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『女神稼業 』
スノーフィア・スターフィルド8909

 お金がない!
 というわけで、EXダンジョンに篭もってひと財産分を荒稼ぎしたスノーフィア・スターフィルドだったが、彼女への食料品支給をまかなう誰かは甘くなかった。
 いや、その誰かのせいなのかゲーム世界と現実世界を繋ぐ理のせいなのか知れないが、とにかく換金率が低いのだ。
 それでも外国産激安品から国産お安め品へグレードアップしたインスタントコーヒーをすすりながら、スノーフィアは覚悟を決める。
 こうなったらもう一度篭もりましょう!


 かくて再び“六花の装い”をまとった彼女はゲートへとその身を躍らせた――のだが。
「これは」
 それほど広くなかったはずの洞窟が、ぐぐいと押し広げられていた。多分、縦横共に20
メートルはあるだろう。一対多の状況において、これは大きなマイナス要素だ。なにせあっさり囲まれてしまうのだから。
 スキルを温存させないつもりですね。ため息をついてスノーフィアは壁へ寄り、一歩ごとに周囲の索敵と壁の確認を行っていった。壁に寄ったのは初戦で四方を囲まれないためであり、壁を叩くのはトラップや擬態系モンスターが潜んでいないかを確認するためである。
 スキルを使う必要がある以上、長く篭もっていられません。最大効率を心がけなければ。
“装い”の能力は基本的に手のひらと唇から発するもの。幅は距離に応じて拡がっていくものが多いのだが、接近戦に持ち込まれれば範囲攻撃で巻き込むことはできず、さらに身体構造の問題から、死角も多くなる。狭い路なら問題なくとも、この場では十全に機能させることは難しいのだった。
 久々にプレイヤースキルを振るう必要があるようですね。
 いつでも凍れる息を吹き出せるよう呼吸を整え、慎重に進むスノーフィア。
 牛鬼を前衛に置き、中衛に蛇女(元の名はカミラ)、後衛に魍魎射手(元の名は黒エルフ)が固めた敵パーティとエンカウントした彼女は素早く計算する。物理近距離・魔法中遠距離・物理遠隔にバッドステータス系魔法……それぞれ3体ずつですから、まずどこを崩すかです。
 しかしながら、まずはどこへ行くにせよ包囲の壁に穴を開けることからだ。
 のしかかってきた牛鬼の胸に手のひらをあてがい、触れたものを凍らせる“寂手(さびして)”を発動。さほど高くない抵抗判定を押し切り、心の臓に詰まった血をソルベに変えてやって、その重い体を振り払う。進路を味方に塞がれた他の牛鬼のフォローは、これでいくらかの時間届かなくなった。
 続けてスノーフィアは、背に迫った魍魎射手の毒矢を、髪に含ませた凍気で固めて絡め取り、抜き出したそれを掲げ……蛇女の電撃魔法が降り落ちて、矢は彼女ごと跡形もなく爆ぜ飛んだ。と、思いきや。
 滑足で後退していたスノーフィアが薄笑む。雪像による現し身は“装い”の上級スキルで、180秒に一度しか使用できない。それを序盤で、しかも敵の一手をかわすためだけに使ったことには意味があった。
 あなたがたの隊列が崩れきらないうちに、1体でも多くを巻き込みますよ。
 右手に現われたものは節くれ立った氷柱。“装い”の力ならぬ魔法を使うための触媒である。
「六花」
 言の葉に含められた魔力が洞窟に降りだした雪を加速させ、彼女の手へ導いた。
「情を結して浄を為せ」
 指先へ降り落ち、ひとつの雪結晶を為した凍気が金色に彩づき、そして。
「お眠りよ坊やたち――金色六花で抱いてやろ」
 スノーフィアの唇から吹かれた息をもって割り砕かれた。
 金色六花とは、“私”がスノーフィアへ贈ったオリジナル技である。それを“装い”装備で発現したことにより、風情ばかりではない効果を発揮する。
 それこそがこの、結晶のすべてが刃であり、凍結魔法という金色の吹雪だ。
 ずたずたに裂かれた化物どもの欠片はそのまま凍りつき、また刃に削られて塵々になって吹き消えた。
 これほどの技は必要ないようですね。
 ゴールドがストレージに取り込まれるのと、スキルポイントがごっそり減らされたことを感じながら、スノーフィアは冷めた息をついた。


