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『決戦は水曜日 』
リィェン・ユーaa0208

 14時45分。リブニットにフレアスカートを合わせた――正確には合わせさせられた――テレサ・バートレットは落ち着かない顔でいけふくろう前に立っていた。
「あの、ジーニアスヒロインさんですよね?」
「なに、今日休み? あれだったら案内とかするし」
「写真いいっすか写真! てかあげちゃっていいっすか!?」
 ひと言をきっかけに囲まれるテレサ。それが遠巻きにながめているだけだった人々を加速させ、人だかりは一気にその太さを増していく。
 まずいな。
 石製のふくろうの裏側で気配を殺していたリィェン・ユーは踏み出しかけて、ためらった。
 時間より早く着いてくれたテレサの気づかいに応えたかった。そうなれば当然、自分がさらに早く着いていたことを知らせてはならないのだ。……4時間前から佇んでいたなど、絶対に。
 それになんというか、
「すまない、待たせたみたいだ。詫びの代わりになにかプレゼントさせてくれないか? ああ、一週間遅れの誕生祝いをな。――待たせてしまって、本当にすまなかった」
 とか言いたかったこともある。それでタイミングを計っていたわけだが。
 俺の身勝手でテレサを困らせてはおけん。リィェンは結局踏み出し、輪の内へ割り込んだ。
「今日の彼女はジーニアスヒロインじゃない。すまないが配慮を頼む」
 幾多の修羅場をくぐってきた武人が、鬼気を乗せた言葉を紡ぐ。
 まさに圧倒された一般人が、おずおずと離れていった。
「ありがとう、リィェン君。でも今のは大人げないわね」
 リィェンは生真面目な顔で「すまない」。思い出して、「待たせたみたいだ」。ここから先はとても言い出せなくて……押し詰まった喉をぐぅと鳴らす。
「5分前に着いたところよ」
 そんな純情にまるで気づく様子もなくテレサは笑んで、手を伸べた。
「エスコートお願い」
 その手をおずおずと取ったリィェンは、「きょ」。
「きょ?」
「今日の、きみの服、いいな」
 必死で絞り出した言葉に、テレサはまた笑んだ。
「マゴニモイショー? リィェン君はその気取らない感じがあなたらしくて素敵だわ」
 九分丈のテーパードパンツに半袖のワークシャツ。店で半日悩んだ末に決めた服だったが、よかった。
「どうしたの、変な顔になってるわよ?」
「いや、俺のほうが馬子にも衣装だと思ってな」
 言えないことよりも、この時間を無駄にすることこそ最悪手だ。そう思い込むことに決めて、リィェンは歩き出した。


 池袋の南にある大きな公園。
 いくつかのスポットを巡ってここへとたどり着いたふたりは、木陰でうんと脚を伸ばす。
「こうやって芝生に座るなんて、実はなかなかない機会よね」
「そう思ってここを選んだ。いい風も吹いてるし、昼寝をしたらどうだ? 番犬役は俺が引き受ける」
「いくら友だちでも、リィェン君にそこまでさせられないわよ」
 させてくれていいんだがな。きみを全部、預けてくれても。
 胸の内でつぶやいて、リィェンは顔をうつむかせた。
 言えないのは、俺に勇気がないからだ。
 言わないのは、きみの心が会長でいっぱいだからだ。
 きみの心を振り向かせるに足るものを、俺がまだ持てていないから――
 その足りないものが想いなのか、それとも誇れるだけの立場なのか、あるいは別のものなのかがわからなくて。リィェンは結局、沈黙を保つよりないのだ。
「あの子」
 ふいにテレサが立ち上がり、駆けだした。
 感慨を振り切ってすぐに後を追えば、テレサの手にすがりつく幼子がいた。
「迷子になったみたい。大丈夫、すぐに見つかるから」
 信じられないという顔で泣く幼子に、テレサは変身ヒーローさながらのポーズを決めてみせ。
「ジーニアスヒロインにお任せよ!」
 泣き止んだ幼子と同じ目をしていることを自覚しながら、リィェンは奥歯を噛み締めた。
 きみはいつだってその光で誰も彼もを包み込んでしまう。
 でも、光そのものだからこそ知らないんだ。きみという存在がどれほど価値のあるものなのかを。
 俺はきっときみに伝えるよ。きみの輝きも正義も父親からもらっただけのものじゃない。きみがきみだからこその輝きで、正義なんだと。
 テレサと共に迷子を無事両親の元へ送り届ける中、リィェンは静かに、しかし強く、心を据えた。

