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『受け継がれる背中』
詠代 涼介jb5343


 古い木造住宅が互いに支え合うように密集する、住宅街の一角。
 そこだけぽっかりと穴が空いたように視界が開けたその場所からは、カビと埃が混ざったような匂いが色濃く立ちのぼっていた。
 一帯の家屋が倒壊してから、まだそう経ってはいない。
 消防も救急隊も到着していないその現場に、いち早く駆け付けた者たちがいた。

 オレンジ色の救助服に身を包んだ彼らは、天魔を含めたアウル能力者で構成される民間のレスキュー隊。
 その身体能力とスキルを活かして、どんな現場でも力を発揮する「救うこと」のプロだ。
 彼らは災害救助に復興支援、事件や事故、果てはお悩み相談のようなことまで、助けを求める人がいるなら、どんな場所でも飛んで行く。
 それが隊長――詠代 涼介(jb5343)が辿り着いた、ひとつの理想だった。


 久遠ヶ原学園を卒業して、もう何年になるだろう。
 気がつけば、かつて自分の命を救ってくれた「恩人」の年齢をとうに超え、髪には白いものも混ざり始めている。
 それでも実年齢よりはだいぶ若く見えるし、気持ちも若いつもりだ。
 ただ近頃は少し気を緩めると、立ち座りなどの際につい「どっこらせ」などと口から転がり落ちてしまうのが困りもの。
「おやっさん、腰は大丈夫ですか?」
「ボスも若くないんだから、あんま無理しないほうがいいよ?」
「詠代隊長、力仕事は若い者に任せて、そろそろ後方支援に徹したほうが……」
「なになに、チーフ引退するの?」
 などとからかって来る部下たちに「やかましい」と渋面を作って見せるのも、もはや珍しい光景ではなくなってしまった。

 彼らの涼介に対する呼称はてんでんばらばらだ。
 同じように、その種族もまた人間、天使、悪魔、あるいは二種族や三種族の混血などバラエティに富んでいる。
 様々な種族で構成され、必要とあらば三界のどこにでも、可能ならそれ以外のあらゆる場所に救助の手を差し伸べる。
 そうして分け隔てなく命を救っていく彼らの姿は、未だ残る三界の隔たりを、少なからず取り除くことに貢献していた。


 今回の現場での作業を無事に終えたことを確認した涼介は、瓦礫の山に腰を下ろして通信デバイスをチェックした。
 出かける前に出動の連絡を入れた書き込みは、読まれた形跡もない。
「あいつめ、またどこかでサボってるのか……」
 溜息をつき、涼介は久遠ヶ原学園に通う息子に宛てたその一文を削除した。
 彼がまだ幼い頃には、その瞳を輝かせて「お父さんみたいなヒーローになりたい」と言い、危険な現場にさえ付いて来たがったものだ。
 自分はヒーローなどと呼ばれるような存在ではないと涼介は思うが、少なくとも息子の目にはそう見えていたのだろう。
 しかし、いつの頃からか無邪気な賞賛は影を潜め、今ではもう、涼介の仕事に興味を示すこともなくなっていた。
 自分の跡を継がせようとは思わない。彼なりにやりたいことがあるなら、それで良い。
 だが今の彼はただの気分屋で、気が乗らないからと平気で授業をサボるような問題児だった。
 サボって何をしているのかは知らないが、何か有意義なことに費やしている形跡は見られない。
 父親である自分が言うのもどうかと思うが、あの子は真面目にやれば優秀なのだ。
 どこかで育て方を間違ったのだろうか。
「俺としては自分なりに、背中で語って来たつもりだったんだがな」
 そんなやり方は、今時の子には通用しないのだろうか。

