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『彼との時間 』
メアリ・ロイドka6633

 この、季節のケーキというのは何でしょうと店員に聞くと今月は和栗のショートケーキですとの答えで、じゃあそれのケーキセットでと答え返すまでにほぼ間を置かなかった。
 やがて運ばれてきたケーキは成程、本来のショートケーキであれば苺がある位置にシロップコーティングされた栗が乗っているほか、上部は生クリームの他に和栗が練り込まれているのだろう薄茶のクリームでデコレートされていた。間に挟まれている生クリームには砕かれた栗がそのまま混ぜられているらしい。風味と共に食感がアクセントになっていて面白い。
 そんな、適当に入っただけの喫茶店で好みに合致するケーキと出会えた僥倖もあってメアリ・ロイドはその乏しい表情からも分かるくらいには上機嫌だった。そう、上機嫌だ。たとえ目の前に座る男が、対称的なまでに不機嫌な気配を遠慮なしに彼女に向けて放っていても揺るがぬほどに。
 彼──高瀬少尉とメアリはまだ、それほど面識が深いとは言えない。それでも、引き結んだ彼の表情が言わんとすることは明らかだった。どうしてこうなったのか。
 リアルブルーでハンターと非能力者のアーティストによる合同ライブが開かれた日の事である。この日、メアリは彼を半ば脅すような形で呼び出して、そのままライブが行われている時間を共に過ごし、終わった後も何のかんのと言いながら纏わりついていた。
「いい加減にしてください。暇なんですか貴女は!?」
「……まあ、有体に言えば暇ですね帰還の時間まで」
 単に皮肉の常套句として口にしたのだろうそれはこの場合においては否定も出来なければ別に痛いところでもない事実で、やはり反射的にだろうメアリが返した言葉に、少尉はぐぅ、と一度言葉を詰まらせた。
「……。だとしても、もう少しましな時間の潰し方があるでしょう」
 暫くの時間を置いてから彼はそう言い捨てて歩き去ろうとして、そうして、当然の顔でついていくメアリと再び口論──論じ合ってるつもりなのは少尉だけで、メアリは遊んでいるが──になる。
 問答の末に、今日一日付き合って実際につまらなかったらもう付きまとわない……という流れになってこうなった、のだった。確か。彼女にとっては今後も付きまとう事は既に確定事項なのでどうでもいいことだが。少なくとも名前を教えてもらうまでは機会があればこうするだろうし、そもそも、すでに面白い。
 明らかにこの時間をどうするか持て余しているらしい彼は、今はメアリの、運ばれてきたコーヒーに砂糖とミルクを多めに入れるその手元に何か言いたげな視線を送っていた。しかしメアリがそれに気付いたらしい仕草を見せると、慌てて視線を逸らした。
 不躾だと思ったか、それとも興味を持ったと思われたら負けだとでも思ったか。彼の場合どちらも有り得る。
 逸らされた視線を追うようにメアリが彼を眺める番になる。根は正義感の強い人なのだと思う。所作から分かる生粋の軍人といった生い立ちと、強化人間となったその覚悟。だが、表に出す態度はひねくれている。その、表に出すひねくれた面すら面白いと思えるのは多分、共感する部分を持つ自分故とは思うが……──
「理解しかねます」
「何が?」
「僕に、何をそんなに興味を向けるようなところがありますかね。この通り、気の利いた話題一つ持ち出さない人間ですが」
 だから言ったでしょうと伝えるつもりだろう冷たい声でそれだけ告げると、彼はメアリから気を逸らすように己のケーキセットへと集中し始めた。さっさと食べてしまえばこの時間も終わるだろうという腹なのだろうが。
 そんな彼を、改めて、そのケーキセット含めて注目し直して。
「いや滅茶苦茶面白れえけど」
 もう取り繕うつもりもない素の口調で、素直な気持ちをそのまま言った。言ったというか、見てたら勝手に口をついて出た。
「……一体、何がですが」
「いやだって初めて見たナイフとフォークでそんだけミルフィーユ綺麗に食う奴」
 ──……彼のひねくれた部分を面白く眺められるのは自分だけだとしても、わりとこれには同意してくれる人はいるんじゃなかろうか。
