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『ゆっくりのんびりと代償と 』
地領院夢jb0762)&地領院 恋ja8071)&地領院 徒歩ja0689

「もしもし、夢ちゃん? アタシ――そう、またスマホ無くして、新しくしたの。またすぐ無くしちゃうと思うから、番号は登録しなくていいから。
 ――夢ちゃんや徒歩君の番号は覚えてる。
 それで、そう。夢ちゃんの誕生日には帰ろうと思って。成人式は終わってるけど、誕生日――掃除の音がうるさくて、ごめん。
 うん? いま掃除してるのは確かに男性だけど――そんな色気のあるものじゃないよ。
 それよりも誕生日、来月の7日でしょう? 成人のお祝いにね……ええ、アタシも楽しみにしてる。それじゃそろそろアタシも掃除をしないとならないから――それじゃあね」

 そう言って、地領院 恋は通話を終了すると、すぐ横で掃除をしていた男が倒れた。頭から出血していて、もう助からないと一目でわかる。

 和らいでいた表情は途端になりを潜め、積み上げた土嚢に背を預け座っていた恋はスマホを尻ポッケに入れて、硝煙弾雨など気にせず立ち上がった。

 斧槍を手にすると、土嚢をひょいっと乗り越える。まっすぐに向ける顔は狂人そのものだった。

 そして愚直に走り出す。

「さあさあ、とっととくたばっちまえ、てめぇら!」




「ふむ、そうか。姉御が帰って来るというのだな。そうなると俺も兄として妹嬢を祝わねばなるまい。良い物を探しておかねばな。

 ――なに、遠慮することなどないぞ。さほど多いというわけではないが、貯えもしっかりある……そういう事ではない? ではどういう事なのだ、妹嬢よ」

 スマホ越しで妹が何を心配して、祝いの品を辞退しようとしているのかさっぱりわからない地領院 徒歩。

「まあよいではないか。兄として祝わせてくれ――うむ、それでは楽しみにしておくがいい。
 俺も妹嬢の手料理にご相伴預かれるのだ、楽しみに――どうした、何か不都合でもあるのか? ない? それならよいのだ。
 それでは兄も忙しい身なのでな。それではまた後日――」

 通話を終えて茶褐色がなみなみと入ったコーヒーカップを手に取ろうとした時、見計らったように生徒が戸を開けて飛び込んできた。

 生徒に顔を向けてしまい、手はカップの取っ手をかすめるだけに終わらず、茶褐色の液体を床にごちそうしてしまう。

「むう……」

 だが、慌てふためくことはない。

 ティッシュを取ろうとして綿棒がみっちり詰まった入れ物を落としてしまう程度には冷静だ。

「先生! 生徒同士がパンツ一丁で喧嘩してて、鼻血とか、酷い事になってるんです!」

 ティッシュの山でシミがじっとり広がるカーペットタイルを叩きつつ、「ほう。それで、武器の使用は?」と尋ねていた。

「え……ない、です」

 冷蔵庫から麦茶を取り出し、シミの上に少し撒いて再びティッシュで叩きながら生徒に背中を向けたまま続けた。

「それなら気の済むまで殴らせておくのだな。なぁに、素手の怪我なら明日には治っている――おっと、パンツが脱げそうならお盆くらい渡してやるがいい」




「兄さん……変な物をくれませんよーに!」

 スマホを両手で挟み、天に向かって拝む地領院 夢。

 兄である徒歩が大学生になり、右目のカラーコンタクトを外し、言動も比較的、昔に比べだいぶマシになったと、ちょっと前までちょくちょく会っていたから知っている。

 だが、人間の中身がそう簡単に変わるものではない。

「最悪、かさばらないものがいいな……そういえば貯えがあるって言ってたけど、兄さん、いま何してるんだろう。もう大学を出てるんだろうけど、就職したのかな。
 ここしばらく、今の生活が忙しいからって顔も出してないし……まさか人知れず、謎の組織と戦っているとか言い出さないよね」