 ぼんやりと思いに沈んでいた涼介の耳に、鋭い声が突き刺さった。
「隊長、新たな出動要請です!」
 三界の戦争が終結して久しいとは言え、撃退士の出番がなくなったわけではない。
 現在でも個々に暴れる不満分子や犯罪者は絶えず現れ、その度に一般の人々が犠牲になる。
 それはこの人間界でも、天界や冥魔界でも同じことだった。
「繁華街で大型のディアボロを暴れさせている者がいるそうです。一部のビルが倒壊し、多くの一般市民が下敷きになっていると」
「わかった、残りの面子にも招集をかけろ。急ぐぞ」
 部下にそう命じると、涼介は腰を上げた――出かかった「どっこらせ」の声を危うく飲み込みながら。


 現場を目にした涼介は、学生時代に逆戻りしたかのような錯覚を覚えた。
 我が物顔で暴れ回るディアボロに、逃げ惑う人々。駆け付けた撃退士がその対応に追われている。
 学生時代に何度も目にし、自分もその只中にいた光景。
 その頃ならまずは敵を倒すことを優先したし、戦うことで多くの命を救って来た。
 だが今の涼介は純粋に、真っ直ぐに、ただ救う為だけに行動する、それゆえに「救えない命はない」とまで言われる救助のプロだ。
 敵への対処は戦いのプロに任せ、涼介はチームの全員が装備しているゴーグル型のデバイスを起動した。
 現場の光景に、生命反応と瓦礫の立体スキャン映像が重なる。
 その情報に従い、飛べる者は空から、物質透過が可能な者は瓦礫をすり抜け、それぞれが得意とする方法で迅速に救助を進めていった。
 以前に比べて技術も進歩し、今では人や動物など命ある存在でも、触れていることで共に透過させることが出来る。
 おかげで要救助者の位置さえ把握すれば、ほぼ確実に救助が可能となっていた。
 ただし、稀に何かの事情で阻霊苻などの阻害アイテムが使われている場合は事情が変わってくるが――
 そんな時は、涼介が操る召喚獣の出番だ。
 体の小さなヒリュウなどは人が入れない隙間にも潜り込めるし、出入り口が塞がれていてもその向こうに空間があれば、そこにダイレクトで召喚が出来る。
 今にも崩れそうな場所に大型で頑丈な召喚獣を送り込めば、その身体で空間を支えることが出来るし、その間に別の召喚獣で出入り口を壊して通路を確保する、などということも可能だ。
 もし万が一、召喚獣が瓦礫の下敷きになっても召喚解除で離脱できるため、二次災害の危険がある場所などは彼らの独壇場だった。
 そうして発見した要救助者に、涼介はいつも笑顔で手を差し伸べる。

「もう大丈夫だ、よく頑張ったな」

 人命救助は命と一緒に心も救う仕事だ。
 だから救助に当たる者は要救助者に決して暗い顔を見せてはいけないし、何があっても自身が生き残らなければならない。
 それは涼介が他のメンバーにも徹底させていることだ。

 思い返せば、涼介の「恩人」は心を救うことがあまり上手ではなかった。
 彼なりに救おうとはしてくれたのだろうが、涼介がそれを理解するまでには随分と遠回りが必要だった気がする。
 そんな彼のこと、受け継いだ想いのことを、いつか息子にも話して聞かせたい。
 そう思いつつ、気恥ずかしさも手伝って、なかなか機会を捉えられずにいるのだが――


 仕事を終え、オフィスのソファに身を沈めた涼介の元に連絡が入る。
 天界や冥魔界を行き来している最中に、息子が行方不明になったというのだ。
 思わず血の気が引く――が、心の中は思ったほど乱れてはいなかった。
 もちろん心配ではあるが、それよりも。

「この世界では見つけられなかった、何かを見つけたか」

 何があっても生き残る、その鉄則は幼い頃から父の背中を見続けてきた彼の心にも刻まれているはずだ。
 だから、涼介は笑って顔を上げた。
「いつか戻った時には、土産話でも聞かせろよ」

 ソファから立ち上がった彼の口から、年寄りじみた掛け声が漏れることは、もうなかった。



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【jb5343/詠代 涼介/男性/外見年齢ナイスミドル/救う背中】

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エリュシオン
2018年09月28日

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