 多分押さえるフォークの角度と力加減が絶妙なのだろうが、ナイフに力が込められたとたん、薄く重なって出来ている崩れやすい生地が綺麗に必要な部分だけ崩しとられていく様は、気付けば思惑も彼への興味も何もかも一旦すっ飛んで凝視してしまうくらい興味深い光景ではあった。
 元来、育ちは良いんだろう。姿勢も、ナイフとフォークを扱う手つきもとても綺麗だ。
 そう躾けられたのか。両親。躾。頭部をちりちりと焼くような感触と共に思い出しそうな何かは、今は無理矢理封じ込める。
「好きなんですか。ミルフィーユ」
「……取り立てて食べ物に好き嫌いを言うつもりはありませんよ」
「何でもいいんだとしたら、わざわざんな食い辛いもん選ばなくねえ?」
 指摘されて、少尉は言われて気付いたという風にきょとん、という顔を見せた。
「あるんじゃねえの。無意識でもそれ選んだ理由」
 正直。見るからに堅物で、好きな趣味や食べ物など全く想像がつかない、と思っていたが。
「……まあ、言われてみたら、こうした食感のものは好ましい……かもしれません。パイとか」
「パンならクロワッサンとか」
 例を挙げてみると、彼の目元が僅かに緩んだ気がした。図星──でいいのかこの場合──らしい。成程覚えておこう、とメアリはひそかに心に留める。
「……。どうでも、良いでしょう、そんなことは」
「大事な情報だろ。友人になるんなら」
「まだ言いますか……」
 溜息と共に、少尉はじっとメアリを見つめた。この店に入って、彼とはっきり視線が合うのは初めてに思えた。こちらの奥を覗き込もうとするような視線を、メアリは受けて立つという心持で受け止める。
「諦めてください」
「諦めねえよ」
「でも、諦めているものもあるでしょう?」
 その時の彼の瞳は、声は。今日一番。静かで、挑むような。そして皮肉気な、ある意味彼らしい彩をしていた。
「……貴女は僕のことを諦めてる。だから、記憶したがるんだ」
 儚く消えるものとして。せめて確かに彼が存在したことを刻むように。どんな人物で、何を思って、語ったか。克明に。
 ──……せめてもの、情け。同情で。
 どうですか、と。射抜くような視線だけで、彼は彼女にそう問いかけてくる。
 メアリは、それに、
「いや、全然そんなつもりねえけど」
 間を置かず、至極平然と、そう答えてみせた。
 ……彼女の感情は分かり辛い。揺るがずに答えて見せた彼女のその深層を掴みかねて、少尉は顔を歪める。
「言ったでしょう。こうして色々観察するのも、尋ねるのも、貴方のことが興味深い、それだけですよ」
 彼女の言葉に、少尉は納得がいかない風だが、しかし今これ以上追求する気も無いのか、気分を変えるように紅茶のカップに口を付けて。
「……なのでそうですね。次は恋バナでも聞かせてもらえませんか」
「……ぅぶっ!?」
 狙ったタイミングでそう言ってやると、彼の紅茶の水面が激しく揺れた。激しく動揺している割りに吹き出さなかったのは大したものだと思う。
「あるように思えますか! そんなものが!」
「有ったら面白れえだろうなーって」
「……単にいい性格してるだけか! 貴女は!」
 真っ赤になって声を荒げる少尉に、メアリは、あ、ようやく気付きました? と肩を竦めてみせた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6633/メアリ・ロイド/女性/20/機導師(アルケミスト)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注有難うございます。
なんだか不思議な書き味の文章が出来ました。何なんでしょうかね、これは。
取り立てて山もなく、落ちてるようなそうでもないような。
ただ何となくこう、つらつらと書いてしまいましたのは悪い心地では無かったですが。
さて、お気に召していただけますか。
改めまして、ご発注有難うございます。
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凪池 シリル クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2018年10月10日

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