 荒唐無稽だが、ありえてしまうかもしれない――目を閉じ頭を両手で抱えてうんうんと唸っていたが、まあいいかと悩むのを止めた。

「それよりも姉さんね。あいかわらず危険なところに行ってるんだろうなあ。無事に帰ってきてくれたらいいけど……」

 眉根を寄せて不安げな表情を見せた――が、それも一瞬。すぐに表情を切り替えて、「今からメニュー考えて練習しとこ」とスマホで何かを検索し、財布を手に取ると鼻歌交じりに出かける夢であった――




 日曜の朝。炒める音と鶏肉の香しい匂いが、ダイニングキッチンからリビングにまで漏れていた。

 そして熱々の鍋へ注がれ弾ける水の音がしたかと思うと、呪文のような言葉が歌となって紡がれる。

「塩と胡椒とバター、コンソメブイヤベース、パセリにセロリ、ローリエブーケガルニ――さーあ、とどめにシチューの素を一粒ぽんっ!」

 肉と野菜の匂いに紛れ香草の匂いも立ちこめ始め、コトコトと煮込まれる音。それに洗い物の音。さらに鼻歌も加わった三重奏が夢の部屋に流れていた。

「よっし。あとはじっくり煮込んで、食べる前に残りの素とブロッコリーを入れるだけだね」

 手に残った水気をエプロンにこすりながら、ダンスのステップのような軽やかな足取りでリビングへと戻ってきた夢。

 ローテーブルの向こうに、よっと手を挙げて出迎える徒歩がいた。

「ご機嫌だな、妹嬢」

「ギヤァ〜〜〜〜〜〜〜!!」

「ギヤ〜とはなんだ、ギヤ〜とは。花も恥じらう乙女なら、そこはせめてキャーだとは思わないか、姉御」

 絨毯の上であぐらをかいている徒歩の前、夢に背を向けてソファーに座っている恋がどう答えていいのかわからないか、もしくは夢を気づかってか、沈黙を返していた。

「どうして姉さんも兄さんももういるの!?」

「姉御が早朝、古い知人の伝手でヘリポートに到着したから、俺が迎えにいってそのままこっちへ来たのだ」

「早いなら早いで、連絡、欲しかったな……!」

「うむ。そう思って連絡したが、電話しても出ないと姉御が言っていたぞ。俺も試したが」

 あわてて尻ポケットのスマホを確認すると、確かに不在着信が2件。恋からの1件と、遅れて徒歩からの1件。時間帯からすると、タマネギを炒めながら水を出しっぱなしで人参やイモの皮を剥いていたあたりだった。

「気づかなかった……チャイムももちろん、鳴らした?」

「うむ。連打しても一向に出てくる気配もなく、耳を澄ませて押してみたが音がしていなかったので、とりあえず姉御の合い鍵を使って、あがらせてもらったまでだ」

 ドタバタと玄関に向かう夢。ほんの少しの間、玄関の戸を開けたまま外に出て、すぐに戻ってくる。

「ほんとに、鳴ってない……なんで?」

「あのキンコンはだ、電池のタイプもある。そしてそれはたいして使っていなくとも、いつの間にか電池切れを起こしている事もあるのだよ、妹嬢よ」

 理解したかねと言わんばかりに得意満面な徒歩だが、夢は顔を両手で覆い隠していて、そんな徒歩を見ていない。

(恥ずかしすぎるっ)

 誰にも聞かれていないと思っていただけに、辛い。

 ソファーに座る恋のすぐ隣に顔を覆ったまま夢が両膝を折り曲げ、立てて座り、さらに縮こまる。そんな夢に腕を回し、頭を撫でる恋。

 妹の様子に首を傾げる徒歩だが、その視線を恋に向けた。

「姉御はまだ戦地を飛び回っているのかね?」

「うん。昨日まで、外の世界にいたよ。戦況があまり良くなくて、だいぶ長引いたんだ。
 そのおかげで向こうの人達とか、風景もたくさん描けたけど」

 ぼろぼろのリュックからスケッチブックを覗かせる。

 それからしばらくは転々とした戦地の話と、そこの状況などを徒歩とずいぶん深く詳しく話し込んでいた。

 顔を隠したままの夢にも聞こえ、恋がこの先もそんなところに行くのかと心配になってくるが、きっと無事に帰ってきて、こうして自分の手料理を食べてくれると信じていたので、反対という言葉を口にしない。

