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『桜花舞う、この佳き日に』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194)&ラファル A ユーティライネンjb4620


 川辺の桜が今を盛りに咲き誇る、麗らかな春の大安吉日。
 雲ひとつない天空を渡り終え、間もなく帰途に就こうとする太陽が、川面に暖かく柔らかな光を投げかけている。
 その中を、一艘の小舟が流れに任せるようにゆっくりと進んでいた。

 舞い降りる花びらは降り始めたばかりの淡雪のようで、花筏にはまだ早い。
 けれど代わりに、両岸からせり出した満開の枝が凪いだ川面に写り込んで、まるで花びらを敷き詰めたような光景を生み出していた。
 舟の進む先で、春色の絨毯が左右に開いていく。

 未来が待つ方へと、道を作るように。


 ‥…━…‥ ‥…━…‥ ‥…━…‥


 その少し前のこと。

「あけびちゃん、こういうのはもっと余裕をもって出すもんだぜ?」
 たった今、本人から手渡されたばかりの、金色の箔押しとエンボス加工も豪華な純白のカード。
 そこに書かれた内容をざっと見て、ラファル A ユーティライネン(jb4620)は思い切り渋面を作った。
 対する不知火あけび(jc1857)は不安げに、そして申し訳なさそうに肩をすぼめている。
「そんな急に言われたって、こっちだって都合ってもんがあるんだしさー」
 顔の前でカードをひらひらと振りながら、ラファルは眉を寄せたままお説教を続ける……と、思いきや。
「ま、俺は別に構わねーけどな」
 一転して破顔すると、ラファルはあけびの目の前で「ご出席」の文字を派手な花丸で囲んだ――もちろん「ご」の部分を二重線で消した上で。
「ほんと!? ラル来てくれるの!?」
「ったりめーだろ! 待ちに待った親友の結婚式だぜ? 万難を排してでも駆けつけるに決まってんだろーが」
 最初に渋い顔をしてみせたのは、この親友があまりに幸せそうな空気を纏っているから、少しからかってみたくなっただけの出来心というやつだ。
「ありがとうラル! そう言ってくれると思ってたよ!」
 あけびはラファルの首に抱きついて、ぴょんぴょん跳ねる勢いで体を揺する。
 不知火家の当主にして傘下の企業を束ねる会長、そしてもうすぐ人妻になる予定の22歳とは思えないその無邪気さは、学生時代と殆ど変わっていなかった。
「ったく、相変わらず強引だなぁ」
 ――そういうの、嫌いじゃないけどな。
 顔には苦笑いを浮かべて「やれやれ」といった空気を醸しつつ、ラファルの心はあけびと一緒に飛び跳ねていた。
 しかし、それはそれとして。
「こっちは第一弾の商品も売れ行きもまずまずだし、とりあえず一段落した格好だから融通も利くってもんだけどよー」
 他の招待客は、そうもいかないだろう。
「うん、わかってる」
 不良中年部の仲間や友人たちは、それぞれに忙しい日々を送っている。
 世界中どころか異世界にまで散らばっている彼らに予定を合わせてもらうのは、まず無理だということもわかっていた。
「でも、これだけはどうしても譲れないんだ」
「あけびちゃんずっと言ってたもんな」
 嫁入りは桜の季節に花嫁舟で。
 そのプランを、これまで何度聞かされてきたことか。
「しっかし、この時期によく予約取れたもんだぜ」
「だよね、私もびっくりだよ!」
 花嫁舟は結構な人気で、特に桜の季節は六月の結婚式場並に競争率が高いことで有名だった。
 だから来年の予約を取るつもりで、それでも取れなければ一年でも二年でも待つ覚悟で問い合わせてみたのだが。
「そしたら一枠だけ空きがあるって言われて、これはもう即決しかないよね!」
 皆にはまた、別の機会を設けよう。
 気兼ねなく騒げる、学園に集まるのも良いだろう。
「ま、タイミングとしちゃ最適だろうな。叔父姫んとこも会社は順調だし、この上にめでたいことが重なるとなりゃ万々歳だ」
「だよね!」


