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『在りし日の青空 』
蜜鈴=カメーリア・ルージュka4009

 少女の瞳は、まるで空のように青く澄んでいた。
 金色が混じった風合いの桃色の髪は、風になびくとふわふわと揺れる。
 少女――蜜鈴=カメーリア・ルージュは、その見た目もあって里の者たちに愛されていた。
 金を含んだ桃色の髪と、空を写したような鮮やかな青の瞳は、彼女の住まう郷の伝承に残るひとと同じ。
 いにしえの龍神が愛した人と、特徴が同じ。
 そう言われており、そして歴代の龍の巫女――この場合の龍の巫女とは聖地リタ・ティトの巫女ではなく、この郷の信仰の対象としてのそれである――は、そのいずれかの特徴を持つ者に代々引き継がれ、そしてそのいずれをも持つ蜜鈴は、伝承に伝わる始祖と並び称され、『黄泉還り』とされた。そして、巫女の住まう宮である『龍宮』の、その最奥にて『黄泉還りの龍の巫女』と称され、郷を治める長よりも上の位の存在として、郷の者たちにも崇拝される対象として存在していた。
「蜜鈴様、おはようございます」
「ええ、おはよう。今日もよい天気ね」
 彼女に仕える者も数多くいて。蜜鈴はその立場もきちんと理解していて、優しい笑みと言葉を投げかける。
 彼女は、この郷の支えの一つだ。
 郷のように小さな社会では、まつりごと――政と祀は同一であったり分かたれていたり、その有り様は様々であるが、彼女の郷ではそれは別のものとして、どちらも崇敬の対象であった。
 そして、祀の頂点たる蜜鈴のそばにはいつも一人の騎士がいた。
 歴代の龍の巫女に仕える歴代の騎士は『天禄』の名を冠し、龍の巫女を守る役目にあった。
 龍の巫女は基本的に身を守るすべを持たぬ。ゆえ、彼女を守る騎士は、必ずそばにあった。
 郷は水源も近い実り豊かな地で、郷を囲うように水が流れている。それは自然の堀として、郷の者を守ってくれる。それは龍神と始祖がもたらし、この地を愛した証拠だ。
 
 郷は恵み豊かな場所だった。
 水に恵まれ、敵襲を恐れる必要もほかの土地に比べて少ない。
 蜜鈴が天禄を伴い郷を歩いていれば、見かける顔のどれもが笑顔にあふれ、ある者は立派な野菜や近くの森で狩った動物などを手にし、
「巫女様、どうぞこれを食べてください」
 それらの実りを龍宮への土産といい、また生まれたばかりの赤子を抱えた若い夫婦には、
「どうかこの子によき名前をつけていただけませんでしょうか」
 そう請われてしまう。
 あるいはまだやんちゃな子どもたちの無邪気ないたずらを目にしてはクスクスとともに笑い、
「それでも父御と母御をあまり困らせるようなことはするなよ?」
 そう言って優しく頭をなでてやれば子どもたちもにこりと笑ってうなずいてみせるのだ。
 龍の巫女はこの郷の、精神的な支柱だった。
 だからこそ、蜜鈴も、この郷にあることを嬉しく思う。
 彼女の母は舞巫女として龍の巫女にも仕え、父は守備長としてこの郷を護る立場にある。
 その事実も、蜜鈴にとって誇らしい気分になることであり、そして何よりこの郷に生まれ育ったことを嬉しく思える理由だった。
「……のう、禄」
 少女は、年齢よりも大人びた声音で、傍らの騎士に聞こえるか聞こえないかくらいの声量で、独りごちる。。
「妾は、この郷を、民を、誇りに思う。何よりも愛すべきものじゃ」
 すると、禄、と呼ばれた騎士はそれを聞いて一瞬目を丸くし、そして苦笑とともにまぶしく思えるほどの笑みを浮かべた。
「ああ、そうだな。それに何より、祖龍にもっとも愛された始祖の黄泉がえりの蜜鈴がいるんだ、その蜜鈴に誇りに想ってもらえんのが、みんなの一番の喜びだろうよ。俺も、嬉しい」
 騎士の言葉を聞いて、巫女はそっと目を細める。
 そう言ってもらえるのは、何よりも嬉しかったから。
 
 
 その頃は知らなかった。
 その言葉が遠い過去のものになってしまうなんて、知らなかった。
 郷の悲しい結末など、知らなかった。
 彼女の脳裏をよぎるのはただひたすら、幸福な記憶。
 
 
 ずきん、と痛む頭に軽く手をやる。
 脳裏に響くのは、どこか悲しそうな、だけど優しい、ささやかな笑い声。
 声は繰り返し彼女の心に響く。
『……此度こそは……どうか……』
 失ってしまった故郷。
 欠けてしまった記憶。
 彼女はだから彷徨う。
 彼女にできることを探して彷徨う。
 脳裏に響く言葉は祈り。
 在りし日の青空を思い見上げれば、空は今日も青々として。
 瞳と同じ色の空を見上げ、そして彼女はきゅっと口元を引き結んだ。
 為すべきことを、為すために。
 
 
 

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4009/蜜鈴=カメーリア・ルージュ/女性/22歳/魔術師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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このたびはご発注いただきありがとうございます。
以前のエイプリルフール依頼の前日端と言うことで、蜜鈴さんの穏やかな故郷時代、というものを描かせていただきましたが、いかがでしょうか。
至らないところがあるとは思いますが、これも一つの読み物として楽しんでいただければ幸いです。
設定が凝っていらっしゃいましたので、それを文章に落とし込む作業は楽しく行わせていただきました。
では、改めて今回はありがとうございました。
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2018年09月28日

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