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『黒は染みゆく 』
黒の貴婦人・アルテミシア8883)&紫の花嫁・アリサ(8884)

「私の全てを貴女様に捧げ、この身が朽ちるまで使徒として忠誠を誓います。花嫁として、いついかなる時も絶対の愛を捧げ、貴女様に望まれる限りその愛に溺れることを誓います」

 静かな古城に紫の花嫁・アリサ(8884)の声が響いた。
 以前は操られる様に紡いでいたその言葉だったが今は彼女の意思が込められている様にも聞こえる。

「いいわ。愛してあげる」

 何度も交わした言葉。
 黒の貴婦人・アルテミシア(8883)の返答に頬を染めはにかむ様に微笑むアリサの姿は、数度前まで戸惑いの表情を浮かべていた人物と同じとは思えない程の変わり様だ。

 そっと腰に手を回せばねだる様に唇を寄せるのはアリサの方。

『夢だもの』

 唇を重ねながらアリサはそう自分に言い訳をする。

 夢までは神も見ていない。
 ここならば誰からも咎められることはない。
 思うままに振舞って良いのだ。

 目覚めれば目の前の女性はいない。
 その事にがっかりする自分に気がついていた。
 女性同士、いや、そもそも実在するのかも分からない相手である事は嫌という程分かっている。
 それでもまた逢いたいと思う気持ちは止められない。

『実際に、現実で逢えないのならせめて夢の中だけは』

 指を絡め、愛を受け入れ愛を与えながらアルテミシアは目を細める。

 彼女にはアリサの気持ちが手に取るように分かっていた。

『神への裏切り行為であることを理解しながらも求めてしまう。本当にそれだけかしら。違うわよね』

 アリサが気づいていないが、彼女のアルテミシアへ向ける表情は惹かれているという言葉では説明できない程のものを内包していた。
 数ある言葉の中から、相応しい言葉を選ぶなら心酔や尊祟といったところだろうか。

  ※※※

「いらっしゃい」

 導かれるままに入ったのはアルテミシアの居室。

 姿見の前にアリサを立たせるとパチンとアルテミシアが指を鳴らす。

「……!」

 つい今まで身に着けていたドレスや宝飾品は何処へやら、そこに写ったのはいつもの、普段着のアリサだった。

「あの、これは……」

 急な事に何が起きたのか頭がついてこない。
 ただ分かるのはアルテミシアの衣服や部屋の調度品と見比べても明らかに場違いな姿だということ。
 見たことはないが、彼女に仕える侍女でももう少しマシな服装だろう。
 そう思うとアリサは恥ずかしさからその場にうずくまってしまう。

「立ちなさい」

「は、はい」

 そう言われ俯きながら立ち上がるとアルテミシアがもう一度指を鳴らした。

 すると質素ないつもの服装が今度は黒紫のドレスに変化する。

「このドレス覚えているかしら」

 この部屋で何度となく袖を通したドレスをアリサが忘れるはずがない。

 肯定の言葉を紡ごうとしたアリサの唇をアルテミシアの指がなぞる。

「鏡を見ていなさい」

 耳元で囁く声。
 その吐息が甘い薔薇の香水となってアリサの肌に吸い込まれていく。

「綺麗よ」

 鏡のアリサの唇にはアルテミシアの指がなぞった通りに朱が引かれていた。

『綺麗……』

 アルテミシアに言われるまでもなく、アリサもそう感じた。

 本当に自分なのだろうかと口元へ指を持っていくと鏡の中の女性も口元に指を触れさせる。

「そんなに驚くことじゃないわ」

 目元に唇が落とされればラメの入ったシャドウが、頬に指が走れば品の良いチークが。
 魔法の様にアルテミシアの指や唇が触れた場所に化粧が施されていく。

 みるみるうちに変わっていく自分にアリサは食い入る様に姿見を見つめる。

「元が良いのだから少し化粧するだけでこんなに綺麗なのよ。化粧はしたことがないの?」

「はい……」

 化粧などしなくても顔が整っているからそのままで綺麗だよ、そう言って一度だけしたお願いを両親は許さなかった。
 口にすればきっと困らせる。
 だから二度と口にすることはなかった。

 しかし、アリサだって女性である。綺麗に着飾りたいという欲はあった。

 化粧をしたり、そう言った話題で盛り上がる女性達を見る度に羨ましかった。

 それが今はどうだ。

 彼女達の誰よりも綺麗な自分がここにいる。

「綺麗……」

 鏡の中で微笑む女性が讃える様に呟いた。

「ではこういう物もつけたことはないのかしら」

 アリサの耳元にアルテミシアの唇が触れる。

それが離れると耳には豪奢な耳飾りが輝いていた。

無言で首を振ると耳飾りも一緒に揺れる。

 髪には髪飾り、首にはネックレス、指には指輪。アリサがアルテミシアの手によって華やかな形の財で飾られていく。

「それも、これも全て貴女の物なのよ」

「これが全部、私の物……。ですが、こんな財宝、私には見たことも……」

「当たり前でしょう。あんな卑しい人達にこれは相応しくないわ。アリサはそう思わない?」

「それは……」

「さあ、見て」

 目をそらし返答に困るアリサの視線を鏡へと向けさせるとアルテミシアは後ろからそっと抱きしめた。

「こんなにも本当の貴女が美しいって事を知って欲しかったの。いつもの姿と比べてどうかしら」

『これが本当の私……』

 今の姿に比べればいつもの姿のなんとつまらなくみすぼらしいことか。
 もうあの姿へは戻りたくない。
 アリサは心からそう思った。

『あんなみすぼらしい私を綺麗だなんて』

 本当の美しさを知らないからこそ言えたのだとアリサは感じた。
 醜く卑しいものは感性までも醜い。
 本物の美を知らないのだから仕方ない事。
 それがとても、
 
「哀れ」

 傲慢の心が根付いているアリサはそう漏らす。

「そうね。でもアリサは違うでしょう」

 唇を重ねながらアルテミシアはアリサの美しさを口にし微笑う。

『もっと高貴に、美しくなりたい』

 自分の中に生まれた欲望にアリサは疑問も感じない。

  ***

「こんなにして頂いてありがとうございます」

「良いのよ。別人の様に綺麗になったわね。美しくなった自分はどうかしら?」

「まだ貴女様にお仕えするにはまだ足りません。もっと美しくなりたいです」

 ソファーに寄り添う様に座り囁き合うように語り合う。

「あら、元々の貴女が素敵だと周りの者はそう言っていたのでしょう」

「あんなみすぼらしい私を綺麗だなんて。彼らの卑しい感性だからこそ言える事でしょう」

 そっと触れる唇はアリサから。

「私には貴女様から頂く美しさが欲しいのです」

 満足そうにアルテミシアが抱き寄せる。肌が触れ合う。

 小さく生まれた声は唇を食む音にかき消え、夜の闇へ飲まれていった。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 8883 / 黒の貴婦人・アルテミシア / 女性 / 27歳(外見) / 美欲を身に宿す女王 】

【 8884 / 紫の花嫁・アリサ / 女性 / 24歳(外見) / 美欲に堕ちる聖女 】
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2018年10月09日

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