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『秋はカイダコ 』
海原・みなも1252

 動物園のとなりに水族館!
 それってお得な気はしますけど、普通に考えたらどちらかへ来てくださったお客様におかわりの入場料お支払いいただきたいっていう、オーナー側の目論見ですよね。まったくもって悪魔的所業です。
 というわけで、みなさまごきげんいかがでしょうか。海原・みなもです。
 あいさつより先にあんなお話をしましたことでお気づきかと思いますが、あたしは今、水族館にいます。もちろんおかわりするためじゃなくて、おかわりさせるためにです。
 動物園ではレオポンになったりしましたねぇ。見たことのない動物を演(や)れと言われたってどうにもならなかったわけですが、なぜか内部では大好評だったようでして。
 多分なんですけど、演者――なにせあの動物園、目玉の動物が全部着ぐるみなので――の中で、あたしひとり極端に若かったせいじゃないかなと思います。着ぐるみで運動って、お年を召した方には地獄ですしね。
 とと、前置きが長くなってしまいました。悪魔、そう、悪魔です。
 あたしは今、水族館で悪魔をやってるんですよ。
 デビルズフィッシュこと、タコです。正確に言えば、貝殻つきのカイダコです。殻を並べると葵に見えることから、アオイガイとも呼ばれますね。
 そもそもどうしてタコが悪魔なのかと言えば、旧約聖書でそう定義されたからなのですよ。でもその後イエスが定義を撤廃したので、カソリックのお膝元なイタリアなんかではよく食べられるようになったとか。
 だからってカイダコは食べないでしょうけどねぇ。主に殻をながめる用らしいですし。
 で、あたしがそのカイダコの着ぐるみを装着して水槽に沈んでる理由ですけど。残念ながら、ほとんどあたしのせいだったりします。
 すべては鰻弁当の魔力でした。ええ、はっきり言って夢中でしたとも。だから煎茶といっしょに『みなもちゃんってなんの動物が好き?』ってアンケート用紙を差し出されたとき、上の空で並んでる写真のひとつに丸つけちゃったんですよね。あの灼熱に浮かされる最中で夢見た、涼しそうなカイダコに。
 その用紙こそは次のバイトの勤務希望表。結果としてあたしは今日、水槽の中へというわけです。
 まあ、カイダコは殻の中に空気ためられるので、沈んでるだけなら呼吸にも困りませんし、暇にさえ目をつぶれば楽なお仕事ではあります。
 ……この前も思ったんですけど、こんなもの造る伝手はあるのに、どうしてただのカイダコを集めるコネがないんでしょうか?
『近海から引き上げられた超巨大カイダコが満を持して当館に登場! “子安貝”の別名どおり、小さなお子さんの安全を守る御利益あり!』
 そんな謳い文句を殻といっしょにしょわされたあたしですけど、そもそもカイダコって手のひらサイズですよ? 殻の中の空気を水圧と釣り合わせて、海の浅いところを遊泳してる感じですよ? こんな大きいのがそのあたりを泳いでるわけないじゃないですか。
『ちなみに筋肉が発達してないから、食べてもぐにゃぐにゃ水っぽくてあんまりおいしくないよ!』
 さっき食べないでしょうってお話したばっかりなんですけどね。それにしても人間って見たら食べてみる生き物ですよねぇ。

