑誌をざっと読んでくるんだった。正直、行けばどうにかなるだろうと思っていた。
「忍が下調べを怠るとは」
 ちょっとからかうように藤忠が言う。「うう〜」とあけびはぐうの音も出ない。妹分のそんな顔も可愛らしくて、藤忠はくつくつと笑む。
「まあ……着回しし易くて、他の服と組み合わせ易くて、奇抜すぎないものがいいだろうな」
 それでいて地味じゃなくてちゃんと可愛いやつ、と藤忠が言う。「なるほどー」とあけびは何度も頷いた。そんなあけびに、藤忠が手頃にカジュアルな服を取り扱っている服屋を指差す。
「あの店とかいいんじゃないか?」
「……よし……!」
「店員さんに色々コーデを聞いてみるのも手だろうしな」

 というわけで。

 藤忠は試着室の前で、店内BGMを聞きながらのんびりとあけびを待っていた。彼女は店員のオススメやトレンドをザッと試着してみることとなったのである。
「どうだー?」
 藤忠はカーテンの向こうの妹分に声をかける。「うん……」とちょっとためらうような返事がきた。そのまま待っていると、おずおずと試着室のカーテンが開く。
「ど、どうかな……おかしくない?」
 現れたのは――シンプルなベル袖シャツに、ふんわりとしたガウチョパンツを着たあけびだ。洋装になるだけでかなり印象が変わるもので、藤忠は素直に称賛を口にする。
「ん。いいじゃないか、オシャレ」
「えー、ほんとに? ほんとに?」
 着慣れないガウチョパンツをちょっと引っ張るあけび。
「服を着てるっていうか、服に着られてない?」
「その下のやつは袴だと思えば」
「なるほど!」
 そんなやりとり。お似合いですよ、と店員も微笑む。

 この調子で試着も続ける。オフショルダーの服に対し「肩がスースーする!」と言ったり、デコルテを見せるような服には「ちょっと大胆すぎない?」と恥じらったり。あけびにとっては着慣れないものばかりだけれど、頑張るべきだよね! というメンタルで色々なコーディネートに挑戦した。
 藤忠はそんな妹分を見守っていた。洋装のあけびは新鮮だ。断じてシスコンではないが、あけびの成長は感慨深いものである。後で写真を撮って親友に送り付けてやろう。きっと喜ぶぞあいつ。

 ――と、穏やかな気持ちでいた藤忠であったが。

 気が付けば藤忠は試着室にいた。正しくはあけびに押し込まれた。「折角だし姫叔父も!」と、あけびは彼に服をあれこれプレゼントする気満々である。幸いなことに(?)渡されたのはレディース服ではなくメンズ服だ。しょうがないので、藤忠もあけびと共に洋装コーデを試すことにする……。







「やー、大漁大漁」
 両手いっぱいに紙袋。あけびはほくほく顔だった。最初こそ洋装にためらいと恥じらいがあったものの、試着を重ねていく内にその思いも大分と薄らいだようだ。
「うんうん、よかったよかった」
 あけびが嬉しそうだと、藤忠も嬉しい。あけびの荷物を持ってあげている彼だが、その中には彼自身が買った服もあった。あけびが「姫叔父にプレゼントしたい」と言っていた服だ。プレゼントと言われたけど、叔父の面子から自分で買いました。

 というわけで、一通り服を買うという目的を果たした二人は、フードコートで休憩をとることにした。
 席について、何を食べるかちょいと話して、藤忠が「荷物見てて」と注文に行って。ほどなくすれば彼が戻って来る。あけびに差し出したのは、コーヒー味のソフトクリームだ。
「姫叔父、ありがと!」
 あけびはそれを笑顔で受け取った。コーヒー味の、チョコレートとはまた違う色と香り。あけびにとっては――子供の頃に、師匠と離別する前に買って貰った思い出の味だ。
 藤忠はシンプルなバニラソフトを舌ですくいながら、上機嫌にコーヒーソフトを食べるあけびを向かいの席で見守る。大事にコーンを握る彼女の手には結婚指輪。桜模様がキラリと瞬く。その真ん中には、深紅のルビーが深い愛情を語っていた。
「最近はどうだ?」
 口にするのは他愛もない話題。結婚生活のことだ。まあどんな返事が来るかは分かりきっているけども。
「うん、まあ……ね」
 ちょっと耳を紅色に染めつつ、あけびは唇を舐める。それだけで十二分に雄弁だ。幸せな結婚生活なのである。あけびと旦那の“恋のキューピッド役”である藤忠にとっては何よりのことだ。
「あの人は私と共に外見の時間を進めると言ってくれたけど、寿命差は変わらない。だから子だくさんになって、うんと長生きするんだ! “暮れる日”が寂しくならないように。若い間は色んな可愛いサムライガールを見て貰う! 年を取ったら……えーとこう、成熟した魅力を?」
 そう嬉々と語るあけびは眩しいほどに幸せそうで。藤忠は目を細めつつ、話に相槌を打った。
「長生きして子だくさんになる! は最近いつも言っているな」
「まあねー」
 マタニティドレスとかも買わないとなー、と気の早いことを言うあけび。いや、存外早くないのかも。話し込んでアイスが溶ける前に、乙女はコーヒー味をコーンと一緒に齧る。それを飲み込むと、
「人の一生は短く、天使は永い! 命短し恋せよ乙女、そして姫叔父!」
 堂々たる主張だ。その力強さに、藤忠は納得しつつも苦笑する。オシャレも、その一環なのだろうと合点する。
「思い込んだら突っ走る面が出ているが……家族が幸せそうで何よりだ」
「姫叔父と奥さんは、大人な恋愛をしてそうだね」
「そうかな? どうだろうな。まあ――俺と“月”は人間だが、伴侶を想う気持ちなら負けてはいないさ。月のように凛とした美しさがあって、それでいて可愛らしい。勝ち気で寂しがり屋で……喜ばせたくなる。あけびもあいつを喜ばせたいんだろう?」
「うん!」
 天真爛漫な花のような笑顔で、あけびは頷いた。
「『お前はずっと笑っていろ』と言ってくれたあの人にも、これからずっと笑っていて貰いたいんだ」
「……ふ。それじゃあ、それぞれの伴侶の為にも、また服を見立てようか。靴やアクセサリーはまだ見てなかったし、あけびは化粧品も見た方がいいだろう」
「もちろん。……あー、ほんと、下調べしてリストでも作っておくんだったなぁ」
 そんなことを言いつつも、誰かの為にオシャレをすることはなんだか幸せ。あけびはいそいそと、残ったコーンを口に放った。コーヒーの味が染み付いていた。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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不知火あけび(jc1857)/女/16歳/鬼道忍軍
不知火藤忠(jc2194)/男/22歳/陰陽師
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エリュシオン
2018年09月25日

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