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『片翼の誠 』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194

 八重の桜を左右に従えるかのごとく、それが左右に立ち並ぶ路のただ中で歩を止めた不知火仙寿之介。
「今帰った」
「うん」
 それを出迎えたのは不知火あけび――仙寿之介の妻であり、彼が婿としてその身を預けた不知火家の当主であった。
「俺の帰還、よくわかったな」
「それはもう、妻ですから!」
 ふふん。仙寿之介から大きな風呂敷包みを受け取りつつ、鼻を高くするあけびだったが。
「それはまあ、毎日夕刻過ぎから朝方までここで待ち続けてきたんだ。下手な鉄砲なんとやらだな」
 桜木の陰から人の悪い笑みを向けるのは、仙寿之介にとっては無二の友たる不知火藤忠である。
「ちょ、姫叔父っ!」
 食ってかかろうとしたあけびを落ち着いた手で制し、仙寿之介は口の端を薄く上げて。
「すまんな」
 この場に藤忠が在る。それすなわち、彼もまたあけびと共にここで待ち続けてくれたということだ。あけびの護衛役として、そして友として。
「……せっかくさりげなさを演出しているんだ。勝手に察するのは失礼だぞ」
「それを含めて、すまんな」
 子どものように唇を尖らせた藤忠はそれ以上なにも言えず、頭を掻いた。この人の悪さ、ご隠居――あけびの祖父、前当主である――に毒されているんじゃないのか、仙寿。
「とにかく!」
 ぱんと手を打ち、男どもの目を集めたあけびは、声音をやわらげ仙寿之介に問うた。
「仙寿様、お腹空いてない?」
「土産にももらってきたが、菓子をいくらかつまんだだけだ」
 なるほど。このずしりと思い包みは、若き仙寿之介が作った菓子。
 ――きっと“私”も手伝ったよね。じっと見守るとかできないだろうし。
 存在こそ分かたれていても、そこは同じ自分のこと。落ち着きがないからなぁという自嘲はあれど、それ以上にそれでよしと思う。
「夜食の準備はできてるから」
 仙寿之介の左脇へと収まり、あけびは促した。
 仙寿之介もそうだが、刀とは通常の場合は左に佩く。そして抜刀すれば当然刃は右へ流れるため、左は死角となる。つまりはあけびの位置取り、夫の死角を守るためのものなのだ。
 そして。あっさりと左を預けた仙寿之介の無言にもまた、あけびへの深い信頼があるということだ。
「早く帰ろう。俺が寂しさのあまり凍え死んでしまわないうちに」
 夫婦の絆を見せつけられた藤忠は、自らの両肩を抱いて思わせぶりに震えてみせるのだった。


「鯛か」
 食卓に置かれた刺身を見やり、仙寿之介は目を細めた。赤く彩づく皮目の美しさは、今が旬の血鯛であることを示している。
「いい血鯛が入ったと聞いて、河岸(かし)まで駆けていったのよ」
 寝入りばなを夫の理不尽な手で揺り起こされたにも関わらず、それを微塵も感じさせない麗しさを湛えた凜月。
「でもこれで、日も明けないうちから市場へ繰り出さなくてもよくなったわね?」
 あけびを見やり、意地の悪い笑みを見せた。
「しょうがないでしょー! いつ帰ってくるかわかんなかったし!」
「会社仕事もあるのに、俺は不眠不休でご当主様のお守りを務めさせられていたからな。これでようやく俺もゆっくり寝られる」
 わざとらしいあくびを漏らし、藤忠がぼやいた。夜の間は仙寿之介を待ち、朝が近づけば旬の食材を求めて市場へ走るあけび。それに付き従って奔走した藤忠の毎日はもう、大変のひと言だったのだ。
「というか、あけびは仙寿を甘やかしすぎだぞ。こんな奴には茶漬けのひとつも取っておいてやれば充分だろうに」
「妻だからね! 夫のことはこれからも力の限り甘やかすから!」
 あけびが堂々宣言する裏で、仙寿之介は凜月へ深く頭を下げていた。
「巻き込んでしまってすまない。これよりは長く空けるようなことはしないつもりだが、万にひとつ同じように行くこととなった際には、あらかじめ手を打っていく」
 その彼へ、藤忠は納得のいかない顔を突きつけて。
「すまんなのひと言で済まされた俺と、心の入りようがちがいすぎないか?」
 その尻をきゅっと凜月につねられ、跳び上がった。
「っ! なんだ凜月!? 確かに無理矢理起こしたのは悪かった! でもな、おまえがいなければ俺は孤軍奮闘でこの甘々夫婦と戦うはめにっ!!」
 また尻をつねられて、のけぞった。
「姫叔父、凜月が怒ってるの、それじゃないから」
 あけびに言われ、首を傾げる藤忠。仙寿之介に解を求めてみたが、返ってきたのはさっぱりわからない顔だった。
「これだから男は……」
「男っていくつになってもずるいよね……」
 顔を見合わせ、凜月とあけびはため息をつく。
 本当に、どうしてわからないのだろう。「すまんな」ですべてが伝わると信じればこそ仙寿之介は言葉を惜しみ、それが伝心すればこそ藤忠は文句を垂れながらも納得する。共感を超えた男同士の絆を見せつけられて、最愛の座にあるはずの妻が心をざわつかせずにいられるはずはない。
 が、わからない者に説いたところで理解できるはずもないので、あきらめるよりなくて。
「とにかくご飯だよね。それに」
 そっと刺身に並べられたのは、純米吟醸の原酒である。
「今日からお酒も解禁だしね。鯛にすっごく合う一本、おすすめしてもらったの」