 そんなこと考えてる間に、煽り文句に釣られた(なにやら海っぽいですね)人たちがわらわら寄ってまいりました。
「うちの子をっ! うちの子を事故病気災難から守ってください!」
 いえいえお母様、殻の中で子育てするだけのタコに神通力を求められましても。
「なにとぞ子を守る機会をわたくしの身に!!」
 独り身をお嘆きな女性の縁結び、結婚相談所に諭吉さんたちを引き連れてどうぞとしか言い様がありませんけど。
「娘が健やかに育ってくれますように」
 いちばん穏当なお願いなのはいいんですけどね。その娘さん、ドールですので成長は無理なのでは? むしろ動き出したら案件ですから!
『さあ、盛り上がってきました! あなたの願い、きっと叶いますよ!』
 動物園仕様なカーキ色のツナギを水族館仕様のブルーなツナギに着替えた飼育員さんが、マイク片手でお客様を煽ります。
 確かに盛り上がってますけどね……叶うといろいろ大変そうな方向に。
 ぷくぷく泡を吐いてモールス信号を形成、飼育員さんに「祟られるからやめてくださいー」とお伝えしましたが、ええ、案の定というか、さっぱり読み取ってくださいませんでした。モールス信号だったのが悪いのかもしれません。
 よし、だったら次はデジタル信号です。
 あたしが何進法でデータを構成するか悩んでいますと、飼育員さんが口パクでサーヴィスサーヴィス――この前より発音がよくなってますね!
 現在あたしがいるのは大水槽。マグロ(着ぐるみ)とかまんぼう(着ぐるみ)とかアザラシ(着ぐるみ)とかがいっしょです。本物がいない! という苦情は、どうぞお客様満足度アンケートにお書き添えくださいませ。
 っていうのはとにかく。泳ぎで魅せる系の方々はすでにあれこれしてますし、転がってるだけのカイダコ(メス)に、いったいなにができるというのでしょうか?
 命だよ。
 飼育員さんがどこぞの宇宙戦艦の艦長さんみたいなことを! みなもの子どもたちが行く……って、子ダコ型のデコイもありませんし、いったいどうすれば!
 あ、命。そういうことですか。殻の中で着ぐるみのマニュアルをながめていたあたしは悟ってしまいました。
 カイダコも他のタコと同じく、ジェット水流を出して急速移動します。もちろん着ぐるみにそんなギミックはありませんが、代わりにためてある空気を使えば飛べるんです。
 でも、空気が減ったら当然あたしの命が危ないわけで。そのへんはいったいどんな対策が?
 命だよ。命命。英語で言ったらノゥラィフ。
 飼育員さん? ノーライフはライフじゃないですよね? なくなってますしね、命。
 ガンホーガンホーガンホー!
 さらばな艦長からフルメタルな軍曹にジョブチェンジされましても! 闘魂なんてあたし、まるで持ち合わせてませんよ!?
 じゃ、マネー。
 く、それを言われるとっ! 受けた仕事はお金のためにやり遂げる。それがアルバイターのお金にかける心意気ですからお金!
 そんなことをほとんど念話でやりとりしつつ、あたしは肚を据えました。
 子安の殻に想いをかけるお客様方、あたしの一芸、しっかり見ていてくださいね? なにせ二度めは無理でしょう殻(から)。
 圧縮空気セット。放出弁開放まで三、二、一!
 ぶしゅー。すごい勢いで水槽の端まで飛んでいったあたしは壁に激突! 空気がなくなったせいで浮かび上がることもできないまま、水槽の底に転がったのでした。
 ちなみに、お客様にはややウケでした。見せ場があれだけですものねぇ。来世では子ダコ型デコイの実装を具申しようと思います。ということで、息が切れましたのでみなさまごきげんよう――


 ――朗報です。あたし、生きてました。
 なんでも飼育員さんが元カノのカイダコとその子どもたちに出動要請してくれて、お客様の目を奪ってくれている間に今カノのカイダコが助けてくださったそうで。
 うーん、カオスですね。いちばんの朗報は、あたしがそういう込み入った男女関係を目にしなくてすんだってことかもしれません。
 楽屋に戻ってたこ飯弁当を食べつつ、あたしは朦朧とした意識の中で垣間見たあれこれをそっと胸の奥へと蹴り込んだのでした。
 そうです。あたしはなにも見てませんし、憶えてもいません。
 あ、たこ飯すっごくおいしいです!


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【海原・みなも(1252) / 女性 / 13歳 / 女学生】
【職員さん(NPC) / 男性 / 51歳 / 飼育員】
   
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年10月01日

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