▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『終わらないハロウィーン 』
泉興京 桜子aa0936)&ルーシャンaa0784


 むかしむかし、昼も暗い森のずっと奥深くに、大きなお城がありました。
 お城にはサクラコという名の恐ろしい魔王が住んでいて、ときどき多くの手下の魔物を引き連れて近くの村々に現れます。
 魔物たちは畑を荒らし、家を壊して家畜を奪い、立ち向かう村人を玩具のように投げ飛ばします。
 魔王は村の子供や赤ん坊をさらって連れ去り、お城で泣き叫ぶ声を楽しんだあと、疲れ切って静かになったところをぺろりと食べてしまうのです。
 村人たちは困り果て、旅の勇者を雇ったり、街の兵隊に来てもらったりしましたが、みんな魔王には歯が立ちません。
 今では旅人もこの辺りを避けて通るようになり、人々は魔王におびえるばかり。
 そこで近くの村の村長達は話し合い、勇気を振り絞って魔王を呼んで提案しました。
 このままでは村の若い人々はどこかへ逃げ出すだろう。年寄りだけになった村はいずれ絶えてしまう。
 それでは魔王も困るだろうから、毎年どこかの村から花嫁として生贄を差し出そう。その代わり、村を襲うのはやめてもらえないか、と。
 魔王は薄笑いを浮かべ、その約束を受け入れました。

 そしてある年の秋のこと。
 とある村から、魔王と約束した生贄を出すことになりました。
 村人たちは顔を見合わせ、黙り込んでしまいます。誰だって村は大切ですが、自分の子供を差し出したいとは思わないでしょう。
 それは村長も同じことです。
 結局、村長はひとりの少女を生贄として選びました。
 少女の名はルーシャン。お父さんのこともお母さんのことも覚えていません。
 もちろん他の家族もいなかったので、村長の家に下働きとして置いてもらっていました。
 ルーシャンはまだ小さな女の子ですが、お掃除もお洗濯も、お台所の仕事も、お手伝いしていました。
 生贄も、村の誰かがやらなくてはならないことなら、やっぱり自分のお仕事だと思って受け入れたのです。
「ごめんよ、ルーシャン」
 村長のおかみさんは、泣きながらルーシャンに綺麗なドレスを着せてくれました。
 相手は魔王ですが、花嫁なのですから。
 そして、ポケットに入るだけの甘いお菓子を詰めてくれました。
「ごめんよ、ルーシャン」
 村人たちは泣きながら、ルーシャンをロバに乗せて森へと向かいます。
 綺麗なドレスを着て、編んだ髪に花を飾ったルーシャンは、ほんとうに小さな花嫁のようでした。


 暗い森の中を進んでいくと、魔王のお城の大きな門が現れました。
 ピカピカ不気味に光る目玉が、あちらこちらから村人たちを見つめています。
 不気味な音を立てて門が開くと、村人たちは一目散に逃げだしてしまいました。
 ひとり残されたルーシャンは、おそるおそる門の中へと入っていきます。
 立派な石畳の先には、お城の扉がありました。
 真鍮で作った化け物が握っている扉のノッカーを掴むと、化け物がけらけらと笑いだします。
 ルーシャンはびっくりして座り込み、目をぎゅっと閉じてしまいました。
 するとふわりと体が浮いたような気がして、次に目を開くと、ろうそくの光がいっぱい揺れている広間にいたのです。
「お城の中なの……?」
 思わず辺りを見回したとき、ざあっと風が吹いて、ろうそくの光が一斉に揺れました。
 と思うと、不意に声が響きます。
「つまらぬな、泣きもせぬのか」
 地の底から響くような、部屋全体が声を出しているような、不気味な声がそう言いました。
 ルーシャンはろうそくが揺れる部屋の中で、真っ暗に見えるほうを見つめます。
 ゆらり、と影が揺れました。
 と思うと、それは人間の形を取り始めます。
 黒く長い真っすぐな髪は、さらさらと流れるよう。耳の上から生えた二本の黒い角は、どんな槍よりも鋭く天に伸びています。
 黒い着物の裾はどこまでも広がり、その端は闇に溶けこんでいるようです。
「ま、魔王様……ですか」
 ルーシャンが掠れた声でつぶやいたのは、怖かったという理由だけではありません。
 見たことのない着物を纏う人影は、ルーシャンと変わらない少女の姿をしていたからです。
「いかにも。わしが魔王サクラコであるぞ。して、そなたが此度の生贄か」
 魔王は薄紅色の瞳を細め、ルーシャンを値踏みするように眺めます。
「食いでがなさそうだの。まあ約束とあれば仕方あるまい」
 唇の端を三日月のように吊り上げ、魔王がするすると音もなくルーシャンに近づいてきます。
 ルーシャンは立つこともできず、その場で膝をつき、お祈りの形で両手を組んだまま震えるばかり。
 ――ぐいっ。
 魔王の細い指が、信じられないほどの力でルーシャンの肩を掴んで引き寄せます。
「あっ」
 びっくりしたルーシャンは、前のめりに倒れこんでしまいました。

