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『そうあり続ける限り君は 』
川内日菜子jb7813

 そこは険しい山である――その一言では伝わりきらないほど、人の進入を徹底して拒んでいた。

 麓は生い茂り過ぎていて、日中ですら日がほとんど射さない深い森。危険な野生動物が生息していることもあって、よほどの事情を抱えた人間でない限り、足も踏み入れない。

 森を抜けると一転して、何年もかけて積み上げられたかのような、大小さまざまな岩山。植物は岩の隙間から申し訳程度に生えている程度しかない。そして頂上に近づけば近づくほど、岩は大きく、不安定になっていく。

 その岩肌を焔が駆ける。

 しっかりとした岩にだけ手をかけ足をかけ、最短最速で進む焔は大きな岩の上で止まった。

「どうした、スズカ。まだ登り始めてから1時間も経っていないぞ」

 岩の上から見下ろす川内 日菜子。眼下では緑髪の少年、スズカ・フィアライトが息も絶え絶えで岩に両手でぶら下がっていた。

 よじ登ろうと腕で身体を持ち上げ、出っ張った岩に足をかける。その出っ張りが揺れ、スズカがぶら下がっている岩が一気に傾き始めた――という時点で焔の尾を引いて、日菜子が傾いた岩の下からスズカを軽々と片腕で回収し、安全な岩の上にまで連れてくる。

 スズカを岩の上へ降ろすと同時に、スズカが登ろうとしていた岩が転がり落ちていくのだった。

「疲れていても、楽をしようとするな。疲れている時こそ、集中するんだ。集中して常に危険へ注意を払い、最前手を探せるようになれ。
 体力の絶対値が違うのもあるだろうが、無駄が多いから疲労の溜まりも早いんだ」

 玉のような汗くらいはあるが涼しい顔で、岩に両手をついてうなだれながら呼吸を整えようとしている汗だくのスズカに、日菜子は語りかけた。

「それと、咄嗟の判断ももっと磨くべきだな。今のはすぐ手を離して飛ぶべきだった」

「最初に、あまり……飛ぶなって――」

「あまり、だ。飛ぶなとは言っていないさ。私自身に翼がないからよくわからないが、こっちでは飛ぶのにも制限がかかるんだろう? いざという時のために温存はしておくべきだ。
 そして今のタイミングが、『いざ』という時だった――それだけの話さ」

 日菜子の話を聞きながらごろんと転がり、スズカは座り直す。天を仰ぎ、息を整えながらも眉根が寄っていた。

 今の話に納得がいかないというよりは、まだ上手く働かない脳で言葉の意味を理解しようとしている風だった。そもそも、それほど頭が回る方ではないというのも、ある。

 それが痛いほどわかるのか日菜子は苦笑し、直飲みの水筒をスズカに投げ渡す。

 受け取ろうと両手を広げ、日菜子に向けたスズカの顔が強ばった。

「う――」

 スズカが口を開ききる前に、日菜子の全身から焔が吹き荒れる。

 視線を追って振り返った日菜子の目に入ってきたのは、腕のような前足を振りかぶっている大きなイタチのような生物。

 イタチの腕が振り下ろされるよりも早く、日菜子の拳がその胸を貫いていた。そして燃えさかる焔がイタチを包み込み、つんざく悲鳴のような雄叫びをあげながら消し炭となり、崩れ落ちる。

「――しろ」

 スズカが言い終わった時、すでに終わっていた。日菜子の全身から吹き荒れていた焔もほんの一瞬で、すでに火の粉すらない。

 突き出していた腕を引き寄せ、拳を胸元にまで持ってくる。

「……とまあ、これが咄嗟の判断だ。同じ事をしろとは言わないさ。自分に合った行動さえできるなら、それでいい」

「たとえば今みたいな時、おいらは弓であいつの腕とかを射抜いたり?」

「そういうことだ」

 よくできましたと、師匠ができの良い弟子に向けるような笑みを日菜子は浮かべた。

「やっぱり川内先輩はすごいなぁ。慌てず冷静に、一発で終わらせて。
 おいらも、川内先輩みたいになれるかなぁ」

「なれるんじゃないか? 私も最初からこうだったわけではない。ある人を目指し、こうであろうと決めたから、ここまでなれたんだ。
 スズカも理想を目指せば、きっと大丈夫だ」

「それじゃあおいらは、川内先輩を目指すよ」

 そう言われて日菜子は少しの間、目を丸くした。そして脳に言葉が浸透したのか、腕を組み、指で口元を隠すような仕草をする。

「いや、別に私を目指す必要はないんだぞ? 他にもスズカの指針となった人達がいたはずだ」

「それでもおいらにとって、正面から立ち向かう川内先輩の生き方に憧れるんだ。
 おいらがこうして弓を使って戦うせいかもしれないけど、恐れずに飛び込んでバッタバタなぎ倒す川内先輩はかっこいいし、それに今回はおいらを育てるために依頼を受けたんだよね? おいらなんていなくても、ぜんぜん余裕だったんだろうし」

 日菜子の目が泳ぎ、「あー……うん。そうだ」と認める。

 この山で巨大なイタチのような生き物を1匹見たので退治を、という依頼を受けたのは日菜子だった。受けてからスズカを誘ったのは、まさしくそういうことであった。

「平和は戻ったけど、まだこうして野良退治はあるし、この先、また再びあんな戦争がないとも限らない。だからおいらも人に教えられる程度に強くなって、力の使い方を教えていきたいんだ。
 だから――」

 スズカは立ちあがり、日菜子の前に並ぶ。並んでみるとスズカの方がすでに背は高かったが、スズカの目は自分よりも高いものを見ている目だった。

「おいらは川内先輩の背中を追い続けるよ」

 日菜子は目を細め、日に重なるスズカを見上げて、ただ、「そうか」とだけ返した。

(私はスズカに先輩として道を示せているのか、不安を感じていたが――私が気づいていなかっただけか)

 何か言葉を返そうとした日菜子だが、そこで複数の気配を感じて周囲に鋭い目を向ける。

 先ほど消し炭となったイタチと同じイタチが複数、岩の中から姿を見せる。

「目撃は1匹だけだった、というだけの話か」

 再び、日菜子の全身に焔が吹き荒れる。今度はちゃんとスズカも弓を用意して、矢を番えた。

 日菜子はイタチ達に向かい合いスズカへ見せつけるように背を向けると、イタチに向かって駆け出す。

(追い続けられるなら、私も全力で前に向かい続けないとな)

「スズカ、私の背中を追い続けるなら、全力でついてこい。そうでなければ置いていくからな!」

 背中に「うん!」という返事を聞きながら、日菜子は迷いのない拳を真っ直ぐ、前に突き出すのであった――……




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7813@WT09/川内日菜子/女/19/迷いは多くも前に】
【jz0320/スズカ・フィアライト/男/13/もはやあの頃の少年ではなく】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注、ありがとうございました。
お待たせいたしました、スズカとのノベルです。呼び方がこうだっただろうか(そもそも呼んだ事があっただろうか)など考えつつの、少し手さぐりノベルでした。
本編では最後まで関われずの不完全燃焼だったと思いますが、これで少しは燃焼していただけたらと思います。
Eではこれが最後となりますが、またのご依頼、お待ちしております。
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楠原 日野 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年10月09日

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