 刺身と昆布締めにした血鯛の握りを肴に、仙寿之介は酒を舐める。原酒だけに酒精も強いのだが、50パーセントまで磨いた酒米を使っているという――これは大吟醸クラスの磨きである――この酒を味わわないなどもったいなさすぎた。
「向こうの仙寿はどうだった?」
 各人がある程度腹へ修めた頃合いを見計らい、藤忠が口を開いた。
「成長はしていたが、ただのふたりきりで俺に届こうなど甘い」
 彼は言葉の逆を突くやさしい目をあけびと藤忠へ向け。
「俺にはあけびがいて、藤忠と凜月がいる。そればかりか友誼を結んでくれた多くの者たちもな。皆に支えられた剣の重さ、ふたり程度で受け切れるものか」
 旅立つ前には言わずにいたことを、あえて口にする。
 それをさせるだけの感慨が、若き己とあけびとの立ち合いにはあったのだ。
 見る者があったとするならば、此度の立ち合いは大人と幼子の喧嘩に見えたかもしれない。しかし、その勝敗を決したのは兵法の差や心持ちの有り様ばかりではない。
 若き仙寿之介とあけびの剣には、ふたりで重ねてきた修練の冴えがあった。先の立ち合いにてあわやのところにまで追い込まれたは、その合力によるところが大きかろう。
 が、今の仙寿之介は多くの剣士と心を通わせ、技を交わしている。元より相手の攻めを受けて返す柔剣の遣い手たる彼が、それだけ多くの攻め手を経験しているのだ。ふたりの頭でひねり出せるだけの工夫に後れを取っては申し訳が立つまい。
 そのことを事象だけ抜き出して説明した仙寿之介は静かにうなずいた。
「俺と八重との差は縁の差にあったということだ。人の和が輪を為し、輪の和あってこそ人は成される。もっとも俺自身も思い至ったのはごく最近だがな」
 と、杯を干した彼にあけびが笑みかける。
「蕾って言わないんだ。向こうの仙寿様も咲いたってことだよね」
 ぐ。喉に酒を詰まらせた仙寿之介は、咳き込む直前で留まり、息をついた。
「あちらのあけびはことさらに鈍いようだ。それだけ苦労したんだろう」
 これには藤忠も苦笑する。
「こちらのあけびも大概だぞ? 仙寿と歳の差があってよかったな、あけび。同年代なら耐えきれずに逃げ出していただろうさ」
 性はともかく、あけびはいろいろと荒い。兄の役を務めてきた藤忠だからこそ、思うところも大きかった。やれやれ、仙寿がこうした男でよかったのは、あけびだけじゃなく俺もだな。
「そんなことない……よね?」
 不安げにのぞきこんでくるあけびへ、仙寿之介は逆に問う。
「むしろこんな俺でよかったのか?」
「是非もない!」
 いいも悪いもない、あけびは即答しておいて。
「仙寿様が仙寿様だから好きになったんだもん。大事なのはそれだけで、後のことはどうでもいい」
 いつもおまえはその思いを俺にまっすぐ突きつける。俺の心の濁りを、明ける日の澄光で洗ってくれる。
「是あるのみだ。あけびがあけびだからこそ、俺は共にあることを望んだ。大事なことはそれのみで、後はどうということもない」
 八重と同じく、俺もまた濁だ。だからこそ清なるあけびに惹かれた。安易に運命などというお題目を掲げるつもりはないが、まさにそうとしか言い得ないだけのなにかが互いにある。
 たとえそれがただの思い込みであったとしても。
 俺がそう信じ、決めた以上は運命だ。
「しかし。できることなら俺も手を合わせてみたかったな」
 思いに沈んだ仙寿之介を引き上げるように、藤忠がおどけた声を響かせた。
「もうひとりのあけびに会ってみたいという気持ちもあるが、あちらの仙寿になら俺でも勝てたかもしれないしな」
 友の開花を自分で促してみたかった。その情を素直に語れないのが藤忠という男であり。
「未熟だろうと俺は俺だ。簡単には勝たせてやらんさ」
 それを察しながらもあえて汲んでやらないのが仙寿之介という男である。
 男同士の友情の固さを見せつけられ、取り越された妻たちは、もう一度顔を見合わせるよりなかったのだ。


