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『女神雪女 』
スノーフィア・スターフィルド8909

 スノーフィア・スターフィルドは冷蔵庫的なものをのぞき込んで首を右へ傾げ、これはそのままの棚をのぞき込んで左へ首を傾げ、立ち上がってもう一度、右へ首を傾げた。
 いつもは丸ごと入っているはずの野菜はそれぞれ四分の一程度の見切り品になっているし、肉は特売シールつきで、魚は色味の悪いマグロの赤身のみ。コーヒーが輸入品のインスタント(なんだかケミカルな味がする)だし、紅茶もお徳用なティーバッグ(三角ではない)に。
 予算が尽きた。と、いうことでしょうか?
 先日微妙に世界へ拡散された、スノーフィアが独り温泉卓球に興じる動画。それを仕末するため、彼女は凄絶な徹夜作業に明け暮れたわけだが、その途中から、どこからともなく自動補充される食料品のグレードが下がってきていて。今日はついに、この有様である。
 悠々自適の引きこもり生活、というわけもいかないのですね……
 世知辛さを噛み締め、麦茶を飲む。以前であれば香り高いジャスミン茶か滋味深いプーアル茶だったはずなのに。まあ、麦茶はミネラルいっぱいっぽいので、美容にはよさそうだが。
 あ。
 そこそこに追い詰められたスノーフィアはここで閃きを得る。
「お金がないなら稼げばいいのでは?」
 もちろんバイトをしようというのではない。なぜならバイトしやすそうな販売業にはセールス文句がつきもの。唱える中で言霊を発動させてしまったりしたらもう、肉まんやらおでんをタネに社会現象を巻き起こしてしまう。
 おでんだけにタネ。
 うふふ。力なく笑い、スノーフィアは立ち上がった。
 積んであった大容量焼酎のペットボトルをどかしてみれば、そこには『英雄幻想戦記』シリーズではおなじみ、EXダンジョンへと通じるゲートが低い唸り声を垂れ流していた。


 スノーフィアの考えたお金稼ぎの方法はシンプルだ。
 ダンジョンでモンスターを狩って、ゴールドをいただく。
 なぜだろう。それを捧げれば、きっとどこかへ届くような気がして。そうすれば生活レベルも取り戻せるような気がして。
 リーズナブルにがんばらないといけませんね!
 予算がないということは装備、特に消耗品にお金をかけられないということ。だとすれば、装備自体に特殊能力が込められたものを……
 ということで、彼女は今、純白の和装をまとっていた。衣の名は“六花の装い”、別名「雪女装備」だ。
『英雄幻想戦記』は和物DLCが多いタイトルなのだが――なぜかファンからの要望が多かったらしい――その中にダンジョンを丸ごと和風迷宮へ置き換えるものがある。それを使えばEXダンジョンの洋風な石畳の通路も、氷柱を生やした岩洞窟へ変わるというわけだ。
 そしてこの“装い”こそは、本編では装備できないくせに出現率0.002パーセントというガチャアイテム! スノーフィアの前世たる“私”がこれを入手するためにどれだけの苦労をしたか。語ってしまえば彼女をのたうち回らせることになるので、ここは語らずにおこう。

 草鞋からはみ出した足指は足袋に包まれているばかりだが、ありがたいことに凍岩を踏んでも冷えを感じることはなかった。
 このあたりは元がゲームならでは、ですね。
「首おいでげぇぇぇぇ!」
 “牛鬼”と称する使い回しのオークどもが、金棒を振りかざして突撃してくる。いや、外見こそ使い回しながら、その能力値は並の中ボスを凌ぐ。
 油断はできない。この場に勇者たる“私”はいないのだからなおさらに。
 本当は一度、どのくらいのダメージを受けるか試しておきたかったのですが、気軽に回復呪文を使えないわけですからね。
 スノーフィアは“装い”の固有スキルである“滑足”で飛び退くことなく後退した。
 思ったとおり、足元を凍りつかせて摩擦度を下げて滑るこの移動法ならば、体勢を崩す心配はない。ゆえに、後退が止まったときにはもうすべての準備が整っていた。
「お眠りよ坊や。冬がお山の向こうに逃げてくまでさ」
 歌うようにささやけば、差し出した手のひらから氷雪が舞い飛んで。牛鬼どもを巻き取り、その純白の内へ封じ込めた。
 歌雪。これも“装い”の固有スキルのひとつだった。
 キャラクターレベルに関わらず、いくつもの強力なスキルが使えるこの装備は、新規プレイヤーへの救済策として開発された経緯がある。その割に出現率がおかしいのは運営のアタマが――ともあれ。
 スノーフィアのような廃課金勢にも充分な力をもたらしてくれる上、出費も抑えてくれる頼もしい装備なのである。
 果たして凍りついた牛鬼を指先でつついて砕くと、後には大量のゴールドが散らばった。
 さすが無限城、ザコ敵もはぶりがいいです。