 それから慌ただしく時は過ぎていった。
 そして本日――


(「遂に、この日が来たんだな」)
 鼻の奥をツンと刺激する熱いものを堪えつつ、不知火藤忠(jc2194)は白無垢姿の花嫁を見つめていた。
 感無量というのは、きっとこんな心持ちを言うのだろう。
 思えば長い道のりだった。
 藤忠とあけびの前に夢のように現れて、その心をあっという間に夕暮れ色に染め上げた男。
 任務のためにあけびに近付き、任務のために冷徹であろうとした男。
 だが心根はそれを許さず、目的を果たせぬままに二人の前から姿を消した男。
 記憶を封じられ、何が哀しいのかもわからずに、漠然とした喪失感にただ涙した日もあった。
 二度と会えないと、会えるはずがないと諦めそうになる時もあった。
 それでも二人で信じ続け、待ち続け、行動し、道を拓き――
 想いは届いた。
 記憶の中から抜け出たように、変わらない姿が目の前にあった。
 最後の戦いではあけびを庇って重傷を負いながら、「お前達の行く末を見届ける。家族で在ろう」と言ってくれた。
 そして今日、その男――日暮仙寿之介とあけびがとうとう結ばれるのだ。
 これが目頭を熱くせずにいられるか。
 しかし、ここで取り乱すわけにはいかない。
 たとえ皆が自分に背を向け、表情を見られる心配がないとしても。

 そう、藤忠は何故か船の最後尾に立ち、慣れぬ手つきで櫓を漕いでいた。
 どうしてこうなった。

「だって定員オーバーだもん」
 乗船時、さも当然のように言い放った花嫁に、藤忠は意味がわからないと首を振った。
 そもそも花嫁舟に乗るのは船頭を除けば花嫁とその両親だけだ。
 他の者は兄貴分だろうが親友だろうが、岸辺から見守るか、花婿と共に終着点で待ち受けるものと決まっている。
 なのに、この花嫁ときたら。
「二人とも私の家族だからね!」
 たとえ家族でも両親以外は乗せられない、などと言っても聞く耳を持たなかった。
「大丈夫だよ、ちゃんと船頭さんにも了解とってあるから!」
 そういう問題ではないと思うが、それで話がついてしまったのだから仕方がない。
 かくして藤忠は櫓を漕ぎ、ラファルは雨でもないのに傘を差しかける役となって同乗することとなったのである。

「……結婚式の日まで兄貴分を働かせるのか……」
 ぼやきながらも、藤忠は眩しそうに目を細める。
 頭上の枝から時折ひらりと花びらが舞い、その一片が赤い日傘に模様を作る。
 出来ればその光景を、自らの手で正面から写真やビデオに収めたかった。
 しかしその役目は、妻である不知火 凛月(jz0373)に任せよう。
 彼女ならきっと、自分よりも上手く撮ってくれるに違いない。


 舟はやがて、ゆるゆると桟橋に近付いて行く。
 暮れかけた陽の光が、満開の桜を自らの色に染めていた。
 この時間に舟を出したのでは、婚儀が行われる頃にはすっかり暗くなってしまう。
 それでも、あけびは今この時を選んだ。
 何故なら――

 桟橋に立つ人影が、近付く舟をじっと見つめている。
 暖かな光に縁取られたその影は、あの日に見た姿と変わらない。
 真っ直ぐに伸びた背筋と、背に揺れる長い髪。

 お侍さん。

 あの日からずっと伸ばし続けてきた手が、ようやく届く。
 それなのに、ことりと音を立てて桟橋に寄せられた舟の上で、あけびはただその影に見入っていた。
 差し出された手が自分のものだとわかっていても、ただそれを見つめるばかりで動けない。

 ――なんて、綺麗なんだろう。

 このまま、いつまでも見つめていたい。
 時が止まってしまえばいい。

 けれど不知火の当主として、グループの会長として、夢見心地のままではいられなかった。
 両親に支えられてゆっくりと立ち上がり、あけびは差し出された手を取った。

 この手があれば大丈夫。
 どんなに足元が揺らいでも、倒れることはない。
「アディーエ」
 耳元でそっと呼ばれた名に、暖かな光を宿す瞳が静かに頷いた。
 今、改めて誓う。
「お前はずっと笑っていろって言ってくれたけど、これからはずっと一緒に笑っていようね」
「ああ、お前と共にずっと笑っていよう」
 あの夕暮れ時に全てが始まったように、またここから全てが始まる。
 今、不知火あけびは日暮仙寿之介と同じ場所に、同じ高さに、手を取り合い立っていた。
 それは二人にとって、神前で交わす盃よりも、誓いの言葉よりも、他の何よりも大切な儀式だった。