「徒歩君はいま、何を?」

「俺はいま、何を隠そう久遠ヶ原の養護教諭をしていてな」

「ええ!?」

 顔を隠していた夢が驚き、ローテーブルに身を乗り出して正面の徒歩をまじまじと見てしまった。厨二だった面影はなく、ぱりっとした服装で、確かに教諭っぽい姿に見えてくる。

「まさかまともに就職してたなんて……」

「いつまでも魔眼魔眼言ってはおれん。人生という旅路を平穏に過ごすためにも仮の姿――いや、何かしらの仕事に就かねばなるまい」

 その言葉に夢はきな臭さを嗅ぎ取った顔をして、恋はなぜか乏しい表情ながらも残念な気配を醸し出している。

「それも久遠ヶ原の養護教諭? 学校で会ったことないよ」

「それは仕方あるまいな。俺は高校の棟で、さらに門からも一番遠いところだ。大学生となった妹嬢には縁遠いであろう」

 徒歩の説明に夢はそっか、それもそうよねと納得して、ソファーに座り直す。

「養護教諭……カウンセラーって大変そうだよね」

「それがどういうわけだか、皆、俺の所へカウンセリングには来ないのだ。不思議な話だ」

 少しは自信があるのだがなと言う徒歩だが、夢としてはまあわかるとしか思えなかった。

「夢ちゃんは大学、どう? 楽しい?」

「楽しいよ――あ、そろそろ仕上げにはいるね。お話の続きはご飯食べながらにしよ」

 キッチンへ向かおうとする夢に恋は頷き、またさっきと同じように徒歩と向かい合う。

 厨二を卒業したと知り、先ほどから残念な気持ちでいっぱいの恋だが、ふとテレビの上の棚にアルバムが置いてあるのが目に入った。

 夢の部屋なので当然、夢のアルバムが多いのだが、徒歩のアルバムと恋のアルバムもある。こうやって集まって思い出話する時、見ながら話したりできるようにと、夢に託していたのを思い出し、立った。

 アルバムに近づき、徒歩のアルバムを手に取る。

 写真の中の徒歩はまだカラーコンタクトに指貫グローブやマントなど、まさしく『それっぽい姿』に、恋は目を細めた。

(懐かしいな……この頃に徒歩君が思いのまま書いてた秘蔵のノート、あたしの部屋にあったな――どこにしまってたっけ)

 そこでさらに思い出した。

 徒歩のアルバムをしまうと、自分のアルバムを取り出し、少し分厚くなっているページを開く。ページとページがくっついているそこの上をわずかに広げ、ひっくり返して振ると、薄くて小さなノートが出てきた。

 これこれと、それを何気なく開く恋。理想郷というものについて、びっしりと書かれている。そして最後の方に気になる計画表を見つけた。

 大学進学と共に目を欺くため、封印。だが諦めではない、と。まだその時ではないという一文を強く、何度も何度も丸く囲っている。

「ごはんだよー!」

 夢の声に恋はそれをそっと閉じて、また同じところに隠すとアルバムを戻して振り返る。徒歩の後ろ姿へ向ける目が、先ほどとまた少し、変化していたのであった。

 ダイニングキッチンのテーブルに人数分のシチューとサラダ、あとは中央にパンが並べられていた。

 グラスを取り出して、水を注ごうとする夢に徒歩が「待つのだ、妹嬢よ」と制止する。

 保冷バッグを開け、テーブルの上にハーフサイズの瓶を並べていく。ワインだったり、日本酒だったりと様々で、軽いものから重いものまでそろっている。

「先輩先生に聞いた、美味い酒だ。シチューであるなら、このロゼワインと洒落こもうではないか」

 そう言って、ワイングラスではない小さなそのグラスにワインを注ぐ。

 夢はテーブルに顔を近づけ、淡いピンク色の液体をまじまじと眺める。やがて両手の指で挟み込むようにして、グラスを持ち上げた。そしておっかなびっくりで、ちびっと、喉に流し込んだ。

