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『水曜日の前哨戦 』
リィェン・ユーaa0208

 7月25日。それはリィェン・ユーにとって365日の内でもっとも重要な日である。彼が密かに――と彼ばかりは思い込んでいる――想いを寄せるテレサ・バートレットの誕生日だからだ。
 そして10月10日までの2ヶ月半は特別だ。この期間、同学年であるところのテレサが“お姉さん”になるから。
 まあ、その期間外の同い年でいられる9ヶ月半もまたかけがえのない日々なのだが、ともあれ。
 27日の深夜、リィェンはテレサへ打診メッセージを送ったのだ。
『8月1日のディナーは俺に用意させてもらえないか? 場所は池袋にさせてもらえるとありがたい』
 これだけ打ち込むのに丸2日かかった。加えて送信に半日。その純情に神が報いたものか、わずか3分で返信が。
『Lovely! ロケットで飛んでくわ!』
 ロケットブースターを噴かして飛び来たるテレサを想い、リィェンは口の端をゆるめ……再び引き締めた。
 さて、ここからが本番だ。
 スマホのコミュニケーションアプリをテレサからある人物へと繋ぎ替え、緊張を息に乗せて吹き抜く。
 と、いう割に5秒で打ち込み終えたメッセージは一瞬で送信された。

 一方、メッセージが届いた先のニューヨーク。
 ぶふぅ。
 セカンドフラッシュ(夏摘みのダージリン)による見事な霧を噴射、オフィスのただ中へ霧雨を降りしきらせたジャスティン・バートレットは、取り落としかけたスマホをあわやのところで掴みなおし。
「いつ私の“線”を知った!?」
 通話ならぬメッセージであるため、応えるものは当然ないわけだが、それにしてもだ。
 いったいなにを考えている、リィェン・ユー君。
 大事な大事なひとり娘に下心たらたらで這い寄りやが――もとい、娘に好意を寄せてくれている青年であることは知っている。なにせ顔見知りをそろそろ越えようかという頻度で会っている仲なのだ。どこで? 同じ病院のICUで!
「落ち着きたまえジャスティン。きみがチンピラのごとくにわめきちらしては、H.O.P.E.の品位に関わる」
 自らへ言い聞かせ、あらためてリィェンからのメッセージを見下ろす。
『8月1日19時、テレサとのディナーにご同席を求む』
 続けて語られたリィェンの意図は、自分の誕生日など忘れているだろうテレサへサプライズなプレゼントを贈りたい。彼女が誰よりも大切に想うジャスティンとの晩餐を……というものだった。
 本当にまったく、なにを考えているのだきみは。
 恋する青年にとって、相手の父親など最悪の存在だろう。同じ卓を囲むどころか、顔を見るのも控えたいところだろうに。そう、結婚を報告しなければならないそのときまで――
 娘はやらんぞ! と憤りかけて、ジャスティンは息をつく。
 歳はともかく、テレサはまだ“少女”だ。彼女の活躍はすべて彼女自身の努力によるものながら、その心は未だ、初めてジャスティンが正義を語り聞かせたあのころからなにひとつ成長していない。
「娘をやらんではなく、やれん……だね」
 せめてテレサが自分の意志をもって立てるようになるまでは。
 しかし。
 幼い心に成長を促せるものが庇護者たる自分ではありえないことも知っている。刺激と経験、それこそが人の自我を育み、咲かせるものなのだとも。
 ジャスティンはアプリに返信を打ち込んでいく。
『私は19時に指定の場所へ到着するが、娘へは16時、池袋へ着いているよう伝えておく。その3時間をきみがどう使おうと、私は一切関知しない』

