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『紅の日常 』
ヴァーミリオン(イェジド)ka0796unit001)&ボルディア・コンフラムスka0796

 陽光が、私の燃え盛る火のような毛並みを照らし出していた。
 このことからわかるように、私は人間ではない。
 イェジドと呼ばれるフェンリルの眷属である。ヴァーミリオンという名前をいただいている。
 そして、そこのベッドで毛布を蹴飛ばし枕に抱きついて、婦女子にしては豪胆な姿で、私の鼻先による小突きにもめげず寝ているのが、我が主ボルディア・コンフラムスである。
 主よ。起きるがいい。そろそろ時間なのだ。
「もうちょっと……」
 その言葉は5分前にも聞いた。
 起きないとまずいぞ。今日は依頼があるじゃないか。
 主を鼻先でつつくが、主は未だ寝る気らしく私を押しのける。
 だが、それでめげていてはこの主のイェジドは務まらないのである。
 私は今度は、主の顔をぺろぺろ舐めた。
「なんだよ、ヴァン……」
 主は私のことをヴァンと呼ぶ。
 私はなおも顔を舐めた。
「うぐ……」
 やはりくすぐったいのであろう。
「ふっ、は……」
 くすぐったいあまり、主が笑った。
「ふ、ははは、くすぐったいぞ、ヴァン! あーわかった、起きるって!」
 主は体を起こす。
「よく寝た……まだ寝たい」
 瞳はまだとろんとしている。が、時計を見た途端、主の意識は覚醒したらしい。
「げ、もうこんな時間!? やべー、やべー、早く用意しないと!」
 寝間着を素早く脱ぎ、仕事用の装備を身に纏っていく主。
 手慣れたものである。この分なら、時間に遅れることはないだろう……が。
 私はある悲しみを持って、床に散乱した主が最前まで着ており、今は乱雑に脱ぎ捨てられている寝間着を見る。
 年頃の女性がこう、だらしなく服を脱ぎ捨てるというのはどうなのだろうか。
 私は、主が準備しているのを尻目に、脱ぎ捨てられた寝間着をくわえて枕元にそっと置いてやる。私に人間のような器用な手先があれば是非畳んでやりたいのだが、この爪では服を引き裂いてしまうに違いない。
 だが、それを別段、悲しいとも思わない。この爪があるからできることもあるというものだ。
「よっし、準備完了! 起こしてくれてありがとな、ヴァン」
 くしゃくしゃを私の頭を撫でてくれた。
「それじゃ行こうぜ」
 主を支えるのが私の役割であった。
 主は私の背中に跨る。
 ずしりと、命と戦さの重みを感じる。
 今日は森の雑魔退治の依頼がある。早速現場に向かうとしよう。