“装い”とスノーフィア自身のスキル、そして“私”のプレイヤースキルを駆使して狩りを進めてきた彼女だが。
 闇大将の間の大門にこんな書きつけが貼られていて、思わず目を疑った。
【闇将軍討伐之獲得金、五十倍也(今回限)】
 実は今回、あからさまにザコとのエンカウント率が低下している。それもこれも、先頃スルーされたことがそれほど悔しかったからなのかもしれない。
 安定した生活のため、無視はできませんね。
 しかたなく門を開け、踏み込んだスノーフィアを待ち受けていたのは、強力な物理攻撃力と魔法防御力を備える骨武者(元はスケルトンナイト)どもの奇襲であった。

 滑足で自らを左右に滑らせて敵刃の狭間を縫い、スノーフィアは次々と武者の体に手を触れていく。狙うのは、肘。ダメージはともかく、物理的に関節部を凍りつかせられれば、骨の手に握られた刀を振るうことはできなくなる。
「もはや主を待ってやる心づもりはない! 儂の闇技を食らえぃ!」
 大将の体から闇の波動が溢れだし、フィールドを舐め尽くす。
 少なからぬダメージをスノーフィアが負う中、武者は傷を癒やされたばかりか怪しの力をその骨へまとわせ、凍れる縛めから解き放たれた。
 この装備の力だけでしのげる敵ではなく、私本来のスキルを発動するには溜めの時間が足りない。だとすれば。
 スノーフィアは寂手を自らに押し当てる。凍気は衣を通して浸透し、そして――ブースト効果を付与した。
“装い”は凍結系の攻撃への抵抗値を上昇させる能力を持ち、さらにそれを吸い取って力を増すという特性を備えている。今まで試したことはなかったが、説明文を読んだときに思いついた抜け道は、実際に塞がれていなかったのだ。
 武者の攻撃を付与された闇をも含めてカウンターの寂手で凍りつかせつつ、スノーフィアはある一点で滑足を止めた。
「ささ、ここは私のお庭だよ」
 駆け寄ってこようとした武者が転倒し、次々それに続いて折り重なっていった。
 足元を凍らせて我が身を運ぶ滑足は、当然のごとくその軌道を凍結させ、敵に対しては移動制限を課すこととなる。
「雪のお山は寂しいけれど、皆がいっしょで楽しかろ」
 パッシブスキルの凍気をまとわせた足で武者を躙り、二度と立ち上がれぬよう粉々に砕いて、スノーフィアは闇大将へとその目を向けた。
 闇大将はデバフや魔法に強力な耐性を持つが、PCのバフやフィールド効果を無効化することまではできない。
「ぬう!」
 自分が滑らぬよう腰を据え、黒く滾る炎弾を連打する大将。
 スノーフィアはふわりと袖を振ってそれをいなし、つと踏み込んだ。氷に対して火、確かに有効だが、それも純度次第。闇という余分を含む火ごときで、彼女の凍気の守りを崩せようはずはない。
「お眠り」
 銀の髪が魔力を受けて逆巻く。
「坊や」
 髪先に触れた空気が凍りつき、甲高く泣きわめく。
「冷たいおふとんかけてやろ」
 泣いた空気がその響きを破片と化してばらまく。
「ゆうるりひんやり、お眠りよ」
 果たして、発動に120秒、クールダウンに600秒を必要とする“装い”の最大奥義“冬化粧”がバフ付きで発動し。ボス部屋を凍雪で埋め尽くした。


「まだまだこれからですね……」
 補充品のグレードはまた少し上がったが、まだまだだ。
 自堕落のために働くのは正しいんだろうかと思わなくもないが、とにかくスノーフィアは明日もまた戦う。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年10月09日

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