 ほどよい冷たさが喉を通過し、鼻から抜ける香りがわずかにブドウを感じさせる。

「ふむ、イケそうな口ではあるな。飲めなければ持ち帰る予定だったが、すべて置いていこう」

 イケるかどうか(現時点では)わからないので、夢はあくまでもちびちびと飲んでいた。

 無事に成人の儀式のようなものを通過し、3人そろっていただきますと、シチューにスプーンを差し入れる。

 ごろっとした鶏肉は口の中でホロリとほどけ、鶏の旨味もしっかりと中に閉じこめられていた。形がしっかりとしたイモと人参はほくほくで、甘い。彩りを見せるブロッコリーは歯ごたえを残しつつ、鶏と一緒に口の中へ入れば、わずかな苦みが旨味と甘みを引き立ててくる。

 ――つまりは。

「美味しい。うん、また腕を上げたね」

 恋に褒められ、夢は首に手を当てて顔を傾けつつ嬉しそうにしながら、ワインを口に含む。

「生のほうれん草にカリカリのベーコンというのも、オツだな。ベーコンの旨味とほうれん草がここまで相性がいいとは。ワインにもよく合う」

 フォークを突き立てて青物を貪る徒歩。

 2人二褒められ、さらに照れる夢がそれを誤魔化そうと「そう言えばさっきの話だけど」と切り出した。

「大学、楽しいよ。すごく深いところまで学べるし、高校の時よりもさらに趣味が近い人とも出会えるし。それに、ダンスも続けてるしね」

「ほほう。それで将来のビジョンは見えているのかね」

 ビジョンと言う言葉におかしな部分はないが、徒歩が言うと微妙に引っかかる夢だが、ゆっくりと言葉を返す。

「……それを将来の職業とはまだ考えてないけれど、誰かに夢を与えたり、共有できたりする仕事ができたらなって思ってる」

「……そう。夢ちゃんならきっとできるよ――ところで、最近の久遠ヶ原は、どう」

 恋が2人に尋ねる。

 2人は頑張っているし大変な事もあると言いつつ、話す全てが楽しそうで、幸せそうに見えた。

 眩しそうに目を細める恋。

(どうか2人共、幸せにいられる世界でありますように)

 そう、願わざるを得ない。

 それからはワインちびちびとしながらスケッチブックを見せたりとしている内に、いい時間になってしまった。

 帰ろうとする2人を玄関で見送る夢。

「次はもっと腕を上げておくから、楽しみにしてね!
 ――それとついでに、兄さんがさらに卒業してくれる事も楽しみにしておくね」

「な、何を言う。俺はもう至極まっとうな一般人ではないか、妹嬢よ」

 内心の冷や汗を隠せない徒歩に、夢のジト目が突き刺さる。

「楽しみにしてると、夢ちゃん。それじゃ、もう行くね」

「う、うむ。さらばだ、妹嬢よ!」

 逃げるように去っていく徒歩。

 そして優しく穏やかな笑みを夢に向け、それから振り返る恋。振り返ればすでに笑みはない。

 背中に夢の見送りを受けながらも、その足が向かうのは次の戦地。

 2人の幸せを守るためにも。

(あたしにはそれしかないんだ――)




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb0762@WT09/地領院夢/女/20?/地領院家唯一の常識】
【ja8071@WT09/地領院 恋/女/27?/幸せを守るための】
【ja0689@WT09/地領院 徒歩/男/22?/滲み出る我が闇】

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お待たせして申し訳ありませんがこの度のご発注ありがとうございます。
発注文にだいぶ沿う形で書きつつも、アドリブも入れられたかなと思います。幸せそうな雰囲気とのメリハリなども、あるかなと。
Eはもう発注不可ですが、これからもご縁がありましたらよろしくお願いします。
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楠原 日野 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年10月02日

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