 数日間降り続いた雨で、盗賊が生き埋めになったらしい。どうやら盗品の中に、負のマテリアルを発している品があったらしく、運悪く、盗賊たちは死後、雑魔になり、なおも暴れているとのことだ。
 そいつらの退治を主と私が請け負った。
 雨は降り止んで久しく、所々地面が滑った跡があるが、すでに乾いていて、足場には問題なさそうだった。
 私は主を背に乗せて周囲を鋭く見渡す。
 すでに、敵の活動領域に入っている。いつ襲われてもおかしくない。
 その時である。
 我々の上に影が落ちた。
「!」
 同時に風を斬る音が主の耳を掠める。
 主が素早く反応して、落下してくるモノの軌道上から体をそらした。
 主の装備は重い。主の動きに私の体も思いっきり振り回される。
 私は手足を踏ん張ってバランスをとる。
 上から落ちてきたのは、目的の盗賊だった。木の上に潜み、獲物を狙っていたというわけだろう。
 主が斧を振り抜いた。
 攻撃に移るのだ。
 なら、私のやることはひとつ。
 主が最も動きやすいようにサポートするのだ。
 書くのは簡単だが、それは容易なことではない。
 斧が振られたことで、主の重心位置が変わる。
 先ほども書いたが、主は非常な重装備だ。だから、どんな細かな動きでも、全身の筋肉を駆動させざるを得ず──その反動は下にいる私にダイレクトに伝わってくる。
 体が揺さぶられる。
 ただ手足を踏ん張るだけでは力を殺しきれない。私自身も筋肉を細かく隆起させて勢いを殺す。
 主の横薙ぎの初撃を敵は躱した。
 さらに敵は一歩後ろに飛んで距離を取る。
 休む暇は与えない。
 主が斧を振り上げた。
──このまま叩き潰すつもりだ。
 なら、私は距離を詰めるだけ。
 斧が振り上げられたことで、私の背中に尋常ではない重みがかかる。へたり込みそうになる感覚。だが、そんな無様は晒せない。
 私は、足を撓めて、ひとっ飛び、敵へ距離を詰めた。
 その勢いを乗せて、主が、斧を振り下ろす。
 敵も剣で咄嗟に防御をするが、その程度で防げる重みではない。
 それは、斬る、ではなく押し潰す、という方が正しい攻撃。
 敵の頭蓋を粉々にし、腰骨を砕き、地面に沈みこませる。
 大地を抉る一撃で、盗賊の雑魔は塵になって消えていった。
 だが、即座に主は背中を守るように斧を振るった。
 キィィンという金属音が耳に響く。
 斧が飛んできた矢を弾いた音だった。
──囲まれている。
 私と主は即座に確信した。
 いま矢を放った奴は木を盾にして、次なる矢を番えている。
 さらに周囲の物陰から、わらわらと盗賊たちの成れの果てが湧いてきた。
「8体ってところだな」
 主が言う。
 確かに数が多い。
 けれど──、
 それに怯む私たちではない。
「ヴァン、一旦別れるぞ!」
 主が私から飛び降りた。
 同時に剣やら短剣やらを持った盗賊が私たちに向かって走り出す。
「ヴァンは弓を持った奴を倒してくれ!」
──了解した。
 私は、群がる盗賊の包囲網を軽々飛び越える。
 その気になれば、このくらい朝飯前だ。
 さて、弓を装備しているのは3体か。
 私は着地と同時に、再び足を撓め──加速した。
 目の前にいるのは腐敗した体を持つ、盗賊。その首を、一気に噛み砕く──!
 盗賊は私に頭を噛まれながらももがいている。なので、私も首を振って、胴を足で押さえつけ、頭を引き千切る。
 肉の裂ける音がした。頸骨の砕ける感触がある。千切り取った、腐った頭を吐き出す。
 私はその末路を完全には見届けず、尻尾を棍棒のように振りながら向きを変える。
 尻尾に当たって、私に向かって放たれた矢が折れて地面に転がる。
 さあ、次の敵を食いちぎろう。
 次なる敵へ進む途中で、主と交戦している剣を持った雑魔に体当たりをくれてやる。
「サンキュウ!」
 私の体当たりでよろけた敵に、主渾身の横薙ぎがヒットした。
 何。これが仕事だ。礼を言われるまでもない。
 そう──これが仕事なんだ。
 私の、誇り高い──仕事なのだ。
 横っ跳びで敵へ突進し、敵を吹き飛ばす。
 ひ弱な敵はそれだけで粉々に砕けた。
 主の方も、順当に敵を倒している。
 隕石が落ちるかのような一撃が敵に叩き込まれる。
 私も残った弓を持つ敵を順当に処理していく。
「これで、終わりだ!」
 最後に残ったのは短剣を装備した敵だった。
 とどめの一撃を主は振りかぶり、敵の体を真っ二つに引き裂いていく。
 全ては塵になって消えていく。
「これで依頼終了だな」
 周囲に敵の姿はどこにもなかった。