 スノーフィアはとぼとぼと洞窟を歩き渡っていく。
 衣装の効果が「雪女化」だからか、もともと白い肌は青みを帯びて、銀の髪もばらりと散ってその面を隠してしまう。
 ちなみに何度払っても髪がすぐにかぶさってくるので、前が見えづらい。ついでに衿元を幾度なおしても肩口まで開いてしまうので、セクシー過ぎて困る(これは男性プレイヤー向けのサービスなんだろう)。そして移動姿勢が棒立ちに固定されて歩きにくい。
 さらに。
「見ぃつけた」
 セリフが和風ホラー調に変えられるせいで、怖い。
 なんとか気を取り直したスノーフィアは、猩猩(元キャラ名は暴れヒヒ)の群れに音もなく詰め寄り、牙を剥く猿面の眉間に指を突き立てた。
 ゼロ距離からピンポイントで氷雪を送り込まれた猩猩は脳を凍らされ、頭部を崩壊させて倒れ込む。
 続く猩猩の爪を和装の袖で巻き取り、動きを封じておいて、別の猩猩へ細く吹き出した冷たい息を浴びせかけ、さらに。振り込まれてきた三匹めの腕を掴み止めて、凍らせながら握り潰した。
「お猿の坊やは雪だるまにしようか。頭が足りなきゃ、となりの坊やを接いでやろ」
 艶やかな笑みを閃かせ、泣きわめく猩猩を蹂躙する雪女。
 正直、こんなのと迷宮の奥で会ったら絶望しかありませんね……
 猩猩から得たゴールドが自動的にストレージへ加算されるのを感じながら、スノーフィアは重い息をつく。

 程なくしてボス部屋へとたどりついたスノーフィアは、木製の大門を押し開いて内を見やった。
 と。闇大将と名前をつけられた、無印のボスが彼女をにらみつけ。
「ようここまで来やったのう。主の奮迅、大いに感じ入った。ゆえに五手を」
 ぱたん。元のとおりに門を閉ざしたスノーフィアはボス部屋に背を向けて。
 今日はフル装備でもありませんし、ランダムエンカウントするザコ相手のほうがお金も稼げますし。
 つまりはそう、面倒だから戦わないという選択。
「……」
 内に取り残された闇大将は、解せぬ風情でただ立ち尽くすばかりであった。


 自室へと戻ったスノーフィアは稼ぎを確かめ、ほっこり笑んだ。
「全部お渡ししますから、どうぞお持ちください」
 唱えた直後、ストレージから一気にゴールドが消える。
 ゲーム内ならまちがいなくひと財産。これでお高い食材の支給が再開されるはず。わくわくと冷蔵庫的なものを開けてみれば……
「麦茶のまま?」
 飲んでみたら、ちがった。ピッチャーの中身がパック麦茶からパック烏龍茶に変わっている。
 つまり、微妙に改善はしているわけだ。
 しかしながら、それをしてこれなわけで。
 ということはつまり。
「換金レートがものすごく不利!?」
 それも超インフレな途上国級に。

 リッチな引きこもり生活を取り戻すまでの遠さに、スノーフィアはがっくり膝を落とす。
 ――彼女の戦いは始まったばかりだ!


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年10月09日

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