「――実に据わった顔をする。娘のボーイフレンドとしては品に欠けるが、同じ男としては感じ入るところがあるね」
 カフェの二階席から様子を窺っていた知命の紳士が口の端をわずかに吊り上げ、立ち上がった。


 池袋の北側には、リィェンと義で通じた華僑の組合がある。
 ただでさえテレサもジャスティンも敵が多く、あのときのように襲撃がないとは言い切れない。だからこそ彼は組合の目と手が行き届く池袋を選び、店を紹介してもらったのだが。
 これは豪華過ぎないか?
 内を素通りするだけで数万円を要求されそうな中華飯店、その個室の戸を開けば、誇示された価格にまるで格負けしていないジャスティンが座していた。
 それは見せつけ過ぎだろう。
 胸中で毒づくリィェンへ、ジャスティンは両手を拡げてみせた。
「勧められるまま上座をいただいたよ。必要ならすぐに席を移すが、どうだろう?」
 確実にこちらの心を読んでいる。リィェンは務めて平静な顔を作って「どうぞそのままで」、テレサを招き入れた。
「え、パパ!? どうしてここにいるの!?」
「そちらの青年にご招待いただいたのさ。確かそう、東京海上支部のエージェントだったね」
 名前を呼んでやる気はないってことか。なら、俺の手はひとつだな。
「初めてお目にかかります、バートレット会長。リィェン・ユーと申します。以後お見知りおきを」
 この程度、武辺の俺でもできる駆け引きだぜ? ジャスティンとはがっしり握手を交わしておいて、テレサをその隣へ座らせる。
「親子なのになかなか話をする機会もないんだろう? そう思って、見も知らぬ会長へ直訴したのさ。これが俺からの、一週間遅れの誕生日プレゼントだ」
「誕生日なんて忘れてた――最高のサプライズだわ、本当にありがとう」
 ふん、意趣返しはここまでだ。後はゆっくり話をしてくれれば……
「料理はこの店の料理人に頼んでおいたよ。以前の約束を果たしてもらうのは次の機会に」
 促されるまま下座につくリィェン。今夜は俺が料理を担当するはずだった。それをわざわざ止めた理由は、なんだ?
「テレサ、変わりはないかな?」
「ええ。パパも元気そうでよかった」
「そうだね」
 ジャスティンはうなずき、愛娘の髪をなぜる。
「いつまでもこうしていられたらいい、それは私の本心だ。しかし、その心をゆっくりと置き去り、離れていくことこそが私の為すべきことなんだと、そうも思ってきた」
 名残惜しさを振り切るように手を離し、ジャスティンは言葉を重ねた。
「変わらなければならない。まずは私がね」
 なるほど。あなたは認めてもいないはずの俺に見届けさせなきゃいけなかったのか。テレサから庇護の手を放す決意を濁らせないために。
 リィェンはふたりの会話を邪魔しないよう、運ばれてきた料理を取り分けながら胸中で息をつく。
 俺があなたの代わりにテレサのすべてを預かるつもりだったが、それじゃだめだってことだ。どうすればいいのかまだ知れないが、その問答、確かに受けた。
 押し詰まる空気の内、テレサはいぶかしい顔を見せたが、ジャスティンとの他愛のない会話の中でそれも忘れゆく。
 そして。思いの刃を交錯させた男たちは互いに切っ先を引き、もうすぐ終わるのだろうかけがえのない時間を味わうのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 義の拳客】
【テレサ・バートレット(az0030) / 女性 / 22歳 / ジーニアスヒロイン】
【ジャスティン・バートレット(az0005) / 男性 / 54歳 / 悩める父】
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2018年10月05日

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