 新郎新婦を乗せた人力車が大鳥居の前に停まる。
 巫女に先導された二人を先頭に、ちらちらと火の粉の舞う篝火の焚かれた参道を、雅楽の音と共に花嫁行列が拝殿へと進んで行った。
 近頃は神前式でもオリジナリティを重視する傾向があるようだが、頭のお堅い重鎮達が揃う招待客の手前、彼らの血圧を上げるような真似は出来ない。
 二人は予め用意されたシナリオを、筋書き通りに淡々とこなしていった。
 お祓いを受け、神主が祝詞を読み上げ、三三九度の盃を交わす。
 誓詞奏上から指輪の交換、玉串拝礼、巫女の舞に親族盃の儀 ――

「もう緊張しすぎて意識飛んでたよ!」
 後にその時のことを訊かれ、あけびは顔を覆った。
 覚えているのは、凛とした声で誓詞を読み上げる旦那様が最高に頼もしく格好良かったこと。
「お前は立派に不知火の婿殿としての役目を果たしたぞ、仙寿」
 藤忠が花婿の背を叩く。
「しっかり流れを叩き込んで、何度も練習させた俺のおかげだな」
 指導役として鼻が高いと藤忠は胸を張る。
 だがつい先ほどまで目を真っ赤に腫らしていたのだ、この花嫁の兄貴分は。

 結婚の儀が滞りなく終了し、よそ行きの格式ばった披露宴も無事に切り抜けて、お偉いさん方を追い払っ――いや、満ち足りた気分でお帰りいただいた後。
「これからが本番だよ!」
 身内だけで行われる披露宴、と言うより空気はもはや二次会。
 孫の晴れ姿を堪能したいと言う祖父の熱烈な要望に応えて、あけびは披露宴では藤色の地に白菊と木通の花を配した色打掛に身を包んでいた。
 そして今は背中に翼が生えたような羽根飾りをあしらった、乙女の憧れプリンセスラインのウェディングドレスに着替えている。
 ハーフアップの髪には銀のティアラを飾り、その傍らには木通の簪が揺れていた。
「和洋折衷だけど、これだけは外せないからね!」
 その姿を見た途端、藤忠は声を震わせる。
「ああ、そうだな……よく似合ってるぞ……本当に、本当にこんな日が……っ」
 そんな藤忠の前に、ハンカチがそっと差し出された。
「もう誰の目も気にしなくて良いのよ?」
 微笑む妻、凛月に背を押され、うっかり放流スイッチを押しそうになる。
 が、そこはハンカチで目頭をきつく押さえて耐えるのが、やせ我慢という名の男子の嗜み。
「叔父姫はさすがのシスコンだなー、今からそんなんじゃ先が思いやられるぜ」
「一生に一度のことだ、今日くらいはシスコンになるさ」
 からかうラファルに鼻声で答える藤忠に、年中無休でシスコンである自覚はないようだ。
 ところで、先とは何だろう。
「決まってんじゃねーか、花嫁の父になった時だよ」
「まだ生まれてもいないし、そんなこと――」
「あるある、絶対あるよ! こう薙刀を振り回して、娘が欲しければこの俺を倒してからにしろ! って」
「そこで腰を痛めて、その男に介抱してもらう羽目になるわけだな」
「案外良い奴じゃないかって、それで渋々認めるのね」
「わかるー!」

