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『遺された道標は橙色 』
レティシア ブランシェaa0626hero001

「……こんなもんか」
 とある夜、レティシアは日課となっている日記を書き終え、短く息を吐いた。机上のランプの柔らかなオレンジ色の灯りが揺らめき、その前で腰掛ける彼の顔と、びっしりと文字で埋めつくされたページを照らしている。
 彼の背後では、相棒が穏やかな寝息を立てていた。彼女が寝静まった後、一人で日記――その日一日の行動や相棒の様子などを機械的に記述しただけの、いわば記録というべきものだが――を書き留めるのが、異世界から来た彼が毎日欠かしていない行動であった。きちんと読んでいけば、それが彼の日本語の練習にもなっていることがうかがえる。
 しかし、今日は今までのそれとは少し状況が異なっていた。レティシアが何気なく日記に目を落とし、使用済みのページをめくると、そこには硬い茶色の裏表紙が見えた。彼はページから目を外すと、どうしたものかとばかりに遠くを見やる。
 そもそも、レティシアが日記を書き始め、そして現在に至るまでそれを続けている理由は、彼が抱える恐れに起因している。彼をはじめとした『英雄』は、皆この地球ではない別の世界からやってきた存在であるのだが、レティシアは元の世界の記憶があらかた失われた状態でこの世界にやってきたのである。表にこそ決して出さないが、彼の不安は決して小さくない。
 もし、また記憶を失ってしまったら?
 いや、そもそも今保持している過去の記憶は、本当に自分の過去なのか?
 現在すらも――。
 結論など出ようはずもない。だからこそ彼は、全身にメモ用紙を貼った数学博士のように、再び記憶が消えることのないように、保険の意味を込めて日記をつけていた。
 それなのに。レティシアは後ろを振り返り、悩みなく眠っているように見える相棒の寝顔を見やる。
 彼の記憶は召喚されてから今日にいたるまで、記憶が消える兆しすら見せたことがない。『自分の記憶は必ずどこかで消える』という確証すら曖昧であるのに、わざわざ日記を書き続ける必要性は本当にあるのか。それに、万が一この記憶が消えてしまったとしても、自分の相棒である彼女であれば、きっと変わらずにそばにいるのではないか、少なくともただ見捨てるようなことはしないだろう……
 と、そこまで考えたところで、レティシアはふと我に返った。そしてようやく焦点が合ったような目で相棒と、そして背後の日記とを見比べると、小さく肩を震わせた。
「……随分と、信用してるじゃねえの」
 偶然巡り合っただけの人間を、こうも。
 少年はランプの灯を消すと、日記帳を小脇に抱え、幻想蝶の中へと音もなく飛び込んだ。



 結論から言うと、レティシアは日記を書くことをやめることはなかった。
 次の日の夜には、変わることなく机の前に座る彼の姿があった。当然後ろ手は彼の相棒が寝息を立てている。
 レティシアの前には、真新しい日記帳。日中に外へ出て買ったそれを開くと、レティシアはさっそく筆を走らせる。
 だが、それは今までのものとはわずかに趣が異なっていた。自分や相棒の行動、周囲の様子、天気などといった病院のカルテのようなそれとはうって変わり、少しだけ――ほんの少し、人によっては気づきもしないほどに――レティシア個人の感情が含まれたものに変わっていたのである。
 そして日記の末尾には、慣れない筆遣いで一言だけ。
『今日はもう一枚上に羽織ったほうが良かった』
 まるで遺言のようだ。
 書き終えたそのページを一瞥したレティシアは、のどの奥で独りごちた。いや、事実遺言であろうか。いつ消えるともしれない異邦人たる自分が、少なくともこの世界で確固とした存在を持つ相棒に対して書き綴ったそれは、いずれ彼女が自分無き後に見返すためのもののように見えた。
 ――昨夜。万が一自分の記憶が消えてしまったとしても、問題がないように思えた。
 けれど、相棒が自分のことを忘れてしまったとしたら、何も打つ手がないように思えた。
 それは、少し、引っかかった。
 だから、これはそのための保険。
 自分自身に何かが起こり、最悪の場合この世界からいなくなったとしても、相棒が自分を覚えているように。彼女のそばに自分がいられるように。
 そう考えると、今までは見られても困るものではなかったはずの日記帳が、途端にひどく恥ずかしいものに見えてくるから不思議だった。
「……あー、クソ」
 レティシアは乱雑に髪を掻くと、ランプの灯を消した。
 今日もまた、夜が更けていく。けれど、机の上のオレンジ色の灯りは、まだしばらくはついているのだった。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【レティシア ブランシェ/男/27歳】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 きっとその一冊は、二人にとっての。

 山川山名です。この度はご注文いただきまして、ありがとうございました。
 今回の物語はシリアス寄りにしてもいいとのことでしたので、個人的にはかなり気合を入れて執筆させていただきました。この物語が、彼らにとって、そしてあなたにとって良いものであれば幸いです。

 このまま終わっても味気ないので一つ書かせていただきます。読み飛ばしていただいても構いません。全体を通して最も悩んだ箇所としては、レティシアにとって日記がどのように相棒に影響を及ぼすか、を考えるシーンでした。大幅な性格の改変はできない。けれど変化をつけなければ、レティシアにとって日記が持つ意味はそれほど多くない――日課であるにもかかわらず――ことになってしまう。結果としてあのようなシーンを書くに至りました。想像と違う、とお考えになられても致し方ありませんが、どうかご容赦ください。

 夏も終わり、いよいよ秋が近づいてまいりました。『リンクブレイブ』の終わりも迫ってきています。どうぞ、心ゆくまで『リンクブレイブ』の世界をお楽しみいただければと思います。

山川山名
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リンクブレイブ
2018年10月02日

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