 そのときドレスの裾が引っ張られて、ポケットの中身があふれ出しました。
 おかみさんがポケットに詰めてくれたキャンディが、ころころ、ころころ、転がります。
「宝石か? こんなものでわしはごまかされぬぞ」
 魔王がルーシャンから手を離し、笑いながら転がったキャンディを拾い上げました。
「……何かの目玉か。ヒトのものにしては小さいが」
 ルーシャンは訳が分からなくて、ぽかんとしてしまいました。
 しばらくしてようやく理由が分かったので、おそるおそる魔王の顔を見上げて声をかけます。
「あの、魔王様。これはキャンディといって、人間の世界のお菓子……食べ物です」
「食べ物? ヒトも目玉を食らうか」
「いえ、あの……お砂糖を溶かして、固めたものなのです」
 魔王はキャンディとルーシャンの顔を疑わしそうに暫く見比べていましたが、不意にひとつを口に放り込みました。
 息を呑むルーシャン。
 魔王は無言でしばらく口をもごもごと動かしていましたが、ぼそりと呟きます。
「……美味」
「え?」
 魔王が、カッと目を見張りました。
「美味であるぞーーーーーー!!!!!」
 ルーシャンはその大声に、驚いてしりもちをついてしまいました。
「そなた、他にも隠しておるのかや。隠さずに全て出すのだ! 代わりに、そなたを食うのはしばし待ってやろうぞ!」
「は、はいっ!!」
 ルーシャンは必死で、ポケットの中身をひっくり返します。
 キャンディのほかにはクッキーや、干した果物と木の実をカラメルで固めたお菓子などが入っていましたが、クッキーはぼろぼろに崩れていました。
「せっかくのクッキーが……」
 ルーシャンが粉々になったクッキーを手のひらに乗せると、魔王はカラメルをほおばりながら鼻をひくひくさせています。
「良い匂いであるな。その粉もわしに渡すのだ」
「でもあの、魔王様……本当のクッキーはこんなのじゃなくて、もっとおいしいんです」
 ぴくり。
 魔王の片方の眉毛が動きます。
「その本当のクッキーとやらは、村にいけばあるのか」
 魔王は今にも飛び出して行って、村を襲いそうでした。
 魔王の手下たちもハラハラして見守っています。いくら魔王とはいえ、一度決めた約束を破るのは良くないことなのです。
 ルーシャンは手下たちの様子を見て、それから魔王を見て、少し考えました。
「あの、作れる……かもしれません」
 周りの視線が一斉にルーシャンに集まります。
「ではすぐに取り掛かるのだ。よいか、本当のクッキーができなければ、そなたをぺろりと食ろうてくれようぞ!」
 魔王がカラメルの付いた指を舐めながら、重々しく言いました。


 こうして魔王のお城は、大変な騒ぎになりました。
 お砂糖に小麦粉、ミルク、卵にバター、木の実にチョコレート。
 魔王の手下たちは、ルーシャンが頼んだ材料を、どこからともなく集めてきました。
 約束通り、たぶん村からではなく……とルーシャンは信じるしかありません。
 材料が集まるまでの間に、かまどの準備です。レンガを積み上げて、鉄板には大きな盾を何枚か。
 ドラゴンが控えめに火を噴くと、薪が勢い良く燃え上がりました。
 それからルーシャンは、村長さんの家でお手伝いしたことを一生懸命思い出しながら、クッキーの材料を混ぜ合わせます。
 打ち粉をはたくと、顔を近づけていた黒い魔物の顔が真っ白になったりしました。
 ルーシャンは思わず笑い出します。
 いつのまにか、自分が食べられてしまうことをすっかり忘れていました。
(だって、あんなにおいしそうに食べるんだもの。きっと魔王様にとっても、人間なんかよりお菓子のほうが美味しいのよ)
 今はただ、魔王に本当のお菓子を食べさせてあげたい、とだけ思っていたのです。
 それに、最初はあんなに怖かった魔王の手下たちも、お菓子を作るのを手伝うことが楽しくなってきたようです。
 大きな魔物は、バターを白くなるまで練るのがとても上手でした。
 小さな魔物は、クッキーの生地を切り抜くのがとても上手でした。
「とっても上手なのね。きっとおいしいお菓子ができるわ」
 ルーシャンに褒められて、魔物たちもなんだか嬉しそうです。