 気が早すぎる会話で盛り上がる中、ウェディングケーキが運ばれて来る。
 それは、あけびが事前に聞いていたものとは違っていた。
 土台のクリームが見えないほどにイチゴが敷き詰められ、中身もイチゴのコンポートにイチゴクリーム、イチゴのムースと、イチゴだらけのケーキ。
「すげーだろ、不良中年部の特注だぜ」
 ラファルの言葉通り、上に載ったハート型のプレートには祝いの言葉と共に「不良中年部一同より」と書かれていた。
「ちょいと脅かしてやろうと思って、今まで秘密にしといたんだ」
 それに続いて読み上げられる祝電の数々。
 地球の裏側からも、別の世界からも、祝いの言葉が届けられる。
 その想いに負けじと、新郎の親友として藤忠がスピーチに立った。
 対外的な場では原稿を用意したが、今はただ想いのままに。
「二人ともおめでとう。そして、ありがとう。俺達は今までも、これからも、ずっと家族だ。家族で一緒に……、…………っ」
 再びそっと差し出されるハンカチ。
 言葉にならない想いを届け、藤忠は花嫁の親友に場所を譲る。
「おめでとうあけびちゃん、幸せになれよ」
 短いが、それで充分だ。
「ありがとう、今でも信じられないくらい幸せだけど、もっと幸せになるよ!」
 席を立ったあけびが、ラファルの背に腕を回す。
「ラルも一緒にね」
「そうだ、これからもよろしくな。何時までも皆で楽しくやろう」
 あけびにハグされ、藤忠に肩を叩かれ、ラファルは曖昧に頷いた。
「あー、うん……まあ、な」
 不良中年部の宴会で、生きたいと思った。
 生身の部分が限界なのは変えられないが、だったら八割の機械化を十割にしてしまえばいい。
(「それでも俺は俺だ、なんも何も変わりゃしねー」)
 そう結論を出し、これが終わったら実装も完了する。
 だから親友の幸せを見届けるのがこのタイミングなのは、天の配剤というやつだろうか。

 お色直しから戻ったあけびは、夕日のようなオレンジ色のドレスに身を包んでいた。
 髪には同じ色のガーベラ「暮れの日」が揺れている。いつかあけびが名付け、仙寿之介に贈ったものだ。
 黒から白のタキシードに着替えた仙寿之介の胸元にも、同じ花が一輪。
 今日は凛月も、同じ時に藤忠から贈られた薔薇、中心が白い桃染色の「桃兎」を髪に飾っていた。
 テケテンテンテン……♪
「なったーなったー者になったぁ♪」
 軽快な出囃子と共に現れたラファルが、もはや十八番となった感のある「松竹梅」を披露する。
 以前はあけびと藤忠に手伝ってもらったが、今回は分身の術で三人に増えたラファルが色違いの衣装で立ち回る。
 続いてスクリーンに投影されたのは、一枚の懐かしい写真だった。
 満面の笑みを浮かべる幼いあけびと高校生の藤忠、そして真ん中には表情を硬くした仙寿之介。
 写真の上にテロップが被せられた。

『写真は魂が吸われる』

 むせかえった仙寿之介の咳をBGMに、藤忠コレクション「仙寿之介語録」の暴露は続く。
「仙寿、覚えてるか? 昔、お前があけびを嫁にもらう可能性を訊いたことがあっただろう」
 これがその時の答えだと藤忠が言ったその直後。

『ない、絶対にない』

 きっぱりと言い放つ仙寿之介の声が、会場全体に響き渡った。
「あの時は俺も、まあそうだろうな……と思ってたんだが」
 録音しておいて正解だったと笑いつつ、藤忠は目を泳がせる友の盃に酒を注ぐ。
「子供の頃、俺がお前にあけびを頼まれたな。今、お前に頼む事が出来て本当に良かった」
 視線を戻した花婿はただ黙って口角を上げ、それを藤忠の持つ盃にカチリと合わせた。

 その席で撮られた記念写真に写る五人は、いずれも晴れやかな笑顔でカメラを見つめていた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc1857/不知火あけび/女性/外見年齢22歳/暮桜の花嫁】
【jc2194/不知火藤忠/男性/外見年齢28歳/藤花の船頭】
【jb4620/ラファル A ユーティライネン/女性/外見年齢16歳/松竹梅】
【jz0373/不知火 凛月/女性/外見年齢25歳/桃兎】
【NPC/不知火 仙寿之介/男性/外見年齢?歳/明桜の花婿】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、STANZAです。
この度は誠におめでとうございました。皆様の前途に幸多からんことを。

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エリュシオン
2018年10月09日

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