「どういうことだ?」
 ジャスティンからの返信に、思わず眉をひそめるリィェンである。
 会長にとって俺は、愛娘に下心たらたらで這い寄る毒虫だろうに。自分が到着するまでの3時間、テレサとふたりで過ごしていいなど、どう考えてもおかしいじゃないか。
 しかし。これでなにをためらうことなく切り出せる。
『その連絡はエスコート役が申し出るべきことかと。よって自分から連絡させていただきたく』
 ふたりきりの時間を過ごすためにテレサを誘う。
 それは他ならぬジャスティンに背中を押される形になったとはいえ、彼にとって一世一代の決意であった。
 いいのか。
 俺がテレサの貴重な時間を奪ってしまっても。
 そも、彼女の誕生日の一週間後にサプライズをしようと思い立ったのも、誕生日という記念日を邪魔したくなかったからなのだ。もっとも彼女は自分の記念日を忘れたまま、任務に没頭していたようだが。
 とにかく震える指でメッセージを打ち、テレサへ送信。
『食事の前に案内したいところがある。15時にいけふくろう前で待ち合わせられるだろうか?』
 あえてジャスティンに指定された3時間に1時間プラスしてみたのは、まさに恋する青年の控えめな暴走ではあったのだが、果たして。
『空中給油を要請しておくわ』
 ああ、本当に飛んでくるんだな。万感を噛み締めて、リィェンは『楽しみにしている』と締めくくり。
「しかし4時間、池袋か」
 新宿や渋谷と異なり、池袋は街自体がコンパクトで、だからこそ選択肢は広い。
 リィェンは、スマホの検索エンジンを呼び出し、【池袋 おすすめ デートスポット】などと打ち込んでみる。
「展望台、水族館、博物館……移動の時間を考えれば西口方面がいいんだが。カフェがある公園も悪くないな。いや、カフェなら猫カフェという線も」
 そんな彼の背中から、英雄ふたりはそっと目を逸らして立ち去る。下手に触っていらぬ面倒をつつき出してしまうのはごめんだ。

 アイルランドの南端に位置するキンセール。
 海沿いに建つホテルの一室からリィェンのメッセージに返信したテレサは振り向いて。
「マイリン。1日は休みをとるから、あなたもいっしょに来る?」
「え? なにアル? どこ行くアル?」
 ぱたぱたと駆けてきたマイリン・アイゼラにスマホの画面を見せる。
「リィェン君から夕食のお誘い。前から休暇を取るように言われてたし、ヴィランにもまだ大きな動きもないし、ちょうどいいかなって」
 かるい調子で語るテレサに、マイリンはおそるおそる問うた。
「ガチで言ってるアル?」
「ガチ? ああ、うん。ガチだけど」
「リィェンはテレサ的にどんな感じアル?」
「親しい友人よね?」
 マイリンは絶望感丸出しの顔を左右にふりふり。
「やばいアル……なんてゆうか、超やばいアルよ。アタマ小学生アルかいや小学生アルよねここんとこは」
「かなり深刻な勢いでマイナス感情を向けられてるのはわかるけど……なに?」
 いい歳の男がいい歳の女をディナーに誘ったあげく、その前に逢おうと言っている。意図などもう、わかりきっているじゃないか。
 それに気づけない、いや、気づくことを拒絶しているのは、テレサの稚気――いつまでも父親の腕の内で幼い娘を演じていたいと願う心が作用しているからだ。
 ジャスティンから与えられた正義がそれほどにまぶしく、先を行くジャティンの背がそれだけ偉大だったからこそとも言えるのだが。
 ここまで来たら呪縛アルよねぇ。
 マイリンはテレサを誰よりも買っているつもりだ。そうでなければ誓約を交わしたりするものか。だからこそ、一刻も早く気づいて欲しい。テレサはもう、父の支えから放たれて立たねばならないのだと。
「ちなみになに着てくアル?」
「こういうときはスーツでしょ?」
 こういうときってどういうときアルぅ! 必死に噛み殺したセリフをぐいと飲み下し、マイリンはもう一度かぶりを振った。
「あたしが叩き込んでやるアル。23歳女子にありがち、特別な日用コーデ!」


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 義の拳客】
【テレサ・バートレット(az0030) / 女性 / 22歳 / ジーニアスヒロイン】
【ジャスティン・バートレット(az0005) / 男性 / 54歳 / 悩める父】
【マイリン・アイゼラ(az0030hero001) / 女性 / 13歳 / 似華非華的空腹娘娘】
 
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2018年10月05日

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