 藤忠と凜月が明日に備えて眠ると出て行った後も、仙寿之介とあけびは互いの杯に酒を差しつ差されつ、飲み続けていた。
「成長してるんだね、向こうの私も」
 尽きた鯛の代わり、あけびはぽつりぽつりと綴られる仙寿之介の土産話を肴に杯を傾ける。
「ああ。自分が得た縁の価値を知ることができれば、さらに上へ行けるだろう」
「向こうの仙寿様との縁?」
 多くの者との縁だ。そう言いかけて、仙寿之介は止めた。
 あけびと出逢ったからこそ、俺は今の俺に至ることができた。ならばあけびが今のあけびへ至ったこともまた、俺との出逢いがあってのものなのだろう。
「そうだな。比翼連理……同じ空を飛ぶことを望むに足る片翼との出逢いは、その後のすべてを変える」
 仙寿之介の手があけびの手に重なった。そうだ、おまえだ。俺のすべてを変えたのは。
「私は変わったよ。お師匠様と出逢ってなりたいものが。仙寿様と出逢ってありたい自分が。アディーエと出逢って行きたい先が」
 仙寿之介の手に引き込まれるように、あけびはその胸へ自分の体を合わせた。
 穏やかだった夫の鼓動が乱れて跳ねる。ああ、出逢ってからずいぶん時が経ったのに、愛しい人はこれほどにときめいてくれる。それがうれしくて、もっと重なり合いたくて、自分をより強く仙寿之介へ押しつけた。
「アディーエ――ううん、仙寿之介」
 自らを表わすにふさわしいと夫が祖父に語ってみせた名を紡ぎ、あけびは自らの帯を解く。
「愛してる。愛してる。愛してる」
 言の葉を浮かした熱が、衣を剥ぐ仙寿之介の手を急かす。
「向こうのあなたに八重の名前はあげない。あなただけが、私の八重桜だから」
 もう、離さない。
 置いて逝かなきゃいけないさだめだけど、そのときまで私は私をこの人に刻みつけるから。ひとつでもたくさんの私を……みんなを……


「参りました」
 忍将棋の盤の向こうで頭を下げた仙寿之介に、差し向かった前当主は苦笑を放り投げた。
「ま、素直に剣を極めるのだな」
 言いながら、仙寿之介の持ち帰った土産を頬張る。
 菓子の名はシベリア。型の内で焼いたカステラ生地の上にできたての羊羹を流し入れ、固まらぬうちにもう一枚のカステラを重ねたものである。
 それを届けたついでに一局、となったのは、まあ必然の流れというものだろう。
「カステラに染みた羊羹がまた小憎らしい。で、仙寿之介よ、ぬしの菓子づくりの腕はどうよ?」
「ご隠居の歯が抜け落ちぬ内、ご満足いただけるものをご用意できればとは思っておりますが」
「このところ甘いものばかり食うておるゆえ、抜ける前に溶けそうだがよ」
 などと、いつものごとくに言い合っていると。
「あ、いたいた! ほんとに仲いいなぁ」
 駆け込んできたあけびが盤面を見下ろして、目を逸らして。
「仙寿様は剣士だから!」
 そしてここへ来た理由を思い出し、ふたりを立たせた。
「仙寿様もお爺様も来て! 早く!」
 急かされるまま庭へ出てみれば、そこには藤忠と凜月、同じ敷地へ招いた友もいて。
「みんなで写真撮ろう! 形に残るものがあれば、いつだって思い出せるから」
 あけびは仙寿之介に残そうと思うのだ。永の時を独り行く彼のため、ひとつでも多くのよすがを。
 だから、この輪に在る皆の、最高の笑顔を切り取ろう。
 仙寿之介が人の輪の内で繋いだ数多の縁を忘れぬように。
 その輪の内、いつまでも笑っていられるように。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【不知火あけび(jc1857) / 女性 / 20歳 / 明ける陽の花】
【不知火藤忠(jc2194) / 男性 / 26歳 / 藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ】
【不知火 凛月(jz0373) / 女性 / 19歳 / 兎ノ姫は藤ノ籠と瑠を繋ぐ】
【不知火仙寿之介(NPC) / 男性 / ?歳 / 天剣】
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エリュシオン
2018年09月26日

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