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『変わらない道と、変わる立ち位置 』
和紗・S・ルフトハイトjb6970

 柔らかな熱を孕んだ風が、鮮やかな黄色を揺らしていく。
 眼に眩しいのは、遍く照らす陽の光か――それとも。

「ありがとう、隣に居てくれて」
「俺の方こそ、ありがとうございます」

 微笑み合い、どちらからともなく指を絡める。その確かな感触に、和紗の胸は可笑しく騒めいた。
 ――あの時は、ただ、その背を見つめるばかりだったのに。

 今は傍らにある温もりが、ただ嬉しくて。ねえ、と、腕を引いて耳元に口を寄せる。

「覚えて、いますか――」




 放っておけない友人、と。目が離せなくなったのはいつからだったろう。
 一歩一歩、想い出をなぞるように歩みを進める。

「……リーゼは、いつも一人で」

 隣から向けられる視線が、優しく続きを促してくれるのに甘えて。和紗は思考の波に身を委ねた。

「誰にも頼らず、何でも抱え込んで生きているから……俺は、もどかしくて」

 何気ない日々の合間にふと、今も独りで、どうしているだろうかと胸を騒がせ。その回数が、知らぬ間に段々と増えていって。

「貴方と共に歩んでくれる誰かが現れれば良いと。貴方が憩える家族が出来れば良いと」

 どうか、貴方が、一人で苦しみませんように。
 一人で、たった独りで、寂しさを抱えて生きていくことになりませんように。

「……ずっと、想っていたのです」

 それは、もはや祈りにも似て。あの時の泣きたいほどの想いが、零す言葉に滲み出る。
 絡まる指が一瞬だけ強まって――引きずられかけた和紗の心を、やわやわと溶かした。

「そんなに危うかった記憶はないんだが」
「このように自覚もないですし」

 首を捻るリーゼをジト目で睨みつけ――本当に不思議そうな顔に堪えきれず、和紗に笑みが咲いた。
 この道を彩る向日葵のような温かさに救われたのだと、リーゼが目を細めている事に気付かずに。

「ですが」

 空を見上げる。抜けるような青空が、高く、広く、どこまでも続いている。

「貴方への恋心を自覚して……自覚するのに2年半もかかりましたが」
「ふむ…。改めて思い返してみると、やはり俺に取っても密度の濃い2年だった」
「……」
「?」

 思わず、蒼穹から傍らへと視線を戻す。不自然な間を感じたのだろう、前を向いていた瞳が疑問を宿して視線を寄越すのに、和紗はゆるゆると首を振って。

「いえ……今日は、いつもよりも口数が多いような気がしたので」
「そうだろうか?」

 首を傾げるリーゼ。つられていつの間にか止まった歩みを、風が優しく撫でていく。穏やかな空を同じように見上げ、のんびりとした空気に思考を委ねる。
 そうしてしばし後――ゆっくりと、一つ頷いた。

「そうだな」
「はい。……きっと、良い事ですよ」

 ――不意に。一際強い風が周囲を乱し。和紗の絹糸のような黒髪を弄び、視界を、耳を奪う。

「―――だ」
「え?……すみません、何ですか――ッ!?」


 美桜の、おかげだ。


 細めた視界のその向こう。乱れ惑う黒髪の合間から、僅かに見えるリーゼの口元がゆっくりと象る言葉に。一瞬だけ浮かべた、蕩けそうな微笑みに。悪戯な風が収まってなお、動悸が落ち着いてくれなくて。

「貴方のそういうところが……ずるい、です」

 駆け足な鼓動の音が届くかもしれない。それが、妙に悔しくて。
 拗ねたように、絡めた指を解く。足を速めて彼の前へ――あの時の、逆となるように。

「俺のせいか?……俺のせいだな。すまない」

 変わらない表情の裏側で、だが、焦っているのだろう。躊躇いもなく伸ばされた腕が――誰かに、手を伸ばすことを覚えた貴方が、とても嬉しいのだと。向けた背の裏側で、和紗の口元が弧を描く。

 そして、その伸ばされる先が。

「貴方が憩える家族が、そういう存在となるのが――俺以外の誰かでは嫌だと、そう、思ってしまいました」

 貴方の伸ばす腕の先が、己で在るよう。誰かにその場所を奪われる前に、と。
 それが婚姻届を叩きつけた理由だ、と、振り向いて艶やかに笑う和紗に、リーゼの瞳が驚いたように見開かれた。