 夕日には朝日と違う、どこか退廃的な心地よさがある。
 今、私はある酒場の前で日向ぼっこをしていた。
 盗賊の討伐が終わって、我々はすぐにオフィスへ依頼完了の報告に行った。
 その場で報酬を受け取り、主が喜びいさんで駆け込んだのは──酒場だった。
 きっと今頃、仕事終わりの一杯というのを楽しんでいるのだろう。私はゆっくり丸まって日向ぼっこに勤しむとしよう……。
「あ、イェジドだ」
 が、そんな声が聞こえてきた。
「わあ、本物だ」
 さらに、別な声も聞こえてくる。
 ちょっと瞳を開けてみると、兄妹らしきふたりが目の前にいた。
「こんなところで何してるんだろ?」
「すごーい、もふもふしている!」
 兄の方は離れたところから私を見ているだけだが、妹の方は私の毛並みに遠慮なく触ってきた。
 む、むう……。
 不思議なものを探るような手つきのせいもあり妙にこそばゆい。
 いや、なにより女性(メス)という存在には慣れない……。
 妹は好きなように私を撫で回している。兄が諌めるが、そんなことを気にする妹ではない。
「ご主人様はどうしているのー?」
 妹が尋ねてくる。
 私は尻尾を動かして「酒場の中にいる」とジェスチャーした。
 妹の方は質問したくせに、私の毛並みに興味津々であるらしく休むことなくもふもふしている。
「よっと」
 さらに妹の快進撃が続き、ついには私の背中に跨りはじめた。
 自分でも、紅い毛並みがさらに紅く染まっていくのがわかる。どうして私という奴は女性(メス)に弱いのだろう。……主が跨るのはまったく平気だというのに。
「ちょ、ちょっと」
 兄が静止する。
「すごいよお兄ちゃん! イェジドの体ってあったかいの!」
 ここまできたら、しかたあるまい。存分にサービスしてやろう。
 私はのっそりと立ち上がった。
「わあ、高いー!」
 妹が手を離して喜ぶ。私は彼女が落ちないようにうまくバランスを調整する。
 ふと、兄の方を見ると、自制心と羨望がない交ぜの瞳をしていた。
 きっと、兄も私に乗りたいのだ。しかし、半端に分別があるせいで踏み出せずにいる。
 私は、兄に向かって首を垂れて、乗りやすい体勢になる。
 聡い兄は私の意図を察したらしく、
「いいの?」
 と小声できいてきた。
 私は瞳をつぶって答える。
 それが兄に伝わったらしく、兄はそっと私の背に跨った。
「う、わ」
「ねえ、お兄ちゃん、すごくあったかくて、すごく高いでしょ!」
 私は2人乗せてその場で一周する。
 妹の方は相変わらず手を離しているが、兄は慎重に私の毛並みにしがみついている。
「2人も乗って重くないかな……」
 兄の心配には及ばない。普段から重装備の成人女性を乗せているのだから。
「……暗くなってきた。もう帰ろう」
 兄が言う。
 確かに子供2人が出歩くにはそろそろ遅い時間だろう。妹はぐずったが、私は姿勢を低くして、降りるように促す。
「また会いに来ればいいでしょ?」
 兄にそう言われ、ようやく妹は私の背から降りた。
「うん……。ばいばいイェジドさん!」
「ありがとうございました」
 元気に手を振る妹と、お辞儀する兄。
 私は再び地面に丸くなって尻尾を振って返事をしてやった。

 それからしばらくして、日が沈み、日光浴が月光浴になった頃。
「ヴァ〜ン〜、帰るろ〜」
 酒の飲み過ぎで、呂律の回らなくなった主がようやく酒場から出てきた。
 当然のように千鳥足だ。
 私は主が倒れないよう支えるように寄り添う。私が飲まない理由は、私が主の介護をしなければならないからだ。
「今日も、お仕事、がんばったからごほうび〜」
 だらしなく笑って、私にしなだれ掛かる主。家まで無事たどり着けるか心配になってくる。
「ヴァンがいてくれるから大丈夫だよ〜」
 私の心を読んだように、主が言う。
 さあ、我が家に帰ろう。

 千鳥足のまま、私たちは帰宅した。
 もはや主は歩いているというより、私に寄りかかっているというのが正解の状態だ。
「寝る〜」
 主は私を毛布がわりにして寝ようと企んでいるらしい。
 待て。寝る前にいろいろすることがあるだろう。
 例えば、私が朝片付けておいた寝間着に袖を通すとか。
「このまま寝る〜」
 しかし主は頑なに譲らない。
 結局私はその場で主を包み込むように丸くなった。
「ふへへ、ヴァンの体あったかい〜」
 このくらいのわがままなら聞いてあげないこともない。
 何しろ私にしかできないことだ。
「ヴァン、今日も最高の1日だったな〜」
──ああ、それは否定しない。
 今日も最高の1日だった。
 朝、時間に間に合うように起きれて、一緒に敵と戦って、こうして家で眠ることができる。
 ありふれた、最高の1日だった。
「いつもありがとな」
 酔っているのか、主はそんなことを言った。
 ふと、主を見ると、すでにすやすや寝息を立てていた。
……私でよければいつまでも付き合おう。
 だって、それはきっと私にしかできないことだから。
 こんな光栄なことを誰かに譲る気なんてさらさらないのだから。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0796unit001 / ヴァーミリオン 】
【ka0796 / ボルディア・コンフラムス / 女 / 22 / 霊闘士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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2018年10月09日

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