 やがて、お城中に甘い香りが漂い始めました。
「遅いっ! 何をやっておるのか。村までひとっ飛びの方が早いのである」
 魔王はもう食堂に陣取って、お菓子が出来上がるのを今か今かと待ち構えています。
「お待たせしました!」
 ルーシャンが笑顔で銀のトレイを運んできました。
 焼き立てのお菓子はまだ温かくて、とっても良い香りがします。
「これはマフィンといいます。温かいうちにどうぞ!」
「……美味である」
「こっちはクッキーです。本当は少し置いたほうがいいのですけど、焼き立ても美味しいですよ」
「……実に美味であるぞ」
 魔王は夢中でお菓子を口に運びます。
 実を言うと、魔王はちょっと驚いていたのです。
 今日まで人間の嘆きの声も、血も、肉も、単なる力の源としか思っていませんでした。
(……だが人間とは、これほど美味なるものを作ることができるのであるか)
 魔王は手を止め、ルーシャンをじっと見つめます。
「そなた、まだ名を聞いておらなんだな」
「ルーシャンといいます」
「そうか。ルーシャンか」
 魔王は長い爪の指を、ルーシャンに突きつけました。
「村を襲うこともできず暇であったが、偶にはまあ良いであろう。しばらく休暇である!」
「本当ですか!」
 ルーシャンがぱっと顔を輝かせます。
「わしは嘘はつかぬ。ルーシャン、そなたはわしの花嫁じゃ。わしのためにこれからずっと菓子を作るのだ」
「わ、私がお嫁さん……?」
 花嫁と言われてここに来たルーシャンでしたが、それは生贄と同じことだと思っていました。
 けれど魔王を笑顔にできるなら、それは素敵なことだと思ったのです。
「わかりました。これからがんばります!」

 そこでルーシャンは、あることに気づきました。
「ところであの、魔王様。ひとつお願いがあるのですが」
「なんじゃ、申してみよ」
「魔物の皆さんもすごく頑張ってくれたのです。少しお菓子を分けてあげてはだめですか?」
 魔王は一瞬、眉間にしわを寄せました。
 けれど白い粉まみれの手下を見て、わざと大きなため息をつきます。
「許す。代わりに、その分もたくさんお菓子を作るようにな」
 魔物たちは大喜びです。
 それから、みんなでテーブルを囲んでお菓子をたくさん食べました。
 ちょうど今日はハロウィーン。
(お菓子をあげたら悪戯しないって、本当だったのね)
 たくさんの魔物と一緒にお菓子をほおばりながら、ルーシャンは幸せでした。
 そして願うのです。これからずっと、こうしてみんなと笑って過ごせますように、と――。


 昼も暗い森のずっと奥深くに、魔王が住むというお城がありました。
 そのお城からは、ときどき甘いお菓子の香りが漂ってきます。
 今では魔王とその花嫁と魔物たちが、お菓子を囲んで、毎日を楽しく過ごしているのだそうです。

 めでたし、めでたし。
 
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【aa0936 / 泉興京 桜子 / 女性 / 7歳 / 人間・攻撃適性 / 悪逆非道の魔王サクラコ 】
【aa0784 / ルーシャン / 女性 / 7歳 / 人間・生命適性 / 運命を受け入れた少女 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
甘いお菓子の幸せをお届けいたします。
おとぎ話風かつコメディ風味ということで、かなり好きなように執筆させていただきました。
魔王様の威厳が若干行方不明のようにも思いますが……。ご依頼のイメージを損なっていないようでしたら幸いです。
この度のご依頼、誠にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
樹シロカ クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2018年10月09日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.