 伸ばした腕の先に、季節外れの美しい桜が咲いた。
 見開いた目を何度か瞬かせ、リーゼはそっと桜に――愛しい人の頬に、手を滑らせる。

「俺も。――美桜でなければ、嫌だ」

 陽もささず、憩う花も何も無い道を、がむしゃらに歩いてきた。
 それを『孤独』と呼ぶのも知らず――何も顧みず、立ち止まらず、届くことの無い手を、ただひたすらに伸ばし続けた。虚しく空を切る手は、いつの間にかとても冷たくなっていて。

「とても、あたたかい」

 それが今はどうだ。掌に伝わる温もりに、リーゼは心の奥底が歓喜に震えるのを感じる。
 ただ無自覚の中で、独りもがいていただけだったのだと。空回りしていた腕を掴み、気付かせてくれたのは。

「俺の手は、ちゃんと届きましたか?」

 頬に触れていた手に、心地良い体温が重なる。目の前で仄かに微笑む愛しき恩人にはきっと、己のこの、泣きたくなる程の慕情は半分も伝わってないのだろう。込み上げる可笑しさのままに、顔を寄せる。

「ああ、もう、離したくないな」
「……っ!」

 触れるだけの口付けを、驚いて閉じた瞳の上へ。伝わるといい、と祈りを込めて捧ぐ。
 彼女は此処にいる。隣に、背中合わせに、立つ場所は変わろうとも、傍らにずっと。

「共に行こう、未来へ」

 もう、虚空に手を伸ばす必要はない。孤独に彷徨った手は、彼女と重なり、確かな光へと続いて行く。
 繋いだ手は、心は、今こんなにも温かい。

「生きましょう、共に。リーゼが俺の未来を照らす光、ですから」

 厳かに誓うように囁いて。寄り添う彼女と、前を向き歩いていく。
 ここから先は、二人で作っていく道だ――




 ところで。

「本当に今日は口数が多いですね。いえ、悪いというわけではないのですが」
「む、これだな」

 不思議がる和紗に、リーゼは懐からおもむろに雑誌を取り出した。


『初心者パパに贈る赤ちゃんとの付き合い方教科書!〜パパ大好きと言われるために〜』


 ――和紗の背後に不可視の嵐が吹き荒れた!だがリーゼは気付かない!


「たくさん話すのがいい、らしい」

 しかも満面の笑顔で、という個人的ハードル付き。
 実はこっそりトイレでほっぺをフニフニ揉んでるというのは、まだ手ごたえを感じてないので内緒にしている。

「……なるほど、そうきましたか」

 嵐をおさめ重々しく頷くと、和紗は、真顔で袂からチラシを取り出した。


『新米ママに贈る保育士体験講座!〜育児の基礎から家庭医学まで〜』


 ――リーゼの背後に雷が落ちた!だが和紗は首を傾げている!


「保育士の資格を目指そうかと思ったんですが、本業を考えると難しいかなと」

 二人はしばし黙って見つめ合った。そして――無言でさむずあっぷ。
 お互いの健闘を称え合ったらしい。ダメだこの天然カップル。長男がお腹にいれば蹴ってくれたかもしれない。無事な出産の中でそこだけが悔やまれる。ツッコミ急募。

 
 閑話(それは)休題(さておき)。


「もっと……家族を作りますね」

 それぞれバイブルを懐にしまいなおして、またゆったりと歩き始めた。
 天涯孤独だった貴方に、生涯をかけてプレゼントを。

「賑やかに頼む」

 こくりと頷いたリーゼに、和紗は穏やかに微笑み。そして二人は。
 ――リーゼはおもむろに取り出した紐で袖をきゅきゅっと縛り始め、和紗はお前それどう持ってたんだ的な分厚い野草辞典を開いた。

(アカツメクサが意外と美味しかったんですよね――時期終わりですが、まだあるはず)
(む、これは食べられそうだな)


 ――この後やっぱり、めちゃくちゃ野草を採りました。平和。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb6970/和紗・S・ルフトハイト/女/麟】
【jz0289/リーゼ・ルフトハイト/男/麒】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、戦いが終わり、二人で歩み始めた未来のとある一幕をお届けいたします。
お二人の大切に育んできた日常を、壊すことなく彩れていたならば幸いです。
ご縁をくださった方と、ご助言いただいた方に、最大級の感謝を込めて。
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日方架音 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年10月04日

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